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追われる少女と終わってる喫茶店

以前一話だけ上げて消した小説を大幅改稿したので初投稿です。

 街の中心からちょっぴり外れた裏町の一角。

 人通りはあまり多くないが、少なくもない。

 日当たりもあまり良くないが、悪くもない。

 そんな可も無く不可も無い立地に、その喫茶店はあった。


 小綺麗に清掃された、板張りの床と石造りの壁。天井から吊るされた簡素な飾り照明が放つ穏やかな灯り。幾つも並べられたテーブルと椅子、そしてカウンター越しに見える厨房。壁際に置かれた柱時計は現在時刻が正午過ぎである事を示している。飲食業を営む者に取っての書き入れ時だ。……普通ならば。

 だが今現在、この喫茶店に見られる人影はたったの三人。しかも席に着いて一心にオムライスを頬張る一人を除いた残りの二人は、カウンターテーブルの奥に有るキッチンで仕事中の従業員である。昼時にもかかわらず、来店中の客は実質一名のみ。閑古鳥の鳴き声が聞こえてくるようだ。



「……古今東西。一週間以内に100万G稼げる方法~」


 鍋でミートソースを煮込みながら神妙な顔で呟いたのは、店主と思しき年若い金髪のイケメン。

 翠に輝く切れ長の目に憂いを浮かばせる様も、金糸のように輝く長髪を一つ結びに結わえて後ろに垂らした髪型も、肩にかかったその髪房をサラリと背中側に払い除ける仕草すらも……どこを切り取っても一枚の絵画のような美しさが相乗し合い、幻想的なまでに妖しい色気を醸し出している。


 だが如何せん、放った台詞が台詞である。折角の耽美な雰囲気も台無しだった。


「……どったの、突然」


「いや、あと一週間だろ? そろそろ何とかしないとなー、と」


「あー……」


 唐突な店主の呟きに対し、皿洗いをしながら気怠(けだる)げな声で応えたのは、ウェイトレス姿の美少女。左に泣き黒子を携えた、常にジト目の蒼い(まなこ)は、一見すると純粋な子供のようにキラキラ輝いて見える。しかしよく観察すれば、その輝きが星のような煌めきでは無く、氷のように冷たいギラつきだと分かるだろう。

 留意したいのは、別に店主の発言に心底呆れたから冷淡な瞳で睨んだとか、そういう訳では一切無いという点だ。似非キラキラお目々……もとい彼女の冷然とした双眸は、生まれ付きなのである。


「んー……じゃ、全メニューの価格を一桁ずつ上げてみる? 試しに」


「んな無茶な」


 冗談めかした発言だが、その実半分くらいは本気である。いや9割本気だ。文句を言う客など黙らせてやる、という気迫というか気概というか、圧力を感じる。

 ……まぁそもそも、文句を言われる前に先ず客が来るかどうかが問題なのだが。来客数1名のみの現状を鑑みれば、その辺りは察して然るべきだろう。



「キミらさー……そんなんだから客が来ないんだって分かってる? もうランチタイムだってのに、私しか居ないじゃん。お客さん。……いつもの事だけど」


 従業員共のゴミみたいな会話にツッコミを入れたのは、客席に座ってケチャップ塗れの口元を拭うゴスロリファッションの少女。

 いや、椅子に座ったまま床に足が届かない程度の背丈からすると、『幼女』と形容した方が正しいかもしれない。体格とは裏腹に、若干赤みを帯びた黒髪は身長より長く垂れ下がり、床に余る程の長さがあるが、そこ以外は普通に幼女体型である。

 食べかけのオムライスから厨房の二人へと視線を移したその幼女は、真紅の瞳に呆れを滲ませながら、半眼になって二人の店員を眺めた。見た目はともかく、その遠慮の無い言動から察するに、そんな態度が許される程の常連客なのだろう事が窺える。






