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第十八話 風呂と同時に作ってもらいたいもの

 翌朝、宣言通りヴェークさんらは個人風呂建設を開始した。


 資材も州都庁に建物の修繕や補強用にと置かれていたものと、ヴェークさんらが自分の工房に予備として保管しておいたものの一部を持ってきてくれたのを使用。


 作業員の掛け声や資材に釘を打ち込む音、石材を叩く音などが庭に響き渡っている。肝心の風呂に関しても、材木使ったもので作ってもらっており、数人がかりで切ったり削ったりしていた。


 家の隣でのことなので家主になってる二人は騒音に悩んでるといえばそうでもなく、どこ吹く風で俺の執務室にあるソファーに鎮座して風呂場の完成を待っている。


 俺もそれだけに構ってられないので、本職に一切任せて自分の仕事をしていた。


 初日から役人呼び立てて幾つかの指示を出していたのだが、早速報告が入っている。


 まず駐留している軍隊内で赴任前から把握していた不正に関してだ。


 初代はともかく以降のヴァイト州節令使は無気力な事流れ主義が割かし多かった。最低限の仕事さえこなして、西方の部族をある程度抑えておけば問題なかった。


 兵士らも同様で余程目に余る違法さえしなければいいと高を括ってる節があり、以降代々続いてきた。それで大きな問題がこの地に発生しなかったのが幸運でもあり、綱紀としてみれば不幸であった。


 なにせ不正の存在が赴任する前の事前調査の段階だけでも二十数件確認できたぐらいだ。小さな取るに足らないレベルでならシロ探す方が難しいかもしれない。


 今まではそれでよかったんだろうが、俺としては見過ごせない。数でどうこうな戦略が無理な以上は質で勝負していかないといけないのに不正や腐敗で弛んだ奴らなんて信用できんよ。


 なので、まず軍制改革する前に既存の範囲内でちゃんとしてもらうことにした。ついでといってはなんだが役人全般にも向けて脅しとして。


 ターロンら私兵部隊を中心に兵らに指示を出し、確認されてる不正の中で動かぬ物的証拠が残ってるお調子者を十名捕まえて、命令した翌日の朝に軍営の門前で処刑した。磔にした後その日はずっと晒してやった。


 朝一で起こった出来事に動揺する兵士らの前に、処刑された罪人らの前に俺が書いた布告文を立て札として貼り付け、役人や文字の読める兵士に大声で内容を喧伝させた。


「官に属する全ての者に告ぐ。この布告から三日以内に自首した者は内容次第では不問にする。目に余る内容であった場合は公平な裁判によって量刑を決める。三日以降は、五日以内に申し出れば不問にはしないが刑罰を不当に重くしないし後々の原隊復帰を許可する。一週間過ぎても自首せず、後になって発覚した場合は罪の軽重に問わず処刑する。逃亡した場合は時間をかけてでも草の根探して見つけ出し処刑する」


 俺らが州都庁の庭で風呂工事であーだこーだやってる間、軍営内にある軍政事務所は青ざめた顔して自首してきた兵士数百人が押し掛けて大騒ぎとなったという。


 あと風呂場の話終えた後、軍程ではないが十数人ぐらいの役人が俺に土下座せんばかりに頭を下げて赦免を乞うてきた。


 早馬で各地に同じような布告文を届けさせたので、当面軍隊はその処理で大わらわであろう。古今東西どんな名君名将でも不正根絶は不可能だった。なら俺も根絶目指すんでなく可能な限り減らしていくよう努めるだけだ。


 まぁ俺と共にこの地にきた交代要員にも何名か俺の家の財宝ちょろまかしていたという報告には思わず溜息出たけど。


 ここだけの話でなくこの国の軍隊全般もほぼ腐敗してるって事実は分かってても頭痛いよまったく。


 鞭だけだと自暴自棄になった馬鹿が反乱やらかしかねないので、同時に飴玉代わりに別の布告もしていた。福利厚生充実というやつだな。


 食事の質量改善、賃金の値上げ、怪我や病気への見舞金支給、優秀優良な者には特別賞与など、規律を守り命令に従う限りこれらを節令使の責任において保障するという旨を触れ回ったことも大量の自首を呼べる結果となった。


