Scene-04 おおたちまわり
綾女さんの懺悔はなおも続く――
「私は清々しい気持ちで朝食の準備をし、親子で一緒に食事している最中に気付いたのです。――これこそが《愛》なのだと! ああ、個性的な顔だと嫌っていた自分が恥ずかしい」
主人である平野さんは、ちょーイケオジだ。
ただし《反転》で……
つまり、えー、なんともうしましょーか。きっと反転前の綾女さんは歯牙にも掛けない容貌なんだろう。
「事件が解決して元の顔に戻ると、この愛とやらも消えそう」
『本人も悪人に戻るしな』
「――娘の美沙緖ちゃんも可愛いらしく聡明で、将来がとても楽しみに……ですが、そう思えば思うほど私にはその資格がないことも!」
そして深い溜息。
懺悔が終わった後、綾女さんがこっちに向き直った。
眩しい目をしている。
「――探偵様、旧支配者の《退散》をお願いいたします。元凶となった本もご処分いただければ」
「変わったもの専門ですから、そりゃ望むところですけど……」
言外に貴方をどうにかしたいと含める。
この人を放置したまま事件解決すると、絶対またやらかすだろうしさー
僕の答を聞くと、綾女さんはニコリと笑い――ロープを持ち出した。
待て待て、待って!
不味い目が本気だ。
「悪人の善人って、どうすりゃいいんだろ」
『ううむ。こいつ抑えてからクタアトを調べなければ――瑛音!」
「え?」
事件は解決したも同然と油断していたのが悪かった。
とっさに振り向いてしまい――
バンッ!
小さな爆発とともに真っ赤な粉末が空中にパッと散って――
んぎゃーっ!?
目がっ! 目がぁぁっ! あと口と鼻!!
「目が辛いいーっ!」
『こりゃ唐辛子の粉末か。瑛音、水道で目を洗え――お!?』
「ニュート!?」
後ろからフードへ乱暴に手を突っ込まれ、ニュートが持ってかれた。
ええい――ごしごしごし!
マントの端で何度も顔を拭う。
ぐぐぐ、真っ赤だ。
まだ何着もあるけど、これムチャクチャ高いんだぞ。勿体ない!
怒りつつ振り返った先にいたのは――美沙緖ちゃん?
左手にはニュート、右手にはガーゼを丸めて縛った小玉みたいのを持っていた。
さっきの唐辛子弾はこの子か!
「ふふ……この猫ちゃん、私が貰うね?」
ぞくぅ!?
なんだ、あの邪悪な笑いは……って、あああああ、この子は善性が反転したんだ!
「ちょっとー! せめてちゃんと抱いて上げて……ああああ!」
「ざぁこ、ざぁこ!」
『いだだだだ! こ、この、お子様ぁ!』
しゅらん!
物みたいに抱えられたニュートの右前脚から、鋭い爪が飛び出す。
慌てて叫んだ。
「ニュート、爪は駄目!」
『し、しかし……』
「変な名前で呼ばないでよ、この子にはもっと可愛い名前をつけてあげるんだから!」
『ウルタールに伝わる由緒正しい名だぞ、変とは何だ!』
「あわわわ……」
美沙緖ちゃんがニュートをモノみたいに振りまわしながら暴れ回り、ダンスホールの封印を――
踏ん付けたぁ!?
ぎゃああ、封印がバチバチと弾けてる。
不味いっ!
『オオ――オオオ――オ――』
ホールの《黒血》が動き始める。
コールタール状のボディに幾つもの目がボコボコと浮かび上がり、グルグルと高速で回転する。
その目が一斉に美沙緖ちゃんを捉えた。
バケモノと目が合った彼女は――うっとりしている!?
「不味い、反転の影響か!」
「わああ……黒くて綺麗」
ニュートがじたばた。
もはや意味のない魔法陣の上をダッシュし、ニュートごと美沙緖ちゃんを捕まえる。
悪人に反転したとはいえ、肉体は普通のお子様だ。捕まえるのは造作もな――え?
シュウウ……パン!
「またー!」
目が辛いぃぃー
悶えつつも、手は離さない……離さな……逃げるなー!
『瑛音、奴がこっちへ近づいてくる!』
「――綾女さん、娘さんを!」
綾女さんが美沙緖ちゃんに縋り付く気配!
同時に、外側からバタバタと音が響く。
見えないけど、騒ぎを聞きつけた荒士さんも飛び込んきたっぽい。
「――瑛音さま、何事で!?」
「あははは!」
だけど美沙緖ちゃんの声が止まった気配はなくて――
それから
あと、ゴシゴシゴシ!
「よし!」
何とか目を開けると惨状が飛び込んできた。
タールみたいな《黒血》は脈動しながら倍くらいに膨れあがっている。体型はスライムの逆立ち、逆漏斗。
そこに目鼻口がデタラメ一杯に!
