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第七十八話 ダンジョンどうでしょう~リュガ・フォン・レーワン伯拉致事件~

 最初からそのつもりでいたかどうかは知る由もない。しかし依頼内容説明された時点で天秤の傾きは決してたのだろう。


 余程の愚答でない限り引き受ける気でいるかもしれない。


 だがこの場合の正解不正解なぞマシロとクロエの胸先三寸なんだから眼前のギルドマスターは愚答ないし限りなくそれに近い答えは出すわけにはいかない。


 コイツラの考え掴んでる気がしてる俺であるからそこまで考えたが、当然俺以外はそれは知らない。


 色んな意味で不安しか湧かない現況を固唾を飲んで見守る俺。


 マシロの正直すぎる質問にヒュプシュさんもしばしフリーズしていたが、我に返ると眉間に皺を寄せて唸り出す。


 好機ともなりえるし拒否の理由にされかねないリスクともなりえる。けれどもここでの沈黙は駄目だというのだけは確実。


 いやまぁそもそもあれだよ。


 本来ならギルドマスターという立場が一冒険者のご機嫌伺ったりクエスト受けさせるためにここまで悩む必要などないんだがな。


 例えSランクだろうとも正当性あるならギルド側の指示に従うのが筋であり所属してる以上の掟みたいなものだ。それ以下なぞ頭ごなしに命令だって出来なくもないわけで。


 やり手な筈の女ギルドマスターも冷静さを欠いてるのかそんな常識的かつ初歩的な事も失念して真剣に言葉を選ぼうとしてる姿は俺がまったく無関係で巻き込まれないなら失笑してるとこだがなぁ。


 そうでない立場に置かされてる身なので笑うに笑えず手持ち無沙汰気味にド畜生二人とギルドマスターを交互に見るしか出来ずにいるのであった。


 時間にして数分は経過しただろうか。ヒュプシュさんはまだ沈黙を続けてる。


 マシロとクロエは急かすことなく悠然と茶を飲みながら相手の苦悩を高みの見物。どっちつかずな俺は左右に視線を走らせた挙句腕を組んで天井を眺めるという逃げに走る。


 このままだんまり続けて「はい時間切れー。答え出せないならおとといきやがれー」とマシロが言い出すのではないと危惧したときであった。


「……こちらの回答を述べましょう」


 ようやく女ギルドマスターは重い口を開いた。


 意を決したのか彼女の表情から幾分か迷いや苦悩は消えていた。冷や汗は伝ってるし、顔がやや蒼白気味なままだがマシロとクロエを見る目には力がある。


「まず初めに言っておきますと、私から貴方達にお金や地位以外で与えてあげられるものはないです」


「えっ」


 おいぶっちゃけすぎやしませんか。


 ストレート過ぎる発言をし出した相手に俺は自分でも自覚あるぐらい大きな音を立てて息を呑んだ。


 辛うじて制止の言葉だけは発しなかった。意図が読めないのでひとまず最後まで聞いてからだ。


 俺の動揺を無視してヒュプシュさんは話を続ける。


「今の段階でも何らかの優遇措置は幾つも出来ます。Sランクに昇格した暁には当ギルドの責任で大概の振る舞いを肯定し擁護もします。ですがそれでおしまい。限界でしょうね」


「……」


「短い付き合いですが、貴方達がそのようなモノを欲することもなければ一々権力持つ相手に頼ることもない性分だぐらいは把握してます。それからすればそういったものも余計なお世話の類でしょうきっと」


 うんまぁそうだろうな。


 今更な事を言ってる気もせんでもないが、確認の意味も込めた発言であろう。一応言っておこうぐらいな。


 マシロとクロエもそう考えてるからか口を挟まない。表情は「当たり前だ」と言わんばかりのものではあったが。


「等価交換が最初から成立しないと分かってます。ですけどそれを承知で頼みます。私らの利益の為に一働きをして頂きたいのです」


「…………」


「ギルドとしても他所よりも利益を上げられそうな機会。そしてこの地にSランクが誕生して此処を根拠地としてくれる機会。我がローザ男爵家が初代以来であり以降はないであろう大きな功績を家に残す機会。様々な機会を掴めそうにあるのに知らぬ素振りをする程聖人君子ではありません私は」


「長い。回りくどすぎるんでもうちょい手短に言ってくださいー。てかもう百文字軽く超えそうなのどうなんすかー?」


「だからいつも言ってるけど最低限度の礼儀ィィィ!!?」


 相手側の熱に冷や水ぶっかけるかの如くな発言に流石に立場的に窘める。気持ちは分かるけどさ言い方ね君ぃ!


