第九十六話 王都での評判その1
Side:王都のSランク冒険者達
王国歴四二〇年四月下旬。
王都を拠点にしてるSランク冒険者パーティーの一つ「マハト・ゾルダート」はギルドマスターの帰還と共にヴァイト州にて彼が得てきた情報や物といった成果を特別待機室内にて聞く事となった。
彼らは驚きはしたが、それも数瞬ぐらいなものですぐさま互いの顔に「納得」の二文字が浮かんでるかのような表情を見る事になる。
「……まぁあの二人ならそれぐらいやってのけるな」
最初に発言したのはリーダーである重剣士のジェイソン。
自分の背丈ほどある刃の厚いバスターソードを自在に振るう巨漢であると同時に確かな冷静さと判断力でここまで上り詰めた優秀な冒険者でもある。
一目見ただけで只者ではない雰囲気を醸し出してる歴戦の戦士はそう呟いて「さもありなん」と言わんばかりに小さな頷きを幾度もしていた。
「確かに他の者ならもう少し驚きますけどね。彼女達なら納得せざる得ないです」
リーダーの発言に相槌打つのは賢者であり副リーダーを務めるアン。教会に残ってれば聖女の一人に選ばれたであろう法力と魔術知識は幾多の激戦と窮地を打破してきたものだった。
そんな彼女ですら今回の話に勿論驚きはしたが不思議とは微塵と思っていない。
「いやーあの娘ら相変わらず凄いよね。最初のあの頃から色々ぶっ飛んでたけど変わらずやってるわね。そう思わない?一番実感ありそうなザック?」
「うるせぇよ思い出すだけで冷や汗出そうなの思い出させるなトリニー」
レンジャー兼弓使いであるエルフのトリニーに茶化されたドワーフの斧戦士ザックは渋面を作る。
「私達とあの二人の初対面でしたからそう簡単に思い出は消えないものですよザック」
そんなザックを苦笑浮かべて宥める回復魔法含む補助魔法を得意とする僧侶クランストンも数瞬の驚きの後は感心しきりに報告書に目を通している。
「一年程しか王都居らず、しかもマトモに顔合わせたのは数える程だったとはいえ鮮烈な印象残していったからな。そしてこうして今も俺達を驚かせてるときた」
双刀使いのドラゴニュート剣士トミーが思い出を振り返る様な遠い目をする。
彼の言葉にジェイソンらも幾分かの寒気を伴う思い出を浮かばせる。
彼らとマシロとクロエの出会いは彼女らがリュガの誘いでレーワン家の客分という名の居候になってしばらく後まで遡る。
登録から僅か半年で最底辺のGからCへ上り詰めた上に王都のギルドへ来た初日に十数人の冒険者をあっという間に叩きのめしてのけた二人の少女。
しかも王都へやってきてからというもの規則無視して様々な狩場に繰り出し、強い魔物は倒せど処理は適当。残骸放置してるので回収して転売試みる不逞な輩が出てくる問題が即発生。
礼儀知らずなのか独自の拘りでもあるのか相手が誰であろうと傲岸不遜ともとれる態度で受け答えも雑。
応答があるだけマシで他の冒険者が何かと言い寄ってもガン無視か一撃で重傷負わせて追っ払うなど周囲から見れば傍若無人の塊に見えていた。
良くも悪くも目立ちすぎて(他の冒険者視点では)好き勝手にやりすぎており、基本最低限のルールさえ守ればなんでもありな冒険者内でも異色の存在になるのは瞬く間であった。
ギルド側は彼女らがこちらと懇意にしてるレーワン伯爵の客分という立場を忖度してるのか表立って注意一つしない。やっても精々伯爵経由でやんわりと嗜めるぐらいだろう。
これではいけない。冒険者にも冒険者なりの秩序や礼儀があるものだ。それをちゃんと伝えるのも高ランクの務めではなかろうか。
知り合いの冒険者らから愚痴とも苦情とも判別付かぬ泣き言を聞かされたジェイソン達は将来有望な若者を諭して心入れ替えさせようと決意をするのだった。
決意をして数日後。
