第二十六話 公務出張in山岳地帯(中編)
というわけで山道へ足を踏み入れたが、思ったよりは難路ではなかった。
あくまで想像していたよりというだけで気軽なハイキング感覚でご機嫌に歩くというわけにはいかないが。
それも当然か。歩ける場所あるだけマシな秘密の道というわけでなく、昔からゲンブ族含めて幾つかの部族の共同通路として扱われてる道らしい。この辺りにはそういう道が複数あるという。
現在問題になってる二つの部族は、普段はやや離れたところの道を利用してるということで余程のことがない限りは鉢合わせすることもないとか。
お陰で襲撃の心配もなければ歩くだけで命の危機という事態にも遭遇せず進めてはいる。
いるんだけど、やはり普段山道なんぞ歩き慣れてない身からすれば辛いわこれ。
そういう環境で生まれ育ったモモやバイク乗ってる、例え乗ってなくても持ち前の身体能力で苦にはならないだろうマシロとクロエはまだしも、俺と平成のようなありふれた成人男性には少しばかりしんどい。
「おらー、元号コンビまだ歩き出して十数分しか経過してないぞー頑張れー」
「なんだよ元号コンビって」
「ほら、そっちのは字が平成で、リュガのレーワンって漢字変換したら令和にならない?」
「無理矢理すぎんだろーが。人の一応由緒ある家名をくだらん急造コンビのダシに使うんじゃねーよ」
「そんな口叩けるならもうちょいガッツ見せなさいよー」
「あぁそうだな。バイクに乗ってるお前じゃなきゃ拝聴に値してやらんこともねぇよな」
疲労が足元に縋りついてるので喋りもやや投げやり気味になってる自覚がある。
小休止挟んでもらいたいとこだが、どうせなら坂道よりも平たい地面で休みたいのでそこまで我慢だな。と、自分に言い聞かせて歩み続ける。
初夏とはいえまだそこまで日が高くない午前であり、吹く風の冷たさもあって汗は思いのほか掻いてはいない。
しかし油断は禁物。山というのは夏場でも平地とは気温差があるもので、当然高くなればなるほどに下がっていくので場所次第では真夏でも平地の冬並みの寒さを感じることもある。
確か標高一〇〇mごとに〇,六度ずつ下がっていく。そこに風も加われば軽く三、四度は下がるだろう。
防寒用に厚手のマントを持ち込んできたものの、高山地帯だからこれでも足りなかったかもしれないな。モモが特に何も言わなかったからこれだけでもイケると判断したんだが。
その辺りの事をモモや平成に質問してみた。なんで数か月前に来た異邦人にもかって?モモだけだと生まれ育った故にある程度の寒さが当たり前になってるかもしれんからだよ。
「あー、まぁそこまで高い所に住んでるわけじゃないっすね。夜は肌寒いんで毛布必須ですけど、それ以外は今の所薄手でも長袖着てれば大丈夫かと」
「そうだな。部族の中にはここより更に高い場所に居を構えてるところもあるが、ゲンブ族含めて大体は人や馬が問題なく歩ける範囲内を縄張りとしてる。たまに鉱石や薬草を採取しにここより高い山を登るときもあるが、それなりの準備を整えなくていけないな」
「ということは、大山脈でも地域によっては低い標高に居住可能区域が固まってるとこもあるわけか。高山だからといって必ず高いとこで暮らすわけないかそりゃ」
プフラオメ王国以外の国にある山岳民族も同じようなタイプか、もしくはアステカ文明やインカ文明のように標高千単位のとこに高山都市築き上げてる可能性もある。
興味深くはあるが、今は知的好奇心満たすより肉体疲労回復を満たしたい。早く平たいとこに出ないもんかなぁ。
時折そういう話をしながら歩き続ける事更に二十分弱。緩やかではあったが延々と続く坂道が途切れ、俺らの眼前には広大とはいえないがそれなりの面積がある平地が飛び込んできた。
ただ高山という地形にあるので草木よりかは岩の方が多く、大小の岩石の合間に道や空き地があるといった風である。
とにかくも念願の平地へ到着したので、俺は腰かけられそうな岩を見つけて座りこんだ。平成もそれに続いて安堵の溜息を吐き出していた。
女性陣はそんな俺らを見て「軟弱者め」と言いたげな目で見てきたが、君らのタフさの方がおかしいの自覚して欲しい。というかそこの自称女子高生二人はバイク乗ってただろうが畜生め。
「で、ここがさっき言ってた縄張りの辺りか?」
「そうだ。狩りだったり見回りだったりで必ず私たちが立ち寄る場所だ。しばらく待ってるか、私が狼煙でもあげれば誰か来てくれる」
「んー、どちらも必要なさそうだよー?」
「くくく、千客万来万歳。遭遇せし出会いのスタート」
マシロが奥の方にある草むらを指さす。指さす方を見ると、そこから数名の男女が姿をみせた。
