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現実世界恋愛系短編

凍えた星のあたため方

作品中に挿し絵があります。

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 りんごん、りんごん。


 冬の青い空に、涼やかな音が広がります。教会から出てくる幸せそうな花嫁さんと花婿さんの姿を、(まどか)さんはたくさんのひとの中からそっと見守っていました。


 円さんと花嫁さんと花婿さんは、同じ会社で働いています。いろいろと苦労をしてきた美しい花嫁さんを、王子さまのような花婿さんに引き合わせたのは、この円さんなのです。


 地味で目立たないはずの円さんには、ちょっとした噂があります。縁結びの魔法が使えるというのです。


 けれど、本当のところは誰にもわかりません。円さんに聞いたところで困ったように首を傾げるだけ。それに普段会社の隅でこまねずみのようにひっそりと働いている円さんには、友だちはおろか、とりたてて仲のよい同僚もいなかったのです。


「先輩、ありがとうございます!」

燕谷(つばたに)さんのおかげです、本当に」


 いきなり今日の主役たちから声をかけられて、円さんは頬を染めました。恥ずかしそうに微笑み、小さくうつむきます。そのままフラワーシャワーの花びらを、思いきりよくふたりに振りまきました。



 ***



 無事に結婚式が終わり家に帰ってきた(まどか)さんは、引き出物のバウムクーヘンをこたつの上に置くと、小さくため息をつきました。大好きなバウムクーヘンも、今はちょっと食べる気になれません。


「なんだか疲れたな……」


 1ヶ月分の気力と体力を使ってしまった気分です。普段ひとりでいることに慣れている円さんには、今日のようなパーティーはまぶしすぎました。


 ネイルの塗られた小指を見つめ、いけないとわかっていながらささくれをひっぱりました。じんわりと、赤いものがにじんできます。


「またやっちゃった」


 円さんだって本当は、花嫁さんになりたいのです。けれど素敵だなと思う相手には、みんなちゃんと運命の赤い糸で結ばれたお相手がいます。


 もちろん、本当に赤い糸が見えるわけではありません。円さんは、みんなの胸元にある小さな星を見ています。


 嬉しいことや楽しいことがあると、星はぴかぴかと輝きます。好きなひとが近くにいると、その星はさらに光を増していくのです。


 円さんは、この話のことは誰にも言わずに内緒にしてきました。好きなひとを見つけた瞬間に失恋してしまうなんて、楽しいものではありませんからね。


 赤い糸や光る星なんて関係ない。頑張って振り向かせればいいと言うひともいるでしょう。でも円さんにはそれができません。好きなひとの視線の先には、とびきりキラキラした女性たちがいるからです。


 好きなひとに幸せになってもらいたい円さんは普段の引っ込み思案もどこへやら、ついそれとなくお膳立てしまうのでした。


「自分で手伝っておきながら、バカみたい」


 昔はキラキラしていた円さんの胸の星は、今では砕けたかのように小さくなり、すっかりくすんでしまいました。


 幸せは円さんを通りすぎているのでしょうか。


 そんな風に思いたくなくて、円さんはひとが集まる場所やわくわくどきどきするものから、自然と遠ざかってしまうようになっていました。


 脱いだドレスは床の上に置きっぱなしですが、ハンガーにかける気力もわきません。社内の結婚式で何度か着回しましたから、さすがにアレンジしても次にまた着るのは厳しいでしょう。


 大切なひとたちが幸せになることはとても嬉しいはずなのですが、円さんはときどき無性に寂しくなってしまうのでした。



 ***



 賑やかな場所で気疲れしたせいでしょうか。こたつでうたたねをしていた円さんは、不意に目を覚ましました。


 窓辺に強く明るい光が見えたような気がします。


 まさか車のヘッドライトをつけっぱなしにしてきてしまったのでしょうか。このままではバッテリーがあがってしまいます。


 慌てて窓に駆け寄りますが、車に問題はないようです。ほっとした円さんですが、代わりにとんでもないものを見つけてしまいました。


 ちらちらと舞う雪のなかに、なにやら白っぽいものが浮かんでいます。


 鳥?

 毛玉?

 お化け?