「いや、お前は客じゃ無いだろ。同僚(・・)だろ」


「何故に席でご飯食べてんの? そしてそのオムライスはどこから」


「んー、今日はオムライス食べたいなって気分だったから自分で作った。あ、今作ってる賄いのスパゲティ、私の分はいらないからね」


「そういう事は先に言え、余るじゃ無いか」


「麺、茹でる前で良かったね。でもいつの間に……」


「さっき二人がイチャついてる時だよ……いっつも除け者にしやがってコノヤロー」


 ……訂正、常連じゃ無かった。店員だった。詰まるところ現在の店内、来客数0名。閑古鳥も飛び去った。




   ▲   ▼   ▲




 ――所変わって、ここは露天商や小型店舗が並んだ石畳の商店街の大通り。食べ物の屋台も多く、昼時だけあって多くの人々で賑わっている。

 普通の人間は勿論のこと、獣耳(ケモミミ)や尻尾の生えた獣人の親子や、剣を背負ったスライム娘の冒険者、ビジネススーツに身を包んだオークの紳士など、様々な種族が共存し活気に溢れていた。



 そんな人混みの中を、襤褸を身に纏った一人の少女が歩く。


 頭まですっぽり布を被り、顔を隠すように縮こまって歩く褐色肌の少女の姿は、或いは人通りの少ない道であったなら悪目立ちしたかもしれないが、ここには多種多様な人々が犇いている。人を隠すには人の中と言うべきか、明らかに訳有りな格好で歩みを進める彼女の様子を見ても、気に留める者はほとんど居なかった。



 しかし、何事にも例外というものは存在する。不特定多数の中に紛れる少女を何の気無しに眺めたとしても殊更気にする者は少ないだろうが、不特定多数の中から少女を見つけ出そう(・・・・・・)と、最初からそのつもりで探している者達にとっては違う。


「……っ!」


「居たぞ、あそこだ!」


 前方からやって来たのは揃いの黒服とサングラスを身に付けた男達。彼女がその姿を認めると同時、物陰や人混みに身を隠す(いとま)すら無く、彼らもまた彼女を発見する。

 少女を『追う者』が声を上げると同時に、『追われる者』である少女は踵を返して走り出した。


 屈強な成人男性と華奢な少女、どちらの方が足が早いかなど考えるまでも無いが、幸いここは多くの人や物が犇く商店街。男達よりも小柄な体を利用し、道行く人波の僅かな隙間を潜り抜け、必死で追跡者を撒こうと逃走する。

 それでも距離を詰められると、路端に置かれていたリンゴの入った篭を「1玉100G」の看板と共に思い切り蹴飛ばして、路上に散らばった果実と騒ぎ立てる通行人を障害物に足止めを図る。

 商品をばら撒かれた店主の怒号を背に受けながらも、決して立ち止まる訳にはいかない彼女は心の中で謝罪しつつ駆け続けた。


 そんな涙ぐましいまでの小細工が功を奏したのか、どうにか人混みに紛れて一瞬だけ彼らの視界から外れる事ができた彼女は、所狭しと立ち並ぶ商店や家屋の合間の細い脇道へと飛び込む。

 余りに狭い、普段人が通るようにも見えないその隙間を通路と認識できなかったのか、後から来た黒服の追跡者達は彼女が潜んだ路地を素通りして人垣の向こう側へと去って行った。

 建物の陰からその様子をこっそり見届けてから、少女は荒れた息を整えつつ壁に手を付き……直後、膝を折って崩れ落ちかける。何とかバランスをとって倒れずに済んだが、上手く立ち上がる事ができない。そうこうしている内に、ぐぅ~、という低い音が彼女の腹から響いた。


「……おなか、空きました……」


 ぼそりと呟いた少女は、今にも倒れそうなフラフラとした足取りで路地の奥へと消えていった。





   ▲   ▼   ▲





「やっぱり儲ける為には値段を一桁二桁上げてもいいと思う。ボクとしては」


「ぼったくり過ぎて客が来なくなるぞ、それ……」


 喫茶店の中では未だにさっきの話を引きずっているらしい。

 客が一人も居ない店内のカウンター席に並んで座り、賄いのミートソーススパゲティを食べながら、禄でもない金稼ぎの方策を話し合う店主とウェイトレス。……黙っていれば美男美女に見えるだろうに、実に勿体無い。


