第七十五話 久方ぶりにやってきた
新年を迎えて早くも一週間経過していた。
古今東西何十億回と言われてきたであろう言い草だが、あえて言おう。
時間の流れは速いものだ。こんな感じだと今年もあっという間に終わるのではなかろうかという錯覚すらある。
まぁ所詮は錯覚だがな。
などと軽く捻くれた事を考えつつ俺は馬に乗って移動中である。
周りにはバイクに乗ったマシロとクロエやターロンら護衛陣以外にも資材を乗せた荷馬車や運搬する人々などが居る。俺の存在居なければどこぞの商隊と見間違うぐらいにはそちらがメインである。
向かう先はヴァイト回廊の州側の関所。そこを経由して更に外側の関所の方へと赴いている。
目的は視察と場合によっては催促をする為。
資材や食料を運ぶ運搬部隊に便乗してなのだが、人選は以下の通りである。
俺、マシロとクロエ、モモと平成含む部族部隊から二〇人、ターロン率いる護衛部隊から一〇名、そして事務仕事要員の役人一〇名と食事や雑用こなす使用人一〇名の合計五三名という少人数。
去年の夏もそうだが大がかりな軍事行動もしないのに無駄に大人数引き連れても仕方がないわけで。合理的でかつ効率的だと自分では思うのだ自分の治める領内動き回る分には。
その上に極端な話だが護衛程度ならマシロとクロエで成り立つんで半ば体裁整える為に揃えてる感もある。モモらの同行に関しては部族の面々に州内の東側以外のとこも見せたいので連れてきたんだが。
今回も俺の率いる面々は全員馬なり荷車に乗ってるのだが、輸送する人らは監督する係以外は全員徒歩で荷車に随伴してる状態なので歩みはスロー気味。
去年赴任してきたときも兵士の半数以上徒歩だったなそういえば。加えて今回は大荷物抱えてのことだから速度に文句言うのは愚かしい。
しかしながら州都を発って二日目には州内側の関所に到着。小休止を挟んで移動したとしても日が暮れる頃には目的地には到着してるのでまずまずといったところだな。
回廊内は季節関係なく相変わらず砂塵渦巻いていた。冬場なので余計にこの吹きすさぶ風には辟易してしまうなぁ。
ここに来るまでにも厚手のマントで身体を保護していたが、回廊内に入ってから更にもう一枚羽織った上にフードまで被って完全防寒な姿となった。
他の面々も少しばかり差があるとはいえ着ぶくれしたような格好で無言で歩き続ける。このあたりは回廊内移動する人共通の行動ではあるがな。
特に現代文明の恩恵から外された現代日本人の平成は更に厚着して「マジ寒い」としか呟かなくなった。
マシロとクロエはこれみよかしなゴーグルと防塵マスク装着のみであるが、コイツラもしかしたらそれすらも要らないんじゃね?と疑惑あるんだよな。その程度で参る様な奴らじゃないし。
寒さと砂塵で追及の意欲は失せてたので俺は疑惑を胸中にしまいこんで馬を気にかけつつ移動する。
約十五㎞の道を歩く事数時間後、俺達は去年の五月以来となる回廊の外側にある関所へと到着したのであった。
俺が覚えてるのは中央部分に木製の物見櫓付きの門があった風景なのだが、道が開けて目に飛び込んできた光景に思わず目を見開いた。
「おやまぁ……」
あまりの変貌ぶりに芸の無い呟きを発する以上のリアクションがとれず硬直する俺。
マシロとクロエは「へー」と軽い反応見せるだけだが二人以外は俺と同じような反応していた。
開始から半年前後で変わろうと思えば変わるものだ。目の届く範囲に限定したとしてもだ。
門は前よりも二回りぐらいは縦横共に大きくなっており、一部には石材も用いて強度を挙げている。扉部分も薄い木材で簡素に作り上げてたやつが分厚くなったものに鉄板で補強している。
境界線代わりに敷かれていた形ばかりの柵も見違えていた。
最早柵ではなく壁である。並みの成人男性二人分ぐらいの高さの木材が積み上げられており、これを登るには道具を用いないと容易ではなかろうな。
