Scene-02 うらおもて
黒い『影』を見るというのです――
上品な紳士が、うなだれながら語り出す。
曰く――妻に先立たれ、残された一人娘と暮らしてきたこと。
しかし、ついに再婚したこと。
だが娘は新しい母に懐かないこと――等々の込み入った話を、人払いの済んだ主人の私室で訥々と語っていく。
「最初は気の迷いと笑っておりましたが……先日、流行りの病に倒れて以来、私も見るようになりまして」
「はあ……ところで、娘さんはどちらに?」
「今は新入りのメイドに相手をさせています。娘もすっかり懐いたようで」
机上の写真立てを持ち上げ、見せてくれる。
見てから、また館の主人を見て、天を仰ぐ――わけにも行かずに紅茶をすする。
「どうかしましたか?」
「大変難しい事件です。――なにより、誰も異常に気付いてない。まずはそこからでしょうか」
「貴方には何か見えると!?」
僕が平野さんの言うことを全部信じたからだろうか、彼も僕を信じてくれた。
蔵人さんの威光もあるだろうけどね。
そうして主人の私室を辞した後、廊下でニュートが肩に乗ってくる。
おけ、作戦会議!
『ひじょーに分かり難いな、今回の事件』
「許可は貰えたから、整理しがてら屋敷の中を見回ってみようか。あと面倒だから全員噓をついてないってことにする」
『ただし輻射はないものとする――仕方がないな。それと後ろの奴』
「いるねー」
そっと振り返ると、物陰からこっちを見ていたメイドさんが隠れた。
殺気と……何て言うか、珍奇?
そんなのが隠れてる場所から漏れてくる。うーん。
そのままテクテクと歩き、台所横の勝手口から裏庭に出た。
ちなみに洋館なので普通に靴だ。
気配も後を付いてくる。
裏庭の雑木林の前で立ち止まると、向こうも止まった。
後ろにいたのは――さっきメイドさんだ。
「ただ者ではないとお見受けする」
低い声だな。
背が高いせいなのか、スカートがやたら短い。止めて欲しいなあ……
まあ、仕方ないのかもだけど。
銃と魔剣をチラっと見てから溜息。まだいいか。
「色々と事情があって名乗り難いんだ、先に名乗ってくれないかな?」
「その前に試させて貰う」
メイドさんが堂に入った仕草で構えた。力の入れ方が本気っぽいな。
ただ、目には不安の陰があった。
「試すって僕を?」
「私自身だ。――ここへ来てから何かがおかしい。元の感覚を取り戻させて貰う」
「無理じゃないかなー」
忠告を無視し、メイドさんの筋肉がぎゅっと絞り上げられた。
突進し――寸前でくるっと回転。
身体を沈め、地面すれすれのローキックへ繋げてくる!
イイ感じのフェイントだけど、スカート跳ね上げて欲しくないなー
肩でニュートも猫糸目になってる。
『オレはいま何を見せられてるのだ』
「立派なお尻」
「はは、女同士気兼ねはいるまい!」
女じゃないんだけどなー
でも答える前にメイド膝蹴り、間髪入れずの低い位置からの踏み込みメイド掌底。
移動と防御と攻撃を同時にこなしてくる感じ。
全部避けたけど。
ひょい、ひょい、ひょいっと。
「漫画で見たな、コレ。確か無拍子って言ったっけ?」
「この、なんで当たらない!?」
僕がルール違反者だからだよ……とは、言わないでおくけど。
だから、全うに努力を積んだ人と試合するのは好きじゃない。
このメイドさんからも努力の匂いを感じる。さっさと終わらせよう。
「ごめんね」
技と技の間にあった極薄のつなぎ目を突いて踏み込み、軸足を払う。
大股で派手に転んだ。
だから、見せないで欲しいなー
「つ、強い……」
「僕の勝ちってことなら名乗って。今回に限っては無条件に信じる」
「――シュラインケージの荒士といいます」
武侠っぽいお辞儀をしてくれた。
どうやら、メイドさんもこっちの正体を察したらしい。
よし、よし。
「僕は村茉さんから頼まれた試験官で、瑛音。不合格と判断したら助けて欲しいってさ」
「ならば、まだ助けは不要です」
「本当に要らない?」
ひょいとプラトーを引き抜き、イース魔術の結晶たる刃で視線を切ってやる。
それで意識だけが幻想のカドを巡っていく。
巡り、また巡って――元の角度へ。
原因が分かってないから一時的だろうけど、これでどうだ!
「……」
「……」
『……』
荒士さんの顎があんぐりと開いて落ちた。
そっすね、落ちるよね。
荒士さんは――筋肉質の大柄な青年だった。武侠っぽいイケメンマッチョがぴっちぴちのメイド服を着ている。
さらに下着はフンドシである。
こう、何て言うかさ……見させられる身にもなって。おけ?
荒士さん自身も、呆然と自分の身体を見下ろしている。
「これは、何が……」
「毎度お馴染み《精神交換》か、それに類する魔術だと思うよ。この屋敷全員、心と体がバラバラになってる」
えー、そりゃもう!