 俺が狼狽する中でヒュプシュさんは寧ろ迂遠な物言いに気づいて気恥ずかし気に咳払いをするのみ。目を瞑り数度の深呼吸の後にゆっくりと開いた。


「……では手短に要望を述べます。貴方達の力を使って一儲けしたいです。デカい功績で家名を輝かせてイイ気分に浸りたいです。ウチのギルドを繁盛させて他所に悔しい思いさせたいです!」


「そっちはそっちで正直すぎてドン引きですぞ!?」


 一応節令使とギルドマスターの公式での話し合いの席の体裁とってるんだからオブラードに包んで!この場に数える程とはいえ双方の職員居るの忘れてない!?


 俺の驚愕に感応してるのは州都庁勤めの役人らだけでギルド側の職員は前々から存じてたのか苦笑を浮かべてるのみだった。


 薄々分かってたつもりだけど、ヒュプシュさん実家が商家だからか割と欲張りなとこあるよね。そしてギルド内のみとはいえ公言するぐらいには狙ってたわけねうちんとこの二人。


 しかもぶっちゃけるだけでは終わらなかった。


「私は夫やギルドの為ならば恥も外聞も捨てて利をとる覚悟があります。それを今この場で証明してみせましょう!!」


 言うと同時にヒュプシュさんは勢いよく椅子から立ち上がり、次の瞬間には額を床に着けていた。


 疑いようも誤解もできようもない見事な土下座である。


 じゃなくて、何してるの男爵夫人!?


 現代の地球ですら偉い人が公式の場でダイナミック土下座かますことなぞ皆無である。それが時代的に千年以上前の階級社会なら猶更だ。


 貴族としては百年程の新規寄りであり嫁ぐ前は商売人としてやっていたとはいえ、男爵夫人ともあろうお人が人のいる前で躊躇いなく土下座する光景にマシロとクロエ以外の面々は驚愕のあまり思考停止状態。


 俺も絶句してどう声かけていいのか分からずにいる。


 そんな最中でもヒュプシュさんが頭を下げつつ言葉を続ける。


「これが!ヒュプシュの!!ローゼ男爵夫人の!!ギルドマスターの!!不退転の覚悟!!!恥をすら飲み込んで!!今ここに!!お願い申し上げる!!!儲け話に!!!貴方方の力をくださいぃぃ!!」


 熱血スポーツ漫画かバトル漫画で覚悟決めたキャラクターばりに一々「!」がつきそうな大声でがなり立てる女ギルドマスターに俺はただただ呆然とした。


 読み違えてたわ覚悟を。


 まさかここまでやるとは思わなかったよ。つーか欲を開き直って語った途端にエンジンかかったような勢いだなこれ。


 苦笑浮かべてたギルド職員らもドン引きしてるよ。そりゃそうだろ成り上がりでない一応は歴史ある貴族様が人の居る前で土下座絶叫とか前代未聞すぎるもん。


 絶句しつつも俺はマシロとクロエの方を見た。する原因になった当人らの反応確かめるだろ常識的に考えて。


 だがそこで観たのは表面だけみるといつもどおり気怠そうな投げやり気味な笑みを浮かべてる二人の姿。決死の覚悟も鼻で笑うかのようなブレない態度がそこにあった。


 ここまでしても駄目だったか。


 瞬時にそう判断した俺はいかにして相手を逆上させることなく面目を保たせたままお引き取り願おうかという難題に対する答えを模索し始めた。


 知識スキルあれども、こういった一語一句慎重に選ぶべき場面では模範解答なぞアテにはならん。迂闊な発言は最悪関係を壊すことになるのだ。


 表情を強張らせ固唾を飲みつつ脳内では思考をフル回転させつつあったその時。


 投げやり気味な適当な拍手が室内に木霊した。


 音の発生源は言わずと知れたマシロとクロエ。先程の表情のままに気の抜けたような手拍子を打っている。


「んーまぁー正直今も面倒極まりなくてやりたくないけどー。下手に綺麗事言わずに本音ぶちまけた覚悟と、いい年した女の人が人前で土下座する度胸にはちょっと感心したかなー」


