Scene-02 イース人の罠
『――という、わけだ』
ニュートの説明が終わった時、僕はぽかーんとした顔を戻せなかった。
場所は横浜外国人街――未来の横浜中華街にある、貿易会社の事務所だ。表向きは。
実際は結社の事務所で、僕たちはそこの応接間を借り切っている。
座り心地のいい革張りのソファに身体を沈め、ふうと溜息を吐いた。長い間、呼吸をしていなかったような気がする。
「どうして、そんなことを……」
『プラトーは真の人類史に大項目を持つようなアーティファクトだ、当然だろう?』
ニュートが見せてくれたのは、イース人がニュートに公開しているアーカイブの一部だった。
そこには――タイツ越しにパンツを丸出しにして腰を抜かした僕が写っている。
そう、僕が写ってて! 僕の情けないポーズが!! がるるるる!
お尻は女の子みたいだな……可愛くて色っぽいな……そんなことを頭の何処か片隅で考えつつ、もう一度考えを纏めた。
「つまりプラトーは使うなと?」
『剣の所有者はお前だ。どう使おうとも咎められることはない。ただ、使うと記念撮影される。それだけ』
「そうか……そうだよね。重要なアーティファクトだし、記録はとって当然……だろうけど、せーめーて! 事前に教えてよ!!」
『この前そうするとイース人から神託があったばかりなのだ。これが一枚目だ』
「最初が、これ……」
くらくらしてくる。
何と言おうか迷ってるようなニュートが、VRみたいに空中に投影された僕のヴィジョンを見る。次にリアルの僕を見て、それからまたヴィジョンを見た。最後に前脚でマズルの下辺りを掻き掻き。
『まあ、なんだ……瑛音は尻のラインが素晴らしい。魔王イーフレイム・エフォーの肉体だった頃とは受ける印象がまるで違う。瑛音と風呂に入った双子の性癖が歪むのも無理はない……ので、誇っていいと思う。うむ』
「がるるるるる! 生まれたときからの身体じゃないとは言え、恥ずかしいものは恥ずかしいんだけど!?」
『あたたた! 耳! 耳を噛むのは止めてくれ』
――その後も色々あった。
あったけど、どうにか調査を再開する。
生きた死体なんて物騒だしね。
うん、放置するわけにもいかない。えー、そうですとも!
『瑛音、そこまで気合い入れて着飾らなくても。オレを念入りにブラッシングしてくれたことは有り難いが』
「やだなー、ふつーだよー!」
だって着てる服は違わないしさ!
徹底的にブラッシングはしたけども、前回から何となく着ている女モノの服なんだよね……
ええい、景貴がいてくれたら服を引っぺがして交換するんだけど。貴族の子供だけあって着てる服は上等だし、何より男物だしさ。
まあ……女装してくるときもあるけど!
最悪は清華でもいいんだけど、残念ながら二人は学校だ。
新たに買うという手も使えない。
この時代は布から作る。サイズごとに大量生産した既製服が普通になるのは、もっとずっと先の話らしい。
『瑛音、目付き悪いぞ?』
あわわわ。
目元をマッサージする後ろでニュートが猫ため息をつくと、冬場の定位置であるフードの中から最初の火災現場を見回す。
僕らは最初のビルに戻ってきていた。
今のところ、ここしか手がかりがないしね……
場所は横浜市郊外。
かなり端っこの方なので、街並みのビジュアルは漁村。横浜が発展する前は本当に漁村だったらしい。
件のビルは三階建てだ。
内装は完全に焼け落ち、アチコチで三階と一階が覗いてる。某サンドボックスゲームの豆腐建築みたいだ。
ここので《幻視》は最初に終わっているので、特に何もしない。
次の幻視への手がかりを探すのみだ。
「死んだ二人の背後はまだ探れてないのかな」
『この時代の記録は紙で、検索は人力だ。いくら結社であっても簡単にパパっと調べはつかないだろう』
「なら、犯人や関係者がここに戻ってくれるのを待つかな」
『それより第三の男が気になる。どこへ逃げた……うん?』
フードのニュートが、ドンと頭を付いてくる。
隠れればいいのかなと思ったその時、扉も焼け落ちてるビルの中に男が二人ほど入ってきた。
四角い顔と肩、ピタリと同調した足音……軍人か、あるいは元軍人かな。
ただ、その割に身なりはいい。
大正の現在、歴史の授業でお馴染みのワシントン軍縮条約の煽りを食って陸軍も大リストラを敢行している。
この二人は軍に残れそうもないタイプに見えるけど、その割にお金はありそうだ。
気配を殺して物陰に潜むと、ニュートがこそりと呟く。
『瑛音……あいつら、ここで微かにしている薬品臭と同じ匂いがしているぞ』
「分かった、なら今日はスルーして明日《幻視》しよう」
そう、僕にはそれができる。
居場所を突き止めたら、さらに幻視を使って必要な情報を洗いざらい調べてやる。
くくく……チート能力者を舐めるな!
