Scene-01 秦嶺館
エグゾーストを響かせつつ、青梅町に入った。
――と、思う。
何しろ某国民的トロール映画の冒頭のような場所なので、国境がどこになるのかはよく分からない。
天候も悪くて、青梅街道は水たまりだらけになっている。
徒歩でも馬車でも難儀する道を、僕の運転する車が驀進しているんだけど……ぐぐぐ!
隣の助手席にはナビだった井手上さん、後部座席には無表情ロリ系の顔を真っ平らにした荒士さんが引っくり返っている。
双子は用事。ケイは彼女の実家が何かの事件で揉めに揉めてるらしく、結社の施設に避難中だ。
僕の肩に両足ちょこんなニュートは、目をキラキラ。
『ああ……わが猫生、最良の日の一つ……』
「運転しにくいー!」
青梅街道のこの道もそうなんだけど、車っ!
今日の目的地は青梅町。
令和でも日比谷から一時間半くらいかかる距離で、大正だとガチ旅行だ。
流石に街乗り用のオースチン7で行くのは無謀ということで、今日は別の車に乗り換えている。
その名は――
「この車、大きくて可愛くない」
『ランチア・ラムダはミッドシャーシだぞ! 中型車だ、これは』
そですか……く、このっ!
窪地にたまっていた水がバシャーっと跳ねる。
遠くで、地元の人たちが何事かとこっちを見てたような気がするんだけど……ぐぐぐ。
跳ね飛んだ泥で少々マダラになってるニュートはニコニコだ。
『ラムダは名車中の名車で、時代を十年は先取ったとも言われる。数年後のモンテカルロ・ラリーでは女性ドライバーがコレで二位に入る」
「僕はラリーに出たい訳じゃなくて、ただ仕事場に行きたいだけなんだけど――ねっ、と!」
ドバシャーンと水のカーテンが生まれた。
悪路も上等のツァラーって言われても運転し難いことに変わりはなく!
ぐぐぐ。
前を見ながら後ろに声を掛けた。
「荒士さん、井手上さん、生きてる?」
「……」
真っ青な顔をした洋装の荒士さんが、ぬうっと後ろから顔を出した。
でも無言。
両手で口元をガッチリ抑えている。
助手席のハイカラさんな井手上さんは、糸の絡まった操り人形みたいになっていた。
魂が抜けていても不思議ではなさそうな顔をしている。
ニュートがチラと二人を見た。
『――うむ。瑛音、飛ばせるだけ飛ばせ!』
「ニュート、楽しんじゃ駄目とはいわないけど、せめて道の駅みたいの探してよー!」
『あるわけないだろう、大正時代だぞ?』
大正時代さーん、サービスエリアとかコンビニ早く作ってー!
あと何て言ったっけ……ええと、どらいぶするー?
なんかそんな施設があったような――うおっと!
車が盛大にはねた。
僕は無事、ニュートは平気。
でも井手上さんのライフはとっくにゼロで、荒士さんは後部座席でバク転したような?
『瑛音、いいから早く目的に着け。今回は荒士の研修と井手上のリハビリが目的だ。着いたらゆっくりできる』
「荒士さん、井手上さん、もう少し我慢してて!!」
結論からいうと全員生きて旅館に着いた。
ただし二名が半死半生。
場所は、東京府唯一の温泉郷である岩蔵温泉郷の一角にある『秦嶺館』。
大正浪漫が溢れた二階建ての旅館だ。
蔵人さんのコネだけど、結社のことは知らないそう。だから静かに利用するよう言われている。
「すいませーん……」
両肩に井手上さんと荒士さんを抱えながら、重木と漆喰のツートンに彩られた小さなエントランスへ飛び込む。
一刻も早く二人を寝かせてあげたかったけど、部屋が分からない!
車も頼みたかったけど……たぶん無理だろーなー
でもいくら待っても反応がない。和洋折衷なフロントへ再び声を掛けた。
「すいませんーん!」
やっぱり反応がない。
無人かと思ったけど、よく見れば奥にハッピみたいな服を羽織ったオジサンがちゃんといた。
ただ、こっちを見ても反応がない。幽霊でも見たかのように呆然としている。
念のため腰のウェブリー・リボルバー・マークⅥを意識しつつ、フードの相棒に声を掛けた。
「ニュート、様子がおかしくない?」
『ううむ……生まれて初めて見る外国人に驚いているだけに見えるが』
「――すいません、日本語喋れます!」
そっすね、自分が精神交換したイーフレイム・エフォーはアメリカ人だったしね。
普通のアメリカ人にも見えないけど……それはともかく!