 いえいえ、どれも違います。てのひらにのるほど小さな女の子が、ふわふわと空を漂いながら泣いているではありませんか。寒さのせいでしょうか、蝶のような背中の羽もすっかりねじれてしまっています。


 女の子のつぶらな瞳から、流れ星のように涙が滑り落ちていきます。こぼれた涙は、瞬く間に凍りついていきました。


 びっくりした円さんは、大慌てで窓を開けました。寒波の影響で、明日にかけて大雪だと天気予報で話していたような気がします。朝まで外にいたら、この不思議な生き物は、凍え死んでしまうかもしれません。


「迷子なの?」

『迷子なの?』


 円さんが小首をかしげると、女の子も小首をかしげます。


「どうしようかしら」

『どうしようかしら』


 困ったことに女の子は、円さんの言葉を繰り返すばかりです。それでも開いた窓から、部屋の中に入ってきてくれました。


 妖精にアレルギーはあるのでしょうか。とりあえず体を温めるホットミルクでも用意しようかと円さんが考えていると、不思議な女の子はテレビ台に飾ってあったガラスのクリスマスツリーによっていきました。


 クリスマスが終わったのに、出しっぱなしにしていた代物です。そのてっぺんの星に女の子は頬擦りします。


「お星さまを探していたの?」

『お星さまを探していたの?』


 そういえば窓の近くには、ずいぶん昔に家族旅行で買った星の砂が飾ってありました。旅行から帰ってきて以来、みんなの胸の星が見えるようになったので、円さんはこの星の砂をいまだに手放せずにいたのです。


「これがほしいの?」

『これがほしいの?』


 星の砂を渡せば終わりかと思いきや、円さんの問いかけに、女の子はぱちくりと目をしばたかせるばかりです。一体どうすればよいのでしょうか。


「しばらくうちで暮らす?」

『しばらくうちで暮らす?』


 あどけなく笑う女の子を見て、円さんは彼女の面倒を見ることを決めました。



 ***



 小さな女の子は、一体何が好きなのでしょう。かつて小さな女の子だったはずの円さんですが、何を用意したら良いのかさっぱり思い浮かびません。


「あなたは何が好きなのかしら」

『あなたは何が好きなのかしら』


 蜂蜜入りのホットミルクと一緒に円さん御用達の栄養補助食品を出してみましたが、もちろんそっぽを向かれてしまいました。


 はたしてこのおうちに、彼女の心をときめかせるものはあるのでしょうか。会社と自宅を往復するだけの円さんには、少々難しいかもしれません。


 ふわふわと空をとぶ彼女は、円さんと一緒に冷蔵庫を見て首をかしげました。やはり、チューハイの並ぶ単身者用冷蔵庫は妖精さんの範疇外のようです。


「美味しいものはどこかな」

『美味しいものはどこかな』


 結局お部屋のなかを一回りした女の子が選んだのは、今日もらったばかりのバウムクーヘンでした。誰かの役に立つのなら、寒さと胸と懐の痛みに震えながらも、結婚式に出た甲斐があるというものです。


 女の子は箱に巻かれていた金色のリボンを持ち上げて、きゃっきゃっと喜んでいます。そういえば円さんもその昔、長いリボンを割り箸の先にくくりつけて新体操をしたものでした。


「キラキラが好きなの?」

『キラキラが好きなの?』


 家の中で休んだからでしょうか。ねじれて丸まっていた羽が少しだけ、元に戻っています。ちょっぴり元気になった女の子を見て、円さんは久しぶりに楽しい気持ちになってきました。


 帰省しないままひとりで過ごすはずだった年末年始は、女の子のおかげで「キラキラ」になりそうです。


「そうだ、これなんてどう?」

『そうだ、これなんてどう?』


 円さんが戸棚から取り出したものは、会社の忘年会でもらったバスボムです。中にはキラキラのラメや本物のお花が入っています。使ったあとのお掃除が面倒だとしまいこんでいましたが、女の子と一緒なら湯船に入れてみるのもいいかもしれません。


「きっと素敵よ」

『きっと素敵よ』


 一緒にお風呂に入ってほかほかになった女の子は、円さんの手作りベッドを前にしてご機嫌です。



挿絵(By みてみん)



