Scene-03 陥穽と開幕
「いや、ちょ……」
「兄は……体調がお悪く。日比谷三角にはおりますので、ご心配なされなくとも大丈夫です」
清華は肌を羞恥に染めながら、伏した瞳の端でチラチラと僕を追う。流し目だ。
これが決定打になった。
「う……わっ、うわわーっ!」
頭の片隅でイース魔術の発動まで考えつつ、割と本気でダッシュ!
全力で部屋の外へ出ようとする。
――その腕が、優しく、しかしネッッットリと、掴まれる。清華が身体を大きく反って、こっちの手をガッチリ掴んでいた。
身体が反ったので、ポーズがさらに破壊力を増す。
「出られるのでしたら、お着替えを先にして下さいませ。瑛音様のそのようなお姿を誰かに見られることがありましたら、私はその物をどうしてしまうか分かりません……!」
はぁ、はぁと激しい息づかいが聞こえてくる。
グルグルした印象を受ける瞳が、さらに狂気の度合いを増していた。
その目を見てやっと自分の勘違いに気付いた。
清華は、こっちの尻しか見ていない! そりゃハンターの目に見えるよ!!
どうやら清華は僕のシュミーズ姿に欲情していたらしい。
自分の感覚では色っぽくもなんとも感じないんだけど、大正時代では違うということだろう。
ふとラッキースケベという単語が浮かんだ。
ラッキーだったのは間違いなく彼女だ。
「わ……かった。先に着替えるから、車と、装備を……用意してきて。結社の仕事優先で!」
その言葉に、清華の理性が戻る。
理性……だと思う。
目はまだ狂気でグルグルしていたけれど。
「承知いたしました、瑛音様。車は燃料満タンですし、銃と剣も、既にご準備を整えております。では先に瑛音様のお召し替えを……」
もの凄い圧を持った清華が迫ってくる。
結局、ぐるぐる目の圧に負けて清華に着替えを手伝えさせた。
幸いというか当然というか、着替え自体は普通。
結社の仕事優先という言葉はちゃんと効果を発揮してくれたらしい。
服は荒事にも耐えられそうな軍装風のスーツジャケットとタイツ、スカートを選んだ。
女物にしたのは、着ている下着類を何があろうとも脱ぎたくなかったからだけど。
「い……行ってきます」
最後に白いフード付きマントを羽織る。
帽子はいいか……フードあるし。
下着姿のままの清華が、必要最低限の動作にあらん限りの敬意を込めた礼で見送る。
出たところで、震えながらこっちに向かってくる景貴とばったりブチ当たった。
「何してるのかな」
男物の服を着ている以外に妹の清華と区別できる要素がない、美少女顔の美少年。
その本物の方。
目は――こっちもグルグルしていた。しかも潤みまくってる。肩は小さく震えてて、男なのに内股で……
な、生々しいな。
誰もいないとはいえホテルの通路だよ?
本人も分かっているらしく、顔には羞恥が強く混じっていた。
「申し訳ありません、瑛音様……」
OK、僕の顔を凝視しながら切ない溜息を出すのは止めて。
そういや下のホールで僕の唄を聞いてた時に滂沱の涙を流してたな。
背筋ピーンと伸ばして。
あの曲好きなの? 実は曲名知らないんだけど。
「……」
反応してくれない景貴の首根っこを引っつかむと、部屋に放り込む。
清華が飛び上がり、舐めて吸って嗅いでいた僕のステージ衣装を隠したような気がしたけど、意志の力でスルーして部屋を後にした。
「清華、お兄ちゃんよろしく」