「あ、はいはーい! 思い付いたよ! 値段は変えない代わりに、料理のコストを下げるってのはどうかな?」


 声を上げたのは厨房に引っ込んで食器を片付けていた筈の幼女。どうやら客が来なくて暇を持て余した挙句、この不毛な会話に参加して退屈を紛らそうという魂胆らしい。


「コストを下げるったって、簡単に言うがな……」


「例えばさ、これをこう……」


 と言いつつ幼女がカウンターテーブルに置いた皿の上には、ソースも掛かっていなければ何の味付けもされていない、もっと言うなら茹でられてすらいない、ただの乾麺。さっき幼女がオムライスを食べた為に余ってしまった、賄いの残りのパスタ麺である。


「これをミートソーススパと同じ値段で提供する。我が喫茶店の新名物『プレーンスパゲティ』!」


「おお、何たる天才……ぱちぱちぱちー」


「却下に決まってるだろ阿呆共」


 椅子の上に立ち上がってえへんと胸を張る幼女。それを適当な拍手で褒め称えるウェイトレス。そしてそんな二人に冷たい笑顔でツッコミを入れる店主。気心知れた三人組の漫才である。


「仮にも料理屋でンなもん出せるか、少しはマジメに考えろ!」


「ボクは良い意見だと思うんだけどなー……逆に、メアは何か案あるの?」


「……ふむ」


 残念そうなそうでもなさそうな、どちらとも付かない淡白な声音でウェイトレスから代案を求められ、メアと呼ばれたイケメン店主は暫し間を置いてから答える。



「ノニカに泣き落として貰おう。『ふぇぇお客さん、チップ弾んでよぉ1万Gくらい』って感じで。幼女の涙は最強の兵器だ」


「私を使うの!? イヤだよそんなみっともない!!」


「大丈夫だ、私とミラは嫌な思いしないから」


「私の気持ちも考えろ!?」


 椅子から飛び降りメアの胸倉を掴み上げようとして、背が足りずぶら下がる形になる幼女――ノニカ。

 そんな彼女をくっ付けたまま、メアは何一つ悪びれる事無くドヤ顔をかましている。幼子の涙という最終兵器を躊躇い無く実戦投入しようとする辺り、実に悪辣なやり口である。



「だが実際、お前がやれば十分効果的だと思うんだが……」


「そんな恥も外聞も無いマネできるかバカー!」


「むぅ……」


「まあまあノニカ、ここは一つボク達のお店の為に……ね?」


「うう、他人事だからって……そうだ、ミラがやればいいんじゃないの!?」


「……? ボク?」


 怒れる幼女を宥めようとしたら逆に自分に話を振られ、ウェイトレスのミラはきょとんとした顔で聞き返す。

 ……ただしその眼差しは、困惑と同時に鋭さを増している。『ヘタな事言うとその口縫い合わすぞ』って感じの目付きだ。

 その視線を敢えて無視しつつ、ノニカはミラの胸元を……そこで存在感を主張する豊満な二つの山を指差して言葉を続ける。


「その無駄にたぷんたぷんしよる胸肉を押し付けてさ、色仕掛けで――」

「やるか馬鹿。ボクのおっぱいはメアだけの物だ」


 若干食い気味の一刀両断であった。あとさり気なく惚気(のろけ)も入った。


「ぐぬぬ……けちんぼー!」


「ハッ、何とでも言いなよペタンコちみっこ」


 穏やかな笑みを浮かべながら、凍り付くような眼差しで凄みを利かせるミラ。口調はともかく声音は穏やかなまま、表情も微笑んだままなのに、受ける印象は絶対零度の冷たさ。

 そんな大の大人でも思わず萎縮してしまいそうになる威圧的な視線を受けてなお、ノニカは平然と真正面から……もとい、背が小さいので斜め下から睨み返す。


 暫し視線で火花を散らす二人だったが、そこに口を挟んだのは、つい今しがたミラから胸肉(おっぱい)の所有権を譲渡されたこの店の主。


「ならば私が許可しよう、やるんだミラ! 主に金の為に!」


「許可出ちゃった!? やだよ無理だよやりたくないよ!?」


 (見た目だけは)柔らかい笑みを浮かべていたミラも、これには流石に驚いたのか、血相を変えて反発する。愛と信頼故に預けた己の体を二束三文で即行売り払われたようなものなのだ、さもありなん。