 引き出物の中にあったかごや造花を使って、あっという間に妖精サイズのベッドをこしらえた円さんは、くすくすと笑いながら胸を張りました。


「私、図工が得意だったのよ」

『私、図工が得意だったのよ』


 買った方が安くて早いから。既製品の方が見映えがいいから。そう自分に言い聞かせながらやめてしまっていたハンドクラフトを久しぶりにやりたくなります。レジンを使って妖精さんサイズのアクセサリーを作ってみるのもよいかもしれません。


 円さんはどれくらいぶりかにわくわくしながら、お布団の中に潜り込みました。



 ***



 短い正月休みの間、円さんは珍しく雑誌を見ていました。


 残念ながら円さんの会社は、年末ギリギリまで出社、年始も早々に出社です。いつもならため息が出そうになるのですが、聞きたいことのある今の円さんにとっては都合のよいものでした。


「すみません、この辺りでイルミネーションがオススメなところってどこかご存じですか?」


 普段の昼休みは電話番としてひとり会社に残る円さんですが、今日は勇気を振り絞ってみんなのランチに混ぜてもらいました。


「え、燕谷さん、もしかしてデート?」

「いえ、あの、親戚の子に『キラキラが見たい』というようなことを言われていて……。まだ小さい子なので、何のことを言っているのかわからないんです。とりあえずイルミネーションの写真でも送ってみようかと」


 円さんは女の子としばらく過ごしてみて、女の子の求めるものがやはり「キラキラ」であることがわかりました。食べ物に限らず、心が踊るような「キラキラ」があると、女の子は嬉しそうに羽を震わせながら飛び回ります。そして、背中の羽がより大きく、明るい色あいになっていくのです。羽が本来のかたちに戻れば、女の子はいるべきところに帰れるのかもしれません。


 さすがに「妖精さんが『キラキラ』を探しているみたいで」とは言えなかった円さんは、存在しない親戚の子のせいにしてしまいました。


「小さい子あるあるだよね」

「違ったらギャン泣きするからね」


 小さなお子さんのいるママさん社員さんたちの話に恐れおののきながら、円さんはイルミネーションスポットをメモしていきます。


「燕谷さん、親戚のお子さんの写真ってある?」

「わたしも見たいな!」

「う、うまく撮れているかわからないんですが……」


 そもそも、妖精さんの写真は他のみんなにも見えるのでしょうか。何も写っているように見えなければ、円さんはヤバいヤツ確定です。


 円さんが恐る恐るスマホのアルバムを開けば、ぽやんとした可愛らしい女の子の写真にみんなの顔が一斉に緩みました。


「可愛い!」

「ほっぺ、ぷにぷに!」

「燕谷さん、そっくり!」


 普段は業務以外で話すことのない同僚のみなさんと、思いの外盛り上がってしまいました。


「『キラキラ』って、アニメのキャラクターのことかも」

「絵本で見たお姫さまのことかもしれないわよ」

「ネイルの可能性もあるじゃない」

「あらやだ、『キラキラ』といえばアクセサリーでしょ」


 イルミネーション以外のたくさんの「キラキラ」も教えてもらい、円さんはほくほく顔です。


 みんなの胸で輝く星たちは、色も形も大きさもバラバラですが、大変賑やかです。まるで元気をわけてもらったかのように、円さんの星もぴかりと瞬きました。


 たくさんのひとと一緒にいるのは比べられるようで怖いなといつの間にか思っていましたが、誰かとおしゃべりする楽しさを円さんは噛み締めていました。



 ***



「燕谷さん、今時間ある?」


 そう円さんに声をかけてきたのは、営業部の馬場さんです。先日の結婚式の花嫁さんは、この馬場さんが手塩にかけて育てていました。


 せっかく一人前になったところで寿退社させてしまったから、叱られてしまうのでしょうか。


 固まっていた円さんに、馬場さんは黙ってあるものを差し出してきました。


「『キラキラ』を探しているんだって?」


 てのひらにのせられた小さな紙切れを見て、円さんは首をかしげました。


「これは、何でしょう?」

「やる。小さい子は喜ぶだろ」


 そこにあったのは、きらきらと光輝く「銀の天使ちゃん」でした。5枚集めると、スペシャルなおもちゃセットがもらえるのです。


「わあ、すごい! 馬場さん、運が強いんですね!」

「喜んでいるところ悪いが、それ1枚じゃおもちゃセットはもらえないからな」

「いえいえ、初めて見ました!」

「初めてってことはないだろうよ」


 馬場さんの言葉に、円さんはほんの少し苦笑いをしました。必要なものは申告すれば買ってもらえる代わりに、お小遣いを持っていなかった円さんは、本当にこんなおやつを買ったことがなかったのです。


