第六十六話 交流x格闘技大会(そして決勝へ)
完勝披露の余韻も消えぬうちに始まろうとする準決勝第二試合。
魔族のガーゼルと傭兵のリッチの対決はまさしく剛と柔、力と技の激突となるであろう一戦と思われる。
あの巨体とパワーと相対するのは単なる力押しだけでは駄目なのだが、このままいけばモモの二の舞である。勝利の要は如何にして得意の関節技で音を挙げさせるかだろうな。
そこは幾多の戦場を渡り歩いてきた老傭兵の経験がどこまで通ずるかだがさてどう戦うことやら。
と、考えてると隣に人の気配を感じたので見上げてみるとそこに居たのはリヒトさん。それと一歩後ろにターロンも立っている。
「レーワン伯少しよろしいですかな?」
「まだ時間大丈夫とは思いますけど、子爵殿だけでなくターロンももしかして同じ用件かな?」
俺の問いにターロンが頷く。
「回答はほぼ同じでしょうが私めよりも子爵様のお話をお伺いしてくださいませ」
「すまぬな護衛隊長殿。お言葉に甘えて先に私から手短に言わせてもらおう」
リヒトさんが視線をリング内に居るリッチへ向けつつ耳打ちしようと俺に顔を寄せてきた。
「いや、先程話したあの傭兵なのだが、つい今思い出したものでしてね」
「思い出されましたか。それで何者ですかな?」
「商都にあるフォクス・ルナール商会の者です。そこの主の側近というか、まぁ言うなれば伯の護衛隊長殿みたいな事をしてる男ですな」
「なるほど」
と相槌を打ったものの商都の人間かもしれないと予想してたのが当たった以外は俺にはピンとこない。
なのでもう少し詳しくリヒトさんに訊ねてみることとした。
フォクス・ルナール商会は商都にて主に毛皮や骨を扱うお店という。素材そのものから加工品まで扱っており時には他国まで売りに歩く程だと。
年季としても建国期辺りに遡る歴史ある老舗でありそれに恥じない売り上げも上げている。商都の組合では席次は高く過去に幾度も組合代表に選ばれた事もあるとか。
二頭の狐が描かれた絵を家紋としており店の看板もそのまま使っている。本店は商都だが王都など国内にも支店を構えてるので人によっては馴染み深い店だとかで顧客層も幅広い。
俺はあんまり毛皮とか骨とか使った装飾品興味ないからスルーしてたので知らなかったが、貴族など金持ってる連中もその商会から製品を売買するというから上への繋がりもしっかりしてるらしい。
商人としては格式も実績もパイプの太さも申し分ないのを揃えてる。組合でも一目置かれてるぐらいの大きいとこなんだろうなきっと。
そんなとこに勤めてる側近と思わしき奴がなんでこんなとこにやってきてるんだ。
格闘技大会参加は余興や興味本位に過ぎないと最早確信寄りなった。となると目的はなんだとなる。
俺との接触なんだろうけど一体何を言いにきたのかねぇ?