「つか、メアはボクが他の誰かに体でサービスするの何も思わないの!? メアの愛はその程度(・・・・)だったの!?」


 縋り付くようにメアの両肩を掴んでガクガクと揺さぶりつつ非難の声を上げるが、それを受けている側はまるで何所吹く風、平気な顔して答えを返す。


「それこそまさか、逆だよ逆。深く深くお前を愛しているからこそ、その程度(・・・・)の事じゃあ揺るがないのさ。お前が誰と何をしようが、お前が私の(もの)であるという事実は不変だし不朽だ。違うか?」


「違わないけどぉ……!」


「だったら何も問題ないな」


「問題なくない!」


「問題なくなくないって」


「問題なくなくなく――」




「……まーたイチャつき始めたよ、これだから頭ん中に綿菓子詰まった夫婦は……」


 痴話喧嘩を始めた二人は激しく言い争いながらも、さりげなく互いの体を抱き合っている。少しの間その様子を眺めていたノニカだったが、もはや二人とも彼女の事は目に入っていないようだったので、やれやれと肩を竦めて放置する事に決める。

 こういう時の二人は放っておくのが一番だと、彼女はそれまでの経験で知っているのだ。脳綿夫婦(脳味噌綿菓子夫婦の略)の犬も食わない夫婦喧嘩など、もう食傷気味になるほど見飽きたので。

 なのでノニカは背後の桃色空間を努めて無視しつつ、床まで垂れた自分の髪を踏まないよう引き摺って歩きながら厨房の奥へと消えていった。



 暫し後、再び姿を現したノニカの手には、店内清掃用の箒が握られていた。自身の身長よりも長い箒を器用に扱い、苦も無くせっせと板張りの床を掃きながら、ちらりと横目で見れば未だ言い合いを続けている僚友達の姿。


「……んっ、……そろそろ機嫌直してくれたか?」


「もっかいキスしてくれなきゃヤダ」


「おいおい、これで何度目だ? 望むところだが。……ほら、ん」


「んんっ……♡」


 ――否、いつの間にやら口喧嘩から睦言のほざき合いへと移行し、勝手にラブチュッチュしていたようだ。完全に二人きりの世界に入り込んでいる。


 ノニカとしては一人だけ除け者にされてるみたいで面白くないが、この状態の二人の間に割って入れば冗談抜きでブッ殺されるのは目に見えている。――これは予測では無く経験則である。普段から余計なちょっかいかけては〆られてるのだ、この幼女。

 ただ今回は気分が乗らなかったのか、大人しく掃除を続けながら羨ましげな目で()め付けるに留める。……尤も二人共、突き刺さる視線に気付きすらしないが。


 (客足が皆無である為に)清掃するまでも無く清潔に保たれた店内を退屈しのぎに意味無く掃き廻っていると、溜息と共に呟きが漏れる。


「はあぁ~、暇だー……何かこう、面白そうなイベントでも起こんないかなぁ? 例えばそう、追手に追われる訳アリな美少女が転がり込んで来るー、とか……無いか」


 ――人、それをフラグと呼ぶ。



   ▲   ▼   ▲



 襤褸を纏った少女は空腹に耐えつつ、ふらふらと覚束ない足取りで路地裏を進む。

 狭苦しい細道を抜けると、小ぢんまりとした円形の公園に出た。赤と茶のレンガでモザイクされた石畳の広間の中心には、年季の入った質素な噴水。その周りに立つ数本の樹木は、季節外れなのか葉が落ち枝が見えている。

