第十六話 有力者とご対面とまずやりたい事と
朝の支度を一通り済ませ、執務室が同じ階にあるのでそのまま直行して幾つかの書類に目を通すなどしてると、ノックもなしにマシロとクロエが顔を出してきた。
「おーい、朝から仕事しとるセルフ社畜節令使様。お客さん来てるよー」
「もうそんな時間か、わかった今いく。あとお前ら一応俺の部下な立場なんだからせめて人前ではノックするぐらいの取り繕いはしてくれください」
「君と私らの仲じゃんよー、クロエ―、リュガ冷たいよー」
「くくく、権力に魅入られし驕り高ぶりし愚者の強者。親しき者への氷結の信愛」
「本当に傷ついてるならもうちょい感情込めて言えよ。朝からなんだその投げやりテンション」
相変わらずな調子の居候ズの戯言を聞き流し、俺は二人に応接室前で見張りを命じつつ大儀そうに立ち上がった。
さて、どんな人らなんですかねぇ。
引っ越しを終えたばかりの応接室-と言ってもレーワン家所有の美術品を数点追加しただけだが―へ入室したと同時に、席に座って待っていた客人らが一斉に立ち上がってこちらへ軽く会釈してきた。俺も同じように会釈を返してそれに応える。
「朝早くから御呼びいたして申し訳ありませんでした。そして、よく来てくださりました」
「なんのなんの、到着初日から気前の良さを押し出してくる豪気そうな節令使殿のご尊顔拝みたいと早めに来てしまったぐらいですよ」
席の中心に座っていた四十半ばの恰幅の良さそうな男が朗らかに言った。それに釣られて左右の者らも微笑を浮かべて俺に視線を集中させてくる。
この場に居る男女五名が、この土地で代々爵位と家業を継いできた有力者達である。
中央の男の名前はリヒト・フォン・ロート。開拓事業の発案者にして指導者であった商人であり、子爵位を授与されたロート家の四代目当主。現在は州都を中心に様々な商いをやりつつこの地の商工業の元締め的存在であるという。
その右隣のロート家当主と同年代の浅黒い肌をした男はヴァイゼ・フォン・ブラオ。男爵であり、港町にて船による交易商と漁業の網元を兼任してるとか。
更に右側に居る体格の良い男はヴェーク・フォン・グリューン。男爵であり、この地の建築や道路整備などの土木関係も請け負ってるという。
ロート家当主の左側に座る女性はヒュプシュ・フォン・ローザ。男爵夫人でありつつ当主代行を務めており、この地では冒険者ギルドと職人ギルドのマスターをやってるという。
彼女の左隣の五人の中では一番若そうに見える男はザオバー・フォン・ゲルプ。男爵であり農産物関係に携わる商売や管理を行ってる。
以上が、俺がこれから何かと仲良くしておかなくてはならない貴族の面々である。
ただ王都の貴族を嫌という程見てきて俺自身も伯爵故に何かと貴族的な立ち振る舞いは見られてきたんだが、それと比べると彼らは良くも悪くも貴族というより、商人や大工の棟梁が窮屈そうに貴族の服を着込んでるという感じがする。
それを見透かしたわけではないだろうが、俺が着席して一言二言儀礼的な挨拶を交わした後に子爵―リヒトさんは胸元の蝶ネクタイを少し緩めながら苦笑を浮かべた。
「いや失敬。節令使である伯爵殿の前で無礼ではありますが、どうにもめかしこんだ服装は落ち着かなくてですな」
「と言うと、ロート子爵は普段からそういう服ではないと?」
「えぇ。私だけでなく彼らも普段は仕事に合った服装で生活しておりまして。貴族とは名ばかりでお恥ずかしい限り」
「あぁいえ、私は気にしないほうですので」
そりゃそうだろうな。あんなヒラヒラした装飾過剰気味な貴族の服なんて俺だって宮中に出入りするときぐらいしか着ないよ。見た目の派手さだけ拘ってそれ以外無視してるんだもんよ。
王都の貴族社会で生まれ育った俺ですらそう感じるんだから、場合によっては現場に顔出す仕事してる人らにとっては冠婚葬祭以外で着る気ないよこんなの。
分かりみが深すぎるので、俺は足を組んで寛いだ姿勢をとってみせた。
「皆さんも遠慮なくどうぞ。今日は挨拶だけでなく少し込み入った話もしたいので、楽にしてもらわないと集中出来るものも出来ませんからね」
俺の勧めを渡りに船と思ったのか、彼らは目を瞠りつつ「では遠慮なく」と次々と首元のネクタイを緩めたり背筋伸ばして座ってたのをやや腰を落とすなりして自分に合った座り方したりとリラックスしようと努めた。
俺としても堅苦しさよりかこれぐらい肩の力抜かれてる方が気楽だ。儀礼や体裁軽んじる気はないが少なくとも今はいらん。
勿論それは俺が王都でも市井の人らと頻繁に交流してたからそう感じるのであって、この世界この国の階級社会的には言語道断なんだろうけど。
