Scene-03 ウィル・トゥ・パワー
「瑛音さま、お慈悲を!」
「瑛音さま、後生ですぞ! ほら、敵を知り己を知れば百戦危うからずというではありませんか!?」
ダメです! ぐるるるる!!
あと、だから何で桂が僕に「さま」付けるの!?
「蔵人さん、本は《丹後丸》にあるんですよね?」
「えーと……いや、あはは」
「僕の《力》を忘れたわけじゃないですよね、隠し事なんてするだけ無駄ですよ!」
「――うん?」
蔵人さんが微妙な顔をした。
何故、そんな当然のことをワザワザいうのですか……そんな感じの目でこっち見る。
ああ、そういえば言ってなかったか。
桂に知られたくないので、目だけでイース人から《幻視》が禁じられてることを伝える。
「なるほど、なるほど……善悪の彼岸ですか」
蔵人さんの目に理解の光が走る。
ついでに打算の陰も。
うふふふふ、見逃してないぞー
桂は横で目をパチクリさせていた。
そうね、桂は僕がヴァレッシュ医師みたいに《幻視》できること知らないしね。
教えるつもりもないけど。
「もう一度聞きます、ブラックブックは丹後丸にあるんですよね?」
「いや、その……はい」
へたり込んで変顔さらす蔵人さんに、荒い鼻息をぶっかける。
よし、後で絶対燃やす!
隠しても無駄だ、僕の幻視から逃れられると思うな。仮に、僕の《幻視》に気付いても……ん?
――ああ、そうか。
ここで幻視できないのは、見てはいけないモノを僕の目から隠すため?
のぞき見たら、のぞき返される……と、いうことは。
「もしかして、ここを《幻視》してるのは旧支配者……?」
「瑛音さま、いま何と……うおっと!?」
後ろで、旧支配者たちががっぷり四つに組む。
ぎゃー!?
再び、津波みたいな衝撃波が立ち上がった。
ちょっと間を置いてから墓場の廃墟に届く。サインが嫌な軋みを立てて――うぷっ、苦っ!
飛沫が飛んできた!
「うう……」
「大丈夫ですかな、瑛音さま」
飛沫から、再び蔵人さんが庇ってくれた。
プラトーも甲高い音を響かせる。
桂の張った部分も意外と頑丈で、どうにかサインの境界を維持できているようだ。
「瑛音さま、いまは休みましょう。御身の回復こそが脱出の鍵」
「ありがとうございます。――でも『水の起源』は後で処分しますからね?」
ギロリ。
睨まれた蔵人さんの口の端が微妙に引きつってる、ような?
まあ……いいか。
どうせ、ここでは持ち出したり隠す先はないんだし。
それからしばらく回復に努めた。
旧支配者同士の戦いはクライマックスに向かいつつあるような気はしたけど、無視。知らない。
――そんな強がりを言えるのも、プラトーのエルダーサインがあればこそだ。
怪獣総進撃が終わって静かになったら、手早く脱出の手段を探そう。
ついでに、騒動の原因をもっと深く……ん?
大波と大竜巻が組んずほぐれつしている中で、ポッと空気が割れた。
なんだあれ……ああっ!?
「蔵人さん、あれを!」
指さした先にあったのは、風と大波に翻弄される小さな飛行機だった。
機体下部には一対のフロート、翼は上下二段。日の丸付き!
蔵人さんがウーンと藪睨みする。
「ありゃあ、日本の水偵ですか?」
「たったいま出現しました。もしかして、景貴たちが乗ってるかも!?」
「――承知! 行きましょう、瑛音さま」
蔵人さんは即決!
「桂、行くよ」
「ええ!?」
桂が抵抗する前にプラトーを引っこ抜いてホルダーに収めた。エルダーサインが元の淡い状態に戻って、消える。
死霊たちが殺到してきた。
「あわわ! ――ふっ、ハアっ! イヤアーッ!」
桂の気功だかプラーナだかが放たれ、殺到する死霊たちが吹き飛ばされる。
死霊の群れの中央にトンネルが穿たれた。
孔の向こうに、乗ってきたオープンカーが浮かび上がる。
「桂、その調子で死霊避けお願い!」
「は、はい!」
「ほっ、よっと……よし、掴まっていて下さいよ、瑛音さま!」
先に飛び乗った蔵人さんがエンジンをかけると、ガソリン車に独特のエグゾーストが響きわたった。
僕と桂が車に飛び込むと同時に、車が一気に走り出した。
「お掴まりあそばせよ、瑛音さま!」
「あの、瑛音さま……どちらへ?」
「僕の相棒とゆかいな仲間たちがピンチだから、助けに行く!」
「助けにって、そんな軽く!」
「仲間に重いも軽いもないよ」
桂がハッとしたように押し黙った。
――その後ろで、二柱の旧支配者は僕らを無視して戦い続けている。
寝所の方が大事ってことだろう。
おけ、ずっとやってて!
