第六十八話 交流x格闘技大会(終わりとその後)
思わぬ決着から数十分後。
点検と臨時補修等を終えたリング内には治療を終えたガーゼル、フージ両名が立っており、その向かい側に俺はマシロとクロエを左右に従えつつ立っている。
他にはアナウンサー役のシャー・ベリンと賞金の入った麻袋を抱えたスタッフ数名が居る。
なんとなく足元を見るとリングの至る所に血痕らしき滲みがあった。
朝からついさっきまでの激闘の跡らしいといえばらしいが明日も使うんだから終わる頃には割と凄惨さ出てるよねこれ。
格闘家ではなく一運営者的な感性での率直な考えである。しかしまぁ口にしたら無粋なのは承知してるので言わんがね。
「さぁて皆様お待たせ致しましたぁ!!!ただいまより格闘技大会個人戦の授賞式を執り行いますぁぁすぅ!!もうしばらくご着席の程よろしく願いまぁす!!」
司会の開始宣言にざわついてた客席が徐々に静まり返る。すぐに歓声上がることになるだろうけど、この時ぐらいは静粛にするべきという思いが暗黙の裡に広がっていた。
頭に包帯巻いたフージが負けた直後にも関わらずサッパリとした笑みを浮かべてる。馬鹿なだけに結果はどうあれ引きずらない性質なのであろうな。
優勝者のガーゼルも身体の至る所に包帯を巻いてはいるが、見た目よりかは軽傷であったという。あれだけやって軽傷で済むとか本当丈夫にも程があるだろう。
リングの外側に集ってる他の出場者も各々の性格や感慨にちなんだ表情を浮かべている。ちらっと見た感じだと少なくとも「来年こそ」的な意欲はありそうな印象なのはありがたい次回開催的にはな。
「ではまず授与の前に今大会の最高責任者であり主催者でありこの地における最高政務官であり今回は解説者としてもご活躍なされた節令使リュガ・フォン・レーワン伯爵様よりお言葉を頂きたいと思います!」
話を振られて我に返った俺はシャー・ベリンからマイクを渡されて内心少し狼狽した。
いや打ち合わせの段階でやるのは分かってたけどさ、いざ振られたら何言えばいいか分からないもんだね。カンペ用意する暇もそんなになかったし。
よしまぁでも言わないと駄目ならやるしかねぇな。
数瞬黙考した後、俺は咳払いをして客席を視線で一巡しつつ口を開いた。
「まずは参加選手全員に労いの言葉をかけさせてもらう。唐突な募集ながらも州内から腕に覚えのある者らが集い、そして予選や本選で繰り広げた激闘の数々はこの地で長く語り継がれる事だろう。リングに残る血と汗の染みは雄弁に今日という日を物語るものだろう。そして皆の者痛みに耐えてよく頑張った。感動した!」
「ふへへへ、なにどこの総理大臣の迷言パクッてるのよー。面倒くさいからってパクリはないわー。知識スキルこういうときに発動させないからアンタ基本地味なのよー」
「くくく、愚かな模倣のピティ。ボキャブラリーの足りなしスキルのディクライン」
「……」
うるせー馬鹿。聞こえてるぞ。しゃーねーだろアドリブ苦手なんだから。
一応配慮してるのか小声で評してくるマシロとクロエに俺は内心毒づいた。まだ式の真っただ中なので身じろぎ一つも出来やしない。観客のほぼ全員の視線集中してる状態だしな。
現代日本人二人から容赦なく酷評されたがそんな事など知らない現地人達からは拍手喝采を貰った。
まぁ何割かは長いスピーチ覚悟してたのに意外に手短に済んだことへの感謝もあるだろうが、好意的には違いないから気にしないよ俺。
代表の手短なスピーチの後はお待ちかねの賞金と記念メダルの授与だ。
優勝者には金貨一〇〇枚と金メダル。準優勝者には金貨二五枚と銀メダル。なお某国際的な大会そのまんま倣う必要は今はまだないので三位決定も銅メダルも今回は無し。
メダルには王国歴と開催日時。そして「第一回格闘技大会個人戦優勝者」と彫られている。銀メダルも同様だ。
何かしらの効力があるわけでも国からお墨付き貰った証とかではないが、この辺りではちょっとした有名人の証として煌めくことであろう。と、俺は思うし思いたいとこで。
片膝を立てて礼をするガーゼルに精々謹直な表情で重々しくメダルを手渡す。次いで傍に控えてるスタッフの一人が進み出て金貨の詰まった袋を渡すと会場内から歓声と拍手が沸き上がった。
フージにも同じような流れで授与して同じような反応が巻き起こる。自分が貰えないとはいえこういうイベントでの受け渡しはなんとなくワクワクするのはどこも同じか。
観客の反応に応じて二人がメダルと袋を高々と掲げながら周囲に見せるように一回りしてみせる。