「くくく、卑しき欲深いプライス。ダンジョンという名の業の深き浅ましきラビリンスへのゴートゥートラベル」


 熱の無い口調で分かりづらい(特にクロエ)が、どうやら風向きが変わったのを察したヒュプシュさんが土下座したときと同じ勢いで顔を上げた。


「それでは……!?」


「まぁ今の所暇だからやってもいいけどー、毎回同じ手通用するとか舐めた考え辞めて欲しいしー高くつくの覚悟しといてよねギルマスさんよぉー」


 Aランクとはいえ一冒険者が言っていいような発言ではないが、承諾の言質を勝ち取ったギルド側からしたらどうでもいいことであった。


 職員らは驚きと喜びの歎声を発してガッツポーズするわ、ヒュプシュさんは涙を滲ませながら「ありがとう……!圧倒的感謝……!」とか絞り出すような声で言ってるしでちょいと異様な雰囲気だ。


 俺も内心安堵した。誰も居なきゃ力抜けて椅子からずり下がってたかもしれんぐらいには。


 多分いつもの気まぐれであろうが、今回ばかりは相手側の面子賭けた歎願を潰すのは回避したので良しとしよう。


 ここで終わってればギルドマスターと冒険者がクエストの話し合いを終えて後は実行に移すのみとなるんだ。


 そう、俺は単なる立会人で済んでる話なんですよ。これ終わったらお仕事の続きをやる社畜タイムな筈なんですよ。


「ではレーワン伯、マシロさんとクロエさんもダンジョン攻略依頼を受けてくれる事になりましたので、ご多忙の所恐縮ではありますが予定の調整をして頂きたく」


「ちょっとお待ちなさいギルドマスター」


 まぁこうなるわ!双方とも俺が含まれるの前提だったわやっぱり!!


 安堵のあまり弛緩しかけた表情を再び引き締め直した俺は公人としての態度を前面に押し出した重々しい雰囲気で咳払いをした。


「ご存じのとおり今年は去年から開始した事業の数々の成果の一端がお目見えする大事な年なのです。総責任者でありこの州の全権を任されてる身は常に国と民の為に働かなくてはいかぬ故に職務を疎かには出来ぬのですよ」


「えー、リアクション芸人リュガ同行が絶対条件なんで行かないならこの話は無かったことにー」


「くくく、一蓮托生運命共同の逃れられぬフェイトな鎖。名分無き行動の空虚は塵の如く無に帰す」


 即座の手のひら返し発言を聞いたヒュプシュさんが幾度目かの顔色を変えた。この短時間でこうも変わるとか体内の血管大丈夫なのかね?


 真顔になって人を刺すような鋭い目でこちらを見据えてきた。


「ということなので同行お願い出来ませんでしょうか?お願い致しますここまできてふいになるのは嫌なのです。土下座損とか本当に勘弁して欲しいのです」


「一旦開き直ってから怖いもの知らずになりつつありますが、節令使に対しても遠慮なさすぎではないですかな男爵夫人。公私混同は感心しませんぞ」


「承知しております。数々の無礼に対する贖いは必ずや致します。ある程度の無茶な依頼も引き受けさせて頂きますから、どうか何卒今回の依頼引き受けて貰いたいのです」


「ギルド所属の職人らが新年早々憤死しかねない無責任発言は控えるがよろしい。確かに今年も色々頼みたい事はありますが、それとこれとは話は別でしょう。節令使という一高官が赴くような場所ではないでしょうそもそも」


「危険に関しては当ギルドが冒険者を選りすぐり責任をもってお守り致します。節令使様に置かれましては安心して無心にてダンジョンに赴かれて貰えればと」


「あっ?」


 あっ、うん理性は相手の必死さ分かってるつもりなんだが、感情がここでスイッチ何か入ったわ。「カチッ」って脳内で響いたわ。


「何が出てくるか分からないのに、あなたのところのね、冒険者がどうビシッと私を守ってくれるんですか!?何が出来るんですか!?うちんとこのね、二人より遥かに弱い面子の、何が、どうやって、私を責任もって守ってくれるんですか!?んなもんに付き添って欲しくないですよ僕ぁ!!」


