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第四十九話 仕事は長く感じるのに休暇はあっという間に終わる

 初日にささやかな驚きを体験した以外で特に何も起こらずに日々は過ぎた。


 早馬での急報もまったくなかったのだから何も起こらず平和だったのだろうな俺も俺の周囲も。


 眠り食事をして風呂に入って景色を眺めて時折他愛ない駄弁りをしたりと。普段との違いはこの流れに仕事が入り込んでないことぐらいか。


 少し遠出して海岸で魚釣りとも考えたけど、この世界は魔物の存在があるから万が一があってはシャレにならないので自粛。やるなら護衛一ダースぐらいつけた上でだろうな立場的に。


 マシロとクロエもあれ以降いつもと何も変わらず過ごしている。休暇でここには俺と自分らしかいない故に気まぐれに漏れた顔であったのだろうかあれは。


 これが戦士とかなら鍛錬に励んでるとこだろうがこいつら戦士でもなんでもないからね。


 何も考えることなく代わり映えしない風景眺めてるだけというのは確かに退屈極まりない。こんな日々を延々と過ごしてたら若年性痴呆にでもなるぐらい脳みそ衰えそうだ。


 だがたかが三日かそこらならそんな贅沢な時間の使い方も悪くはない。と、働いてる人なら分かって貰えそうだけど、どうだろうな人それぞれか。


 海の音と風の音と草木の音。時折聞こえてくるのも動物や虫の鳴き声のみ。


 あるがままの自然の奏でる音だけを聞き続けてると世俗の存在が霞んでしまいそうだ。この世界に自分しか居ないと錯覚しそうなぐらいに。


 俺以上に世を疎んでる奴ならこのまま全て投げだして退屈に身を任せて静かに過ごしたいと願うだろうな。


 残念ながら俺はその極致に至るにはいささか世俗に未練がましくて、あいつらが言うように半端に良心や責任感を抱えてしまってる。


 俺がこんな事をしてる間にも数百キロ先では表沙汰になってない権力争いが起きており、各地では飢えと暴力に日々怯えてる民草が日ごと増えており、そして暴動がいつ動乱と称される規模になるか予断を許さぬというのにだ。


 思いを馳せたところでどうにもならない。思えばすぐに形になるとか神様じゃねーんだから。


 出来る事と出来ない事の判断を間違えないようにしないと、過信や夢想は破滅フラグだわな。


 汝、正義に酔うなかれ。ということだ。


 なので俺は頭の片隅で時折思い浮かばせるだけである。今はただ暑気に当てられるがままに惰眠を貪るだけだ。


 渇きにうなされる以外の面倒事は考えないようにしとこうか。






 気が付けば四日目の朝を迎えていた。マジで終わるの速く感じたわ。


 日が高くなるまで寝ていた数日であったけど、この日は早めに起きて食事と身支度を終えた後に軽く家の掃除をした。


 個人的にはこの隔離された感は嫌いではなかった。なんなら今後長期休暇とるときはここを指定してもいいぐらいだ。


 差し押さえ物件というなら節令使の別宅とかそういう扱いで買い取るのも視野にいれるべきか。


 リビングのソファーでギリギリまでだらけてるつもりな二人を横に俺はそんな事考えつつ掃除に勤しんでいたのだった。


 というか君ら結局滞在中は何もしなかったよね。精々自分の衣服を洗濯ぐらいじゃないかね?


 いやいいんだよ別に。どうせ暇だったから少しの時間家事にあてることとかさ、どうせだからついでにやるかとか思う人の好さとかあるからさ。


 しかしあれだよ。出会ってからしつこいぐらい言ってるけど僕ぁ伯爵様だからね?しかも成り上がりじゃない代々のやつだよ?