それを終えたタイミングでシャー・ベリンが魔族の肉屋にマイクを突き付けた。
「優勝おめでとうございまぁすぅ!!素人ながら冒険者をはじめとする戦いに一家言ありそうな面々を押しのけての優勝と凄い事を成し遂げたわけですが今のお気持ちは!?あと差し支えなければ賞金は何にお使いになられるとか教えてください!!」
一気に質問するな。と窘めたいとこだがあまりの喋り速度に機を逸した上にガーゼルも満更ではなさそうな反応見せたのでついに俺は言い出せなかった。
この辺りのデリカシーの機微も今後の課題だなアナウンサー育成にとって。
シャー・ベリンの質問にガーゼルは昆虫の複眼みたいな目をギョロリとさせつつしばし思案した後にマイクを手に取った。
「あー、まずは応援感謝です、はい。自分で言うのもなんですが、その、まぁ図体のデカさと丈夫さには少し自信あったのでイイとこまでやれるかなと思ってましたが、まさか優勝してしまうとは。ここまでこれた身体にしてくれた家族や応援してくれた同胞やお客さんには感謝してますわ、はい、ありがとうございます」
大勢に囲まれてのインタビュー不慣れというか人生初めてのことなので戸惑いながらもそこまで言い切って深く頭を下げるガーゼル。観客らから拍手が起こる。その一角に居る魔族らからは怒声じみた歓声が上がった。
「それで、あー、お金の使い道でしたか?そうですな、まぁあれです。とりあえず半分は店と家の改築費用と老後の貯金にまわす予定で。はい」
二m超える異形の魔族の割には実に堅実的で庶民的である。人を見た眼で判断してはいけないの好例ではあるがな。
「それで、あと半分ですが……あー、ちょっとこれ宣伝大丈夫ですかね?場にそぐわないなら言いませんけど?」
後半部分は声を落としてシャー・ベリンに問いかけてきた。新進気鋭のアナウンサーは俺の方を振り返り無言の問いかけをしてくる。
何を宣伝するか知らないがまぁ問題はなかろう。そう判断した俺は大きく二人に頷いてみせる。
「節令使様ありがとうございます。さて……えー、そのですな、優勝した記念に日頃御愛顧誠に感謝も込めまして、四日後の営業再開日に当店の商品全品半額にて提供させてもらいます。一日限定ですので皆様どうか当店へお越しくださいませ」
ガーゼルの宣言直後会場に悲鳴が木霊した。特に女性陣から黄色い悲鳴やら嬉しい悲鳴やらが一際高く上がっている。
いや分かるけどね。全品半額ということは普段は高くて買えないやつもなんとか手が届くかもしれないし、この時代の賃金や生活水準考えたらお肉はどんなのであろうとちょっとした贅沢だから猶更ね。
つまり賞金の残り半分は半額セールやる分の補填に当てる予定というわけか。まぁ宣伝費ともいうかこれは。
「あ、ありがとうございましたぁ!!以上優勝者ガーゼル選手のお言葉でしたぁ!!続きましてぇ準優勝を飾ったフージ選手からも一言貰い受けようと思いまぁす!!」
既にセール情報に浮足立つ周囲の空気にやや気圧されつつもシャー・ベリンはガーゼルの隣に立つ異世界ヤンキーへマイクを突き付けた。
質問は先程と同じ。準優勝のお気持ちと四分の一とはいえ貰えた賞金の使い道である。
問いかけに対してフージは躊躇いもなくマイクをすぐさま握りしめた。
「いやぁ負けた負けた!素手で魔物倒す冒険者が素人の肉屋に負けてしまうとは強い奴はどこにでも居るって実感したわ!でも次は負けないぜぇぇぇ!俺はやってやるぜぇぇぇ!!」
ついさっきまで顔面朱に染まるぐらい頭から血を流してたと思えないぐらい元気な奴だ。リング外で控えてるパーティーメンバーらが少し赤面して顔を手で隠してる。
「で、賞金だっけ!?いやーどうすっかなー。これもある意味クエスト報酬みてーなもんだから仲間内で分け合うとかかもな。いやでも今のガーゼルのおっさんの気前の良さ見てると俺もちったぁ男気見せるべきかなとか思うわけよ」
「ほうほう。では具体的には?」
「そうだなー。とりあえずパーッと使うなら酒場貸切って呼べるだけ人呼んで大宴会でも」
「「「するな馬鹿――!!!??」」」
フージの気前の良さが発揮されそうになる寸前に仲間たちが悲鳴交じりに彼へ向かって殺到した。身体に縋りつき、飛びついて顔丸ごと押さえつけて口を封じようと試みてる。
「ちょ、お前ら何しやがる!?」
「こっちの台詞よ馬鹿!纏まったお金を一夜で使い切るとかその場の勢いで気持ち良いことしようとしないでよ馬鹿!!」
「装備更新したいし出来れば万が一の為の貯金にさせてー。たまにはリーダーらしく仲間に配慮してーお願いだからー」
