第三十三話 茶番に相応しいオチがつく
ここが文明の進んだ町のど真ん中でもない限り、野生に住む動物どころか魔物がどこで舌なめずりして徘徊してるかなんて当たり前な場所である。
実際に行軍中や陣地構築時にもちらほらと目撃はされていた。しかし遠巻きに俺ら人間どもの群れを眺めてるだけだったので、流石の魔物も無鉄砲なわけではないのだなと思っていた。
仮にだ、仮に機を伺っていたとする。では何故このタイミングで動き出したんだ。
大勢の部下の手前、表面的にはやや眉を顰めてみせただけであったが、内心では冷や汗流さんばかりに軽く狼狽気味である。
すんなり上手く行き過ぎてて怖いなーどこかで反動きそうだなーとか考えてたことは考えてたけど、いざ実際に起こると気分良いものでもないし動揺だってするさ。
それにしてもなんで今なんだ。来るなら戦終わった後に死体漁りにひょっこり顔出すとかじゃないのか。まだ一応終わってねーからアイツらも安全に食事なぞ出来ないだろうに。
誰も居なければ突然のアクシデントに反射的に頭抱えて蹲りたくなりそうな気分を抱えて原因を考えてると、櫓下からモモが声をかけてきた。
「もしかしたら匂いに釣られてきたのではないか?」
「匂い?」
俺が問い返すと族長の娘殿は頷きながら語り出した。
大山脈に住まう民族らは食用目的で狩りにて魔物も積極的に狙っている。その辺りは駆除や素材目的を重視してるこちらとは価値の比重が違う(無論俺らも食べることは食べるけども)
故に動物用とは別に魔物をおびき寄せる特殊な匂い袋を作るのも手慣れたもので常に携帯して持ち歩くとか。
そして今回の戦にてコッワ・フエールサ両部族の間では万が一の場合はそれをまき散らせて寄ってきた魔物をこちらにぶつける案も出ていたという。
流石に制御なんて出来ないのでリスクが高くつく恐れで躊躇う理性はあったらしい。あくまで最終手段として抱え込んでて誰も実行する気はなかったかもしれない。
しかし意図的にまき散らさなくてもこちらの火薬攻撃によって袋も吹き飛び中身が飛び散る。更に煙に乗って周辺に広がっていく。
おまけに乱戦での混乱やらで生き残ってる奴らの持ち物もボトボトと落ちていってるとなれば、結果的には最終手段を行使してることになるわけで。
トラブル発生までの流れの馬鹿馬鹿しさに「ふざけんな!」と大声で叫びたい衝動に駆られてしまったが、辛うじてそれを堪える。
奥歯を噛み鳴らしつつも俺は兵士らに命じて俺のテントから平原の地図と現地の資料を持ってこさせる。同時にこの地に元々駐留していた兵士も数人ほど呼びつける。
命令を実行しに走る兵らを見送りながら俺はモモにこちらへ来るよう頼んだ。
バイクでの走破によるダメージがあるのかまだ若干ふらつきつつもモモはすぐさま梯子を登って俺の隣へやってくる。
とにかくもまずこの辺でどんな魔物が出てくるか確認せんとな。まだこの距離じゃ道具使ってもよく見えん。
備え付けの休憩用の簡素な椅子に腰かけ、膝の上に地図と資料を広げる。それらを見つつ俺は彼女にこの辺りに生息する魔物の事を訊ねてみた。
「この辺りというか、山の麓からここまでの道ぐらいに出そうなやつしか知らないが……それでもいいならこういうやつらが居るな」
モモがそう言って挙げたのは、三つ首ヒュドラ、レッドコカトリス、ビッグスライム、アックスビーク、大角兎などなど、ランクでいうなら下の奴でもDランク相当、上ならBでも倒せないわけではないが苦戦するような魔物の羅列である。
手元の資料と櫓下に馳せ参じてきた兵士らの証言も含めてモモの発言に間違いはないのだろう。それはそれでこの辺りの物騒さを再確認してしまう羽目になったのだが。
モモらも麓で狩りを行う場合は大角兎やレッドコカトリスの子供を中心に狙うという。それ以上は最低でも十数人は集まって集中攻撃しないと倒せないレベルだとか。
よくは見えなかったけど、あの粒の塊はそういう一体倒すだけでも骨が折れそうなやつがゴロゴロいるわけか。
勝ちは揺るがないんだが勝ち戦寸前で損害出るのと、これ以上の追撃かけられないのは痛いな。かといって手持ちの火薬は九割近く消費してる上に残りを使うにしても上手く効果だせるかどうかがな。
いやまてその前に一旦騎兵部隊に撤退命令出さないと。