 こんな光景他所様に見せたら一騒動起きる系だと自覚してちったぁ遠慮の素振りぐらい見せなさいよ君ら。


「あははー、心の声のつもりで嫌味ったらしく声出して言ってるー。知識スキル持ちらしからぬ低レベルな行為マジウケるー」


「くくく、妄言の低き質に嘆きのメロディ奏でたもう」


「おう聞いてるんなら少しぐらい恐縮してみせろや」


 口元を歪めて言い放つもなしのつぶて。軽く溜息を一つ吐き、俺は掃除を続けることにした。


 今日は町に戻ったら早速海軍の視察が待っている。


 指揮系統は違うとはいえ統治地域にある以上は見回りして問題のあるなしのチェックは必要だ。


 先日のクラーケンはともかくとしてそれ以外の海の守りに関してはほぼ一任する所でもあるし、今後の情勢次第では掌握視野にいれるべきとこでもあるからな。


 それが終わればヴァイゼさんや彼の頼みで会うことにしてる商人らとの対面もある。それも終われば俺のここでのお仕事はとりあえず終わる。


 翌朝には州都へ戻る為ここを発つ。そして帰ればまた書類仕事の日々だ。


 メイリデ・ポルト県の他の地域への巡回は後日改めてやるつもりだ。西のときもそうだが赴任して日も浅いのでまずは最低限把握すべきとこを把握するだけで手いっぱいなわけでね。


 あっという間に終わった感じするな。まだ一日が早く過ぎ去る感覚に陥る歳でもないのに何か物足りなさがある。


 俺の地位権力ならもう数日勝手に休みを増やす我儘もまかり通るもんだがそうもいかんからね。


 清廉潔白気取りとか自信過剰とかでなく、純粋に俺でなきゃ片付かない案件があるからあんまり席を外すわけにはいかないという単純明快な理由。


 逃れる日が訪れるかは、こういう言い草好きではないがあえて言うなら、神のみぞ知るというやつだわな。


 そんなこんなで一しきり清掃と出立準備を終えて茶で一服してると迎えがやってきた。


 ドアが音高く叩かれたのでひょいっと顔を出すと、玄関前にヴァイゼさんとこの人らが数名立っていた。


 全員がハトが豆鉄砲喰らったような顔して固まってる。それをしばし不思議そうに見ていた俺は理由に気づいて苦笑を浮かべる。


 節令使が単身で無防備に玄関から顔出すとかありえねぇよな。普通に立場で考えたらマシロとクロエが応対に出てくるとこだもんな。


 相手が賊なら次の瞬間刺されてるよなと思うと、俺もやや休みボケして感覚が一般人になってた反省反省と。


 気を取り直して俺は咳ばらいを一つして謹直な顔を浮かべなおした。


「迎えごくろう。こちらが家の鍵だ。中々良い休暇を得られたこと感謝する」


「えっ、あっ、その、恐縮でございます。親か……でなく我らの主人にもお伝えしておきます」


 何事もなかったかのように応じる俺に慌てて迎えの人らも頭を下げつつ鍵を受け取った。


 荷物を取りにいくのでその間に馬小屋から馬を出しておくよう指示して俺は踵を返した。


 少しばかりの名残惜しさを感じつつもこうして俺のささやかな休暇はあっという間に終わるのであった。






 迎えの人らに連れられて俺達は再びメイリデ・ポルトの町へと戻っていった。


 当然ながら何事もなく町へと到着した俺は迎えの人ら夕方の訪問の伝言を託して帰した。


 彼らが人込みへ消えゆくのを見届け、俺はマシロとクロエを促して海軍の詰め所へと移動することに。役人連中とは現地集合と伝えてあるから問題はない。


 道を開けられつつ好奇の視線が注がれるのを感じながら俺は馬をゆっくりと進めていく。


 二人のバイクが並行して付いてきてるが、王都や州都のときでさえ道の半分以上占拠してるので此処ぐらいになると最早道を塞いでるようなもんだ。まだ朝も始まったばかりで人の密度のピークでないのが不幸中の幸いだなぁ。