胸周りと手足にプロテクターみたいな薄い鉄の板を装着し剣や弓を持ったいかにも戦士か狩人な風体。
彼らもこちらの存在に気づき、最初は反射的に武器を構えようとしたが、モモの姿を認めると驚きの表情を浮かべつつそれらを下げて小走りに寄ってきた。
「モモ様お戻りになられましたか!よくぞご無事で」
「魔術師殿も無事で何よりです」
口々に帰還を喜ぶ相手らにモモは族長の娘らしく威厳ありげに頷き返していた。
「うん、喜べ皆の者。無事に帰っただけでなく成果も得てきたぞ」
「なんと!?そんなにも早く事が進まれたのですか。ということは、そちらに座ってる男が王国側の使者で?」
「いいや、この地を治める節令使殿だ」
「ほう、節令使…………えっ?」
ゲンブ族の男女らが一斉にこちらを凝視した。話でしか知らない生き物に遭遇したかのような驚愕っぷりを隠さずにジロジロと俺を見ている。
ですよねー。まさかこの辺りで一番偉い奴自ら赴いてくるとか思わないですよねー。
気持ちはかなり分かるので、俺は苦笑を浮かべて軽く手を振って応えるのだった。
経緯は集落へ戻り族長立ち合いの元に説明する。ということで彼らをひとまず納得させ、俺らはゲンブ族の居住地域へと移動することとなった。
移動中、ゲンブ族の面々は若者らしい好奇心を抑えきれずにチラチラと俺らを見てはくるものの、戦士としての節度なのかモモの無言の命令が行き届いてるのか話かける者はいなかった。
小休止もマトモに出来ずに再び歩き出すこととなったが、先程とは違い坂道は半分ぐらいで後は平坦な道や木々や岩石の狭間にある道だったのでマシではある。
幾つかの場所にてバイクが通れるか危惧したけど、数人が並んで歩ける道ばかりだったので杞憂に終わった。
「もしものときは破壊すればいいだけだから気にしなくていいのにー」
「むやみやたらに破壊行為するなよ……」
環境破壊とか言うつもりはないけど一応お忍びなんだから派手な真似は可能な限り謹んで欲しいよ。
こうして歩く事三十分程だろうか、通ってきた道よりも倍はある拓かれた通りへ出た。そしてその先にあったのは、石と泥を積み上げて作った簡易的な壁を左右に配置されてる扉のない出入口。
付近では数頭の馬が放し飼いされてるのか、縄を掛けられずその辺に生えてる草を食んでいて、馬の近くでは十数名ぐらいの人々が思い思いに固まって談笑している。
その中の一人がこちらに気づいたのか、顔を上げて手を振っている。俺らを案内してきた人らがそれに手を振り返しつつそちらへ向かっていった。
数歩遅れてモモも彼らの後を追おうとして立ち止まり、こちらへ向きなおる。
「ようこそ我がゲンブ族の集落へ。歓迎するぞヴァイト州節令使リュガ・フォン・レーワン伯爵殿」
「……お手柔らかに頼みますよモモ・ゲンブ殿」
芝居かかってるの自覚しつつ俺は優雅に一礼して彼女の歓迎の言葉へ応じた。
さて、目的地へ到着した。ここからが本番だ。
モモがゲンブ族の若者達を引き連れて親であり上司でもある族長を呼びに家へ戻ってる間、俺とマシロとクロエは平成が提供してもらってるという小屋の前で待つこととなった。
外向き用の謹直な顔して集落内へ入り周囲を失礼のないように辺りを見回す。
こういうとこに住んでる部族だからゲルみたいな遊牧民的テントでも建ててるかと思いきや、そうでもなかった。木材と石材で組み上げた、王国側と差ほど変わりのない造りの家々が建っている。
しかし細かいとこは違うようだ。壁や扉や屋根の各所に魔物や獣の皮を張り付けてるのが家々で見受けられた。
呪いや縁起担ぎの類かと思ったけど、ここに住みついてる平成がすぐに否定した。
「あれ単に補強や修繕で張り付けてるだけらしいっす。家建てるだけでその辺りにある建てるのに適した木と石使ってしまったとかで、柱折れるとか家そのもの潰れるとかしない限り狩ってきたやつを当ててるとか」
「ははぁ。いやまぁ俺らの世界でも動物の毛皮使ってあれこれしてたが、こうして直に見ると使えるもんなんだな皮って」
「僕らには縁のないもんですしね動物の皮とか毛をバリバリ使った製品なんて。あれでもリュガさんコッチでは貴族なんだから壁に貼り付けとかはともかく普通に持ってたりしないんですか?」
「ベタな金持ちみたいに首の剥製とか実家に飾ってるぐらいだなぁ。俺はあんま興味なかったから殆ど使った覚えねーわ。周りの連中は嬉々として服飾の材料にしてたけど」
「わーブルジョワ。でもそう考えたらある意味ここの人らも贅沢な使い方してるんですかね?」
「冒険者ギルドの奴らに査定してもらったら面白いかもしれんな。リアクションが見物だ」