 多くの子供が集まって遊ぶような場所では無さそうで、どちらかと言うと地元民の憩いの場といった風情だ。……昼時で皆食事中だからか、その地元民でさえ今は誰一人見当たらないが。


 噴水の水は明らかに飲料用では無かったが、彼女にとっては些細な事。ここ数日ほど逃避行に明け暮れて、まともな食べ物は愚か水分補給さえ侭成(ままな)らなかった少女は、倒れ込むように噴水の縁に(もた)れ掛かると両手で水を掬い飲もうとしたが……その直前、一陣の風が吹く。

 瞬間、彼女は風に乗って漂う美味しそうな匂いに気付く。長らく口にしていない、マトモな料理の匂い……この公園の付近、広場に面した建屋の内の一つから匂っているようだ。風上を見れば、そこに建っていたのは一軒の喫茶店。


 ほとんど無意識の内にゆらりと立ち上がると、たどたどしくも先程よりはしっかりとした歩みでその店へと向かっていく。空腹も限界に来ていた彼女は自身が文無しである事すら忘れ、花の香りに誘われる蝶のように、美味しそうな香りの元へと誘引される。

 やがて『営業中』の札が掛かった扉の目前で立ち止まり、彼女が見上げた店の軒先には、『喫茶エテルネーツォ』と書かれた看板がぶらさがっていた。



   ▲   ▼   ▲



「結局、真面目にコツコツやってくしか無いのか……」


「まあ、そんなウマイ話がある訳無いし」


「当たり前っちゃ当たり前だよね」


 お客さんの居ない店内、席でだらだらしながら語り合う三人。最終的にはありきたりでつまらない結論に達してしまったようだが、客商売など得てしてそんなものである。何事も地道に努力を重ねるのが結果的には一番の近道なのだ。


「……ところでどうしよっか、この新名物プレーンスパゲティ」


「だからそれを名物扱いするな……普通にしまっとけ」


「はーい」


 皿に乗せっ放しだった乾麺を片付けようと、ノニカが厨房奥の食材庫へと足を向ける。――入り口の扉が開き、客の来店を知らせるベルがカランカランと鳴り響いたのはそんな時だった。




「あ……ごめんなさい、良い匂いがしたからつい――」


 入ってきたのは、ボロボロになったフード付きのマントで全身を覆った、小麦色の肌の少女。




 ――そしてそんな少女に駆け寄って飛び付いたのは、ゴスロリ風の幼女。


「うぇぇええええん、お姉ちゃ~~~ん!!!」


「――へっ!? はっ、えっ!?」


 少女の困惑も無理は無い、入店するや否や目に涙を滲ませた幼子が飛び掛かって来たのだ。なけなしの体力を振り絞り何とかその突撃を受け止めた少女だったが、ノニカはそんな彼女の腰元に手を回し、しがみ付いて離さない。そして唖然とする少女に纏わり付いたまま、上目遣い且つ涙声で告げる。


「ぐすん……お姉ちゃん、チップちょーだい、10万Gくらい」


「……はいっ?」


「お姉さんがたくさんチップくれないと、ひっぐ、わたしの、わたしの病気のお母さんが……なんかこう、色々あって死んじゃう的なノリのアレだと思うの」


「因果関係がふわっふわしてます!?」


 恥も外聞も捨て去ったおねだり攻撃。だがしかし、幼女の涙に絆され……と言うには、少々設定を練りきれていなかった。ついでに指摘するなら嘘泣きがかなりわざとらしく演技臭い。やはり付け焼刃ではこんなものである。

 と、困惑から混乱にシフトしつつある貴重なお客様を見かねてか、ここで店長の方から助け舟が出る。



「フッ、お客さん……今日この日にウチに寄るとは、運が良い。つい先程完成した我が喫茶店の新名物『プレーンスパゲティ』、一皿8000G! 篤とご賞味あれ!!」


「高っ!? ってかこれ只の乾麺ですよね!?」


 おっと、助け舟かと思えば追撃だった。自信満々で目の前に出されたのは倉庫行き直前だったプレーンスパゲティ。皿に乗せたままだったのが功を奏した(奏してない)。原価率どんだけですか、と聞いてみたくなるような価格設定もセットである。