使用人が置いていった茶を一口飲んで口と喉を湿らせつつ、俺は眼前の五名に対して口を開いた。
「挨拶もそこそこではありますが、話をしていきましょう」
俺は小脇に抱えていた数枚の紙をテーブルに置いて彼らの方へ差し出した。
「こちらは、卿らにそれぞれ依頼と相談をしたいと考えてる事が書かれております。まずはご確認を」
そう言われたリヒトさんらが書類を覗き込み、しばらくして驚きと戸惑いの入り混じった嘆声を発し出す。
「レーワン伯爵これは……」
リヒトさんがようやくそれだけ呟く。しかし書類からは目を離してない姿を見て、食いつきは悪くはないのを感じた。
俺が彼らに提示したのは、俺が数年がかりで行うつもりの、極端に言えば州一つで全て完結可能な独立国家じみたものをおっ建てるということだ。
ヴァイト回廊を要塞化して有象無象の賊を寄せ付けぬようにしつつ、その間に州内の開拓を更に推し進めていく。俺の生き残りの為の必要な土台であるこれぞ。
百年経過してもまだしきれてないとこが多いなら、人と金を投入すれば町だろうが農地だろうが何でも作れる可能性に満ちてるのだから見逃す手はない。
人も物も多産奨励していき、なんなら今後各地で生まれてくるであろう流民棄民を積極的に迎え入れて人口増やしていけば兵力不足人手不足問題も足枷にはならん。そしてそれら全てを俺が貯め込んできた財にて行っていく。
ただ言っておくが、あくまでこれは地域復興及び活性化計画。別に国に反逆する気はまったくない。
この国に巣食う貴族どもを祖先の功を貪るしか能がない糞と思ってるし俺を頭ごなしに否定してきた王国そのものには見切りつけてはいる。革命起きた所で国としての寿命と思ってるから惜しくもないし驚きもしない。
けれど反逆者だの不忠者と好き勝手罵られて平然とする太い神経は持ち合わせていないよ俺。だって別に間違ったことしてないのにそんな言われようなんか嫌じゃん。
なので表向きどころか俺の基本的な心構えとしてはあくまで一節令使として管轄内をしっかり管理して発展させていくだけ。それを念頭に置いて行動していく。
回廊の要塞化に関してはグリューン家のヴェークさんに相談する。すぐにでもやりたいとこだが、ただそれは王都からの正式な許可を得てからなのでまずは別の事をしてもらう。
許可に関しては州都入り前日に、王都のヒリュー宛に宝石と金貨の詰まった小袋と共に一通の手紙を王都へ送り出していた。
内容は回廊の要塞化の許可ではあるが、そのまんま書いたら叛意ありと怪しまれるので、関所の防備強化というお題目でお伺いたてた。これなら最近各地で起こってる賊の蜂起に備えてと言えば納得してくれるだろう。駄目押しに何名か有力貴族や大臣相手に宝石や金貨ぶん投げてもやるんだから。
関所を増設するわけでなく、今ある関所を発展させるだけだから断る理由もなかろう。あとは防備強化の許可貰ってるの一点張りで押し通して目的果たす。
並行して行うべきことも多々ある。まず真っ先にしてもらいたいことはいえば。
ヴェークさんには要塞化と同時に様々なものを作ってもらうが、まずは俺が常々やりたいと考えてたある二つの事をやってもらう。多分この中でいの一番で働いてもらうことになる。
ヴァイゼさんには港町の再整備と商都との通船交易の更なる強化、そして海岸線一帯からある物を回収及び加工してこちらに送ってもらう。
ザオバーさんには農作物関係、今後の開拓に伴って農地拡大は確定事項なのでそれの指導や管理を引き受けてもらう。
ヒュプシュさんにはマスターとしてここの職人ギルドを通じて各地、場合によっては他国から職人を呼び寄せてもらう。冒険者ギルドに関しては、今以上に現地の魔物に関する情報を集めてそれを纏めてもらう。
そしてリヒトさんにはそれらの総責任者として人々を取り纏めて貰い、人や物資や資金を差配をお願いと共に、州都における商売に関して個人的に相談に乗ってもらう。
リヒトさんは俺の簡単な説明を聞いて首を傾げた。
「かなりやり甲斐ありますので否とは言いませんが、レーワン伯が我らを纏めてそれらを差配してもよろしいのでは?なにせ伯はこれらの事業の資金全額出されるのですから」
「仰るとおりですが、何分私は節令使という官職の身なので、二足の草……二足の靴を同時に履くことは無理です。将来的には分からないですが、当面私は節令使としての職務を優先しますので、事業の方は手慣れてる皆様にお任せしたいと思っております」
