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Scene-01 えらばれしものは

 カーテン越しの陽光が、瞼をぺちぺちと叩いてくる。

 ああ、朝か……

 まるで泥の底から這い出たような気分だった。

 だからだろうか、冬に差し掛かりつつある季節には珍しく陽光に強い暖かさを感じる。

 あるいは自分が冷たく弱っているか……


 なーんて感じに浸っていると、顔の真ん中を本当にぺちぺちと打たれた。

 相手は――肉球がついた黒い前脚。


「おはよー、ニュート」

『おはよう、寝ぼすけ。丸二日ずーっと寝てたぞ?』


 肉球を引っ込めた相棒がほっと溜息をつき、横へ退いてくれた。

 起き上がり――いてて。

 体中が軋む!

 どうにか起き上がると、どっかの洋館の一角らしい部屋をボーッと見る。

 見覚えがある。どこだっけな、ここ。


『品川だ。井手上を拾ったトコ』

「ああ、あそこ!」


 横のテーブルには水差しとか洗面器とかタオルがおいてある。

 どれもピッチリ平行。


「このピッチリ具合は村茉さんか」

『うむ、双子と入れ替わりにな。双子は激しく抵抗していたが。井手上はカイトーの娘と共に大井町の精神病院。マトモなところだから安心していい。蔵人は無事だが、無事すぎて夕べ逃げた。三業地に酒でもカッ喰らいに行ったのだろう』


 ちなみに大正時代の品川にはそーゆー歓楽街がある。

 と、そこまで考えてやっと頭が働き出した。

 丹後丸の事件!

 アレをどうにか切り抜け、最後に甲板で引っくり返ったところまでは憶えてる。

 そこから、ここへ運ばれたらしい。


『丹後丸事件は一応解決。ただ軍に拘束されそうになったので、撒いて逃げてココだ』

「なるほど……ふああ」


 もう一回、欠伸。

 しかし二日も寝てたか……いや、なんかそんな感じはするな。

 無限かと思うようなキャパシティを持ったボクの身体だけど、一度枯渇しようものなら満タンまで時間がかかる。

 魔術も、物理――肉体も。

 ぐうう~という音がお腹から響いてきた。地獄にも響きそうだ。


「お腹、空いた……」

『ぴ、ぽ、ぱぱっ――ならば身支度を調えろ。起きたら食道へ来いとのメモがそこにある。飯が用意してあるそうだ』

「りょー」




 それから一気に時間が過ぎた。


 この家の人が用意してくれたらしい朝ご飯をガツガツ掻き込んでいると、飛んできた村茉さんから状況説明。

 村茉さんは着崩れ一つ無くピッチリ。

 そーゆー人である。


 ちなみに蔵人さんは深夜に捕まったらしく、丸の内にある息子さんの会社に連行済みらしい。

 無事ならいいか。

 この性格が景貴と清華に隔世遺伝してなければいいんだけど……


 桂は捕虜だけど、高熱を出した井手上さんの治療に奮戦中。

 後で見舞いに行こう。

 軍は――まあ、蔵人さんたちが何とかするか。

 アラート号はドックに引っ張ってきて調査中。今のところ普通の船とか。


 説明が終わった後、村茉さんが書類入れから几帳面な文字がびっしり書かれた紙の束を出した。

 これが今日の本題らしい。


()()()()()()のことなのですが」

「……?」


 朝ご飯であるアイリッシュシチューの牛肉をモグモグと咀嚼しつつ考える。

 工夫と時間をかけて煮込まれた肉塊が、口の中でホロっと崩れる。

 美味しい。

 逆にジャガイモは少し歯ごたえが残って、こっちもいい。

 色んな食材の旨味が溶け込んだスープも美味しいし、浮かんだ香草もいい。

 食べ甲斐があって滋養もある――のは、まあいいとして。


「んぐ……メンバー?」


 村茉さんの口ぶりからすると、ボクの承認が必要な問題に聞こえる。

 柔らかなイングリッシュマフィンをちぎって口に放り込みつつ、まだ少し噛み合ってない頭の歯車フル回転。


『ブラックブックを封印管理する部隊だ。お前が命じてたぞ?』

「――ああ、言った言った」


 猫用ご飯からジャガイモを咀嚼していたニュートがヤレヤレと教えてくれた。

 ぶっ倒れる寸前に言ったあの話しか。


「何か問題でも?」

()()()()、かつ明晰剛毅な意志を持つ者を選抜する予定でした。一名は選抜済みです」

「その一名って、井手上さん?」

「はい、年少の女性にも関わらず実に教え甲斐がある。お陰で人への考え方が少々変わりましたので――できれば、もう二名」


 村茉さんが珍しく笑う。

 ああ、そういえば前に双子へ頼んだ気がするな。

 一番厳しい家庭教師に、って。


 この笑顔が自分に向いてないことを《イースの大いなる種族》に感謝しとこう。

 なむなむ。


「で、問題というのは?」

「選抜の件でいささか。大変申し訳ありませんが、瑛音さまにご足労を願えればと」

「ああ……失敗した、と」


 実戦での最終テスト中にトラブルで帰ってこなくなった人がいるのね。

 村茉さんが深々と頭を下げた。


 ボクの体調は――まあ、そこそこかな。

 物理身体は少し怠いけど、動いてるうちに元へ戻るだろう。

 魔術身体のほうは問題なし!


「いいですよ、リハビリがてら見てきます」

『うむ』


 ちょうどご飯も食べ終わった。

 同じく食べ終わって顔を洗っていたニュートを抱き寄せると、立ち上がる。


 さて新たな事件!