「じゃあ、さっそく買いにいってこなくちゃですね」

「ネットで攻略法とかもあるらしいよ」


 その言葉に慌ててスマホを開いた円さんですが、少しずつ眉間にシワが寄っていきます。


「全然違いがわかりません」

「残念ながら、俺にもわからん」

「ちなみにあのマークはどうやって当てたんですか?」

「勘だな」

「勘なんですか?」


 攻略法の確認を勧めてきたくせに、実は攻略法とは全然無関係な当てかたをしてきた馬場さんが面白くて、円さんは思わず吹き出してしまいました。


「見つけたら、また持ってくるから」

「ありがとうございます」


 それ以来、馬場さんは円さんのもとにちょくちょく「キラキラ」なものを持ってきてくれるようになりました。


 ときどき、それはどうかしらと思うような「キラキラ」も混じっています。けれど、円さんと女の子のために「キラキラ」を探してくれる馬場さんの優しさが心地よくて、円さんはありがとうと言いながら、ついつい話し込んでしまうのです。


 もらった「キラキラ」が増えるたびに、円さんの心も「キラキラ」が増えていきました。胸の星も誇らしそうに輝いています。女の子もそんな円さんを見て、きゃらきゃらと笑っています。


 けれど「キラキラ」が降り積もるたびに、円さんは馬場さんに会うのが怖くなりました。馬場さんの胸の星が、誰か別のひとの前で明るく輝いていたら、もう今のように笑いかけられないと思ったからです。



 ***



「どうしよう」

『どうしよう』


 羽をぱたぱた動かす女の子の前で、円さんは落ち込んでいました。


 円さんは、気がついてしまったのです。


 今までの円さんは、嫌われるのが怖くて、傷つくのが嫌で、自分の気持ちを好きなひとに伝えられなかっただけなのです。星がキラキラ輝くふたりを応援していれば、自分は安心して勝負から逃げられていたのです。


 だからこそ円さんは、運命のふたりに、何としてもくっついてもらうように努力をしていたのかもしれません。


 決して純粋に好きなひとの幸せだけを願っていたわけではない。そんな自分に円さんは恥ずかしくなりました。


(こんな私が、誰かに好かれたいなんておこがましいのだわ)


 すべてを忘れたくて消えてしまいたい。そのまま冷蔵庫を開けて、円さんは目を丸くしました。中にぎゅうぎゅうに押し込まれていたはずのチューハイは、どこにも見当たりません。


 そういえば、女の子と一緒に食べるコンビニデザートやら、ちょっと変わり種のフルーツを入れるために外に出してしまっていたのでした。


(どうしよう、どうしよう)


 涙目の円さんの手に、何かが触れました。女の子が、銀の天使ちゃんのマークが入った小瓶を持ってきたのです。


 中身はまだ1枚のまま。まだ新しい当たりは出ていません。ちっとも集まらないのに、当たりを待つ日々はなんて楽しかったことでしょう。


 女の子は小瓶を届けると、用は済んだとばかりにお気に入りのベッドに戻ってしまいました。そこは、妖精さんのお気に入りで飾られています。馬場さんにもらった謎の雑誌の切り抜きも飾られているのが、円さんには不思議でたまりません。



挿絵(By みてみん)



(妖精っぽくないな)


 そう思いましたが、自由に「キラキラ」を集める妖精さんが羨ましくなりました。妖精さんを見ていると、自分の「好き」を大事にすることを思い出せるような気がするのです。


(私の星も、優しく磨いたならもっと光るようになるのかしら)


 嫌だ、嫌だと思わないで、もう少し大事にしてみたら、円さんも変われるでしょうか。馬場さんの横で笑っていられるでしょうか。それができたら、どんなに幸せなことでしょう。