「ごめんなさい今の戯言皆さん聞き流してください忘れてくださいごめんなさいごめんなさい!!」
いきなり始まったドタバタに会場から笑いが漏れる。中には「いいぞやれやれー!」「乱闘くるかこれ!」「どうなるか賭けるか!?」などと無責任に囃し立てる声もしてくる。
俺も思わぬ乱入騒ぎに怒る気も湧かずに乾いた笑いが漏れるにとどまった。
第一回目だからもうちょい粛々と進行して終わらせたかったんだがなぁ。
一番目立つべきである優勝者の巨漢の魔族もこれには苦笑いである。さり気なく距離を取りつつ会場内に居る身内に向けて手を振ったりしていた。
ぐだぐだとした騒ぎの中で格闘技大会個人戦授与式は閉幕。こうして大会初日は終わっていったのであった。
選手らが観客に手を振りながら控室へ戻っていき、最後の一人が見えなくなるとシャー・ベリンが「本日は御来場ありがとうございました。本日の大会はこれで終了となります~」とお約束のお帰りアナウンスを語り出した。
その声に促されて観客らも感想を言い合いながら一人また一人と席を立って出口へと向かっていく。
客らはこのまま家路につく人も居れば、まだ行ってる会場外での祭りに参加する人も居るのだろう。
夕食の時間帯でもあるし朝から観戦に集中しててロクに飲食してない人は屋台巡りするかもな。あと座りっぱなしだったからまだやってるであろうダンス等の催し物の見物やったりと娯楽をまだまだ堪能するにちがいない。
実に良い事だ。楽しむだけ楽しんで落とせるだけお金落として経済まわしてくれたまえ。
色んな肩書持ちの俺は最後まで残る義務があるのですぐには帰らずに居た。
観客が帰るのを待つ間に俺は貴賓席へと向かってスポンサーであるリヒトさんらにひとまずの労いの言葉をかけた。
「皆様お疲れ様でした。なんとか無事に初日を終えらそうで何よりです。明日も何事もなく楽しんで頂けたらと」
「レーワン伯。こちらこそ思いのほか楽しませて貰いましたよ。どうしてどうして中々見応えありましたな」
異口同音にリヒトさんらが感想を述べる。特に海の男なヴァイゼさんは興奮も露わと言った感じだった。
ただヒュプシュさんだけは賛辞を手短に述べた後に俺と半歩後ろに居るマシロとクロエを凝視している。
視線に熱を込めつつ女ギルドマスターは鼻息荒く俺に一歩踏み込んできた。
「レーワン伯、ちょっとこの後お話が。よろしければ私ら夫婦とご夕食致しませんこと?えぇ葡萄酒でも飲みながらじっくりと」
「申し訳ありません男爵夫人。職務が引き続きありますので当面は込み入った話はお受けできそうにありません」
やっぱりこの地における人材関係の元締め的にはあの時のマシロの治癒魔法は説明の一つも求めたいだろうな。
一瞬で全快するレベルのやつなんて王国にもいるか怪しいんだからな。何が何でも手放したくない欲が止められないわけだな。
避けられないとはいえ今は可能な限り避けたい。言った事は嘘ではないが当面は職務を理由に逃げさせてもらいますわ。
露骨にガッカリした顔をするヒュプシュさんを全力で無視しつつ俺はリヒトさんの方へ向き直った。
ちょっとこの後お話が案件は寧ろ俺がリヒトさんにあるんですよ。
「子爵この後少しよろしいですかな?」
「……もしやあの男の件ですな?」
リヒトさんの確認に俺は頷いた。
肩越しに振り向くと、全員引っ込んだ筈の花道の出入口付近に初老の傭兵セルゲ・リッチが無言で佇みこちらを見ていた。
言伝記したメモに目を通したこと。そしてそれを俺が受けるということを信じて疑ってない落ち着いた風である。いや下手したら俺が声かけるまで根競べし兼ねない只ならぬ空気すらある。
現に客を追い出して片付け始めてるスタッフらが誰一人声かけずに遠巻きにしてるぐらいだ。今のヒュプシュさんに勝るとも劣らない熱ともいえる何かがある。
話を聞くだけ聞くつもりでは元々あったけどあんまり期待はしないで欲しいよな。
相手の仕事熱心に感心しつつもお祭り終えた直後の一息吐いた感に水差されてる気もしてちとばかし辟易な気持ちもある。
挨拶と用件のみなのはあちらも承知してるだろうが。さてこの時点で一体何を持ち掛けてくるのやら。
周りがまだ祭り堪能したり明日に備えて寛ごうとしてる最中で俺はまだ一仕事やる羽目になるとは。
望んで就いた地位とはいえこういうとこで庶民的な安らぎと無縁になっていくんだなぁ。
と、近場に居たスタッフにターロン呼んでくるよう言いつけながらちょっぴり切ない気分にさせられる俺であった。




