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夜間飛行の扉

作者: 中 紫文

私は長い間生きてきた。今65歳だ。会社も何社か勤めて、無事年金生活者になった。妻も子もいないが今の生活に不足はない。それでもなぜか若いころに帰りたいと思う時もある。でもあの貧乏時代には帰りたくないという思いもある。いまのいくばくかの財産を携えて過去のある時期を過ごしたいと思った。

それでネットを探してみた。

あった。

そのページには、過去への夜間飛行という扉名があった。

ページの入り口をノックしてみた。

扉が開き、怪しげな音楽が聞こえてきて、画面にはいろいろな色彩の帯がぐるぐるとたなびき回転し、次第に私は意識を失っていった。


「おはよう。」

目の前に恵子がいた。彼女は私が学生時代に交際していた女性だ。びっくりして起き上がり鏡を見た。若い自分がいた。間違いない。タイムスリップしたのだ。

「朝はトーストがいいの?」

恵子が聞いた。

「それでいい。」

わざとそっけなく言った。たしか最初の日はそう答えた気がした。

恵子とは長い文通の末、あきらめていたころ、突然彼女が私の部屋を訪ねてきたのだった。チャイムが鳴ってドアを開けたら彼女がたっていた。

彼女は一泊し、朝食を食べて帰っていった。

私は自分の卒論の執筆に戻った。あのころ半導体産業の黎明期でコンピュータエンジニアが時代の花形と思い込んでいた。まったくの思い上がりだったとあとで気づくのだが、当時はそれしか目に入らなかった。

私の学科は変わっていて、電子コースと電力コースがあり、両コースの単位を取得可能だった。もちろん操業名はどちらかになるが、国家試験を受けるときは両方使えた。家が貧乏だったので、アルバイトの家庭教師をしながら両コースの単位を取った。そこそこの成績で卒業し地方の老舗企業に就職したが、地方の国立大なので駅弁大学と一般には軽んじられ、同期入社の旧帝大卒には鬱屈した感情を抱いていた。

恵子は故郷に帰り疎遠になった。

それから20年たった。PCが登場し、やっとインターネットが使えるようになった。

過去への夜間飛行の扉のURLをたたいてみた。あった。まさかと思ったが存在した。

マイページを開き20年後の自分からのメモを開いてみた。そこには有望会社の株価リストがあった。

それから1年株式投資で貯金を100倍にした。その時まで独身を通し貯金を500万円ためていた。結果は5億円になった。山の手線駅近くのワンルームマンションを買いあさった。まだ安くて都心以外なら1000万円の物件も多かった。

毎月賃貸収入が100万円も入ってきた。

恵子に連絡をとった。

恵子はすでに結婚していて子供もいた。やはりと思ったが、一応亭主の職業を聞いてみた。1か月後に社長の粉飾決算が明るみに出て倒産する会社だった。元居た世界と同じだ。

恵子に離婚を勧めた。しかし、鼻先で笑われた。

そのままにしておいた。

1か月後に会社は倒産し亭主は自殺した。家のローンが焦げ付いて、高給取りだったので愛人までかこっていたからだった。粉飾決算の実行者でもあって、警察から事情聴取も受けていた。

恵子は私のマンションにやって来た。

なにひとつ不自由ない極楽のような20年を送った。

養子にした娘も立派に成長した。私は65歳になった。

それで約束通りあの扉を開いた。ここで清算するそうだ。

荘厳なファンファーレとともに扉が開き、中から管理人が現れた。

請求書を見せられた。

「地獄労働2000年」とあった。

これから2000年間地獄で強制労働をさせられるらしい。罪状は歴史の改ざんだそうだ。

くそくらえと思った。

いきなり扉を閉めてPCも叩き壊した。

引っ越しもして電話も変えた。

1週間後にいきなり新しい電話が鳴った。

「管理人です。払い込みがないのでリセットさせてもらいます。」

そのとたん、周囲のものが消えて、もとのさびしいアパートの一室に戻った。

恵子がいた場所に一匹のがまガエルがいた。

毎晩私はガマガエルを抱いていたのかと思って嘔吐した。

ガマガエルが眠そうな目を開けこう言った。

「夜食は何にする?」

私は悲鳴を上げ、部屋を飛び出した。階段でつまずき、落下した。

気づいたときにアスファルトの上にあおむけで倒れていた。

後頭部がなにか温かいものであふれている。不思議と痛みは感じない。

目の前に管理人の顔があった。

「手数料はいただきました。ご心配なく。」

どこからか声が聞こえてきた。

「あいつうまいこと考えたなあ。最近死神の誘いにのらない堅い奴が増えたので

 新手を出してきたんだ。」

夜空には767のテールライトが点滅しながら過ぎていった。

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