Scene-02 シンプルフェイバー
旧支配者同士がぶつかり合う!
海中から出てきた触手のカタマリみたいのが、布を被った幽霊スタイルの巨人に激突。
形容し難い鈍音が響き、生まれた衝撃波が大海と大気を蹴倒す。
ワンテンポ置いて廃墟にも到達した。
「うわっ!?」
サインの表面で火花みたいのがバチバチと弾けた。
これ、神性か!?
あいつらが起こす風や衝撃にすら《神性》が備わっているらしい。
ふと、カルネの不味い顔を思い出した。
神性がサインで遮られてなければ、肉体や精神にああいう変異が起こりかねない。
それは避けたい!
雇い主には悪いけど、円錐みたいな顔になるのもちょっと。
――っていうか、旧支配者から目を離したいんだけど!
目をつぶれ、自分!!
旧支配者はその姿にすら《神性》を持つ。見てるだけでも不味いってのに……
鼓動が徐々に上がり、呼吸が浅く速くなる。
目がジリジリ痺れて……
「瑛音さま」
蔵人さんの大きな身体が被さってきた。
フードも被してくれる。
それで視界が遮られ、バランスが崩れかけていた自律神経が落ち着いていった。
音や衝撃はまだあるけど……ふう、助かった。
「蔵人さん、助かりました」
「かっかっか、お役に立てれば幸いです」
悪人紳士的なウィンク。
蔵人さんは開いてた方の手で、微動だにしなくなっていた桂を引っ繰り返して地面に突っ伏させた。
しばらくして、彼女も呼吸が戻っていく。
「瑛音さま、フードはそのままの方がよろしいかと」
「そうだね、見ない方がいい。桂も、頭抱えて地面に伏せていて」
「ふあい……」
「昨晩は隠れるので手一杯でしたが、今回は二つのエルダーサインで楽に見物できそうですなあ」
蔵人さんは気楽そうな声を出してるけど、その裏にはピシリとした緊張があった。
周囲では死霊も荒れ狂っている。
それがサインの境界にぶつかる度、ジリ、バチっと火花が散っていく。
怖いけど……少なくとも、サインの中なら一応は安全だ。
半分は自分で作っておいてなんだけど、確かに凄いよね……エルダーサインって!
「ふーっ……ふーっ……」
桂のヘンテコな呼吸音が響く。
胸よりお腹を使った呼吸で、大きく吸い込んだ息をお腹でプレスしてるように見える。
しばらくして平静を取り戻した桂が、ポツリと呟いた。
「やはり女は駄目なのですか、お父さま……」
「アレ相手に男女関係ないよ」
声を掛けてやると、桂がハッとこっちを振り返った。
蔵人さんもニヤリと笑う。
「ついでに歳も関係ありませんなあ。年の功とかいいますが、太刀打ちできるような気がしませんわ」
ちょっとだけ持ち直した桂が、ふと気付いて再びこっちを見た。
そういえばコイツも女だよな……って、何かに期待してる目だな、あれは。
すいません男です。いちいち教えないけど。
あとマジで魔術に性別はなーんの関係もないです。もしダメなところがあるとするなら、単純に君の実力……まあ、いいか。
後だ、後!
そのまましばらく休息を取ることにした。
色々気になるし、とても穏やかに休めるような状況ではなかったけど……チート能力を使うための《何か》を回復させとかないと不味い。
このまま大人しく引っ込んでるつもりはない!
「そうだよね、相棒……おっと」
フードは空だ。
黒くてちっちゃくて、頼りになる相棒の姿はない。
――ええい、しっかりしろ自分!
「……」
サインがなければ発狂しかねない程の《神性》が荒れ狂う中、ジリジリと時間が過ぎていく。
しばらく静かにしていると、蔵人さんが何かを差し出してくれた。
ああ、キャラメルか。それが二つ。
一個は桂にあげた。
食べた分、馬車馬のように働けという目で見ると首をブンブンと縦に振る。
蔵人さんも一個食べている。
「――むぐ。そういえば蔵人さん、《丹後丸》はどうなってます?」
「乗客や乗組員とともに砂漠の端に転がっておりますので、部下に面倒を見させております」
「この前、僕らの前に現れましたよね。あれは?」
「ありゃたまたまです。いやあ、瑛音さまを見た時は心底安堵いたしましたぞ!」
悪人紳士の笑み。
蔵人さんに敵対してる人から見れば、本当に悪人なんだろうけどね。
無茶苦茶な手段も取りそうだし。
――ふう。
少しチートの源が回復してきた気がする。
ずうっと背後で、黄衣が大触手をブチ倒す大スペクタクルシーンが展開されたような気もするけど、僕は何も見ていない。うん。
「――蔵人さん、これいつまで続くんでしょう」
「そう長くは続かんと思いますなあ。瑛音さまもご承知のとおり、旧支配者にとって現世は冷たく、空虚すぎるのですよ。例え幻想の中であっても、あの巨体を長時間動かすのは骨のようで」
なるほど……
旧支配者にとって、広がって冷え切った今の宇宙は不快な場所だ。
特に《神性》を持ってる連中には。
だから大半の旧支配者は成れ果てたり、幻想の地に逃げたり、あるいはシェルターみたいな《寝所》で寝転けたりして……ん?