 仮にも料理屋、喫茶店で出して良い品では無かろうに、ドヤ顔しながら無駄に凛々しい立ち振る舞い。一周回って逆に清々しい。そして苛立たしい。


「いや、あっちにミートスパゲティ800Gって書いてるんですけど! なんで十倍の値段――」


「ままま、細かい事は気にしなーい☆」


「こ、今度は何です!?」


 喚く少女に体を寄せ、胸を押し当てるように腕を絡ませたのはキラキラお目々のウェイトレス。平時はジト目の目蓋を思いっ切り見開いて、『きゃるん☆』という擬音が聞こえてきそうなくりくりおめめを向けている。

 いや、実際にはギラギラと形容すべき鋭い(まなこ)なのだが、ミラ自身が意識して『キラキラ煌めくカワイイ女の子っ☆』を演じている時に限っては、それこそ瞳の中にお星様が煌めくようなキラキラ美少女へと変貌するのだ。

 つーか実際、瞳に星形のハイライトが入ってるし。どうやってるんだろう。


「ほーら、ボクのおっぱい触ってもい・い・よ♪ サービスタイムぅ~☆」


「えっ本当、うわっ柔らか……って何が!? ここそういうお店ぇ!?」


 平時はおっとりというか、ダウナーな印象のミラからは想像できない程のハイテンション。声の調子を気持ち高めに維持しつつ、色っぽい笑みを浮かべて少女の手を取ると、躊躇いも無く自らの胸に備えた柔肉へと導く。正に貞操の大安売り。

 対する少女は雰囲気に呑まれたか、一瞬だけ流されそうになったが、即座に我に返ると頬を朱色に染めながら叫んだ。

 ……いや待て、ツッコミを入れながらも手はわしわしと柔らかな果実を揉み続けているのを見るに、まだ我に返ってはいないのかもしれない。


 だがその直後、ミラはさっきと逆に少女の手を無理矢理引き剥がした。


「はーい、サービスタイム終了ぉー。もっと楽しい『つ・づ・き♡』はぁ、プレーンスパゲティを食べてから……ね?」


「つまり8000Gで続きができる……って、ここやっぱりそういうお店なんですか!? そういうお店なんですね!? で、でも、その、私あの、実は――」




 ――お金、持ってないんです。





『…………………………』


 ごめんなさい、と頭を下げる少女と、直前までの騒ぎが嘘のようにシンと静まりかえる店内。

 そのまま何秒が経過しただろうか、少女が頭を上げる機会を完全に見失って困り果てていると、「チッ」という舌打ちが三つほど聞こえてきた。


「なんだ冷やかしか……ウチも商売なんだ、客じゃないなら歓迎できないんだが?」


「そ、そんなつもりじゃ……無かったんですけど……ただちょっと、お腹が空いてて、それでつい……」


 声につられて頭を上げた少女だが、メアの冷めた視線と目が合ってしまい、堪らず顔を逸らす。

 一応は弁解というか言い訳を展開するが、そもそも無一文の身で飲食店に入った自分に非があるという自覚からか、どうにもしどろもどろになってしまう。


「あーあ、折角カモが来たと思ったのに……シケてるなぁ」


「か、カモって……ちょっとこの子、やさぐれ過ぎじゃないです……?」


 そんな言い訳すら中断するレベルの豹変ぶりで、被っていた猫を脱ぎ捨てたノニカ。テーブルの上に飛び乗って腰掛け、つまらなそうに髪を弄る彼女の顔付きは外見不相応に大人びており、先ほどまでの涙の跡は欠片も見られない。まあそもそも嘘泣きだしね。


