第九十三話 解体中とお話し中とお頼み中
話し合いも纏まったと同時に作業も終わってる。
わけではなかった。
数が数だからまだ捌いてる最中。しかもこれを終えてもまだまだ仕事は控えてるのだから修羅場である。
一日で出来るとは思ってるわけではないが、三月初頭というまだ冬の残滓が強く残る寒い時期だからこそやれる無茶ともいえよう。
ひとまずの区切りが終えるのは少し先っぽいので引き続き俺は二人のギルドマスター相手に話を続ける事にした。
「それでシーカ殿。つい今勇者殿の話題を出した流れで問うが、最近の王都の様子をお聞かせ願いたい」
「伯の方でも個人の伝手でその辺りの情報は把握されてるでしょう。あまり大差は無いかと私が語れそうなのも」
「かもしれん。だがギルドマスターともなれば上の方の様子も他より詳しかろう。その辺りは流石に報告書にもないからな是非頼む」
「わかりました。それではまずギルドの事ですが」
そう前置きしてシーカさんがここ最近の王都の冒険者ギルドの様子を語り出した。
全体として視れば概ね変化もなく、精々一部の場所が王宮からの御達しで出入り禁止になったぐらいだという。
この辺りはヒリューの手紙や去年来たギルドの人間から聞いたものであるので俺は再確認の頷きに留まった。
そこから先に関しては大事の類ではないがシーカさんから聞く初耳なものがあった。
まず勇少年が幾多の魔物討伐の功績と王直々の推薦によりAランク冒険者へ昇格を果たした。
召喚されて約一年でそこまで上り詰めた事に関しては恐らく箔付けの意味合いが強いだろう。流石にSにするのは思いとどまる理性は残ってたらしいが。
まぁSランクの魔物でも出てそれを討伐出来てればあり得たかもしれん。自国の有する勇者が如何に優れてるか誇るには肩書は多く大きくに越したことはない。
しかし彼が来る前にうちんとこのド畜生どもに悉くそういう手合い狩り尽くされてしまってたので机上の空論である。
自然繁殖するにしろ他所から襲来するにしろ時間はかかる。年単位だってあり得る。S認定されるようなヤバイ生物が早々出てきてたまるかってんだ。
だが王達は待つ時間を惜しんだようだな。
勇少年を華々しくデビューさせて陣頭に押し立てて事を起こそうとする計画もいよいよお披露目間近かもしれん。でなければ普通は待つだろハッタリの効果期待したいなら。
一年にも満たずAランクに駆け上がる室力の持ち主!という宣伝文句を得たがそれだけでは足りなかったようだ。
在籍してるSランクパーティーと組んだり補佐させたりしてクエストこなしていってたらしいが、それを根拠にどうやら「Sランクの冒険者達も認める勇者様」という肩書も添える気でいるらしいのだ。
その話を王宮に居る大臣らに真顔で持ち掛けられたとき、シーカさんや同席した数名のSランク冒険者は非礼を犯しかねない衝動をを押し殺すのに必死だったという。
勇少年個人は置いといて、流石に王や王宮に住まう人々らのあざとい考えには呆れたというのだ。
「勇者様の個人の事は私はよく存じ上げません。なにせ討伐の際は必ず騎士団の護衛が常に張り付いてますからな。そうでないのは魔物と戦うときぐらいだとか」
「そのようだな。過保護というよりか可能な限り秘匿はしたいというとこか」
「左様かと。でまぁなので良し悪しなどはとてもではないですが答えられませぬ。それだけに国王様や宰相様方のお考えは、その、いささか不敬ではありますが少しばかりやりすぎな気もします」
「安心しろ。この場だけの話で尚且つその程度なら咎め立てるものではない。そもそも私も同感だからな」
恐縮してみせるシーカさんに俺は苦笑を浮かべつつそう言った。
短期間で御旗として陣頭に押し立てる為とはいえ盛りすぎだろう。
王達はそれでいいかもしれんが、勇少年からしたら無暗に与えられた肩書の重さに潰されるのではないかという危惧がある。
今更言う事でもないが彼は一年前まで平凡な日本の男子高校生だったんだぞ?