首を傾げつつ視線をターロンへ向けて無言の促しをすると、心得てるターロンが咳払い一つして口を開いた。
「私も概ね子爵様のお言葉どおりの事でありますが、付け加えるとするならそいつは傭兵としても少しは名の知れた奴ということですな」
「まぁ単に商人の護衛勤めてるにしては空気違うなと素人でも分かるがな」
「私も直に見たのは一度だけ。しかもかなり昔なんですが、戦い方が一風変わったやつだったので印象に残ってましたよ。思い出すのには苦労しましたけどね」
リヒトさんに代わってターロンが今度はリッチに関して話し出す。
セルゲ・リッチ。傭兵の間では「近接殺しのリッチ」という通り名で知られている男。
無手であれ得物持ちであれ名前の通り彼との接近戦で勝てる奴はそう居なかったと伝えられてる。その技の鋭さたるや複数相手でも瞬く間に技を決めて殺してしまえる程に。
仮に死なずとも的確に関節や筋を壊されてその場における兵士としては死んだも当然の身となる。戦の最中で無防備晒す危険を思えば相手にしたくない存在であろう。
各地を渡り歩いては戦場にて腕を振るってきたがここ七、八年ぐらいから音沙汰がなかったらしく、噂レベルでは死亡説が出てたという。
そんな男が商売人の護衛として定住していたとは。傭兵だろうから護衛といっても精々行商の護衛として各地を歩くぐらいと誰もが思うだろう。
傭兵とは大体そういう流れ者的なものであり、定住者の護衛は冒険者が一定期間引き受けるものみたいな認識がある。
いやターロンみたいに半ば足を洗っての再就職かもしれんけど。腕の良さ見込んでスカウトとかの話もたまに聞くわ。
まぁそれならリヒトさんも顔に見覚えあると思うよな。商談や積み荷に関しての立ち合いなんかで雇い主共々顔合わせる機会もあるだろうからね。
「坊ち……節令使様、これは私見ですがね、多分雇い主の代理人として派遣されたんじゃないですかね。しかもまだ表沙汰にしたくないからこその人選」
「多分そうだろうな。正式に話したいんなら番頭でも頭取でもいいから地位のある奴を陸路か海路でやってこさせて子爵らに話を通して面会求めてくる筈だ」
常に傍に居させるぐらい信用に値する側近とはいえ傭兵上がりの護衛。大きな権限持たされてはなかろう。メッセンジャーであり偵察が主目的。
万が一の場合はただの雇われ傭兵として切り捨てられるし、行動に関しても元とはいえ傭兵という経歴あるから適当にもっともらしい理由作れる。しかもあくまで周りが言ってるだけで本人が引退公言したわけじゃないしな。
こうして格闘技大会で目立ってたとしても九割ぐらいは傭兵が売り込み目的で参加してるしか思わないだろうからな。そこそこ考えた上での非公式の使者だな。
その非公式の使者と思われてる老傭兵は俺ら三人がこちらを見てコソコソと話してるのに気づいたのか首をややこちらに向けて見つめてきていた。
皺の刻まれた顔には表情が浮かんでない。仕事柄そう軽々しく感情出すものでないし試合開始直前ともなればリアクションするわけにはいかないだろうからね。
かといってこのまま訝し気に見られるのも間が持たない。まさか「ヘーイ!お疲れ様!!」とかそんなノリをするわけにもいかんだろうし。
反応に困ってはいたがそれも長くは続かなかった。試合開始を告げる鐘を係員が鳴らしだしたので、俺は二人に礼を述べて場から下がらせた。
リッチのほうも視線を巨漢の魔族の方へ戻している。
「はぁい皆さん!大変お待たせ致しましたぁ!!ただいまより準決勝第二試合を開始致します――!果たして勝つのは力のガーゼルか技のリッチか!?」
シャー・ベリンの宣言と同時にレフリーが大きく手を挙げて試合開始を声高に告げた。
構える両者。睨み合いをしつつもリッチはジリジリと歩を進めて距離を詰めていく。
対してガーゼルは動かない。ここまでと同じくあえて受けてからの反撃という戦い方をやる気らしい。
時間にして一、二分経過したか。リッチがやや腰を低く落として駆け出した。