「ボクなんておっぱい差し出したのに、只の触られ損じゃん……ホント最低」


「いやいやいや、勝手に触らせてきたのはそっち――ヒィッ、凄い睨まれてる!? ごめんなさいごめんなさいごめんなさい――」


 同じく演技を止めたミラも、星形のハイライトを消して普段通りのジト目に戻る。

 ……いや、普段通りでは無い。付き合いの長い残り二人の店員に言わせれば大分イラついている状態、普段の5割増しで凍えるような眼差しだ。まあ普段からギラギラおめめなので、傍目には違いがよく分からないが。

 だがそんな殺気すら感じられそうなミラのイライラを感じ取ってしまった少女は、竦み上がり震えながら謝罪を繰り返すしかないのである。




「まあ落ち着けミラ、さっきのはお前の意志でやった事だろう」


 そんな二人の間に割って入る影。それはミラの伴侶――誰あろう、さっきまで一緒になって哀れな少女を虐めていたメアである。

 予想外の庇い立てにきょとんとする少女の視線を背に受けつつ、ミラと比べてハッキリ目に見えて不機嫌な様子のメアは更に畳み掛ける。


「……というかむしろ、お前も結構乗り気だったように見えたんだが? そこんトコどうなんだ? この浮気者」


「はァ?」


 ……どうやら、少女を庇ったというよりはミラの『サービス』に不満があっただけらしい。責めるように問い質す相方に対し、やたらドスの効いた声で威圧するもう片割れ。さっきまでイチャイチャ唇を啄ばみ合っていたとは思えないほど険悪なムードだ。


「何、文句でもあんの? 許可出したのはメアだよ? この程度じゃメアの愛は不変なんだよね? なら問題ねーじゃん」


「ああ、確かに私の愛は不変だと言ったがな。実際目の前でやられたら思ってたより腹が立った。だから問題なくない」


 いっそ清々しいまでの前言撤回であった。



「問題なくなくない」


「問題なくなくなく――」




「あっこの雰囲気はマズイやつだ。お姉さん、こっち寄って」


「ほぇ? えっと……?」


 デジャヴュを感じるような言い争いを続けながら相対する二人。だがその雰囲気は、音を立てて剣呑さを増していく。

 そんな、突然目の前で始まった茶番にポカンとするしかない褐色少女だったが、この後の展開を察したノニカに手を引かれ部屋の端へと連行された。


 その意図は直後に判明する。



「……なくなくなくなくなく――」

「……なくなくなくなくなく――」


 白熱の(ちんぷな)言い争いがピークに達した頃、メアが(おもむろ)に足元の箒(掃除に飽きたノニカが床に放り出してそのままになっていた物)を足で器用に蹴り上げる。

 箒は重心を軸に空中で半回転、胸の前辺りでダイレクトキャッチ。両手で柄を掴み、雑巾を絞るように捻ると、カチリと音が鳴った。そのまま両側に引っ張れば、現れ出でたるは白銀(しろがね)に煌めく刃身(・・)


「――ないって言ってるだろぉ!」


 そう言い放つや否や仕込刀を振るう。縦に一閃、真正面から頭をカチ割りにかかるが、刃を向けられた当の本人であるミラは一切顔色を変えず、否、冷ややかに口端を歪ませると同時、僅かに(かかと)を上げトツン、と床板を叩いてから一歩分だけ後退(あとずさ)った。

 すると踏みつけた部分を中心に、瞬く間に直径10cm程の魔法陣(・・・)が編み上がる。


「――ないって言ってんでしょぉ!」


 底冷えするような笑みを浮かべて激するミラの目前まで銀光の閃きが迫ったその時、それを阻むように間に割って入ったのは、彼女自慢の桃色ゆるふわセミロングヘアと同じ色彩で蛍光する、一本の(つるぎ)

 それは質量を得る程に濃密な魔力で形作られた(けん)、物質化し実体を持った魔力の塊である。


 床に光る魔法陣から豪速で射出された魔法の(つるぎ)は、ミラの体の一歩前を(よぎ)り、二つの豊満な果実を掠めてブルンと揺らし、目標へ到達する寸前だったメアの仕込刀にジャストヒット。その攻撃を阻む。