余程脳みそがおめでたくない限りはこの異常事態真っただ中な日常に鬱々としててもおかしくはない。
そこにやれ魔物退治の英雄だの上も認めたAランク冒険者だのと持ち上げれて逃げ道塞がれもしたらだ、そう遠くない未来にプレッシャーに潰されても俺は驚かんな。
「去年節令使様から秘事として聞かされてはおりましたが、お話伺っておりますと勇者様は凄いお方なのでしょうね。贔屓抜きにしてもそこまでの実力があられるとは」
俺らのやりとりを聞いていたヒュプシュさんが素朴な感想を呟く。
実は去年就任した際にリヒトさんらには家族相手でも口外厳禁と警告した上で機密情報として手短にだが勇者の召喚話はしていた。
なのでこの地で俺以外に知ってるのはマシロとクロエ、ターロン、モモと平成以外だと地元貴族の五人のみである。
それもそう遠くない日に誰もが知りうることにはなるだろうがな。俺が見るところ王都の貴族以外にも繋がりある富裕層は噂レベルぐらいには知ってるんではなかろうかね。
「その御力で今後我が国をどうお救いなされるか楽しみですわね」
彼女のような他意の無い素直な反応がやがて王国中から聞こえてくるのだろう。
今はまだ自分の行動の範囲内でのみ受ける賛辞。身近な人間に褒められるぐらいなら素直に嬉しいだけだろう。
だが国の期待を一身に背負うレベルにまで広がったとき、勇少年は何を考え何と感想を抱くのだろうか。
少なくとも完全なプラスにはならんだろうなぁ。
せめて姫騎士、対魔人、元悪役令嬢の聖女からチヤホヤされるリア充っぷりが慰めになってればいいのだが。
話題になる都度破滅へのカウントダウンが進んでるであろう勇少年へ偽善を自覚しつつも同情するのであった。
「まぁ勇者殿の話題は一旦そこでやめるとして、他にギルド関係で動きは?」
「北部への通行規制が強まりつつあるのは耳にされてると思われますが、今年に入ってから王宮からお達しがありまして」
「どのような?」
「パクレット王国にある冒険者ギルドと何かしら交流あった際は些細な事でも逐一包み隠さず報告するようにと」
「あー……」
露骨な情報統制の一端すぎて感想に困るやつだこれ。
多分パクレット王国側もやってるか近々やるかで同じ事してそうとはいえ、こんないかにも「お前らに含むとこあります。敵意あります」アピールせんでもいいじゃないかよ。
大体冒険者の99.9%は政治や軍事と縁がない一般人みたいなもんだろ。残りの枠に入る側とて空気読んで言動弁える姿勢とるにきまってるのに。
そんなとこから漏洩する情報なんて大体は誤報や役に立たないゴミ情報。もしくは罠に嵌める為に意図的に垂れ流してる釣り情報が相場。
今後どの程度締め上げていくかは分からんが物理的に無理なんだよな地続きでしかも開けた土地同士ともなると
現代地球と比べて人の出入りが差ほど激しくはないとはいえ、冒険者以外にも他国へ足を運ぶ人間なんて幾らでもいる。その中には当然情報に通じてる奴だって居るだろう。
そしてだ。やはり現代地球と比べて警備や判別する為の認証の術というものは人力オンリー。取り締まろうという熱意だけではザル具合はどうにもならんよ。
つまりどう足掻いてもある程度何やらかすかバレるの前提で事を起こすのがこの時代の常識みたいなとこがある。
んなもん分かってるんだろうから下手に人の往来に口出していらぬ警戒心抱かせる真似はやめときゃいいのに。
現代地球の情報化社会に及ばずともアナログなりにリスクあるだろ常識的に考えて。