ガーゼルがその瞬間左右と拳を繰り出すも、リッチはそれを難なく交わして懐へ潜り込む。
背後寄りの脇の下にまで潜り込むリッチ。これだとガーゼルは肘を落とすことも難しかろうな。
組み付いて引き倒して関節を決める。やろうとしてる流れは見えた。だがモモのときと同様ネックになるのがあの巨体だ。
彼女より身長あるとはいえそれでも肉体の質量差は如何ともし難い。組み敷いたところでひっくり返される恐れが高いのだ。
しかし巨体を誇る魔族は俺達の考えの手前に居たと思い知る。
「―――ッ!!」
一声吠えると同時に組み付いたリッチを力任せに振りほどいてみせたのだ。倒れる倒れない以前の話であった。
前の試合のモモにやったのと同じだ。まさにこの場における「力こそ正義」を体現してるかのような天丼っぷりは驚嘆ものだな。
引き離された老傭兵は上手く受け身をとれてたからかすぐさま起き上がった。
いかにも只者ではない空気をしてる老傭兵を警戒してか、ガーゼルの受け身の姿勢はここまでであった。
左フックや右ジャブなど、巨体からは想像出来ないフットワークを駆使してパンチの連打を相手に振るう。当たってはいないが振るった拳の唸る音がこちらまで聞こえてきそうな勢いある剛力のパンチである。
それを正面から降りかかられてるリッチはやや表情を険しくした以外に様子に変化は見られず危なげなく連打を避けている。
当たらなければ単なる人間風車ではある。しかし狭いリングでいつまでも逃げ切れるとは思えないし、なにより得意の組技に持ち込めてない時点で攻勢に転じるのも難しいだろう。
しかも種族の差よりも年齢差によるスタミナの問題もある。ガーゼルは送られてきた履歴書によればあれでもまだちょうど三十歳と若い部類に居る。対してリッチは五十歳超えてるともなれば疲労に足元取られかねない。
誰もがそう考えて息を呑んでその瞬間を待つしかないのかと思われだしたときだった。
二十回か三十回か、幾度目かのパンチがリッチの正面に向かったときである。
リッチが紙一重で避けたと同時に再び距離を縮めてきた。ここまでは先程と同じであったが、その先はまた違った。
なんと触れる程の距離まで接近したと同時にリッチはガーゼルの右足の甲部分を思い切り踏みつけたのだ。
確かにそれは地味に痛いやつだろうが果たして今この時有効なのであろうか?
疑問が過ったがその瞬間にまた展開が動いた。
なんとなんとリッチは踏み込んでそのままジャンプをしてガーゼルの肩甲骨付近に密着したのだ。踏みつけたのは攻撃ではなく飛ぶための踏み台みたいなものだったのか。
おんぶのような形となった両者。だがリッチは高いとこに登って童心に帰るというお茶目な真似をする訳ではなかった。
背後から腕を相手のあごの下にいれて反対側の襟を取り、片手を脇の下からいれてその腕を巻き上げるようにして制しつつ相手の首を後ろへ差し入れて締め上げる。柔道の締め技である片羽絞めというやつか。
柔道は明治十年代に生まれたものであるが、源流となる柔術は遥か昔から存在している。柔術と体系化される以前にも原型になるものはかなり昔から様々な形で存在してたであろう。
日本でそうなのだから世界各地にある格闘技もそういう歴史がある筈だ。有象無象の生み出したものが積み重なって今の格闘技の技の数々がある。
ならば異世界とてそうなのだろう。実際こうして俺は見事な締め技を眼前で拝んでるのだから。
「リッチ選手が見事にガーゼル選手の衣服を用いて彼自身を締め落とそうとしております!このまま棄権を選ぶか落とされるのを選ぶのかガーゼル選手ぅ!!?」
技が決まったことで会場がまさかの逆転勝利かと沸きだした。
腕もある程度拘束されてるので上手く動かせてない。しかもリッチは瞬発的なら互角の力が出せるのかガーゼルは振りほどけも出来ない。
流石の巨漢の魔族も老練の技の前には終わりか。