素人の俺なんかより実戦経験あるんだから接近に気づいてるかもしれんが、まだ混戦状態から抜け切れてないから追撃の方に気を取られてそうだし。今から伝令走らせたところで魔物どもの接触のが早そうな気もするしな。
寄せた眉間に人差し指を当てて唸ってると、足元を指で突かれてるのを感じた。目を向けると、出入口の梯子からクロエが顔を出していた。
「くくく、悩み深きソルジャージェネラルの憂鬱。天秤に掛けし時間と命の戻れなき問答への解を示さんとする」
「……言ってる事はまったくわからんが、言いたい事はなんとなくわかった」
「分かるのか!?」
驚愕のあまり絶句するモモを尻目に俺は見上げてきているクロエに溜息一つ吐いてみせた。
「助かるんだが、その、大丈夫か?」
それなりの群れへの対処を任せる事と、危険な目に合わせようとしてることの意味を込めた。
後者に関しては微塵も心配してはないんだが、やはり命令一つで突っ込ませるんだから心配の一つもしときたくはなるわけで。
いやそもそもだ、行ってくれれば即解決するし一応立場的には俺は命令していい側だからやってもおかしくはないんだ。
だけど、あくまで世間向けであって内実は対等。いや純粋に力だけでいうなら鼻で笑って無視されても文句言えないんだ俺は。
なので俺としてはマシロとクロエを抜きに政戦共にまず考えるべきと思ってはいるんで、いざ命令するとなれば躊躇う。
一言に込められた二つの意味を察したのか、クロエは相変わらず物憂げな笑みを浮かべつつ無言で親指を立てて見せる。
念のために再び櫓の縁に掴まって顔を出した俺は下に居るマシロにも確認をとった。
「クロエがいいって言ってるんだから私もいいわよー。これぐらいならまだ私らまったく許容範囲だから気にせず命令しなよー」
「……そうかい。じゃあお言葉に甘えさせてもらうわ。クロエ、ちょっと行ってきて魔物の群れを追い払ってこい」
「くくく、任務了解。目標確認排除開始のエンドレスワルツ」
近所のコンビニにスイーツ買いに行くぐらいの気軽さで自称女子高生のゴスロリ少女は請け負った。あまりにもな安請け合いっぷりに傍らのモモが俺とクロエを交互に見ながら何か言いたげにしている。
周辺に居た兵士らも俺らのやりとりを聞いて不安げにざわめいている。私兵部隊の面々が数か月前に目にしたものを思い出して「あれかー」と言うような顔してやや落ち着いてるぐらいか。
お構いなしにクロエは梯子から飛び降りて危なげなく着地するとさっさと自分のバイクに跨った。ついでに未だにサイドカーに寄りかかって蹲ってる平成の頭を軽くこついでどかしていく。
再びバイクを起動させ、一、二度空ふかしをさせた後、クロエは笑みを消して前を見据える。
「変身」
呟きと共にクロエの全身に炎を纏った小さな嵐が巻き上がり、一瞬後には鋭い大きな角を生やした仮面を被った異形の者がバイクに跨っていた。
周囲が動揺を示そうとする数瞬の合間にクロエのサイドカーは爆音あげて陣地の外へ飛び出していく。
あっという間に遠くへ消えていくバイクを見送る俺の傍らにて居たモモは目を見開き絶句していた。そういえば見るの初めてだったね君。
「節令使殿あれは一体……」
「私もあんまり知らんのですよ実際。まぁ普段よりも更に強くなってる状態ぐらいの認識でよろしいかと」
「あなたはその程度の割り切りでよくもまぁ受け入れてるものだ。それとも異界とはああいう人外魔境の巣窟であるのか?」
「そんなわきゃない。寧ろ魔物が居るここのが巣窟だと断言するぐらいには縁遠きものですわな」
あんな規格外二名だけで地球への誤解をされても心外も甚だしいので、俺はやや力を込めて否定の言葉を述べた。
同意を求めるように何度目かの顔出しをして下に居る平成に声をかける。先程のやりとりを述べると彼も首を大きく縦に振った。
「ないないない。僕らはマシロさんやクロエさんと違って善良で無力な一般人ですって」
「だよね!」
「あーいやでもそれにしても」
「それにしても?」
「クロエさんのあの姿は、すげー怖いけどちょっとカッコイイと思ってしまう感性は、現代日本の男の子的には間違ってないですよね?」
「……否定できないのがなんとも」
変なとこで戦場の空気に染まってない平成の呑気な発言に俺は苦笑するしかなかった。
こんな会話やれるのも、クロエが名乗り出てくれたお陰で急なトラブルと思われた魔物群の乱入が片付いたと判断してよい案件になったからだな。