 人様の邪魔になる後ろめたさから逃れたいが為に俺はやや速度を上げたお陰か、十数分後には漁港から少し離れた所に停泊している軍船の群れの前へと辿り着いていた。


 歩哨役の兵らが俺らの姿を見て飛び上がらんばかりに驚きつつ半分が建物の方へ走っていき、もう半分が小走りにこちらへ駆け寄ってくる。


「せ、節令使様でございますか!?朝早くからこのような所に」


「まだ早くはあるが気にせずに職務に勤しみたまえ。さぁ私らはここで待っているから見回り続けなさい」


「いやしかし節令使様をこのような所で放置するなど恐れ多い事など。何かありましたら私共の責任にもなりますれば」


「それもそうだが……」


 常識的な動揺を見せて常識的な返事をされたので俺も二の句紡げなかった。約束の時間より少し早く来てしまったのはやはり不味かったか。遅刻よりかマシと思ったんだけどねぇ。


 下手な事を言えずに右往左往する兵士らとどう言ってやったものか考えてる俺との微妙な時間が流れるも、幸いにも長くは続かなかった。


 兵士らに案内されてここに駐留してる海軍の副指令格の将が走り寄ってきた。


「節令使様また随分とお早い起こしで。もてなしの準備も出来てませぬが、どうか建物内へどうぞ」


 サマークと名乗った中年の騎士が深々と頭を下げて司令部へ来るよう頼み込んできたので俺は軽く頷いてマシロとクロエと共に歩き出した。


 しばらく歩いてると背後から溜息が漏れる音が耳に届いた。


 察するまでもなく先程の兵士らが安堵してるのだろう。


 まぁ例えるなら朝早くから会社の専務とか社長が職場に突然訪問してきたようなもので下っ端には辛かろうしな。ちょっと前の単身での応対といいちょいとばかし軽すぎかもしれんな。


「ベタな休みボケねー。貴族様にしてはちょっと軽薄かつ粗野ですなー」


「くくく、羽を休めし代償の軽挙妄動の浅ましさ。己が寄る辺の鼎の軽重問わんとする」


「うるせー馬鹿。これから気を付ければいいだろこれから」


 サマークらに聞こえない程度にそんなやりとりしつつ俺らは海軍が司令部として使ってる建物内へと入っていった。


 先日聴いてたとおり、ここの責任者であるアーベルは俺と会った直後に慌ただしく軍船に乗り込んで商都にある海軍の本部へと向かったという。


 この時代の船なので往復にそこそこ時間要するだろうしな。本人的には報告終えたらさっさと戻って現場指揮すべきと思ってるだろうがこればかりは仕方がない。


 副将のサマークが代理で案内を務めることになるのだが、彼は彼で疲労気味なのか少し顔色が優れない。


 訊ねてみたが最初はやはり「お気になさらず」の一点張りだったが重ねて問うと申し訳なさそうに語ったのは、案の定ここ数日は事後処理に追われていたというかまだ継続中だとか。


 軍船総動員して領域内を昼夜通して見回り、漁師や数は少ないが交易商らからの問い合わせに応じたりと久方ぶりに多忙を極めたとか。


 クラーケン退治の話が持ち上がった時点でこのような事はある程度覚悟はしていたというが、スピード解決のお陰で覚悟固まる前に舞い込んできたものだからいささか調子狂ったという。


「……そういう意味では卿らに申し訳ないことをしてしまったな」


「あぁいえいえ!節令使様が謝罪されるようなことではござりません!解決が早いに越したことはないのですから、何も間違ってはおりませぬ」


 そう言ってくれるのありがたいけどやっぱり急に仕事増やすような真似は気が引けるねぇ前世がサラリーマンだっただけに。


 指で頬を軽く掻きつつ俺はサマークら海軍の面々に案内されるがままに建物内を見学していった。


 兵士らが共同生活してる兵舎は「流石にむさ苦しいにも程がありますのでご容赦ください」と頭下げられたので、兵舎へと続く廊下を一瞥するだけで終わった。


 多分俺が来る前にある程度掃除しとく予定だったんだろうな。別にありのままの現状見せればいいと思うのだが、見せる側としては「見せたら見せたで何か言うでしょうアンタ」という心境かもしれん。


