Scene-07 メモリーパレス
ウェブリーを引き抜くと、無造作に人影を打つ!
銃は、世界大戦でも大活躍した英軍制式の回転式拳銃。未来のマグナムとかには叶わないけど、この時代としては威力が高い。
デタラメな空間に二つの銃声が響き、どっちも人影に命中した。
なんだけど――何の手応えもない。
布を打ったように、影がひらと揺らめいただけだ。
「馬鹿が!」
軋んだ声が真後ろで響く。
ひええ!
勘だけで身をかわした瞬間、銃を握った側の肩口が大きく弾けた。
マント、ジャケットごと白繻子のシャツが引き裂かれ、肌が血に塗れる。残ってた布地が何かに強く引っ張られた。
目には見えないけど、自分のすぐそばに何かがいる!
「この!」
とっさに空いている手で――剣を抜き放つ!
大きさは小剣ほど。
柄まで単一素材の削り出しで作られた不思議な刃が布を切断し、返す刃で肩口の空間を薙ぐ。だが何の手ごたえもない。
興奮したニュートが、背中の毛を逆立てて威嚇する。
『大丈夫か!?」
「何とかね。それより今のが何かわかる?」
激痛に耐えながら、剣の柄を撫でた。
そこには五角形の装飾が刻み込まれている。
いま、コレを使うべきか……
『まだ分からん……さっきの場所にまだ天知宗全が立っているから、調べに行こう』
「りょ!」
人影は動かず、塔の上からこちらをじっと見つめているままだ。
ニュートは子猫の体格とは思えない身軽さで壁を駆け上がる。その後を追って、幾何学が崩壊した空間を走りだした。
後ろから不可視のアギトが何度も襲ってくるが、勘だけで何とか避けきった。
だが反撃はすべて空を切る。
刃は虚しく風を斬り、銃弾は空間を素通りするだけだ。
「剣も駄目だし、銃も駄目か。厄介!」
部屋は記憶の集合体だから、繋がりとか境界もデタラメだ。
離れたりくっついたりを繰り返す足場を飛び越えつつ、パルクールを駆使して何とかニュートに追いつく。
ニュートは倒れた人影の匂いを嗅いでいるところだった。
人影――ではない。よく見れば皮だけだ。まるで蛇やトカゲが脱皮した後のように、抜け殻となった人の皮があるだけだ。
「うええ、気持ち悪い」
『これは……文字通りの外面というべきか、一皮むけたということか。どうやら、この迷宮の主は完全に人を辞めたらしいな』
「つまり皮を被っていたと!? バーストってそーゆーのに詳しかったりするのか、なっ――うおっと!!」
前へ飛び込む。
リアルでローリング回避する日がこようとは!
『猫は猫を被らんぞ。瑛音、それより変異が精神だけに留まっている保証はない。ブラックブックの記憶を探せ!』
「お喋りな猫め、目障りだぞ……」
え、ニュートの言葉が分かってる!?
黒猫の周辺に異形の気配が凝縮した。
「ニュート!」
とっさに割り込み、剣で空間を薙ぐ。
だけど相変わらず何の手ごたえもない――そう思った瞬間、剣を握る腕に急激な荷重がかかった。
「いたーっ!」
服ごと肌が裂け、血が霧状に弾ける。
激しい痛みが走った。
何かが素肌にかじりつき、僕の血を啜っている!?
不可視のアギトに腕をねじ上げられ、剣を取り落とした。
「ぐっ……」
『瑛音!』
瞳を真っ赤に燃やしながら、ニュートが何もない空間に噛みつく。
今度は手応えがあった!
小さな牙が虚空に突き刺さると同時に、実像が現れる。
蛇のようにうねるチューブ状の筋肉塊だった。
細かい歯がぎっちり並んだ吸盤状の口が腕に張り付き、その血をすすっている!
チューブ反対側の根元は虚空の彼方だ。
知識にある範囲で一番近そうなのは、ヤツメウナギあたりだろうか。もっとずっとアビサルな印象を受けるけど!
「甘露、甘露……くく、変じてもこういった感覚だけは消えんなぁ。美食には凝ったのだよ。人肉も食ってみたことがあるが、当時は不味いと思っていた。だがお前の血と肉は格別だぞ!」
「このっ!」
全力で振りほどく。いだだだだ!
化け物はくすくすと笑いながら身を離すと、ニュートを振り落として滲むように消えてゆく。
とっさにキャッチ!
そのまま抱きしめ、窓辺まで一緒に下がる。
窓は……駄目だ、騙し絵みたいに別の部屋に続いてるだけか。
「逃げ場など何処にもないぞ、小僧!」
不可視の怪物は既に見えなくなりかけている。
不味い、回避しないと――
そこで足が滑った。
足元にあった、滑らかなベルベットのカーテン!
だめだ、吸い付くように離れない。
本体が上からブチブチと落ちてきて、布で視界が遮ら……!
『瑛音!』
声とともに、カーテンが生きてるみたいに広がる――違う、カーテンを咥えたニュートが虚空を走ってる。
虚空――じゃなくて、怪物の身体の上をだ!
赤い布が波のように怪物へ覆い被さった。
ブチブチとカーテンレールを引き千切り、ぐるりと巻き込まれる。
ヒトのカタチ!
「このっ!!」
ウェブリーを抜いて、カーテン越しに残り全弾を叩き込む!
命中した箇所から血が飛び散った。
「おおお、小僧!!」
「逃げるよ、ニュート!」
『おう!』
フードに飛び込んできたニュートを連れ、部屋同士が一番ゴチャっと固まったオブジェへ向けてジャンプ!
落ちた剣を拾いたかったけど片手では難しいか。
代わりに空中でウェブリーを口に咥え、左手でラッチを外した。トリガーガードの先にある支点でシリンダー部が折れるように割れ、撃ち尽くした空薬莢がパラっと飛び出した。頬の横を落ちていく。
咥えたまま空中に突き出した階段の手摺りに着地し、そこを全力で駆け上がる!
後ろで階段が爆発したように砕けた。
カーテンの残骸が破壊痕でヒラヒラと揺れている。アイツも追ってきてるか。
手摺りの頂点で――再ジャンプ!
デタラメに重なるセカイで、ひときわ目立つ位置にあるシャンデリアを掴んだ。
空中で身体を捻り、全方位確認。
シャンデリアに掴まって状況を確認しつつ、ベルトから一発だけ装填してシリンダーを戻す。
残り五発も装填したいけど時間がないっ!
シャンデリアから飛び降りた。
「小僧が!」
声とともに、追ってきたカーテンが破裂するように破れる。
不味い、引き剥がしに罹ったか。
怪我してない方の手で銃を構えた。
まだ残ってるカーテンの動きを見逃さないようにしっかり睨めつつ、銃を――部屋が寄り集まった塔に向ける!
銃口の先にはデタラメに並ぶ本棚の列、列、列。
あそこに働く重力が下向きかは怪しいけど、賭けるしかない!
ドン!
トリガーを引き絞る。
貴重な《イブン=ガズィの粉》を使った弾丸一発が書架の軍に叩き込まれ、炸裂した。
中心から周辺へ、津波みたいな衝撃波が広がる。
セカイがデタラメに繋がっているので、瓦礫や衝撃波も滅茶苦茶だ。
落ちてる先は――よし、下だ!
「うおおお!」
ボロ布となったカーテンの残骸へ――大量の残骸が……直撃っ! やった、ラッキー!
そのまま瓦礫の中に落ちていく。
――自分も!