 恐るべきは、真っ直ぐに斬り下ろす『線』の動きに対し、真下から『点』の狙撃でこれを確実に打ち据える精密性か――否、真に恐るべきは二つ。



 一つは、大砲にも匹敵する衝撃を伴った魔力剣の一撃をその膂力のみで完全に抑え込み、一瞬の拮抗の後に打ち払ったメア。

 もう一つは、その一瞬の間に転移魔術で背後を取ったばかりか、次弾・次々弾・次々々弾……計十余枚の魔法陣を中空に描き発射体制まで整えているミラである。



 全力の振り下ろしの後で体勢を崩し致命的な隙を晒している標的に対し、一切容赦無く魔法剣の雨霰が降り注ぐまでコンマ一秒も掛からなかったが、その標的(メア)が神懸った体捌きの技巧と人外じみた筋力で強引に体勢を立て直すのはもっと早かったし、それを見越し身体強化魔法を使った術者(ミラ)が近接戦用の魔法剣を手に構えたのもほぼ同時であった。



 後はもう滅茶苦茶である。主に店の内装が。

 机は砕けるわ床は剥がれるわ照明は落ちるわで、無事なのは(すみ)に避難した少女達の付近とキッチンのみ。

 ……いや、逆に言えば、暴れ回る二人は見知らぬ少女に配慮し被害が及ばないように加減しているという事だろう。これでも。信じ難い事に。




「な……何なんですか、この人達……」


 残像すら見失う程ハイレベルな戦闘を前に、搾り出すような震え声でポツリと呟くフードの少女。別に尋ねたつもりでも無かったが、隣に立つ幼女が答えを返す。


「何って、喫茶店のマスターとウェイトレス?」


「……この国の喫茶店ってレベル高いです」


「やー、それほどでも」


 なんて言ってる間に戦闘の余波で吹っ飛んできた椅子をキャッチしたノニカは、その上に腰掛ける。少女の顔をチラと窺えば、フードの下の瞳はハイライトを失って虚ろな目。現実離れした光景を前に脳が処理能力の限界を迎えたのだろう、どこか遠くを見る目で明日を眺めていた。


 そして暫しの沈黙。


 激しくなる一方の戦闘音。室内狭しと暴れ回る二人は哄笑を響かせながら殺意(・・)を向け合うが、そこに敵意(・・)は感じられず、むしろお互い楽しげだ。

 ぶっちゃけ、ノニカに言わせればこれもいつも通りの『イチャイチャ』である。リア充爆発しろ。あ、今爆発した。多分ミラの魔法だろう。





 そして何かきっかけがあった訳では無いが、ふと少女は思い出す。


「そういえば私、ここ数日飲まず食わずなんでした」


「おおう、突然の重そうな話……訳アリなの? あ、ひょっとしてさっきの独り言がフラグになって……?」


「お金は無くて申し訳ないんですけど、せめてコップ一杯のお水でも恵んで頂けると……」


「おっけーおっけー、お水だね? 何なら食事も出そうか、どうせ暇してた所だし、訳アリって言うなら……」



「と、思ってたんですが」


「へ?」


 張り切ってキッチンへ向かおうとしていたノニカが振り返れば、儚く静かな笑顔で佇む少女の姿。


「今しがた受けた精神的ショックで限界が来たようです」


「えっ」


「そういう訳で、サヨナラです……ガクッ」


「わ、わー! わーーー! サヨナラしちゃダメーーー!!」


 ばたんきゅー、と気絶して前のめりに倒れる少女を、ノニカは小さな体で慌てて支える。



「ええい外野が喧しいぞノニカ、何を騒いで――って死んでるーーー!?」


「あ、ホントだ。なむなむ」



「いや死んでない! まだ死んでないから! つーか手伝えバカップル!!」



 そんなこんなのすったもんだで、見知らぬ少女を介抱する事で持て余した暇を潰す喫茶店の三人組。




 これは、彼女達の日常(・・)のお話。

遅筆に定評のある私の事だ、どうせ次回は来年になっても上がって無いんだろうぜ(慧眼)

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