 真面目にやってると馬鹿をみる。という理不尽をなるべく排してやれば、やる気も違ってくるだろうしね。俺も下っ端サラリーマンだったからちょっと分かるし。


 ここまでして不正や犯罪やる奴はあの時の関所モドキ作ったチンピラみたいな根っからのロクデナシということで躊躇いなく処していこう。


 最優先で命令したうちの一つだったからすぐさま結果が出始めたのは幸先いいもんよ。


 同じく来た報告は州都内での俺に対する声。


 初日からやった無条件で税二割減宣言や酒食を振る舞うなどのベタなバラマキ作戦が功を奏したからか、少なくとも第一印象は悪くはないようだ。


 ただまぁ長年の国の怠惰のツケだからか、貴族のお偉いさんに対する警戒心や「どうせ結局いつもみたいになるさ」という諦めの声もあったという。


 中心地でもそういう意見が少なからずあるのだから、各地ではまだ様子見しょうという者が多いだろうな。この辺りは確実に信用させていかないと後々の発展の速度が鈍る。


 もうしばらくは州都を中心に内政に重きを置いて、軍の綱紀粛正に目途ついたら治安維持方面で行動しよう。


 それにはまずやはり衛生と情報をなんとかしときたいな。だから風呂に関してはなんとしてもやらねばならぬ。


 書類に目を通し、持ち込んだ役人と話し合い、許可のサインを記す。それを繰り返しながら俺は改めて心に誓ったものだった。


 俺の個人的欲求を公的な目標で正当化してると思ってるのか或いは見通してるのか、マシロとクロエは執務室のテーブルでカードゲームをしながら俺を見て鼻で笑ってたのはなんかムカついたがな。いいじゃんか別に。






 夕方近くになり、頭に汗止め用の布を巻き、作業着の上着部分を腰に巻いたヴェークさんが執務室に顔を出した。その姿は、貴族と言うより大工の棟梁といった感じでしかもそっちの方が似合ってるときたもんだ。


「お待たせしました。完成したのですぐにでも伯に確認してもらいたい。この時間ならまだ多少の修正作業は出来ますからな」


 そう言われるとすぐにでも行きたくなるってものです男爵殿。


 俺は手元にあった書類から本日中にサインが必要なものだけささっと書き込み、残りは明日の朝一に受け取りに来るようにと役人らを下がらせた。


 椅子から立ち上がり腕を大きく伸ばして気分を切り替える。窓からチラッと覗いてみたけど、外観は普通の部屋に煙突つけたような、ありふれたものだ。


 まぁちゃんと浴場として成り立ってるなら文句はない。実用性第一よ。


 そんな事を思いながら屋外へ出てマシロとクロエのでもあり、俺の当面の入浴場所となる小屋の前へやってきた。


「図面に描かれたやつどおり、脱衣所も込みでやってます。窯の方も管と繋げてるので沸いたやつを流し込めるようにはしましたが、こちらは実際使ってみないと不具合どうなるか分からないですな」


 側面に金属と皮で作られた管が数本部屋に刺さってるような形で置かれており、根元を辿ると確かに鉄製の巨大な寸胴鍋みたいな容器が大窯に置かれている。


 完成優先させてるので当面は容器に水を満たしてそれを窯で沸かし、それを風呂場内の蛇口開け閉めで調整しつつ湯船を張るやり方にしてみたが、見た感じは悪くはない。


 この場合、いざ使ってみたら不便な点も出てくるの確実だろうが、そこは身分的に解決。つまり使用人に大体任せるので問題はなかろう。無論根本的解決ではないが、落ち着いて技術の進化に取り組むことになったら考えることにする。


 外観に関してはひとまず満足したので、肝心の室内を確かめるべく俺はヴェークさんに付き添われつつ扉を開いた。


 まず目にしたのは玄関口と脱衣所になる予定の空き室。広さは畳四畳ぐらいで、一人や二人で使う分には十分といえよう。


 壁には洗面台っぽくみせるために台座と鏡も備え付けられてる。水道通ってないのにと思われるが、雰囲気というやつだ。


 鏡にしたってクオリティは現代と比べたらやや歪だし普及度合いは低い高級品ではあるがやはり風呂場には必要品だし金は惜しまず尚且つ文句言わずってもんよ。


 これで衣類籠や休憩用の長椅子とか置いてれば完全に銭湯の脱衣所みたいになるな。とか考えつつ俺は木製の引き戸を開けて浴室へ足を踏み入れる。


 そこで目にしたものに俺は思わず「ほう」と小さく感嘆の声を上げた。


 こちらは六畳ぐらいの広さで建ててもらったのだが、個人で入る風呂場としては中々良さげである。


 風呂本体の大きさも図面段階で注文つけていたとおりの仕上がり。一人風呂するときは足を延ばしても余裕で入れるし、脚を少し曲げれば二人で入るのも難無くである。


 それ以外のスペースも、脱衣所のより一回り小さい鏡を備え付けた洗い場や外に使用後の湯水出すための排水溝など、現時点で再現出来る範囲で和式風呂として必要なものが揃えられていた。