『オオ――オオオ――オ――』
各所に開いた口から一斉に声が上がる。
「きゃははは!」
『笑い事じゃないぞ、お子さまー!』
不味いことに、美沙緖ちゃんは《黒血》の鼻先にいた。
しかもニュートを抱いたまま!
慌てて立ち上がろうとしたところで、頭をポンと叩かれた。
荒士さん?
「女子供は下がって下さい、ここからは男の仕事です」
――はあ!?
カチンとくるけど、同時に理解する。
きっと荒士さんも何かのタイミングで言われたことがあるんだろう。
それが女の子を嫌ってる理由なのかも知れない。
ただ――僕は男なんですけどー!?
「荒士さん、僕は……」
「後で聞きます!」
こっちが何か言う前に、荒士さんは黒血の元へ飛び込んでいった。
危険に飛び込むのは自分の役目だと言わんばかりに!
まず美紗緒ちゃんをギロリと睨んで黙らせる。偉丈夫の男性なので迫力が凄い。
ただ、女装だけど……
そうして美紗緒ちゃんを後ろへ下がらせた。
有無は言わせない。
気圧されて押し黙った美紗緒ちゃんは綾女さんの元へ、ニュートは僕の元へ――って、尻尾を鷲塚むのは止めてー!
ギニャーっと背中の毛を爆発させたニュートを、慌てて受け止める。
「だいしょぶ、ニュート!?」
『ええい、このような無礼狼藉は清華以来だ!』
「あー、尻尾にリボン結ぼうとしたときの……」
「こい、化け物!」
ジャラリと響く。
荒士さんが分銅鎖を構えた。
分銅鎖――両端に重りのついた鎖で、打ってよし、絡めてよしのテクニカルな武器だ。
ただ、旧支配者に効くかと言うと……
『オオ――オ――!』
「ふっ!」
先に動いたのは《イブ=ツトゥルの黒血》だ。
コールタール状の体表から突起物が何本も伸び、空気を裂きつつ打ち出される。
先端は鋭く、まるで槍だ!
対する荒士さんは分銅鎖をヌンチャクみたいに回転させ、振り回す。
黒血の槍が次々とヘシ折れ――いや、折れてない!
ゴムみたいに曲がっただけか。
束になった槍は捻れ合いつつ鎖と絡み合っていき、やがて空中でギリギリと拮抗した。
「この……ぐおおおお!」
荒士さんの肩が盛り上がった。
膂力のありったけで鎖を捻りあげ、そのまま触手を引き千切――れ、ない!
逆に荒士さんがジリジリと引き寄せられていく。
『瑛音、黒血は窒息をもたらす。アレに触れたら不味いぞ!』
「荒士さん、それに触らないで! ――ニュート、あいつの弱点は!?」
聞きはしたけど当てにはしてない。
何しろ、これまで神話存在に明確な弱点があったことはないワケで……
ニュートが肩から叫ぶ。
『流水だ! 奴は、流れる水で弱体化する。――どうしてかとは聞くな、綾女の手紙にそう書いていた!』
「はいはい、ならいつものごとく……え? 弱点あるの!?」
驚いた。
驚いたけど……水? えっちつーおー??
「ニュート、水であれば何でもいいのかな」
『流水だぞ、瑛音。小川とか、せめて噴水レベルの水量が欲しい』
流れ水……水道とホースで行けるか?
ただ、大正時代にホースあったっけな。何しろ合成素材の大半が昭和にならないと手に入らないし――なんて考えてるとネコ手で突き。むぎゅ。
『ボサッとするな、黒血の動きがおかしいぞ!』
「あわわわ……りょ!」
黒血へ意識を戻す。
ギリギリと対抗する荒士さんの服は、パンパンに膨れた筋肉の熱気でアチコチ弾けている。
黒血も心臓みたいに激しい脈動を繰り返してる。
鎖と触手を挟んだ膂力の綱引きは、ほぼ互角だった――が、唐突に均衡が破れる。
黒血の身体が伸びた!
「うおっ!?」
鎖と触手がたわみ、荒士さんがバランスを崩す。
黒血は天井スレスレまで触手の束を伸ばし、荒士さんを鎖ごと引っ張りあげた。
そして――ハンマー投げみたいに振り回す!
「荒士さん!?」
そのまま壁に叩きつけられた。
衝撃! 何度も!
荒士さんは逃げようともがくけど……駄目だ、鎖が腕に絡まってる。
そして再び叩きつけられ、ズルズルと引き込まれ――
「ええい!」
ダッシュしながらプラトーを引き抜くと、鎖を切断する。
荒士さんを自由にし、ついでに前衛を交代!
「今度は僕の番!」




