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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

幸せな娘(夏のホラー2020)

作者: art

GL表現あり

私の名前は稲原秋穂。

ただの、ごくごく普通の女子高生。2年生だ。

ギャル系でもなくサブカル系でもなく、モテる要素も特にない。

染めたことのない髪は肩で切り揃えて、化粧は最低限。制服のスカートは膝より少し上。

学校指定以外のシャツを着たことはない。


変わっていることと言えば、女の子に恋をしていることと、先程ホームに来た電車にぶつかってしまったことくらいだ。


電車に飛び込んだのは、本当の本当に衝動的だった。

多分私は死んでいるのだろう。

全身は冷え込んでいるのが分かる。でも全然痛みはないのだ。あんなに____が____しているのに。


何故飛び込んだか。

向かいのホームに見えてしまったのだ。

私のクラスメイト、片想いの相手、山口幸。

その隣に背の高い男子高校生。

二人が手を繋いでいる。

幸の帰路は私と同じ電車。逆方向だ。

これからデートか、彼の家か。


楽しそうに、日常会話をしながら寄り添っている。


その光景に、動悸と吐き気と頭痛と、悲しみと、悲しみ?悲しみだったのかな。心臓に何かが刺さったみたいに一気に痛くなった。

実際どうだか知らないがぐるんっと瞳が上を向いたように、視線が上がったんだ。

脳味噌が考えるのをやめて、ああ、死んだら楽になれると直感してしまった。






「ずっと思ってたんだけど、稲原秋穂って、めっちゃ綺麗な名前だよね。」


彼女は私にそう言った。

正直、意味が分からなくてすごく微妙な表情をした自覚がある。


山口幸。やまぐち さち。中学も違うし、あんまり話したことはなかった。

ぼんやりと、染めてるのかな?と思えるふんわりした茶髪と揃った前髪。

特別美人ではないけれど、流行りのメイクが映える丸みがあって可愛らしい目鼻立ち。

明るくて顔も広い。学内にクラス関係なく仲の良い友達がそれなりにいて、知ってる人もそれなりだ。

片田舎の高校生としては、ヒエラルキーの上の中辺りにいる子だ。

ランキング外な私に、そんなこと言ってくれるなんて思いもしなかったから、驚きもあったんだ。

手渡したプリントの名前欄にある私の文字を見て指差しながら、彼女は続けた。


「秋の稲穂の原でしょ?うちのおばあちゃんちの周り田んぼだらけなんだけどさ、秋の稲穂ってめっっちゃ綺麗なの。稲原さんの家族絶対狙って付けてるよね。」


自分の名前は産まれたその時から日常だ。

その意味を考えた事なんか今まで一度も無かったし、親から全然、全く、聞く事もなくて。

その関連性に気付きもしなかった。

照れ臭さで吃りながらも、私は返す。


「ありがとう。ええと。幸って名前も、古風と言うか、ちょっと珍しい響きだけど良い名前だね。」


「でしょ?名前の通り、幸せな人生を歩んでるよ。」


笑って冗談めかしたけれど、本当にそうなんだろうなと思えた。

名前を褒められたから、と言うのもあるが。

名前を付けられた私が、全然気付かなかった事に気付ける感性や自分の親が付けた名前を誇らしげに語れる。

そんな彼女を単純に「いいな」と思った。


ああ、これ、走馬灯だ。

幸との思い出の走馬灯。

彼女はいい子だったんだ。正直すごく仲良しって訳じゃなかった。

だからこそ、彼女の周りへの気遣いや優しさが見えた。

少し派手なグループにいたけれど、地味な誰かを笑うこともないし、男子のデリカシーのない揶揄いにも空気がおかしくならないように丁度良く笑って流して。

言葉の乱れも、周りに合わせてて、ちゃんと歳上には敬語使えて。

流行りは押さえていたけれど、自分の好きなものは曲げなくて。


ねえだから、そんなダサい男と付き合ってるの?