王都に居る連中の目先の利益を追う姿勢に内心苦々しさしか感じない。俺が権力中枢に居るなら提案した奴をその場で面罵して止めさせてるわ。
しかし表向きには突っ込んだ発言は控えて精々謹直そうな顔して「どうなることか」とだけ呟いてその話題を止めた。
地位が高くなれば必ずしも言論の自由の枷が緩くなるわけではないのがお辛い現実よ。
俺の前に座る二人も俺程ではないが似たような感想を抱いてるらしい。微妙な顔して次の言葉選びに迷ってる。
微妙な空気が場を包んだ。
しばしの沈黙を破ったのは、慌てたように解体部屋に飛び込んできて小走りにこちらに駆け寄ってきた一人の職員であった。
「ぎ、ギルドマスター。お話し中申し訳ございません。実は王都のギルドから伝達がありまして」
「王都からだと?」
すぐさま疑問の声を挙げたのは王都のギルドマスターであるシーカさんであった。
そりゃ王都冒険者ギルドの通信魔導具からの通信ともなればそこのトップも何事かと思うわな。
二人のギルドマスターから直視された職員は身を竦めつつおっかなびっくりな感じに一枚の紙を差し出してきた。
受け取るのはこのギルドのトップであるヒュプシュさんであるが、受け取るとそのまま隣に座るシーカさんに顔を寄せて文面を共有。
一分程無言が続き、紙面から顔を挙げた二人は俺と俺の背後に立ってるマシロとクロエを交互に見だした。
顔色がみるみる変わっていってる。シーカさんは気まずさにやや青ざめ、ヒュプシュさんは怒りに顔を赤らめていた。
互いに何か言おうとする都度絶句してしまい眉根を寄せて首を横に振る。
二人揃ってそんな事を三、四度もやられたら俺も悪い話だぐらい察せれる。いや余程の馬鹿でもない限り察せれる露骨さだ。
「……何か王都でありましたかな?」
俺が声をかけないとあと数回は同じ仕草続けそうだったので面倒くさいが声かけた。
俺の問いに二人は即答せず互いに顔を見合わせて沈黙してしまう。
だがすぐに意を決したのかシーカさんが先程凝視していた紙をこちらに差し出してきた。
「レーワン伯、どうか落ち着いて読まれてくださいませ。何卒感情的にならずに」
震える声でそういうシーカさんに怪訝さを感じつつ俺は紙を手に取りそこに書かれてる文章に目を走らせた。
「おやおや……」
黙読した瞬間そんな呟きが自然と漏れる。
チラッと視線を後ろに向けると背後にいたマシロとクロエも興味無さげに「あーそういうことねー」的な顔をしていた。
王都の冒険者ギルドから送られてきた内容。
言ってしまえば、王宮から双頭竜討伐の功績を勇少年へ譲るようにと要請されたというものだ。タイムリーすぎんだろ。
そうかそういう方法でくるか。Sランクの肩書付与諦めきれないとか見栄張り必死だなぁ。
そりゃヒュプシュさんは怒るしシーカさんは頭抱えたくもなるわこんな厚顔無恥な要請。いや、要請とは言うが実質命令だろうなこりゃ。
なんか怒るよりかは呆れた。
情報弱者しか信じないじゃんこんなの。
いや情弱でも苦しいな。お頭可哀想というか〇〇〇〇(自主的検閲)しか信じないだろ流石に。
ヴァイト州の地底深いダンジョンに居た双頭竜をケーニヒ州から一歩も出てこないどころか基本王都に住んでる勇者がどうやって討伐するんだよ。
お前これで瞬間移動使えます。とか遠くからでも察知して攻撃出来ます。とか言い出したら収拾つかなくなるぞ?盛りすぎた英雄伝説や神格化は却って嘲笑招くだけだぞ?