空と海は曖昧に溶け合い、雷鳴に大竜巻、津波に渦巻き同士が直接殴り合っている。
何となくだけど、クトゥルフとハスターが兄弟という説を思い出した。
地球の中だけの話しなんだろうけど、海と空の溶け合い方を見ていると確かにそんな感じを受けるな。
空と海の曖昧な境界を、ロ号がフラフラと飛んでいく。
コントロールを失いかけている。
というか、飛ばせてるだけ凄いな!
エルダーサインか、それに類するような――井手上さんの魔術とか?
「スペル破りかな……でも、あんなの長時間持つワケない」
「不味いですな、あれでは海側に墜落しますぞ!」
元は砂漠なので鳥取みたいになってる砂浜を、英国のエンジニアさんたちが丹精込めて作ってくれた車で全力疾走する。
ロ号が機首をどうにか砂浜側に向けた。
「動かしているのは……やっぱり景貴か!」
「おお、わが孫よ! バカ息子は遊び一つしない石頭の堅物だったが、お前は見込みあると思っていたぞ」
「後ろは引っ繰り返った井手上さんに、清華と……ニュート!」
ニュートは失神しかけてるらしい井手上さんに前脚でぺちぺちしつつ、何かを必死に叫んでるようだ。
けど双子には全く通じて無さそう。そりゃね!
「――蔵人さん、一度距離を取って下さい。飛行機めがけて直線で全速を!」
「承知!」
英国製のエンジンが唸りを上げ、オープンカーが一度距離を取ってからターン!
そして一気にスピードを増す。
後部座席で立ち上がると――車の上を走った。
チクタク感覚が奔る。
チク タク チク タク チク タク
げげ、二柱の旧支配者がこっち向いた!?
ええい!
運転席を飛び越えると、ボンネットの上を駆けて――
チクタク……チクタクチクタクチクタクチクタク!
意識のスイッチを蹴飛ばすと、チクタク感覚が荒れ狂う。
蔵人さんの運転するオープンカーが持っていた運動エネルギーを全部もらい、一気に飛びだした。
前にじゃない、空へだ。
飛び出してきた方向から蔵人さんと桂の悲鳴が聞こえたようだけど、御免そっちで何とかして!
僕はそのまま飛翔――ぐぐ、風の音と圧が凄い。まるで空気の壁にぶっ叩かれているようだ。
プラトーを抜き放つと、平たいブレードで風を切る。
翼ってほどではないけど、これで多少の軌道コントロールが可能……かもだけど、う、腕が引き千切れるっ!
ぐぐぐ……
そうしているうちに、複葉機がぐんぐん近よってくる。
コースは――バッチリ!
でもこのままでは、物凄い早さで胴体にぶつかる――けど、それでいい。上手くやってみせる。
「いける……大丈夫、できる!」
呟きつつタイミングを見計らい、再び意識のスイッチを蹴飛ばした。
チクタク感覚が荒れ狂う。
ただし今度は――逆進でっ!
チート能力が逆張りで展開される。
ギュワっとセカイが引っくり返り、プラスとマイナスが掛け合わさった。
ぐぎゃーっ、運動エネルギーのサンドイッチにプレス!
一瞬だけ肋骨が軋んでから解放され、ふわり――ロ号の躯体に両足が触れた。
「瑛音さま!」
後部座席を井手上さんとみっちりシェアしていた清華が、僕を支えてくれる。
意識が吹っ飛びかけてる井手上さんも気持ちだけは伝わってくるな。
どうにか二人の膝の上に飛び込んだ。
物凄い恰好のままスカートが派手に跳ね上がってたり、身体のあちこちが物凄く痛いけど、いまは無視!
あとすいません旧支配者さん、戦い止めないでー
こっち見ないでー、おねがいしまーす!!
「みんな無事!? 来てくれて有り難う! ――あとパンツの股間を凝視するのやめて、清華!」
『瑛音、よく生きていた!』
「ニュート!」