平成とそんな駄弁りをしてる間、マシロとクロエはバイク共々住民の注目を受けつつ遠慮することなく周囲を見渡している。
州都だろうが山の中の部族集落だろうが、そこに関しての反応は変わらないらしい。
節令使という肩書だからなぁ俺。見た目のインパクトのがそりゃ強い方が目にいくけどさ。そんなに俺ってキャラ立ってねぇのかな。
などと考えて憮然とした面持ちに成りかけたところであった。
「節令使殿、族長をお連れしたぞ!」
モモが声を張り上げてこちらへ向かって来た。
彼女の後ろには、屈強な若者らを引き連れた四十半ばぐらいの年齢の男女がこちらを神妙な顔して見てる。周囲の様子や装飾品の多さからみて、族長とその妻といったところか。
壁に寄りかかってた俺は姿勢を正して数歩前に進み、互いの声がハッキリ聞こえる距離まで詰めて対峙した。
日に焼けたやや黒めの肌の鬼瓦みたいにいがつい顔をした中肉中背の男と、モモのように赤い髪をしておりスラリとした容姿の女。彼らは俺が前に出てくるとやや目を瞠ったが、すぐさま陰気そうな無表情を決め込んだ。
警戒もあるんだろうが、娘がほぼ勝手にやろうとしてる事に長としても親としても思うところがあるのだろうな。
気持ちは察するが、こちらも来た以上は話を進めないといけないので勘弁願いたいとこだ。
「お初にお目にかかる族長殿。私はリュガ・フォン・レーワン伯爵。ヴァイト州節令使としてこの地の統治を任されてる者です。以後お見知りおきを」
「……ご挨拶痛み入る。ワシはターオ・ゲンブと申す。こちらは妻のスゥ」
「族長の妻であり、補佐も務めております。どうぞよろしく」
見た目もだが性格も母親の遺伝子が強いのが分かるぐらいに、堅苦しいときの硬質な声まで似ている。
族長も見た目どおりの重々しさがあるし、流石は戦士の一族と誇るだけあってトップも厳ついなおい。
内心少したじろぎつつも、それをおくびにも出さず俺は品の良さげな笑みを浮かべて一礼した。
「それで、族長殿は今回の件に関しては」
「そのことだが」
俺の発言を断ちきってターオ族長は苦々しさと困惑とを混じらせて顔を歪めた。
「ワシの娘や若い衆がそちらを巻き込んで何かしでかそうとしてるのは把握しておる。しかしだな節令使殿、貴殿がこうして兵を引き連れずに身一つでやってきたということは、これはこれで機会と思うのだよ」
「ほう?」
おやおやなんか出だしから雲行き怪しいんだけど。
チラッとモモの方を見ると、彼女は露骨に動揺して父親に詰め寄ろうとしたが、巧みに母親と護衛に阻まれてしまっていた。
俺の隣に居る平成は事態についていけずに「えっ?えっ!?」と狼狽しっぱなしである。
族長の言う機会とやらの内容はなんとなく予想は出来る。というか余程の馬鹿でない限りはこの状況はカモが葱しょってやってきたと思うだろ普通は。
それでも確認と礼儀の上で問わねばなるまい。
「それで、族長殿はどうされるのか?」
「…………卑怯卑劣の誹りを受けるやもしれんが、貴殿を人質にとって王国側、いやそこまで行かなくともヴァイト州の役人どもらに土地や物資などを要求する。ワシはそれを元にコッワ族とフエールサ族に対抗出来ればと考えているのだ」
「父上……でなく、族長ぉ!」
モモが非難交じりの悲鳴を上げる。
まっ、そんなとこだろうな。
怒りもなければ非難する気も特にない。別に長として間違った選択をしてるわけではない。寧ろノコノコとやってきた俺が間抜けなだけだ。
しかしいきなりこんな穏やかじゃない状況に身を置くとは。まだ昼に差し掛かったばかりだぞ。一日が濃すぎるわ。
周囲を見渡すと、モモと同年代か少し上の世代は彼女同様に族長の発言に戸惑いをみせており、年配は戸惑いは薄くて寧ろ長の意見に賛同する素振りを見せている。
実に分かりやすい世代の違いだな。これ早かれ遅かれ何か意見の相違で揉めてたかもしれんぞゲンブ族。
客観的に見てほぼ孤立無援な危険な状況である。
なのに俺は却って冷静になっていた。
なんでかって?そりゃ俺には万の兵に匹敵する出鱈目な客分が傍に居るからだ。
いつも茶化してきたりフリーダムだったりと頭痛の種だし事あるごとに怒声上げてるが、こういう荒事あるときは実に頼もしい奴らが。
少しだけ身体を逸らして振り返る。
場の空気に感応した風もなく、劇の見物でもしてるかのような二人は俺の視線を受けて不遜な笑みを浮かべてみせた。
それを確認した俺は族長へ余裕ありげに笑ってみせる。
強気を崩さず、主導権を離すな。そう自分に言い聞かせながら。
「残念ですが人質の件はお断り致します」
場の空気が凍り付いた。