そう思ったところでハッとした。

なんて汚い気持ちだろう。

クラスメイトの彼氏を、馬鹿にするなんて。

彼を選んだ幸を馬鹿にするのと一緒じゃないか。

好きな人を馬鹿にするなんて、最低だ。

最低なはずなのに、汚い気持ちは止まらなかった。涙と一緒に黒い黒い塊が口から出てくるみたいだった。


これがただの幽霊が悪霊となる過程かと、頭の片隅で思う。

涙は止まらない。実際流れているのかどうかは分からない。どうでも良い。悲しみが押し寄せてきて、顔の穴と言う穴から溢れ出している感じなんだ。汚いな。


脳の一部が死んでいく。体から切り離されている感覚はあるのに、何故かそれが分かった。頭の片隅が冷えていく。

段々、彼女が好きだと言う記憶が消える。


悲しい。苦しい。胸が痛い。


そんな想いだけが心を占領していくのが解った。それを客観的に感じていくのは、何とも気持ちが悪いが、それすら客観的になっていく。

どんどん自分から自分が遠くなっていく。


私の身体がもう少し長く生きていたら、大好きな彼女の幸せを願うなんて優しい感情も生まれて来たかもしれないなあ。

たかが失恋なんかで死ぬなんて思わなかった。

ほんとおかしな話。失恋なんかで、死ぬなんて馬鹿だ。

そうだそうだ、なんで私が死ぬんだろう馬鹿げてる。

ずっと見てたのに。なんで彼氏なんか作るの。

私がずっと見てたの。

なのに、どうして?他の人と幸せになるの?


先生から注意された後気にしないでって声掛けたらありがとう超優しいって両手を握ってくれたじゃないか。


私がメイクを真似た時、同じポーチを買った時、お揃いだねそれいいよねなんて笑い掛けてくれたじゃないか。


幸がよく飲んでるパックジュースを買って持って行ったら遠慮してお金を払ってくれたよね。


呼び方、秋穂でいいよって言ったら、なんか照れ臭いから稲原さんのままでなんて気を使ってくれたよね。


仲の良い友達もいないのに、幸目当てで食事会に参加した時も、周りが引いても幸は話しかけてくれたよね。


そう言う優しいところ、大好きだよ。

幸は察しがいいから、幸みたいになりたいって、幸が好きだって、私が思ってたこと知ってたでしょ????


彼氏を作るなんて裏切りじゃないか。


幸せになんかさせない。









ねえ、この駅に出る


幽霊のうわさ

さちこさんって


知ってる?


知ってる知ってる


茶髪の女子高生を線路に引き込む


んでしょ?



なんで茶髪だけなんだろ?




昔茶髪の子に

彼氏を取られて


自殺した女子高生


がいたんだって


その幽霊らしいよ。

あんた気を付けなよ。



目の前に立った制服の女子高生の話を、線路の上で途切れ途切れに、見上げる形で聞いている。

違うよ。違う違う。

噂ってネジくれて伝わるんだね。

面白い。

さちこじゃなくてさちって言うの。


誰が?誰だろう?


いい名前でしょう?


何が?何がだろう?


気を付けろと言われたその娘の、柔らかそうな茶髪が、ふわっと目の前で揺れて、電車がホームに入ってきた。

こわーい、と言いながら笑う彼女の髪が左右に揺らめくのを見ていたら、ざわざわと吐き気にも似た何かが込み上げた。


何を笑っているのよ。

私はあなたを幸せになんかさせない。


手首を掴んで、こちらに引いた。


翻るスカート、瞬間で赤く染まるブラウスと茶髪、もう何度か見た光景で私の心は一時的に満たされた。

けれどただ訳もわからず、黒いものと涙が流れればまた、誰かの幸せそうな笑顔が憎くなる。


さち、幸、さち。


幸せになんか

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