積み上げたところに扉で使用されてたような分厚い板を張り付けている。関所付近と同じように見えない部分も施してるとなればこれだけでも辺境の防衛としてはまずまずなものだ。
いやしかし人を集めてやってるとはいえこれほど出来てるとはな。
感心しつつ歩を進めていると前方から十数名の男らが走り寄ってくるのが見えた。目を凝らしてみると先頭には見知った人物が居る。
ここの総責任者でありこの地における建築関係の元締めであるグリューン男爵家の当主ヴェークさんである。
今の姿は貴族と言うより大工の棟梁と称した方が馴染むぐらいには上から下まで作業用の衣服で固めてる。まぁ元々が貴族という柄じゃないっぽいんだがね。
「これはこれはレーワン伯新年おめでとうございます。今年も何かとよろしくお願い致しますぞ」
「おめでとうグリューン男爵。こちらこそ貴殿の御力頼りにしておりますので今後ともよろしく頼みます」
簡単に新年の挨拶を交わし合った俺らは輸送部隊とは別れて男爵らに別の場所へ通された。
そこは作業員の休憩場にもなっている会議室で、急ぎ建てられたであろう大き目の掘立小屋の内外には作業員らが思い思いの恰好で休息をとっていた。
彼らはヴェークさんどころか節令使である俺の姿を見るや驚きつつ立ち上がりだす。ヴェークさんがそれらを押し留めつつ俺達を室内へ招き入れた。
部屋の真ん中に大きな長方形のテーブルが置かれてる以外は椅子が二脚あるぐらいの殺風景な部屋である。椅子も一応用意してるだけであり基本的に立ったまま話し合うという。
打ち合わせで使わないときは昼は床に座り込んで休憩の場となり、夜はやはり床に敷物をしいて雑魚寝をする場となるとも説明された。
「本来ならばもう少ししっかりした場所でお迎えしたかったのですが」
「いやいや幾らなんでも大規模な建設現場にそんなものを求めたりはしませんよ」
恐縮するヴェークさんに俺は苦笑を浮かべつつ首を横に振る。王都に住んでる貴族のボンボンじゃあるまいしTPOぐらい弁えてるってもんよ。
そこから早速仕事の話を始める事にした。
ヴェークさんが現場の地図をテーブルに広げつつ説明し出すと以下の通りということだ。
現在この要塞建設事業に従事している人数は約四五〇〇人。
その内州外から応募してやってきた労働者が三〇〇〇。州内から報酬含む労働条件に惹かれて馳せ参じた人らが一二〇〇。残り三〇〇前後はヴェークさんのとこに所属してる大工さん達である。
大規模な事業なので大工経験者が少ないもしくはもう一声欲しいと言いたいとこだが、並行して銭湯建設や通常の依頼こなしたりでこれでもかなり無理して人数融通してもらってるの知ってるので声には出さない。
いや寧ろここの人口考えたらこの場に四千以上の人が集まってる事そのものを感謝すべきだろうな。
正門など大事な箇所以外では現場監督として指揮してもらってるという。当面はなんとかそれで成り立ってはいるらしい。
今後も人手増やすならば単純労働以外も出来る人も呼び込まないと駄目だな。過重労働もだがデカい建物だから素人のどんぶり勘定で作り上げられたら大惨事不可避なわけで。いつぞやの仮設基地とは訳が違う。
引き続き応募をかけていき、大工ないし建築関係に携わった経験者は優遇するとかで量だけでなく質も揃えていきたいな。
それにしても三〇〇〇人も他所から来てるとは。前々から思ってたより人が集まってるという報告は受けていたけどいざ数字見ると少し驚きもある。
誰彼構わずではなく一応身元確認含めた面接をした上で受け入れてるということで、最低でもどこから来たのかぐらいは把握してるという。
八割は近隣のヴァッサーマン州やフィッシェ州から出稼ぎにということだが、残り二割程はケーニヒ州やレーヴェ州などのまだ余裕かつ安定してる地域以外のとこからやってきており、中には今現在悪い意味で話題を耳にする北部三州から遥々やってきてる者もいる。