未だに動揺と不安にざわめいてる兵士らに残敵処理と偵察と防備を引き続き行うように命令しつつ俺はやや肩の力が抜ける実感を得た。
進んで実行したわけではないとはいえ、敵側の最後の手段も潰せたことで勝敗は決したと見るべきだろう。
改めて最終結果を待つのみであるがはてさてどうなってることか。
とか考えてると、遠くから断末魔らしき絶叫が風に乗って聞こえてきたようなそうでないような。
あのバイクにあの搭乗者なら納得とはいえ幾らなんでも早すぎやしないかね。
結果として、ツアオ平原における部族連合との戦は半日どころか開始から数時間も経過せず終わった。まさか昼ご飯食べる前に終われるとは参加者の九割九分は思わなかっただろう。
俺は辛うじて一分の側と自認してる筈だが、それでもアクシデント込みでここまですんなり行くとまでは予想してなかった。
正午を少し過ぎた頃、主力である騎兵隊が陣へ帰還してきた。
陣の門前にて出迎えた俺は主だった隊長らを集めて労いの言葉をかけていく。その中にはターロンもおり、彼は返り血をこびりつかせたまま笑顔で労いに応じた。
「久々に人間相手に大暴れしましたよ。討った!という手ごたえあった奴だけでも三、四人は斬って捨てたような気がしますな」
このアクション俳優ばりのガチムチナイスガイは手ごたえがなかった奴も含めたら何名ぐらい刃にかけてたんだろう。
という疑問が浮かんだが、それをぐっと堪えて節令使として「ご苦労であった」とだけ声かけといた。
他の面々もこんなにも終始優勢な戦は初体験だったのか口々に自分らの活躍を話したくて浮ついてる感じであった。
負けるよりか勝つほうがいいもんな。そりゃまぁ浮かれたくもなるさ。後で好きなだけ騒ぐがいいさ。
しかもだ、負傷者はいれどもこちら側の戦死者はゼロという快勝というべき勝ち方すればさもありなん。
内心理解を示しつつもトップらしく振る舞う為に笑みを浮かべることなく無表情に徹して報告を聞いていく。
勝ち鬨あげて祝宴の一つも開きたいとこだが、まだ正午を過ぎたばかりで日が高いにも程がある。
それらは夜するとして、ひとしきり労いと褒賞を約束した後に兵士らに命じて相手側の損害確認及び遺棄された死体の処理をさせることにした。
匂いに釣られて戦場周辺にやってきた魔物の群れはクロエがあっという間に蹴散らしてきたとはいえ、早めに処理しておかないと死肉とその匂いに釣られてまた別の団体がやってくるだろう。
早めに終結もしたことだし今日中に敵味方双方の損害報告が纏められれば明日明後日にでもここを離れることが出来るだろうしな。
浮ついてたように見えた兵士らはすぐに仕事をする顔へと戻り俺に一礼して各自の持ち場へと走り出す。
上司の言葉を受けて気を引き締めたのもあるけど、大量の死体放置によって生じる厄介事回避の大事さが身に染みてるのだろう。この辺は流石魔物が当たり前のように闊歩する異世界ならではだ。
周りが動く中、俺はとりあえず一旦陣地内の自分のテントへと戻ってきた。マシロとクロエ、あとは一応名目上は捕虜であるモモと平成もついてくる。
地べたに座るよりマシな急ごしらえな椅子とはいえ一仕事終えた直後に座ると自然と吐息が漏れる安心感よ。
「それで、明日にも捕虜引き渡し及び和約会談をするわけ?そんで即日締結して撤収ー?」
マシロの問いに俺は頷いてみせる。
事前に打ち合わせしてるので予定どおりならターオ族長らは今頃麓のどこかで逃げてきた混成部隊の者らと落ち合ってることだろう。
主力である主戦派は一方的な攻撃と可能な限り行わせた追撃によって大損害被ってるので最早他部族を止める余力もないだろう。
こいつらは後日ターオ族長らを介して責任者呼びつけて落とし前つけさせたら今後の扱い善処してやらんこともない。が、今はスルーだ。
となれば後は粛々と捕虜交換というインチキ戦争の締めくくりに相応しい三文芝居をやってのけ、和平会談という名前のギブアンドテイクな取引を済ませるのみだ。
食料もやや切りつめればギリギリ州都へ到着までは持つとはいえ底は見えてるし、武器も近接はともかく弓矢をはじめとして飛び道具系は欠乏気味。
なので可能な限り余裕あるうちに早く撤収したいものである。
俺が改めて現状説明をし終えたとき、モモが何か思い出したのか小さく声を上げた。
「そうだ節令使殿。その件に関してこちらから一つ提案があってだな……」