「シェルター……そうか、もしかしてコレは《寝所》の奪い合い?」
桂の肩がビクっと震えた。
おやおや?
何か知ってるんですね、桂さん……後で吐かす!
蔵人さんも僕の説に合点がいったらしい。
「四大級の旧支配者同士が、何処かにある《寝所》を争ってると。ふむ……あり得ますな!」
「蛇状の旧支配者も絡んでますよ。四銃士の一人にいます」
「ふむふむ、海、空に蛇と。ならば争っておるのは……もしや《無名都市》ですかな?」
「――な、なんでその名を!?」
「知っているんですか、蔵人さん」
僕らの反応に気を良くして、大きく胸を反らした蔵人さんは――正気に帰った。
僕の手には、いつもの銃。
ウェブリー・リボルバー・マークⅥのラッチを外してシリンダーを回し、一発目を対神話弾にする。
パチンと戻すと、蔵人さんの顔色がさーっと白くなった。
「蔵人さん、正直に言ってください……またいつもの癖を出しましたね!? 結社や僕に内緒で変な物を集めないようにって、あれほど頼んでいるのに!」
にっこり……から、徐々に憤怒。
「いや……ご、ご一報入れようとはしていたのです! ただ――」
「大正時代でも無線程度はありますよねぇ……」
前にソレで騙されたから、二度はない。
がるるる!
「特級の出物だったのです! ですが、馴染みのバイヤーが他にも欲しがっている者がいると脅すものですから……こりゃ、先に買っとくしかないと。『水の起源』という本なんですがねー」
「――あ、あなたが手に入れていたんですかぁ!?」
桂がすっ飛んできたので、エルダーサインから出ない程度に放り投げる。べしっと!
再び蔵人さんに、にこっ。
「瑛音さま……て、天使のような、お顔ですな……」
「蔵人さん、僕の使命を知ってます?」
「じ、人類破滅の未来を……回避すること、ですな」
蔵人さんはドクドクと冷や汗が流しつつ、変顔を晒している。
あ、目を反らした。
「水の起源って、どんな本です?」
今度は桂に、にこっ。
彼女は正座すると、棒を飲み込んだように背筋を伸ばした。
うん、顔が紅い?
「せ、正式なタイトルは『水の起源』です!」
「ジョージ・ヴァレッシュという医師が二十年ほど前にオスマン統治だったダマスカスで書き記した本でして、ええ!」
二人が必死に説明してくる。
所々わからない単語が出てくるな……オスマンって、令和だとトルコ?
ダマスカスはシリアだっけか。
そんな困惑は顔に出さず、二人を睨み付けた。
桂へは虚勢が通じたっぽいけど、蔵人さんは分からない。
『水の起源』への説明が続く。
「医師は精神に高い効用をもたらす薬剤を求めるうち、遂には《幻視》の力を得たと言われております」
「左様。そうして寿命を知り減らすほど長い幻視の果て、ついに太古の無名都市を訪れたと。そうして記されたのが『水の起源』となります」
ふーん……ん?
んん ?
ちょっと待てぇ……!
「幻視で訪れた変な都市……それ、もしかしてネクロノミコンですか?」
「惜しいですな、瑛音さま!」
「半分あたりです、瑛音さま」
蔵人さん、楽しそうだ。
あと桂さん、なんで貴方が僕を「さま」付けすんの?
「アスル=バハールはネクロノミコンではありません。ですが、その異典の一つに数えられておりますぞ!」
「はい、イスラム帝国最後の繁栄期……八世紀頃でしょうか。首都ダマスカスにて書かれたという魔術書が『ネクロノミコン』ですが、『水の起源』はその片鱗をより深く、現代の言葉で直接得られると言われています」
「まさに!」
蔵人さんと桂が鼻息をシンクロさせつつ頷いた。
うん、ネクロノミコンね……おけ。
二人に、にっこり――からの、大憤怒!
「――そんなバッチいもの、すぐ燃やしましょう。対神話弾か、それがダメならプラトーでぶった切ります!」
長すぎたので章を整理しました
さっさとこの章を終わらせたいです……
次回は次の週末くらいに




