Scene-01 デッド・バイ・デイライト
蔵人さん運転するオープンカーは、砂漠果ての砂嵐をくぐり抜け――うげげ、ぺっぺっ!
やがて荒れ地へと入った。
ずっと奥には、石造りの都市が見える。都市……っていうか、廃墟か。
蔵人さんは、そんな廃墟の一角に車を滑り込ませた。
たくさんの盛り土があって、石材がデタラメに投げ捨てられてる場所で――ああ、違うか。
これはお墓かな?
車から降りると、皆で霊廟みたいな建物の影に避難する。
「ここは……?」
「何者かが《カルコサ》という都市を《幻視》したようですな。昨日そこの塚に座っていた死霊がそう呟いておりました」
「幽霊が出るの!?」
「左様。瑛音さま、ここでは夜ごと死霊を呼び覚ます風が吹き荒れますぞおぉ」
蔵人さんは、何とかカントカロバルティンと書かれた石柱の横で幽霊の真似をする。
そこに幽霊が出たのだろうか。
「砂漠では潜水服の怪人にビヤーキー、廃墟では死霊か。大きくて物騒な《幻視》だなあ」
「いやいや、その程度は序の口ですぞ。ここには《旧支配者》も出現します。しかも二柱もいて、どうやら激しく争っているようで……!」
「ええ!?」
旧支配者同士が争うことはよくある。
僕の雇い主であるイース人も間接的にそうだと言えるし、他にもちょいちょいそれっぽい話しを聞く。
ただ、直接殴り合ってるところは見たことがない。
というか、あったら大変だ。
「なら、僕らは神々の争いに巻き込まれたとか?」
「それを調べるのが我らの役目ではないですか、瑛音さま」
蔵人さんがニヤっと笑う。
――後ろからも、いまはここにいない相棒の気配がする。
そっか……そうだ!
よし、仕事だ。
蔵人さんとお互いの拳を打ち合ってから、その拳をそっと掴む。
「ただ蔵人さんは脱出を優先して下さい。僕と違って、あなたは大正時代に本来居るべき人ですから」
「冷たいですぞ、瑛音さま。まだ耄碌はしておらんつもりなのですがのう」
悪人紳士みたいな顔したまま、蔵人さんがくねくねと拗ねる。
景貴と清華の源流だなあ。
「あの……呑気に会話してるところ申し訳ないのですが、変な気配が……」
桂が嫌そうな顔で周囲を警戒しながら、こっちにジリジリ寄ってくる。
廃墟の奥側から、嫌な風が吹き出していた。
陰が濃くなり、そのまま――じくじくと人のシルエットを建った。
幽鬼の群れ!
(オオ――オ――オオオ――)
「これが死霊か」
「――死霊!?」
対神話弾を使うのは勿体ないな……とか思ってると、後ろで桂が立ち上がった。
僕らを庇うように前へ出るとガッシリと大地を踏みしめ、階梯を昇るように呼吸を整える。
それだけで、桂の周りの空気が浄化されたように感じた。
「ふっ、ふっ……はあっ!」
裂帛の気合いとともに死霊へ向けて手刀を打ち込むと、先頭の影たちが吹っ飛ぶ!
へー、やるなー
蔵人さんと一緒に後ろで拍手。ぱちぱち。
気配が凝結したようなタイプの神話存在が相手なら、滅法強そうだ。
千駄ヶ谷御殿で遭遇したシャンブラーとか。
実体化されて殴りかかってこられたら、どうなるか分からないけど……
彼女は今ので自信を取り戻したようで、シリアスな眼差しで黒さを増してきた空を見上げた。
「不味いな……《神性》の気配が強くなってくる」
「う、そりゃ不味い」
神性に侵食されると、違う《法則》に支配される。そうなったら肉体や精神に大変異が起こりかねない。
桂も頷くと、凜と響く声を張り上げた。
「ここをキャンプ地とする!」
!?
吹き出すの寸前で堪えつつ、思わず桂を見た。
不審そうな目でこっちを見返してくる。――すいません、何でもないです。
「ああ、キャンプとは野営地とか露営地という意味だ」
「知ってるよ、王子さまスタイルになるんだよね」
「?」
こっちの内心ツッコミをスルーし……というかおそらく気付かず、桂は安全そうな場所を慎重に選ぶと、枯れ枝でガリガリと線を引き出した。
描き上がったのは円と――五芒星、その真ん中には目玉。
最後に高級そうな匂い袋から何かの粉末をパラパラとまき、最後に何か呪文と印。
地に刻まれた円が弱々しく光り出した。
本当に弱いけど。
じーっと見ていた蔵人さんが、ほうと感嘆の声を上げる。
「これは《古き印》ですか。独特な魔術ですなー、これは面白い!」
「ああ、《神性》防御ですか。確かに独特ですね。でも、ここでも効くんですか?」
「証明済みですとも、瑛音さま」
蔵人さんはニヤリと笑うと、懐から板状の樹脂を取り出した。
中にはコイン状の何かが密封されている。表面には円と五芒星が刻まれ、中央には目。
それを見た桂が本気で驚く。
まーねー、そうそうお目にかかれないよね。本物には!