それから三回くらい話しかけてもフロントの人はピクリともしなかった。はろー、せんきゅーみたいなことを小さく呟いてはいたけど。
うががが。
代わりに二階から若い女性が降りてきた。セーターにショールの洋装。
お客さんかな……ん?
「は、はわーゆー、ぷりてぃーりとるがーる」
「あいきゃんすぴーくじゃぱにーずっ!! ツレの二人が車酔いで体調崩して」
バタバタ、バタバタ
知らないお姉さんを間に立て、どうにか意思疎通に成功。
井手上さんと荒士さんの二人を旅館の人に任せると、僕は車に戻って移動やメンテを済ます。
戻ると、ラウンジから誰かに手を振られた。――荒士さんか。
「瑛音さま」
『お帰り、瑛音』
荒士さんは一人掛けのソファに座り、ニュートは長椅子の背で丸まっていた。
その長椅子にはさっき通訳してくれたセーターにショールの女性がいて、膝では井手上さんがぐっすり寝ている。
ほっ。
僕も安心してラウンジに入った。
「こっちは終わったよ、井手上さんは大丈夫?」
「よく寝ていますよ」
へえ……
人体実験の犠牲者である彼女は不眠症気味だと聞いている。
その彼女がぐっすり眠れているのは珍しい。これだけでも礼をするに値するな、うん。
なので、ペコ。
「ありがとうございます。自分は綾瀬杜瑛音と申します」
「お気になさらず。私は大沢聡子と申します」
軽くお辞儀。
膝の井手上さんは――起きる気配なさそう。
うん、いい寝顔だ。
大沢さんは井手上さんに気を配りながら話しを続ける。
「綾瀬杜さまは、今日はどのような御用で……?」
僕にさま付けなのは、僕の背景を察したからだろう。
大正時代には貴族が実在していて、それなりに名が通っている人が多い。
僕の後見人である蔵人さんも……まあ、色々有名で!
その関係者と思われたんだろうな。
まあ……正しいです、関係者には違いない。
「今日は休暇なんです。変わった事件専門の探偵をしていまして」
「探偵さんですか」
大正では新興の職業といえるかな。
鑑識とかがまだないので、民間人のスペシャリストが捜査に協力することがよくある時代でもある。
シャーロック・ホームズみたいな感じと言えばいいか。
僕自身はあまりやらないけどね。
「――ああ、でしたら一つお聞きしたいことがあります」
「なんでしょう」
大沢さんが話を振ってくれたので、喜んで聞いてあげる。
テーブルを挟んで反対側のソファに座った。
その瞬間、荒士さんが呼吸と目でこちらに警告の合図をしてくる。
ニュートも口を開いた。
『瑛音、気をつけろ』
「探偵さんは《ウラテリス》という名前を聞いたことがありますか?」
お?
何を気をつければ――と、ニュートへ問い直す前に大沢さんの言葉を飲み込んだ。
目線は動かさずに荒士さんをチラッ。
武闘派のジト目ロリな荒士さんだけど、戦闘の準備をしているようには見えない。
ニュートも無言のまま……ふむ。
どうやら結社も敵対的な人物ってワケではないらしい。
少し探りを入れた方がいいかな。
「――残念ながら心当たりはありません。ご依頼というのでしたら、もう少しキチンと調べますが」
「……」
言われた大沢さんが言い淀み、視線も泳いだ。
ふむ?
言いたくはないけど、一人では解決できない何かがあるのかな。
なら、もう少し関係を維持しとこうか。
「気が向いたらで結構ですよ、僕らはまだ暫くここにおります。――ああ、今晩お食事をご一緒にどうでしょう。友人を看病していただいた礼をさせてください」
「は、はい……ありがとうございます」
彼女も話そうかどうか迷っていたのだろう、名刺を差し出してきた。
おっと、女医さんか!
年齢的になりたてっぽいけど。
なるほど、だから井手上さんを介抱してくれたんだ。いい人ではあるのかも知れないな。
「井手上さん、起きて。部屋に戻ろう」
「……ふえ」
井手上さんを起こすと仲居さんを呼び、皆でラウンジを後にする。
大沢さんはお辞儀しつつ僕らを見送ってくれた。
さて……どうしますか。
ゆるゆると・・
次回は土曜くらいで