今の時代水準で考慮したら役人や商人や冒険者でもない限り生まれ育った州を出ることなぞなさそうな人々が危険犯してでもこんなとこまでやってくるとは、それだけこのまま居るよりマシと思われてるんだろうな北部の状況。
この調子だと今後も増えていきそうだが、建設の進行が早くなると歓迎すべきなのか社会の不安定さが加速されてる証左になるから歓迎すべからずなのか迷うとこだなこりゃ。
次に州境界隈の現況に関して訊ねてみた。
基本的には相変わらずではある。だがそれは大事になる程ではないという意味であった。
来る前に報告書に目を通してはいたけど、数千人規模で何かしてれば何も起こらないわけではないということだ。
まず魔物の襲来。
当面の壁として用いる為の木材を関所周辺に乱立してる木々を切り倒して使っているのは計画通り。
お陰でこの辺一帯は一年前とは様変わりして広々とした原っぱと成り果てたというのだ。
要塞の当面の壁としてだけでなく冬場なので燃料として余すとこ無く使えるからね木々。人数考えたらまだ周辺だけしか切り倒されてないことが不思議なぐらいだよ。
当たり前だが人間様の開発で割を食うのは野生動物なわけで。しかもここだと魔物も加えられるわけで。
住処を追われたそれらは大半はまだ無事な森に逃げ込むのだが、一部は報復しようと工事現場に襲撃をかけてくることがあったという。
幸い死者はまだ出てないものの幾度かの襲撃で負傷者もそこそこ出ており、それが原因で出現率の高い区域では兵士の護衛が多くないと労働者が行くのを嫌がる事態になってるというのだ。
兵士も去年春の時点で一五〇居るか居ないかぐらいだったのを今回の建設を踏まえて五〇〇に跳ね上げたんだが、やはり作業員のほぼ十分の一だと密度が薄くなる。
しかも全員二十四時間三百六十五日フル稼働してるわけでなく交代で事に当たってるのだから猶更であろう。
襲ってくる魔物がまだ兵士数人で追い払える程度だが今後も森林伐採やっていけば高ランクのやつも出てくる可能性は高い。
ベタなブラック職場にありがちな「代わりなど幾らでも呼べばよいのだ!いいから働け!」とかいう馬鹿な真似はしたくないしするつもりはないから早急な対処が必要だろう。
援軍要請すると共に冒険者ギルドにも護衛クエスト案件として取り扱ってもらえれば警備強化になる筈。
それまでは一時的に作業滞りしてしまうが、護衛の密度を増やすために現場に優先順位を定めてそこを集中的にやってもらうしかないな。
で、次はそれに関連しての事である。
こんなとこで野生動物以外の脅威となるのは同じ人間。つまりまぁ賊の存在だ。
この辺りは王路以外はほぼ開拓されてないに等しい。ここで生まれ育った猟師とかなら人一人通れるレベルの獣道知ってそうだが、そういうワンチャンに賭けるしかにぐらいに道らしい道なぞ無い。
湧いて出てくるには動物や魔物が跋扈する森林地帯を通るしかないのでチンピラに毛が生えた程度の奴らでは餌になるのがオチである。
なので出てくる方角は王路から正面突撃してくるか、大山脈に沿う様な形である細道からチマチマやってくるかの二択しかない。
今の所そんな二者択一でリスク大きいのにリターンは少ないような此処に来る馬鹿もおるまい。と思ってたんだが、どうやら馬鹿は行動力だけはあったらしいな。
本格的な襲撃を受けてはないが、王路から少し外れた場所からこちらを窺う集団が目撃されるようになったというのだ。
昔からこの辺りを跋扈してたものなのか、はたまたここ数年の天災人災によって生れ落ちたものなのかは定かではない。だが急に増えた人や工事の様子から奪えそうなものがあると嗅ぎつけたのは確かか。
規模が如何ほどか分からないの少し面倒だ。そこまで大きくはないと踏んでるがあまり過小に見積もって痛い目みるのも嫌だな手間的にも人命的にも。
とにもかくにも魔物と同じく対策には警備要員の増加は早急な課題なわけだな。まさか労働者に剣や槍持たせて自衛させるわけにもいかんし。