Cランクでは立ち入り出来ない狩場に勝手に赴いて魔物大量に狩って帰還してきたという報を受けた一行は一階にある解体作業用の受付で暇そうに佇んでるマシロとクロエの下へ赴いた。
「君たちちょっといいかな?」
Sランクの突然の登場に周囲がざわつく中、ジェイソンは自分の半分程の年齢と見受けられる少女らに声をかけた。
「……どちらさまー?私らさっさと渡すもの渡して帰りたいんでー、喧嘩なら明日買ってあげるんで失せてくれませんー?」
薄汚れた白衣を纏った黒髪の少女のあからさまに興味なさげな反応に周囲の空気が凍った。
周りはSランクに対して舐めた口をきく小娘に対しての危惧と反感とこの後待ち受けてるであろうざまぁ展開を期待して。
ジェイソンらは思わぬ反応に面食らった後にザック、トミー、トリニーは不快感を滲ませ、ジェイソン、アン、クランストンは感情の選択に困ったように顔を見合わせる。
Sランクだからと誰もが知ってると自惚れてるわけではなかった。クエストする場所も普段居る場所もまったく違うのだから風聞で聞く程度だろう大概の下級や中級ランクは。
だが見た目や年齢、そして周りの反応を見ればいつものとは何か違うぞと察してもいい筈である。
そういうのを察する事をしようとしないのだろうか。はたまたその辺りの常識が欠如でもしてるのだろうか。
いずれにせよ、やはり人生と冒険者の先達として一言注意をしてあげないといけないらしい。
気を取り直したジェイソンは咳払いを一つして再び二人と対峙する。
「すまないがそういうわけにもいかない。俺達はSランクパーティーのマハト・ゾルダート。今日は君たちに年長者としてちょっと助言をだね」
「いや別に頼んでないんそういうのー。アンタらの邪魔してるならともかくしてないんだからいちゃもんつけないでもらえますー?オッサンのイイ人ぶった説教マジウザいんでー」
「あっ、いや君達もいきなり見ず知らずの人間からお小言は気を悪くするだろうが、これは君たちが将来を担うかもしれない冒険者だからというのもあるからね」
「暇つぶしに適当にやってるんだからそういうのいいからー。冒険者一生やるわけじゃないから何も話聞く気ないわー。ほら帰った帰ったー」
「いやだけどね君達」
「もういいだろジェイソン!!」
三十半ばでSに上り詰めただけあり耐え忍ぶ苦労を幾度も経験している故か根気強く話し合いを試みようとしていたリーダーを制止したのはザックであった。
ドワーフもイメージどおりの「鍛冶得意で武器は斧を好む大酒呑みで短気な奴ら」というテンプレばかりではない。
だがエルフよりかはこの世界のドワーフはテンプレ寄りが多い人種である。
ザックもそういったドワーフであり、怒りに満面を朱に染め上げていつでも愛用の斧を振り回せるように柄に手をかけている。
「さっきからこちらが下手に出てれば調子に乗りやがって小娘ども!!お前らのその偉そうな態度を今ここで修正してやるぞ!!」
「勝手に絡んできて勝手に怒るとか頭大丈夫ー?それともSランクって新人虐めするしかない暇人なのー?」
「ちょっと強いだけで増長してる性根の方がよっぽどおかしいわ!痛い目みて分からせんといかんか貴様!!」
「あらーやっぱりおじさん達他のゴロツキ共と同じじゃーん。結局暴力でなんとかなると思ってるとか終わってるわー反省すべきだわー」
「なんか知らんがお前らだけには言われたくない気がするぞ!!?」
「やめろザック!」
激昂したザックがジェイソンらが止める暇もなく愛用の斧を背中から抜き放ち勢いよくマシロに向かって振りかぶった。
剛力のドワーフ、しかもSランクの怒りの一撃ともなれば次の瞬間胴体真っ二つの即死が約束されてただろう。
ジェイソンがその瞬間頭に浮かんだのはSランクがギルド内で刃傷沙汰起こした事で生じる問題の数々の事であった。