(好きです)


 ふっと円さんが微笑んだそのときです。部屋の中に飾っていた女の子の「キラキラ」が、文字通りキラキラと輝き始めました。円さんの胸の星もキラキラと瞬いています。


「な、なに?」

『な、なに?』


「怖くないよ」

『怖くないよ』


 女の子を慌てて引き寄せながら、円さんは自分に言い聞かせるように声を出しました。


 慌てる円さんをよそに、女の子は笑いながら腕の中をすり抜けていきます。


 そしてキラキラと光る円さんの胸の星は、いつの間にか円さんの中に吸い込まれて見えなくなってしまいました。



 ***



「大丈夫?」

『大丈夫?』


 女の子がふわふわと空に浮かんでいます。背中の羽はずっと大きくなり、キラキラと鮮やかに輝いています。最初は揚羽蝶に似ていましたが、復活した今では天女の羽衣のようです。


「心配したのよ」

『心配したのよ』


 女の子の胸には、他のひとに見えるような星は見えません。けれどびっくりするくらいまぶしく輝いています。体の内側に、見えない星を持っているのでしょう。


 お別れのときが来たのだと、円さんにはわかりました。そっと人差し指を差し出せば、女の子があの日クリスマスツリーにしたようにそっと頬を寄せました。


「お星さま、もう見失っちゃだめよ」

『お星さま、もう見失っちゃだめよ』


 どうしてでしょう。

 お世話をしていたのは円さんのほうなのに、なんだかお世話をされていたのは円さんだったような気がしてきました。


 たくさんの「キラキラ」を集めてきましたが、本当に「キラキラ」が必要だったのは、円さんのほうだったのかもしれません。


「ありがとう、もう大丈夫よ」

『ありがとう、もう大丈夫よ』


 星の光は、もうちくちく円さんのことを刺してきません。他のひとの星の光とは少し違うけれど、円さんの星は円さんだけのもの。


 星の砂が入っていた小瓶に、部屋中の「キラキラ」が吸い込まれていきました。


(それはちょっと、無理じゃないの?)


 円さんが冷静にツッコミを入れると、むくむくと「キラキラ」を詰め込んだ瓶が膨らみ始めました。そして大きな大きな風船のようになります。そのまま女の子をのせて、閉まっていたはずの窓をすり抜け、空高く飛んでいってしまいました。


 慌てて円さんは窓を開けました。


 ちりん


 しゃららん


 かすかに鈴の音が聞こえたかと思うと、空いっぱい、花火のように流れ星が降り注ぎ始めます。


 それは眠りに誘うような、優しく柔らかい、光の雨でした。



 ***



 翌日、円さんは困ったような馬場さんに声をかけられました。


 馬場さんの胸には、今まであったはずの星が見えません。馬場さんだけではありません。女の子と別れてから、円さんはみんなの胸の星が見えなくなってしまったのです。


 いつもは星を見ていた円さんですが、今日はまっすぐ馬場さんの顔を見てみました。黒い星のような目が柔らかい光をたたえています。


「燕谷さんさ、昨日、花火見た? 俺さ、確かに見たんだけど、誰もそんなの知らないって言うんだよね。SNSで検索してみても、そんな情報引っ掛からなかったし。それ一発だけだったから、誰かが個人で勝手にやったのかな」


 不思議そうに首をかしげる馬場さんの言葉に、円さんはなんだか嬉しくなりました。


「私も見ましたよ。あれ、どこの花火だったんでしょうね?」

「やっぱり。昨日花火上がったよなあ」


 誰にも見えないはずの「キラキラ」を見てくれた馬場さんは、円さんと同じものを感じてくれているのでしょうか。


 見えなくなったはずの胸の星が、なぜかきらりと光ったような気がしました。


「馬場さん、私最近見つけた『キラキラ』があるんですけど……」


 勇気を出した円さんは、キラキラの笑顔で馬場さんに話し始めました。

イラストは、夕立さま(https://mypage.syosetu.com/571414/)のフリーイラスト「ねどこ」「金銀銅MAGE」(*今からファンアート2021)をお借りしています。ありがとうございました!

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