と誰もが思ったその時だ。まさにこの試合程こういう流れの繰り返しであったと後々語られるだろうな。
口端から唸り声を上げつつガーゼルがよろめきながらも動き出した。
何をするのかと思った瞬間、なんとガーゼルは自らマットへ身を投げ出したのだ。
力尽きたからではないのは明らかだった。彼は身を沈める直前に可能な限り向きを変えていた。変えた先には絞め続けてるリッチの半身が見えていた。
リングが大きく揺れて地響きが鳴った。
結果的にではあるがボディプレスを決める形となったガーゼル。藻掻くうちに力尽きると予想してたであろうリッチもまさか半ば捨て身でこんな事をやってくるとは思ってなかっただろう。
ギリギリのせめぎ合いをしてたとこに強い衝撃を受けてしまう。張り詰めた糸が切れたかのようにリッチは絞めあげてた体勢を維持出来ずにマットに転がってる。
特に落ちた方の手足を痛めてるのかさり気なくだが庇いつつ転がるように距離をとった。
解放されたガーゼルも激しく咳き込んでおりすぐには追撃かける真似は出来なかった。しかし相手にまた絞められないようにもう片方の腕を振り回して彼なりに距離を取ろうと試みてる。
よもやの所からの仕切り直し。
互いに息を整えたら再度攻防が開始されるものと思われたがここで急展開が起こった。
「……参った。降参だ」
巨体に叩きつけられた腕をさすりつつリッチが突然そう言いだしたのだ。
騒然とする会場。困惑する対戦相手とレフリー。そして絶句する俺。
「な、な、なんとここでまさかのリッチ選手の降参宣言――!?確かに難しい勝負ではありますがこの見切りの良さ思い切りの良さは流石は歴戦の傭兵というとこなのかぁ――!?」
そんな中で瞬時に喋くりしてくれるシャー・ベリンの実況アナウンサーっぷりは流石だな。こういうときになんだが良い人材発掘出来て嬉しいよ。
周囲の動揺などお構いなしに老傭兵は悪びれも後ろめたさも微塵もなくレフリーに声をかけて再度降参宣言をしていた。
「技を力で悉く返された上に今ので手足に怪我してしまった。老人に片足突っ込んでる年齢の男じゃこの辺で限界だ。折角の盛り上がりに水差すようで悪いが、私も命は惜しいのでね」
もっともらしい事を言われてしまうとこちらも反論難しい。裏世界の闘技場なら「四の五の言わず戦えや!」となるがそうでない以上は強制は出来ない。官営のお祭りでそれはイカンよね。
ガーゼルも殺す気ないだろうけど、自分の巨体やそこから生じるパワー、そして相手が五十過ぎのこの時代からしたら初老の域にある人ともなればうっかり殺してしまう恐れはないわけではない。
安全面も指摘されると俺としても観客からブーイングされようが選手の意思を堅守しないといかんわけで。
救いを求めるようにこちらを見てくるレフリーに俺は複雑な表情を浮かべつつも見えるように大きく頷きを返した。
「そ、それではリッチ選手棄権の為、勝者ガーゼル選手!!」
レフリーの宣言が会場内に伝搬するや各所で困惑と納得のざわめきが再び生じた。準決勝なのに唐突な終わり方に不満がないわけではないだろうが、ブーイングの域に達してないのは幸いだ。
対戦相手のガーゼルと観客にそれぞれ深く一礼したリッチがリングを降りていく。
だが下りた先は控室に続く道ではなく実況解説席のある方。つまり俺のとこだった。
いやまぁ用はあるんだろうけどいきなり来るかね?
やや身構えつつリッチを見据える。しかし相手はそれ以上踏み込んではこず、代わりに近場に居た係員を呼び止めて紙を一枚手渡すとこちらに一礼して今度こそ本当に控室へ戻っていった。
首を傾げつつ紙を渡された係員がこちらへ来てそれを渡しにきた。
折り畳まれた紙面に目を通すとそこには簡潔に「大会後にフォクス・ルナール商会の者として面会を請う」とだけ書かれていた。
「……」
唐突な棄権は運営責任者として一言言いたくはあるけど、盛り上げに貢献はしてる以上希望は聞いてやるしかないよねこれ。
俺は小さく溜息を吐いた。