現状と課題を確認した俺は話の続きは現場を視察しつつやる事を提案してヴェークさんらと共に小屋を出た。
今まで通り過ぎるだけなら幾度もあった千人規模の人々が長期間に渡り留まってるという稀に見る事態。どこを見渡しても人の往来が絶えない光景である。
正直これがガチ戦争中ならスパイ紛れ込んでる可能性高いから警戒せにゃならんが、つくづく現時点でのヴァイト州の評価が低い事が生きてる感じするな今はまだ。
まずは外側を軽く巡回してみることにした。
門扉が開かれ、俺達はヴェークさんらに案内されて州の外へ出た。かれこれ約九か月ぶりの州外である。
先程の報告にあったとおり眼前に広がるのは整備された王路と幾つかの切り株のみが点在してる原っぱ。記憶通りなら道路以外は割と深い森に覆われてたんだが綺麗さっぱりなくなってるな。
感心したように自然の風景を一巡した後、俺は後ろを振り向く。
あまり変わってないのは物見櫓とそこに掲げられてる王旗のみ。それ以外は関所というよりどこぞの防衛拠点みたいに厚く広い壁が長く横たわる光景。
普通ならこれで一安心するとこだが俺は違う。コレを今以上に厚く高くさせるのだ。せめて万里の長城レベルのブツをオッ建ててようやくひとまず安心出来るのだ。
内戦どころか国同士の争いになるの想定するなら引き籠る場所のドアは頑丈にするに越したことはない。うん、まさに初志貫徹終始一貫だ。
出来栄えに今後の展望込みで思いを馳せつつ俺は案内されるままに歩を進めていく。
細かく一々チェックいれてたら外壁部分のみで日が暮れてしまうので、今回外側に関しては説明受けつつ見回るだけにすることとなった。
内部はともかく外壁に関しては当面このクオリティでも問題はなかろうし、完成急がせるにはまだまだ人数足りないから仕方がない。
至る所でひとまず高く厚くすることだけを念頭に置いての木製の壁に火の対策用に泥を塗り付けたり砂をかけてまわってる労働者らの姿が見える。火攻め対策というより冬場の失火や小火対策なのだろう。
横幅が1・5㎞ぐらいなのでその半分の距離ともなれば二十分ぐらいで端に到達。自然と人工物の境目になる部分も侵入防止の為に木や石が隙間のある所に可能な限り埋め込まれてる。
「いやはや行き届いてるものですな。流石本職」
「いえ、伯の計画書どおりなら軍事的にもう少し手間かけるべきですが、まぁとりあえずということで」
「なんでも先延ばしは好みでないですが今は仕方がないですからな。無茶して崩れられるより遥かに良いです」
そんな会話しつつ戻って逆方面も見に行こうとした矢先であった。
「ねぇリュガー」
「なんだマシロ」
「なんか端っこ方の細い道に物騒なのおるよー」
「えっ」
マシロの言葉にクロエを除く全員が思わず指さされた方を向いた。
端部分から少し離れた場所にある細道。
地図でいうとそこは大山脈に沿うように存在しており王路以外で人が余裕で歩ける幅のある獣道ではない道。
ここから細道を延々と歩いていくとシュタインボック州の西南端ともいうべき先端部分を経由してレーヴェ州の隅の方へと到達する。
去年の秋の終わりにやってきた老傭兵リッチもこのルートを辿ってやってきたのだ。地図にも記されてるレベルに公式の道である。こんな所に頻繁に来る物好きも居ないからマイナーであるが。
普通なら「人が居る」ならばその方面の州からの行商人か物好きな奴がわざわざこの道を使ってやってきただけであり珍しくもない。そのままスルー推奨だわ。
しかし俺の隣に居る薄汚れた白衣羽織ったトンデモ少女は「物騒なの」と言い切りやがった。
正体が気になるがそれも僅か十数秒後に判明した。
俺ら一般人の視力でもハッキリ目に見てたソレはありきたりではあるが遭遇はしたくない類のものだった。
うん、一言で簡潔に言うならあれですわ。
賊の一団のお出ましでした。