「まさか……それは、本物のエルダーサインなんですか!? ど……どうやってそんなものを!」
「南極のキングジョージ島に打ち上がった、巨大ペンギンの腹の中から失敬した」
蔵人さん、ニヤリ。
悪い顔になってるけど、ジッサイ悪い。
手癖とか色々と!
この人、丹後丸の件にも何か絡んでないだろうな。
「改めて紹介しとく。この人は魔術結社の大幹部で、綾瀬杜蔵人伯爵。僕らよりずっと魔術に精通してるよ」
「ええ……」
「蔵人さんにも改めて。こっちはダゴン秘密教団に所属するカイトー・ケイ。結社へ敵対してるけど、まだ殺さないで」
まだ。
その意味はちゃんと理解できたようだ。
主に桂が。
「せ、正確には病で伏している父の名代で、実戦には一度も……!」
その桂は「貴方は誰?」みたいな感じに、恐る恐る僕を見つめてくる。
蔵人さんがズイっと前に出た。
「――こちらのお方こそは誰あろう、綾瀬杜瑛音さまである!」
「??」
桂は、恭しく頭を垂れた蔵人さんと僕を不思議そうに見ている。
そりゃそうだ。
仕方がないな、ちゃんと自己紹介するか。
腰のホルダーからプラトーを引き抜くと、桂が敷いた魔法円の一角にズガっと切っ先を刺す。
弱々しかったサインが完全発動した。
死霊避けプラス、僕なりの自己紹介。
「え……」
幸か不幸か、桂は《プラトー》の正体に思い至ったらしい。
この不思議な両刃剣は人の手によるものではない。それはすなわち――
「せ、《接触》の魔術は至高にして極北なんだぞ! それがノーリスクで、そんな簡単に使えて……使えて、なるもの……か」
激昂し、最後にはメソメソと泣き出した。
敵じゃなければ慰めてやってもいいんだけど……それはそれとして、別にノーリスクじゃないよ?
詳しい説明はしないけどね!
蔵人さんと、ぐずる桂をエルダーサインに引っ張り込む。
死霊が濃さを増している。そろそろ不味い。
「そういえば、桂はどうやってこっちに?」
「船が転移に巻き込まれて……」
「船ねえ……積み荷は何で、何て名前の船?」
「あ、アラート号という船です。極秘で廻っていたので、表には出ていないと思いますが」
アラート号と。ほほう?
「な……なんでしょう……」
「瑛音さま、悪い顔も似合いますな」
「こほん。――それで、積み荷は何だったの?」
「……」
視線を泳がせた桂をどうしてくれようと思っていると、蔵人さんが唇に指を当てた。
静かに! の、ゼスチャーだ。
「瑛音さま、しばしお待ちを。別件で何かが始まりましたぞ……」
蔵人さんが、背後に広がる廃墟の向こうの天空を指す。
そこに黄色い霧が立ち上り始めていた。
いや……恐らく《塵》だな。黄色い塵。
それが大量に集まって、集中して、平面的な何かを構成しようとしている。
しばらく見ているとカタチが定まった。
布状に広がり、シーツを被った幽霊みたいのが二足歩行的フォルムを取る。
いや――でっか! 黄衣の……怪獣だか外星人!?
それがふわりと移動を始めた。足音が響かないから飛んでるな、これ。
黄衣の中は見えない。
見てはならないモノなのかも知れない。
「何かの《旧支配者》かな……」
「おそらく《ハスター》に関わる存在と思われますなあ。――さっきも言いましたが、実は砂漠の奥にも同様の《旧支配者》がおりまして、大乱闘をしとるんですよ」
「えー?」
叫ぶのと、海のように砂漠がザザと波立つのは同時だった。
いや――水か!?
ちこちから間欠泉みたいな水柱が立ち上り、水が砂漠を侵食していく。
うげげげ、しかも海底からアビサルな触手が何本も立ち上がってきた。
触手は透明で、その奥には無数の翠光が瞬いている。
――ヤマダのアレの本体か!?
黄衣の旧支配者が触手へ突進していく!
ずっと遠くで巨大と巨体、風と大波とが真っ正面からぶつかり合った。
地響きが広がり、ここまで水と砂の衝撃が届く。
慌ててマントのフードを被る。蔵人さんもジャケットを脱いで、頭から被っている。
主に目隠しのためだ。
アレは見ちゃいけない!