だがザックの激怒もジェイソンの危惧も数秒後には霧散することとなる。
物と物がぶつかる小さな音が木霊した。
マシロとザックの間にいつ割り込んだのか装飾過剰の黒衣を着込んだ亜麻色の髪の少女が立っており、指一本でドワーフの渾身の一撃を受け止め切ったのだ。
「ありがとクロエ。でもこれぐらいなら私余裕で捌けるわよー?」
「くくく、陽炎の如しキャラの立ち具合。稀に光明を差し込みて際立つパッションソウル」
訳の分からない事を謡うように呟きつつ、クロエと呼ばれた少女は斧を容易く受け止められて絶句してるドワーフを無感動に眺めやる。
「くくく、失せろ有象無象」
そう呟くと同時にクロエは大股に一歩を踏み出し、斧をなんなく受け止めてた指を滑らせてザックの胸元を軽く一突きした。
「――!!」
声に成らない呻きを挙げてザックは大ホールの壁際まで吹き飛ばされた。壁に叩きつけられる盛大な音と共に人や物がぶつかったり落ちたりする悲鳴が続けて上がった。
一年と少し経過した後に遥か南東に位置ずるヴァイト州にて似たような目に合う冒険者が出てくるのだがそれは本当に後の話である。
口を大きくあけて仲間が指一本の一突きで吹き飛ばされる光景を見てるしかなかったジェイソン達は大騒ぎの音に我に返って慌てて駆け寄り出した。
「ザックしっかりしろ!クランストン早く治癒魔法を!!」
「わ、分かってる!まず怪我を見るからゆっくりと横にさせるんだ。トニーすまないが周りの椅子やテーブルどかしてくれ!」
「了解だ!おいすまないがどいてくれ!!」
Sランク冒険者がCランクに指一本で倒されるという光景に茫然自失してた周囲もハチの巣突いたような騒ぎになりだし、職員らは顔色変えて上の階に居るギルドマスターへ報告に走る。
騒動の下となったマシロとクロエはいうと、まったく関心を示すことなく、一突きで飛ばした相手に一瞥もくれることなく受付に後日再訪問する旨を告げると悠々とした足取りでギルドを出て行ったのであった。
余談であるが、後日ギルドマスター経由で騒動の事を知ったリュガ・フォン・レーワン伯爵がふでぶてしい客分二人に対して「なにやらかしてんだ馬鹿!加減しろやド畜生めが!!」と怒鳴りつけ、ジェイソン達に単身で詫びを入れにきたのであった。
「思い起こせばとんでもない奴らだったよまったく」
「第一印象がこんなにすぐ上書きされることもそうはありませんでしたわね」
「あれやこれやあった後だと怒る気も失せてしまうもんとはなぁ」
初対面の事を思い出してたザックは深い溜息を吐いた。治ったとはいえ今でも無意識に突かれた箇所に手が動いてしまうぐらいにはトラウマになってる。
あの時ザックは完全武装してなかったとはいえ、低ランク冒険者が着込むような安物皮鎧よりも丈夫な、ワイバーンの皮を薄く張り付けた胸当てを軽装として装備していた。
負傷した際に取り外された胸当てを調べてみると損傷部分は一か所。そこは指を深く捻じ込んだような小さな穴が開いており見事に貫通していた。
ザック自身の怪我は吹き飛ばされた際にぶつかった壁や物で生じた軽い打撲が主であったが、貫通部分の箇所には小さなくぼみが出来ていた。
皮を破り肉に食い込んで少し血が流れた程度であった。だがもし胸当てがなく尚且つクロエの指がもう少しだけ長ければ臓腑を貫き死を覚悟する怪我となってただろう。
そんな認識を得たと同時にジェイソン達はあしらわれた屈辱や怒りよりも背筋が凍る思いにとらわれた。
数々の戦いや罠を潜り抜けて高みを登った者だからこそ分かる危険な匂い。ランクだけで相手を見てたら確実に死あるのみと直感が激しく警告してくる。
自分らですら桁が違いすぎるのではないか?如何なる相手ですらどうにも出来ない危険な存在ではないか?
