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Scene-09 旧支配者

「ご免ね、ニュート。ご苦労様!」

『慣れてる。それより来るぞ、アレがシャンブラー本体だ』

「この……何が!?」


 シャンブラーが再び不可視になろうとしているようだけど、剣に傷つけられた部分が透明に戻らない。


「無駄だよ、お前はもう消えられない」


 片手だけで剣を構えた。

 世界大戦で生まれたばかりの、近代的な軍刀術の構え。塹壕内での白兵戦や突撃戦を主眼とした歩兵戦術。

 対するシャンブラーは、異形の姿をヒトのカタチに整えようと四苦八苦していた。


『所詮は人間との混じりか。何が起こったかイチイチ考えなければ分からんとは、人としての感覚や常識に囚われすぎだ。中の存在が異形の足を引っ張ってる!』


 ニュートの一喝を受けた怪物が必死にもがくが、徐々に力を失っていく。


「このっ、くそ、一体何が起こって……あがっ!!」


 足掻いた挙げ句、床に倒れて這いつくばる。

 そこでシャンブラーは、やっと自分が手酷いダメージを受けたことを理解したらしい。


「私は人を越えたのではなかったのか……!?」

『瑛音、奴の顔が変わりつつある』


 本当だ。年寄りから、ずっと若く……

 ああ、そういうこと?

 怪我を庇いつつ上体を起こすと、何本もの触手を打ち込んでくる。

 軽いステップだけで、すべて躱した。

 さっきは勘で避けるしかなかったけど、今は違う。


「見えているなら、遅れは取らないよ!」


 触手をすべてかいくぐってシャンブラーの胸元に飛び込むと、再び剣を打ち込んだ。

 小さかった刃がシュカッ! と伸び、シャンブラーの内部から閃光が走る。

 先に呪文でダメージを与えていた箇所からも強い異光が漏れ、融合していた人間の顔が苦痛に歪む。


「その剣は、なんだ!?」


 シャンブラーが、自分に打ち込まれている《剣》をまじまじと見る。

 不思議なフォルムだだろうな。

 人を傷つける道具は、本能や文化、民族的感情に強い影響を受ける筈なのに、この剣にはそんなパトスやエートスを感じない。

 なにしろ、ヒトが作ったものじゃないから!


「はあっ!」


 シャンブラーの肉体を、大剣にまで伸びた刃の一閃で切り裂くと、不浄の肉体が一瞬だけバラりと崩れた。

 まるで本のように……


『瑛音、ブラックブックだ。此奴はヒトとそうでないモノの境界を本から獲た知識で括っている。あの手術痕こそ《ザーツ・ザルム》、旧支配者の成れ果てだ!』

「分かった、任せて!」


 大詰めだ!

 奥の手――柄に刻まれた五角形のシンボル《ナコト五角》を、指でなぞる!

 そしてスキャットみたいな呪文を奏でた。

 唄と言うより、声自体を楽器にしたような感じだ。

 呼応するかのように、剣が閃光を放つ!


 これは《イースの大いなる種族》から賜った魔術だ。刃が非物質化し、僕の腕を巻き込んで《時》が停止する。

 普通のヒトなら、この非物質化で全身の時間が凍り付くだろう。

 けれど僕は平気だ。

 タイムトラベルの経験は伊達じゃない!

 腕が凍り付いたままだから細かい剣裁きはできないけど、今の《剣》に小細工は不要。

 絶対時間の刃へ、《旧支配者》の力を流し込む。


境界よ在れ(テルミヌス=エスト)、《ヴァージ》!!」


 一直線の閃光でシャンブラーごと時空を切り裂いた!

 割れ、砕け、ガラスのように破片が降り注ぎ、最後に本のページが現れた。それが彼方と此方の境界を曖昧にしていた物だ。

 そこに境界を作り出したものこそ、僕の愛剣プラトーで――


(貴様は、何者だ……!?)


 小さな声が漏れた――ような、気がする。

 自虐的に呟いた。


「ただのタイムトラベラーだよ。未来で普通に暮らしてた……」


 理解できただろうか。

 シャンブラーの身体からページがバラバラと散った。散るたびにケミカルな色彩が消え、そっけないリアルへ還ってゆく。

 やがて《宮殿》は消滅し、現実に戻った――()()の現実に。

 小さなため息が漏れた。


「他に行くところもない、か……」

『……』


 ニュートが慰めるように、柔らかな身体をすり寄せてくる。

 ついでに、僕の怪我の度合いを調べた。

 シャンブラーにやられた怪我は大きかったけど、この身体ならば傷跡が残ったりはしないだろう。

 安心したニュートが――元のエントランスホール真ん中で倒れている死体を見た。男性のもので、部屋着の上にガウンを羽織っている。死後三日くらいたっていそうだ。


『天知宗全か。死因は――毒といったところか』

「まさか自殺?」

『さてね? ただ億万長者が一夜にして一文無しとなったのだから、心労は凄かったろう。自殺でも不思議ではない……』


 死体を見て、次にチラリと玄関扉の方を見る。

 そこには――


『旧姓、天知文子』


 玄関には、物凄い目でこちらを睨み付けている文子さんが立っていた。

 記憶の宮殿にいた怪物と同じ目で。

 だけど顔は真っ青――真っ黒というべきか。


 立ってるのがやっとで、それ以上なにかをする体力も精神力もなさそうだ。

 無理もないけど。

 なにしろ頭の中にあった『宮殿』を破壊されたから。脳の一部を切除されたに等しいだろう。

 ふうと溜息をつく。

 ああ、もう。怪物相手だけでも面倒なのに……


「殺しちゃ駄目」


 釘を刺すと、文子さんの後ろから双子がそっと顔を出した。

 景貴は大振りのトレンチナイフを、清華はモーゼルミリタリー・レッドナインを全身で構えている。

 どうやら様子を見にきていたらしい。

 この二人が来るから、外の人たちが呼ばれたんだな。


「瑛音様、こちらを」


 景貴がそっと近寄ると彼女から鞄を取り上げた。

 ひょこんと降りたニュートが、放り出された女物の大鞄に鼻先を突っ込む。

 ごそごそと中を探り……


『あったぞ、瑛音』


 引っ張り出されたのは、本だ。

 タイトル『デ・ウヱルミス・ミステリヰス』、日本語では『妖蛆の秘密』だ。

 今回の原因となったブラックブック。

 あと、本と一緒に仲介屋の事務所からなくなってた物が多数――


『つまり、こいつが父親を使役していたのか。正確にはその死体を……』


 父親の皮を被っていたってことね。

 文字通りの意味で。


「あの怪物、正体どっちだったんだろう」

『さてね。父親自身が吸血鬼みたいな奴で、皮を被った娘は被害者かもしれん。あるいは、似たもの親子だったか……』

「……」


 文子さんは変わらず無言だけど、こちらを睨み付ける目が答になっている気がする。


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