 食堂に武器庫に鍛錬場、それに修繕資材等が積まれた物資集積場や内勤が職場としてる事務室にと、失礼な言い方になるがこの時代の地方駐在軍隊にしては最低限の設備がちゃんと置かれてるのは感心した。


 その辺りは海軍の規模が陸戦兵力と比べたら小さいのもあるだろう。極端な話、ここと商都の二か所にしかないし海や山が挟まってるとはいえ隣接してる州にあるから比較的お上の目が行き届きやすいのだろう。


 海上交易も我が国にそれなりの富を生み出してるのだから海上での警備や警護といったものは気を遣うだろうしな。地方駐留軍の末端なんかと比較したらまだまだモラルも職務経験や環境も信用出来そうだ。


 今後の先行きにおいて海における影響はなんとも言えない。言えたとして今の俺には打つ手はほぼ無いだろうな。


 陸地での争いの方がまだ重要性高い時代でわざわざ海から攻めてくる奴らなどいないとは思いたいが、勇者の中に海に注目する奴も出てこないとも限らん。


 一応警戒だけはするならば海軍が今後もブレずに居てくれることを期待するしかない。


 最低限、ヴァイト州に駐留してる連中は掌握しときたいが、それも今後の課題だな。


 まさか節令使が王室直属軍を乗っ取ろうと考えてるとは露とも知らず、サマークらは建物内を一どおり案内し終えて俺に遠慮がちに訊ねてきた。


「あの、このまま司令室にて私らから隊内に関しての報告致しましょうか?それとも休まれずに外の方へ行かれますでしょうか?」


「そうだな……」


 報告っていっても既に書類に書いてあるのを改めて口頭で説明されるだけだろうし、なによりさっさと視察終わらせたい気分でもある。


 元々休暇のついでという認識だし今後はともかく今はただ直接目にしてみたいだけなので成果は上々。


 一応しばし思案顔して黙ってみたけど、結局予定どおり船を軽く見学することにした。


 とは言ってみたものの、こちらも事前に聞かされたとおりで港に残ってるのは練習艦と緊急用の予備艦のみ。実務用は全て出払ってるあり様だ。


 午前という時間帯差し引いても駐留地の兵士も少ないのも同じ理由である。俺がお休みしてたからといって下々の者らも寝て過ごしてたわけではない。


 サマークが言うには現在ここに居るのは警備兵、専属の舟大工、事務係に使用人と元々内勤勤めの者ら百名弱だけで残りは全て船の上。


 サマーク自身からして本来は副将として船の上にて指揮を執るべきところを俺を出迎える為に居残ってただけなのだ。


「仕方がなき事とはいえ、節令使様に対して重ね重ねお詫びすべき所存でありまして」


「あー、うむ。民の為国の為に働くそなたらが正しい。身分は違えど公職にある身として私は気にしてないので顔を上げられよ副指令殿」


 恐縮と気まずさのあまり深く頭を下げてくる相手に俺は寛容さを押し出した優雅な笑みで応じた。

 こうなってるとほぼ分かってた。


 それどころか早く済ませたいから寧ろ期待すらしてた。とか口が裂けても言えないね。


 こっち来る前に少し真面目に考えてたけどやはりそういう結論になったわ。


 さっきもいったがあくまで公務は脇でメインは休暇だったわけで。しかも公務だってクラーケン退治した時点で八割ぐらい終わってるようなもんで。


 大体休暇終わった直後に全力投球な仕事やる程まだ俺はワーカーホリックじゃねーよ。今後はともかくまだな。


 視察に来たという事実だけが記録されてりゃいいだろう。休暇だけ消化だと体裁が悪いしいつどこでケチ付ける奴が出てくるとも限らん。


 海軍の面々には申し訳ないがそういう腹積もりなので俺は本当に気にしてないのだ。


 俺の寛大な言葉にぎこちない笑みを浮かべつつ船場へと案内するサマークらの背中を見ながら、俺はこれが終わった後は誰相手に飯を食ってるだろうなとか関係ない事を考えてるのであった。


 休日の終わりであり出張の最後の日でもある一日は始まったばかりだ。

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