その歴戦の冒険者達の危惧はすぐさま正しい事が証明された。
騒動から一か月後。
ケーニヒ州側の境にレッドドラゴン襲来の報が王都へ届いた。
王宮では軍が緊急招集かけられて王都を中心に防衛線が構築されつつあったし、冒険者ギルドには緊急討伐クエストとして現時点で王都内に居るSランク冒険者に招集がかけられた。
当然ジェイソンらマハト・ゾルダートもギルドマスターから要請を受けて一足先にレッドドラゴンが羽を休めてるという州境にある谷へ馬を飛ばして急行した。
SランクなのだからこれまでAやA+と認定された魔物とは当然戦ってきたし、一度は複数の同業者と合同とはいえSランクの魔物を討伐した経験だってある。
竜種は初めてであるが資料と照らし合わせつつ鍛錬も行った事もある。上手く他の冒険者達や騎士団と連携取れれば勝てない相手ではない筈だ。
「トニー、アンタの親戚みたいなもんだから無理して付き合わなくていいわよ!」
「無理してくだらねぇ冗談言う余裕あるんならしくじらないよう気をつけろよトリニー!」
表情を強張らせつつも軽口叩きあう仲間らの顔を横目に見てジェイソンも己を落ち着かせるように大きく息を吐いた。
先行した自分たちは一番近くに陣を張った騎士団と共にドラゴンを谷から誘い出しつつ少しでも傷を負わせる。
最終的には平野に誘い出し、同時にその時点で集結してる冒険者や軍らで取り囲んで一斉攻撃で沈める。
危険ではあるが王都のある州にSに相当する魔物を住み着かせるような真似をさせてはいけない。このままどこぞへ飛び立ってくれればありがたいが、動きもないとなれば早く討伐しなければ。
沸き上がる焦りを制止しつつジェイソン達は谷への入り口付近で陣を張る騎士団の一つと合流した。
Sランクの到着に沸き上がる騎士たちに挨拶しつつジェイソンは一人の騎士に問いかける。
「遅れてすまない!ドラゴンに動きはあったか!?」
ジェイソンの問いかけに騎士の一人が困惑した表情で首を左右に振る。
「ドラゴンに動きは未だ無しですが……」
「ですが?」
「実は一時間前に見慣れぬ乗り物に乗った少女二人がこちらの制止を聴かず谷へと入っていきまして」
騎士の報告にジェイソン達は怪訝そうに顔を見合わせた。
「この辺りに町も村もない筈ですし、ましてや人が往来するような何かがあるわけでもないのにですか?」
アンの疑問に騎士も同意と言わんばかりに頷く。
「と思ったので私達も応援の冒険者かと声かけようとしたのです。しかし馬にも見えないおかしな乗り物が早いのなんのとあっという間に消えていきまして」
「……速くてよく見えなかったかもしれんが、その少女とやらは白とか黒の服を着ていたのでは?」
「あぁ言われてみればそうですな。やはり応援の冒険者でしたか!いやはやあのような素早い乗り物を操る者もおられるとは」
合点した騎士が素直に感心してる中でジェイソン達は脳裏に先月顔合わせた二人の少女の顔が浮かび上がっていた。
まさか。
いやしかし馬もなく動く乗り物ということは、そういうものを自分らも一度ならず目撃している。間違いでなければ確実にそうであろう。
となるとどこかで聞きつけて二人で乗り込んだというのか。
「騎士殿。すまないが私達も谷へ突入する。予定どおりに事を行うつもりだから刻限までには戻るので安心して欲しい」
「は、はぁそう仰られるのなら」
ジェイソン達は慌ただしく再び馬に乗り、疲れ気味の馬を宥めつつも谷の方へと走り出させた。
純粋に相手を思うが故の不安もあった。それはそうだ何せレッドドラゴンが相手なのだから。
だが彼らの胸中には同時に恐怖混じりの期待もあったのだ。
自分達の直感が正しいのか否かが分かろうとしているのだから。