 いいじゃないのいいじゃないの、こういうのでいいんだよ。


 目に映る物が心地良い。新築特有の仄かに漂う木材の匂いが心地よい。


 王都の屋敷内で使用人向けに建てたミニ銭湯も出来は悪くはなかったが、こういうちょっとリッチな個人風呂は元日本人的にワクワクするんだよなぁ。


 無言で満足そうに頷く俺を見て、ヴェークさんらも安堵の表情を浮かべていた。


「お気に召されたようで何よりです。これからこういうのを州都をはじめとして色んなとこで建てていくんですな我らは」


「そうですね。しばらくは忙しい日々送らせてしまいますが、資金惜しみませんから男爵一代で孫の代まで遊んで暮らせるぐらいに稼いで頂けたらと」


「大きい実入りが保障されてるのは嬉しいもんですが、しかし人手が問題になりそうですな。仮に私のところの人間を全て伯爵の事業に回したとしても足りないですぞ?」


「そこに関しては卿らが良ければ他所から雇い入れるつもりです。最近のご時世的に確実に稼げるなら出稼ぎの一つ二つやってやろうという人らは居るでしょうから」


 まずは隣のヴァッサーマン州で募集をかける。あそこも日を追うごとに平穏な日常生活どころか食べていくに苦しい状況になりつつあるから飛びつく奴は飛びつくだろう。


 それでも足りないなら他の地域にも声をかければいいだけの話。国レベルで不況の足音聞こえてるのだからな。


 ヴェークさんが元締めとしてその人ら纏めてくれるだろうし、どうにも出来なくなれば現場監督やれそうな奴を引き立ててやれないい。彼にも言ったが先行投資惜しんでたら俺の立てこもり計画何も始められないんだからな。


 俺らが今後の事を本格的に話し込もうとしたとき、俺の肩を叩く奴が居た。


 振り向くと、薄汚れた白衣着た少女とゴスロリ着た少女がわざとらしい笑みを浮かべてる。


「……あー、なんとなく言いたい事分かるが一応訊ねるわ。何か用かい?」


「分かってるだろうけど一応答えると、話なら他所でやってね。私ら今から風呂入りたいんでー」


「くくく、古式和式湯の快楽。不浄を清め良き安息を望む者!」


「いやだってまず外の窯から火を起こしてお湯沸かさないと駄目だろ。時間かかるんだからもうちょい感慨に浸りながら話させろよ」


「それなら問題ないからー」


 マシロは浴槽の中へ手を伸ばし人差し指を向けて「ウーラーナ、シャイオパラ、タイオパラ、カーサイターボウ」と唱えた。


 すると目の前に大人二、三人分ぐらいの大きさのお湯の塊が現れ、マシロが指先を少し下に動かすとソレは弾けて浴槽の中へと入っていき、あっという間に湯気が上がり出していた。


「私が魔法使えるって忘れたー?」


「いや、忘れてねぇけど、いきなりお湯ってお前」


「一々水とファイヤーボール分けて出すの面倒だからお湯出ろーって念じて出してみたのよ。あれっ、もしかして私またなんかやっちゃいましたー?」


「後半の台詞言いたいだけだろ!?相変わらずトンでもすぎんだろ」


 俺は呆れたようにそうぼやいただけで済ませたが、ヴェークさん達は驚愕に目を見開いてざわついてる。素人目から見てもマシロの魔法が何かおかしいのは分かるらしい。


 お湯のお陰で浴場は暑くなってる筈なのに微妙に空気冷えてるんですけど。


 準備完了してはしゃぐ二人に俺は文句言いたげな視線をくれてやったが、当然ながらスルーである。それどころか追い払う仕草までしてのける。


「はいもうこれで準備終わったんだから男どもは出て行った出て行ったー。念のために言っておくけど覗いたら殺すからー。比喩表現でなくマジでー」


「くくく、デバガメ野郎の残酷な愚行のテーゼ。迸る熱い血と臓腑のパトス」


「誰がやるか馬鹿。あぁもうわかったわかった。その代わり、俺が入るときにそれやってくれよそれ」


 手で額を抑えつつ俺は半分ヤケ気味に応じた。動揺して固まってるヴェークさんらを無理矢理背を押して室外へと出て行く。


 外へ出ると、扉を閉められ鍵もかけられた。ったく、これでしばらくアイツら出てこないなこれ。


 ヴェークさんが俺に何か言いたげな顔してる。魔法のことなのか、節令使であり伯爵である俺への態度のことなのか。或いはどちらもか。


 ありのまま答えるしかないのだが、多分完全な同意得られないのは経験上分かってるので、俺はあえて無視して咳ばらいを一つした。


「あー、とりあえず執務室へ。今日の報酬の受け渡しと、明日以降の事でちょっと話なぞを」


「えっ、あっ、あぁそうですな。まずは貰うもの貰ってからということで」


 俺の露骨な話逸らしに年長者として応えてくれたヴェークさんは強張った表情を緩めようと自分の頬を軽く叩きながら歩き出した。他の大工らも彼に倣って無言で追っていく。


 空気読んでくれた面々に感謝しつつ俺も歩き出した。


「……で、明日はここに集団用の浴場建設始めるとして、今後しばらくはその銭湯とやらの建設やっていくのですかな?」


「それだけお願いしたいところですが、同時にやってもらいたいことがありまして」


「ははっ、本当に人使いの荒い方ですな。まぁとにかく伺いましょうか」


「こちらも最終的には州全土に設置したいものでしてすみません」


 衛生と同じぐらい大事であり、ある意味でこの先の政略や戦略として重要なものと成りえるもの。


 情報発信設備。


 そう俺はこの携帯機器どころか電話もない手紙も大衆に普及してると言い難いこの世界に通信施設の建設をするのだ。

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