「あっ、いや、その」


「節令使の身に何かあったら、あなたや護衛するとかいう冒険者が、何を、どうしてくれるんというんですか。具体的な案も捻りださずにね、そんなのに守って欲しくないですよぉ!?」


「も、申し訳ございません。流石に増長しておりました。非礼をお許しくださいませ……」


 マシロとクロエという最難関を突破して浮ついてるのかやり手のヒュプシュさんにしてはかなりいい加減な発言に流石の俺もキレ気味になった。


 俺が声を荒げた事にヒュプシュさんもマズイと悟ったのか狼狽し出すし、ギルド職員らは平伏しかけるぐらいに身体震わせる。


 なおマシロとクロエは先程までの投げやり気味な笑みとは違い、声を上げて腹抱えて俺のキレっぷりを笑ってた。


 いやだってセキュリティー面だけ取り上げても不安しかないよこれ。


 護衛付けるっていってもマシロとクロエが既に居るしなんなら自前で居るからね護衛部隊。隊長のターロン不在だけどそんなん代わりにモモ辺り代理にすればいいからね?


 なのに護衛って。完全に誠意見せる為だけに設えるだけだよねそれ。俺の身辺知ってて言うぐらいだから完全に飾りだよね!?


 ヘタしたら足手まといにもなりかねない要素をドヤ顔で勧められる身にもなってくださいよ。


 そもそも行く予定のダンジョンがどんだけに規模で何があるか未知数なわけでしょう?そんな物騒なとこに俺を気軽に送り出すという発想がまずおかしい。


 俺は冒険者じゃないぞ。冒険者どころか冒険者ギルドよりも上に居る立場な人間だぞ。


 なんでそんな俺が下の立場の都合で危険地帯に首を突っ込むのかと。クラーケンのときですらかなり不本意だったの忘れてないかおい。


 よし。今日のとこはもう付き合う義理はないわな。


 これ以上ここに居たら泣き落としやまた渾身の土下座歎願されてごり押しされる危険を感じた俺は荒々しく席を立って応接室から出ていこうとした。


「れ、レーワン伯!?」


「いいですか男爵夫人」


 追い縋ろうとしたヒュプシュさんを牽制するように俺は口を開く。


「ダンジョン依頼の話でしたら、そこのAクラス冒険者と気の済むまでお話ください。私は公務がありますのでこれにて失礼する。また後日に正式に話し合いの場を設けて仕事の話をしましょう。クエストに関係のない技術職方面でのお話を」


 早口に言い捨てて俺は部屋を出た。迂闊に振り返って相手へ隙を与えかねないと判断したからだ。


 足早に執務室へ戻った俺は護衛や従者らに当面ギルド関係者の面会は門前払いすることと、執務室へ近づくようなら追い返すようにと伝えた。


「まったく困ったもんだ」


 部屋に一人になったのを確認して俺は溜息交じりに呟いた。


 気持ちは分かるけどもう少し自制効かせて欲しいもんだよ。多忙なのは嘘ではないし今後もこんな調子で頼み事されたら堪ったもんではないからな。


 言質はとってるからまた後日落ち着いてからマシロクロエ動かした代価の件は話し合おう。


 今はただ巻き添えは御免被りたいんでね。


 俺は憂鬱そのものの溜息をもう一度吐き出しつつやりかけの仕事を片付けだすのだった。





 それから数日後。


 俺は寝巻姿でダンジョンの入り口前にて何とも言い難い表情で腕を組んでいた。


 足元に落ちてる縄。


 這いつくばる勢いで頭を下げてるヒュプシュさんやギルド職員一同及び護衛担当の冒険者達。


 これから始まるであろう俺の爆発を期待して笑いを堪えて口元を抑えてる少女の皮を被ったド畜生二人。


 どう見ても完全に拉致られました。本当にありがとうございました。


 言うまでもないが純粋に嫌味だからなこれ。

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