ただイース人の魔術ではないっぽい。もっと別の旧支配者だ。
「ちなみに荒士さん本来の姿はどんな?」
「あの……もっと小さくて」
「元は可愛いんだね、安心した」
その一言が失言であったと気づくのは少し後になる。
このとき景貴と清華がいてくれれば、僕は《初見殺し》殺しを使ってでも発言を取り消しただろう。
でも既に遅い。
荒士さんが背筋を伸ばした。
「――言い間違えました、私の身体はコレです」
「へ?」
「これが本来の私の身体です、試験管殿!」
荒士さんの口許が歪み始めた。
目付きも、なんかこうグルグルと……
『瑛音、こいつ目がマジだぞ』
「嘘ついても無駄だよ?」
「――事件は私が独力で解決して見せます!」
そこで限界が来て再び幻想がカドを巡った。
筋肉質の青年が、小さくて可愛い童顔の女子へ変わり――姿を消した。
消えたとしか思えない反応速度で、壁をするすると……
何か登山道具っぽいのを使ってる?
「ええと……」
さっきと違って僕の視界もカドを巡ってるから、今度は荒士さんが女の子に見えている。
印象が全然違うな!
無表情系のジト目ロリ……いや、童顔なだけかな?
一応、職業婦人だし。
華奢すぎるけど、少なくともメイド服は似合ってる。パンツは可愛らしいドロワースになっていた。
でもなー、実際はなー
「うーん……」
『瑛音、ボケーっとしてないで追ってくれ。万が一、このまま事件を解決されると不味い事態になりかねん』
「あっ……りょ!」
荒士さんが残した紐を伝って屋根を目指す。
登り切る直前、バラバラと何か小さな物をバラ巻くような気配がした。
何か仕掛けたな?
でも逃がさな――あたーっ!
「いたーっ!?」
屋根の淵に手をかけた瞬間、不味い系の痛みを感じてとっさに手を引っ込めた。
触ったのはトゲトゲ三角。
マキビシぃ!?
そのまま落下していく――ので、洋館を飾るアールデコの装飾を蹴飛ばしつつパルクールで速度を殺した。
『大丈夫か瑛音!』
「前に四階から着地したこともあるし、二階程度へーき、へーき」
軽口呟きつつ、着地しようとした瞬間だった。
荒士さんが屋根から顔を出すと、小石を二つ投げつけてきた。でも別に当たるような軌道じゃな――
「うわっ!?」
太めの糸で結わえてある!
それが足に引っかかり、グルグルと回転して搦め捕られた。
バランスが崩れる!
顔の前に地面が迫って――ええい、受け身だ。
ニュートを死守しつつ腕、肩、背中、お尻が順繰りに地面を巡って衝撃分散。最後に側面で受けっ。
間髪入れず尺取り虫みたいに起き上がると、その勢いでバク転!
回転しつつ、プラトーで糸を切る。
自由になったところで裏庭の林を抜けたため、唐突に視界が開けた。
「なにが……ああ、池か」
サイズ的には大露天風呂か、ちょっとした釣り堀かな。
この屋敷にもあったんだ、池。
「大正のお金持ちはスケールが大きいな」
『瑛音、荒士は姿を隠したようだ』
ニュートが猫目を細め、鼻をヒクつかせる。
はあ……やれやれ。
池と庭を眺めつつプラトーを戻すと、パシャっと水音が跳ねた。
どうやら鯉でもいるらしい。
「――ニュート、さっき足に絡みついたアメリカンクラッカーみたいのは何?」
『即席の萬力鎖かね。鎖鎌の元ネタみたいな武器で、ヌンチャクみたいに殴ったり、ブーメランみたいに投げて使う。当たれば相手の自由を奪うこともできるな』
「デバフがある武器ってワケか」
ニンジャかーい!
壁を登った時といい、マキビシといい、シュライン・ケージに選ばれるくらいはあるってことか。
厄介な相手だなー
「取りあえず表に戻ろう。捜査の続きだ」
『カドはどうする?』
つまり、視界を元に戻すかどうかってことか。
うーん。
「――大丈夫なら、このままで」
『ギリ夕方までだな。夜に掛かるようならば強制的にカドは元に戻す』
「りょー」
池を去るときにピシャリと水音が立った。
元気な魚だな……
そのまま表玄関に周り、エントランスホールへ入った。
さいわい襲撃はなし。
使用人さんたちが不思議そうな顔をしてこっちを見てるけど、最初のようなトンチキな光景はない。
さっきまでは凄かったぞー
ダイバーシティの見本みたいな情景が広がっていた。
今は、見た目普通。
荒士さんの姿は見えない。
「荒士さん、どうして抵抗するんだろうな」
『そりゃ男になりたいからだろう』
「えー、あの可愛い身体を気に入ってな――ととっ!」
超音速で戻ってきたブーメランの気配を感じ、慌てて口を閉じる。
可愛くても気に入らないことはあるよね……
多様性を尊重しなければ。
『瑛音、事情があろうと他人の肉体を盗んでいい理由にはならん。お前にはそれを言える権利がある』
そうだ、ね。
僕は大正の魔術師に身体を交換され、令和からここに飛ばされた。
元の身体はもうない、帰れない。
「よし、ここから本気出す。事件はとっとと解決だ」
ドスドスと家中を歩き回り、ターゲットエリアを定める。
まずは主人の私室付近から行こうか。
人気ないことを確認して、廊下でチクタク感覚を発動させる。
くくく、チート能力者を舐めんな!
チク タク チク タク チク タク