モモの提案とやらを最後まで聞くことは出来なかった。
出し抜けに兵士の一人が汗だくになりながらも走り寄ってきて話に割ってきたからだ。
「ご歓談中のところ申し訳ありません!この非礼に関しては後々処罰受けますれば、ご報告をお聞きくださいますようお願い致します!」
「よいよい。こんな事で一々罰するなど馬鹿らしいことを私はせんよ。いいから報告を聞こう」
こんなんで部下を罰するとか普通するわけきゃないけど、そういうケースが割とあるのが中世異世界クオリティ。伝え聞く事例だけでも理不尽すぎて門閥貴族糞と改めて思えるよホントマジで。
俺の寛大(という程でもないが)さに恐縮しつつ、その兵士は話し出した。
彼は罠設置場所の遺体処理に携わっていた兵士の一人であった。
僚友らと共に面倒な仕事をさっさと終えようと仕事にとりかかっていたのだが、爆発の中心地付近の死体を運び出そうとしたときに彼らは作業の手を止める事になった。
中心付近の死体は爆発によって部位は吹き飛んでるわ炭化してるわで見るに堪えない損傷具合なのだが、辛うじて原型とどめてる部分に身に着けてあった装飾品や周辺に落ちてた武器の拵え具合が雑兵にしては豪華なものであることに気づいたのだ。
疑念を抱きつつその死体の周りにあった別の死体も調べてみるとどれもこれも最初のに勝るとも劣らないものを身に着けている。
これはひょっとして敵の幹部なりその子弟ではなかろうか。となれば雑兵と同じように扱うべきかお伺いたてるべきではないか。勝手にやって万が一あったら処罰が怖いからそうするべきではなかろうか。
相談した結果こうして俺に報告してきたという。
ここで俺が行った事の効果が出てくるとは。普通ならそれらをネコババして知らんふりするだろうに。いやーやってみるもんだね!
少しずつ良い意味で変化が表れてる事に内心喜びつつも、確かに一度直に確認してみるべきだろうと判断した俺は傍に居る四人を伴って現場へ急行した。
特に部族側であるモモならば顔見知りの可能性もあるので判別できるやもしれんしね。
徒歩でも二十分もあれば行ける距離なので差して時間を要さずに到着。
現場に足を踏み入れると、焦げたり欠けたりした死体がざっと十数体並べられていた。
報告通りどれもこれも金や銀の細工物だったり、宝石っぽいようでそうでないような不思議な色した石の飾りだったりが身についている。
知り合いが居るわけでもないのでそれ以上のことは分からん。なのでモモに一通り見てもらうことにして俺はグロい光景を直視しまいと目を背けてる平成の隣で手持無沙汰全開で突っ立っている。
最初は思い出そうと首を捻りながら一つ一つ見ていたモモであったが、段々と表情を強張らせていき、ついには深い溜息を吐いて蹲ってしまっていた。
「ど、どうされた?」
「…………だ」
「えっ?」
「こいつら、コッワ族とフエールサ族の族長とその息子どもだ」
「…………ごめんちょっと何言ってるかわからないんだけどマジで」
思わず素が出てしまうぐらいの衝撃であった。
発見者の兵士らも身分高めとは思ってたがまさか敵の大将クラスであったことに絶句している。
あまりにも信じ難いのでもう一度よく確認するように頼んだけど結果は同じ。
装飾品の調度が族長かそれに準じる者でないと身に着けられないものであること、原型とどめてた範囲内であるがいずれにも数度見たことがある顔であったこと、そして腰に下げてた剣の柄などの拵えがこの辺りの部族において身分の高さを示すものであったこと。
ついでに言うなら影武者使うような利口な頭をしてる連中ではないということも付け加えられた俺は額に手を当てて天を仰ぐ羽目になった。
平成は唖然としてるしマシロとクロエはあまりの展開に「ヒャッハーすぎるっしょ!」と大笑いしてる。モモは同じ地に住まう人間として羞恥を感じたのか耳まで真っ赤にしながら俯きっぱなしである。
此処だけ見れば腐れ貴族連中もここの奴らを蛮族呼びしたくもなるわ。敵のトップが先頭に立って略奪に走るとか普通ねぇからな!?
明日の話し合いで話すべき案件が増えてしまったことに俺は頭痛を覚えた。族長らが今のモモみたいな反応になるのが目に浮かんで気の毒すぎるわ。
何から何まで段取り通り展開されたインチキ戦争に相応しいオチかもしれんが、それにしても俺の初陣であり初勝利にこれはないわマジで。