宣伝する側は無責任に囃し立てればいいかもしれんが、そのツケを一身に受ける勇少年の気持ち少しは考えてあげなさいよ。
あの子絶対苦しむからねこんな虚像作り上げられたら。応えようと無茶して痛い目あう未来しか見えないからね。
その程度の思いやりや想像力も働かないレベルには目先の欲に目が曇りやがってるな王都の連中。
「れ、レーワン伯、その、落ち着いておられますな」
「感情的になるなと言ったのは卿の方だろう」
「いやまぁはいそうですが……」
俺が怒りをまったく見せずに顔色変わらず溜息一つ吐くに留まってる事に疑念を覚えたシーカさんに肩を竦めて見せた。
「王都の方々はなんという提案を……!」
俺が冷静な分ヒュプシュさんは歯ぎしり混じりに怒りの呟きを発する。
こめかみに青筋浮かべて手に持ってる扇子をへし折らんばかりに握りしめつつ俺に詰め寄る勢いで前に出てきた。
「伯はそれでよろしいのですか!?折角苦労して討伐なされたSランクドラゴンの功を横取りされるのですよ!マシロさんとクロエさんの昇格も遠のくのですよ!!何もしてない王都の人らが持ち上げられるんですよ!!幾らあちらが上だからってこんな横暴許されるのですか!?」
「いや私は双頭竜の解体と買取で生ずる利益さえ取られないなら討伐の実績はお譲りしても構わないと思ってまして。お前らはどうだ?」
俺に話を振られたマシロとクロエは心底どうでもよさそうな顔しつつ見えない何かを追い払う様な仕草をしつつこう答えた。
「別にいいわよー。ランクとかどうでもいいしー、私ら暇つぶしで潜っただけで功績とか興味ないわー。勇者とかいうやつの設定マシマシしたいんなら勝手にどうぞー」
「くくく、偽りの英雄の証をプレゼントフォー・ユー。痛痒に感じずフリーダムな日々を過ごす不変の継続のみ」
「だそうです。なので実益の方を保証してくれるなら討伐の功績お譲りする旨を返信してもらえたらと」
「いや、しかしですねぇ……」
泣きそうな顔して無念のあまり涙声で躊躇いの意思を示すヒュプシュさんい苦笑を禁じえなかった。
無理もない。討伐したのが自分の所に在籍してる冒険者ではなくなるということは、当然マシロとクロエの昇格査定なぞもされず、おまけにギルドとしての評価もお流れになる。
ましてや要求の狙いは単なる勇者の肩書をグレードアップさせたいだけなのが露骨すぎた。名を挙げる大型案件が政略の具の一つに矮小化されるのは堪ったものではないだろう。
幾ら金銭面での利益を得ようとも同時に名も上げたいと願ってる彼女からすればはいそうですかと頷きたくはない。
気持ちはわからんでもない。俺も同じ立場なら不平不満が湧き出ることだろう。
けれども俺はギルドマスターでも冒険者でもないのでお気持ちお察しはするがそれだけだ。
極端な話すると双頭竜そのもの寄こせと要求されてもそこそこ高く売りつける程度で譲ってもいいぐらいだ。無償でもそれはそれでな気分も幾分ある。
凄い事ではあるし大金動くからまったく無関心ではない。利益配分によって生じる新たな縁だってあるやもしれん。
だが拉致られて無理矢理付き合わされた俺にとっては忌まわしき事故みてーなものだし、ド畜生二人も今言ったようにいつもの暇つぶしだっただけ。
双頭竜との戦いの前で得た魔物やお宝だけで十分利益は得てるから元々ついでのようなものだと割り切れば大して未練もないわな。
まっ、そこまでは流石に言ったら可哀想なので空気読んで黙るけど。
「……わかりました。商都のギルドにも連絡を入れてケーニヒ、レーヴェ、ヴァイト三州の冒険者ギルドの連名にてそのように要求致します。とにかくそちらに無駄骨折らせるような真似は回避するよう善処しますので、私を信じて任せてもらえたらと」
「承知した。だがあまりにも泥沼になりそうなら手を引いても構わないからな。中央と事を構える気はこちらはないのだから欲深さも程々にせねば」
今はまだな。
俺の本音を知らず、シーカさんは俺の寛容さと冷静さに恐縮して頭を下げる
「畏まりました。伯にそう言われて私も気が軽くなりました。あとの懸念は王宮側が名だけを欲してるとよいのですがな」
そして改めて気の毒そうに隣のヒュプシュさんを見るシーカさん。
号泣はしてなかったが涙目になって身体中を震わせるヒュプシュさん。
公の場でこれ以上取り乱すのはマズイという理性残ってるようだが、これは帰宅後はローザ男爵は妻の狂乱っぷりに困惑と焦慮に揉まれる事は間違いないな。
折角の上モノ解体という日にとんだ凶報が飛び込んできたのはご愁傷様だ。
こういった当然の権利のような横暴な振る舞いはこの世界のこの時代の文明としてまかり通ってきた。
王様だから。宰相様だから。高位の貴族様だから。そういったものでごり押しての今があり、何も起こらなければ当面それが当たり前の日常として続いていただろう。
はてさてそんなツケをどんな形でこの国やこの世界は支払っていくんだろうなぁ。
先程とはまた違った重い沈黙。
俺は既に気づいていたが、すぐ近くに解体終了報告を告げにきたであろう職員の一人が気まずそうな顔して立っているんだよね。
結局意を決して報告をしたのはそれから軽く十数分は経過してのことだった。