こそっと覗いていると、男たちは金属の棺があった部屋まで来て、しばらくそこで佇んだ。
何かを悔やんでるような?
やがて、片方がぼつりと呟いた。
「本当に丸焼けだな……」
「ああ、モーランド少佐の偉大な研究もここで潰えたか。夜明けは遠のいたよ」
声に籠もった感情は真摯だった。
ちょっと見直す。
仮に悪い奴だとしても、胸中では譲れない思いがあるタイプなのかも知れない……
カラン。
まずっ!?
どこかで瓦礫が転がる音がして男たちの注意がこっち側に向けられる。
隠れ直すか、二階の窓から飛び降りるか、判断材料を求めて周囲に目を走らせ――天井の裂けにいたそいつと目が合った。
濃い影の奥に、人間のシルエットが浮かび、さーっと血の気が引く。
第三の男だ!
しまった、一度《幻視》をしていた場所だったから油断した。火にも平気な可能性は考えるべきだったか。
「どこだ……ここは、どこなんだ……」
「誰だ!?」
挙げ句、第三の男さんが声を!?
それで向こうの部屋にいた男たちも気付いたらしい。こっちに……う、銃を抜く気配!?
仕方なく自分も覚悟を決める。
放置して一人逃げるのはちょっと不味そうだしね。
念のため窓を背にする位置へ移動したところで、銃を持った男たちが入り込んできた。
「子供か? 誰だ、お前は!」
「……」
脂汗が一筋。
しまった――こいら鈍いっ! 上っ、上にいるだろう。見ろー!
どうする……教えるか?
仮に僕が教えるにしても、どんな感じでキャラを作ればいいか……
こっちは最悪、写されることを考えないといけないんだぞ!
思考が霧みたいにぐるぐると渦巻き――結局、無言で佇むキャラになってしまった。
似合うかな、大丈夫かな……
胸中の葛藤を感じたのか、ニュートが猫ため息をつく。
『瑛音、プラトーを抜かない限り記録を取られることはないぞ?』
「しっ!」
そんな葛藤を無視して男たちがドカドカと近づいてくる。
銃は隠そうともしてない。
一応、所持は違法じゃない。彼らがこのビルを所有してたら銃を抜いてもおかしくは……あ、そっちから調べる手もあったか。しまった。
「このガキ、何とか言え……うおわっ!?」
「ぼ、ぼくは……え?」
第三の男さーんっ! 会話を始めようと思ったタイミングで飛び降りないで!
驚いた男たち二人と第三の男さんが睨み合う。
三人に何か確執があるのは間違いなさそう……なので、僕は蚊帳の外になった。うわ、かっこ悪い。
『瑛音、ボケーっとして格好悪いぞ。今日は本当にどうした』
「自分でもそう思う」
バン! バン!
安っぽい銃声で考えが中断した。
なんか口論の末に二人が銃を撃ったらしく、第三の男さんが天井の穴から三階へ逃げ出した。
一人が後を追い、残った一人が僕にも銃を向ける。
いかにも、ついでで……
反撃して撃ち殺すかどうかで一瞬悩んだけど……まあいいか。逃げよう!
「おい何処へ行く! お前、そもそも誰だ!?」
「そんなガキは後にしろ! あいつが生きてた……モーランド少佐の実験は、まだ続けられるんだ!」
ややこしい事情があるらしい。
だがお前たちの顔は覚えたし、第三の男さんの場所も分かった。明日にでも幻視で洗いざらい調べ尽くしてやるから覚悟しておけ!
胸中でセリフを捨て去ると、そのまま窓から飛び降りる。
外に隠して停めていたオースチン7へ飛び込んで、一気に発進!
男たちは追ってこないようだ。
『瑛音、さっきも言ったが……別に最初から最後まで撮られてるわけじゃないぞ?』
「分かってるんだけどさー、もう明日! 今日は帰って寝る」
『男には、何をやっても駄目という時がある――眼帯した海賊さんの名言だな』
その名言は知らないけど!
何が起こったのか、明日《幻視》でじっくり調べてやる。時を操るチート能力者から逃げられると思うなよー!
『瑛音!?』
「――え?」
オースチン7の運転席から振り返ったのと、上から降ってきた三体目が後部座席に張り付いたのが同時だった。
伸び放題だった髪と髭の奥から、目が爛々と輝いている。
「サ、サンテロアの野戦病院へ……あがが!」
うわっ、暴れないで!
ハンドルが……あああ、しまったっ!
そのまま車ごと震災瓦礫の山に突っ込む。
オースチン7にはシートベルトはないから吹っ飛ばされて……目の前に星が散った。
そしてまっ暗に――意識がすっ飛んでいく。
うう、今日は最後まで格好悪かった……