 休む暇もないけど、仕方がない。

 待つのは密室事件か謎の怪人か、どんな事件でも来い、だ。



 



 そうやって、整備済みのオースチン7で出発する。


 乗り込んだのは僕とニュートのコンビだ。

 装備とかは、いつもの!

 後部座席ではニュートが村茉さんの資料を器用に読んでいる。


『目的地は東京()外の代官山だな』

「渋谷だっけ、りょー」


 明治神宮が完成して鉄道の駅から参道も整備された、未来の高級住宅街。

 でも、まだ道路は未舗装なんだよね。

 火星みたいに冬枯れた目黒川沿いの土道を、セブンでひた走っていく。

 そのうちニュートがフードへ戻ってきた。


『事件のあらましを説明するぞ』

「りょー」


 簡単に説明すると、幽霊事件っぽい。

 一人娘さんが黒い影を都度見るようになり、そのうち主人の人も見るようになった。

 足音が響いたり物が動かされたり。

 よくある、よくある。神話事件かは分からないけど。


「エージェントさん、なんで帰ってこないんだろうな」

『それを調べるのだ』

「そりゃそっか、りょー」


 なんて会話しつつ、皀樹(さいかち)橋で目黒川を渡る。

 そうやって目的地の代官山へ北上して……って、森だ。緑濃いな。でも家はあって、アチコチに公園みたいのも点在してる。

 ちなみに地名に「山」とあるけど、山ってほどの勾配はない。


「ニュート、代官山の解説もよろー」

『いわゆる新興住宅地だが、VIPのお屋敷が何十と軒を連ねている』

「お屋敷ってどれ? 公園しか見えないけど」

『その公園一つ一つが個人宅だぞ。どれも壮麗を極めたよい眺めだ、タイムトラベラー冥利に尽きるな!』

「えー!?」


 ニュートが肩に乗り上がって喉をゴロゴロ。

 いや、その……個人宅!?

 庭園と雑木林に、広いボート池すらある公園に人が住んでるのか!


「はあ……令和ってビンボーなんだな」

『金持ちの数自体は、令和の方が圧倒的に多いのだがな』


 そんな会話を続けつつ、目的地である屋敷に着いた。

 広い庭に、大きなL字型の建物は和洋折衷の二階建てだ。

 ただ庭はちょっと荒れ気味かも。

 セブンをひらりと降りると、玄関へてくてく。


『瑛音、事件のおさらいをする』

「この洋館の主人、平野さんが結社の偽装した探偵会社に調査依頼したんだよね」

『そうだ。そこで派遣されたのが、シュライン・ケージ出身のエージェントである荒士(あらし)


 シュライン・ケージ、別名は「宮護守(みやごもり)」という。

 戦国時代から存在する組織で、神社仏閣の支援の元で精神病患者を引き取り、山ごもりによる修行やボランティア活動、あるいは傭兵として物騒な事件に従事させてきた組織らしい。


 そうやって障害を持ってしまった人たちの衣食住を繋いできた。

 治療してなさそうなのが気になるんだけど、ニュート曰く「大昔に治療薬なぞあるか!」だそうな。

 そりゃそうか。

 明治になると海外組織を参考に大改革が行われ、ゲームっぽく言うなら「探索者」を育成する組織として整備された。

 そんなシュライン・ケージへ入る条件はひとつ――


「真実を知り……なおかつ、生き残った人か。厳しいね」

『相手をしている存在が存在だしな』


 そして試されている内の一人が、ここにいる。

 さて、どんなトラブルに巻き込まれたのか……なんて考えていると、使用人さんが玄関から迎えに出てきてくれた。


「あれ……?」


 すごいヘンテコな一団を見たような気がして、目を疑う。

 けど次の瞬間、もっと嫌な感覚が襲ってきた。


 ぞっ――わわわわ!


 背筋を冷たい電撃が駆け巡った。

 ニュートもフードの中で引っ繰り返り、僕も転びそうになる。


『瑛音、不味い。カドを巡ったぞ!』

「りょ!」


 つまり、次元のカドを巡った。

 ここは三次元であって、三次元とは言い難い空間になったとも言える。

 ただ、まだそう大きくは巡ってない。


 エントランスで出迎えてくれた――品の良い()()()()が、不安げに目を伏せた。

 どうやら、こっちの困惑に気がついたらしい。

 また異常な事件が……そんな目をしている。


「大丈夫ですか、()()()()()でもございましたか?」

「……」


 どうするか瞬時に考え、答を出す。

 取りあえず会話に乗ろう!

 うん、いま騒ぐのは何か不味い気がするし。

 

「ええ……変な気配を」

「ならば話しは早い。――ようこそ、綾瀬杜様。お話しは伺っております。なんでも変わったの専門の探偵ですとか」

「ええ、専門ですとも」


 限度はありますが……小さく呟きつつ、努めて平静を保った。

 困った。判断が付かない。


 ()()()()

 目の前には館の主人の平野さん、それにメイドさんの服を着た人たち。

 使用人なんだろう。

 ちなみに、日本でよくある黒いワンピースにエプロンというメイドさんの制服は実在する。

 ただし実用一点張りだけど。

 頭はヘアカバーみたいなキャップだし、フリルとかリボンもない……けど、背の高いメイドさんはスカートの丈がかなり詰まってる。太ももが眩しいかも知れない。


 うーん、どうしたものか……

 見たくはないんだけど、目がどうしてもそっちへ吸い寄せられるなあ。

 ニュートも珍しく困ったような顔をしていた。


『瑛音、一度撤退もアリと思うが』

「合流が先」

『うーむ……()()調()()だと、合流しても駄目かも知れんぞ?』


 そっすね。

 もし気付いていて、敢えてやっているのなら見込みはあるけど。


「では、まずご説明を……私の部屋へどうぞ」

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