俺の脳は俺に黙って何を考えているんだろう
『右脳と左脳の間に連絡通路があることは知ってるか?』
「ああ、脳梁ってやつだろう」
『そこに腫瘍ができて、手術で取り除いた人がいるんだ。するとどうなると思う?』
「右脳と左脳が連絡を取れなくなる?」
『そうだ。でもその人間は見た感じ普通に生きてて、普通に会話できる』
「それってどっちの脳が担ってるんだ?」
『喋るときは左脳だ。左脳に言語野があるからな』
「じゃあ左脳が意識のメインになるってことか」
『いいや、違う』
「ほう」
『左半身は右脳が動かしていることは知っているだろう』
「右脳は左半身、左脳は右半身だったな」
『そうだ。それでその患者にこう言ったんだ。思ったことを左手で表現しろって』
「ふむ」
『そしたら口で言ってるのと違う意見を左手で表明したんだ』
「それって右脳と左脳がそれぞれ違う意見を持ってたってこと?」
『そういうことだ。彼には2つの分断された意識があったってことだな』
「へえ」
『ここからが本題だ。君の右脳の左脳は情報交換ができている。だから君という1つの統一した意識が生まれている』
「ああ、それがどうした?」
『今、私と君が言葉を介して情報交換をしている』
「ちょうど右脳と左脳のように?」
『そうだ。神経の電気信号であれ言葉であれ、情報交換であることには変わりない』
「そうだな。右脳と左脳が電気信号で会話する。人と人が言葉で会話する。本質的には同じかもしれない」
『ここで、私と君が合体してできたもう一つの意識が生まれているとは思わないか?』
「…なるほど、確かに。左脳と右脳が情報交換して俺ができてるんだから、俺とお前が情報交換してよりデカい意識が生まれていてもおかしくない」
『そうだ。問題は、そいつが何者なのかってことだな』
「そんなの想像もできないな。逆に考えると俺の右脳は俺が何者かをわかってないってことか」
『そうだな。自分が何の歯車で、何のために存在するのかわかってない』
「なんかおもしろいな」
『ニューロンが集まって脳ができる。脳が集まって社会ができる。そう考えていくと、宇宙全体が一つの意思を持っていると考えてもおかしくない』
「ラプラスの悪魔みたいだな」
『今日はこれくらいにしておこう』
「もう終わりか?」
『私と君が合体してできた何者かが、そろそろ私達の会話に気づくかも知れない』
「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」