確かに自分の前々から温めていた計画だから何から何まで一々見ないと不安なとこもあるし、初対面の人らにいきなり八割がた丸投げするような真似はどうかと思うけどさ、流石に初めての土地で慣れてもないのに一気にやったら過労死するわこんなん。
餅は餅屋ともいうし、俺が最初の段階であれこれ説明したら後は勝手にやってくれるだろう。そこでたまに修正の為に口出すだけでいいわけで。
万が一俺の思う通りにいかなければ、そんときこそ俺が総指揮執ればいい。それぐらい悠然とした気持ちでいこう。焦りはあれどもそういうときこそ落ち着かないと。
「それにしても、お持ちになられた資金といいこの事業内容といい、伯はお若いながらも中々決断力と行動力と商才おありなようで。貴族よりかは商人にお生まれになってたらさぞ私らなんぞ足元に及ばない豪商となってたでしょうな」
ヴァイゼさんが書類に書かれてる予算の概算見積額と俺の顔を見比べながらしみじみとした風に言った。やはり商売人からしても七、八年でここまで白金貨貯め込める奴はそうそう居ないらしい。
素朴な感嘆に対して俺は表面上は優雅に笑みを浮かべて応じたものの、内心苦笑するしかなかった。
稼いだには稼いだよ。でも言ってしまえば自力で一から積み上げたわけでなく知識スキルでズルして稼いだようなもんだからねぇ。
それに数年がかりで計画書に書かれてる全てのことやって尚且つ当面の維持費込みで計算すると、俺の貯め込んだお金の九割弱は確実に消える上にあくまで現時点の予定だから増える可能性あるからね。王都でやってる商売の稼ぎが追い付くか俺自身ですら分からないからね。
今すぐどうこうではないとはいえ、稼いだ本人が綱渡りの影を感じてるのだから賞賛も素直に受け取れない。
しかしまぁ協力者不安がらせるわけにもいかないのでここは気前の良い行動力ある若者演じとかないと。
咳ばらいを一つして、俺は書類を同じく覗き込んでるヴェークさんに声をかけた。
「他の皆様にもこれから動いてもらいますが、特にグリューン男爵には可能ならば今日から作業に取り掛かってもらいたいことがありまして」
「ほう、新任の節令使殿は人使いの荒い御仁でありますな。して、私に何をしてもらいたいので?」
肉体と同じくがっしりとした太めの顎を撫でながらヴェークさんが訊ねてくる。他の四人も興味津々といった態だ。
えぇえぇ、とても大事なことです。税を納めたり治安維持したりと同じぐらい大事です。特に俺みたいな現代日本人にはあって当たり前レベルに。
「私は土地を治めるには税、法、武、治安などと等しい価値を持つと信じてるものがまだありまして、それは情報と衛生というものです」
「情報はまぁ分かりますわ。早く連絡出来れば便利ですし。しかし衛生とはなんですの?」
あー、そっからかぁ。
「まぁ簡単に言えば病気予防の一環を指す言葉と思って頂けたらと。ほら、常に清潔を保つだけでもかなり違うものですから」
「そうなのですか?家の掃除はしてるつもりなのですけどそれとはまた違うので?」
通信用魔導具保有してる冒険者ギルドのマスターであるヒュプシュさんとしては当然の疑問であろう。リヒトさんらも差はあれども情報については即座に理解は示してくれたけど、衛生はいまいちピンとこないようだ。
俺の居た世界じゃ概念の確立や普及は近代まで待たないといけなかったとはいえ、概念そのもんは紀元前の古代ローマからあるにはあった。ただ中世では宗教の所為で広まりも深まりもしなかったがな。
こっちだとなまじ本当に神様やその眷属存在してるからあっちより宗教が幅効かせてるんで、病気に関する事柄は迷信の類が原因だと信じられる傾向があるようだ。
しかも大体は神官の回復魔法やポーション飲んどけばどうにかなるから予防に対する無頓着さに拍車かけてる。ファンタジー世界の便利要素がこんな形で妨害要素になるとは誰が思うよ。
けれど誰もがその恩恵に預かれるわけもないからそれに頼らずに済む方法あるなら提供してやりたい。
そして、個人的には生まれてこの方人様の臭いに辟易してるので、せめてここぐらいはそういうのと無縁に過ごしたい!!
アスクレピオスやヒポクラテスやナイチンゲールとかな医療の偉人らみたいな真似は出来ないしそういうの目指してるわけでもない。なので俺として出来る衛生対策をここでやるのは、そういう個人的なモノが強いわけよ。だって元とはいえ日本人だもん。
「その辺りもこれからグリューン男爵への依頼と共にご説明致します。それで、私が頼みたいこととは、新たな通信手段の施設と……」
コレは理解が得られないならお金で頬を叩いてでも無理矢理作らせる。
固い決意が俺にはある。
「州全土に入浴施設を建設してもらいたい」
俺は五名の地元貴族に厳かな口調で告げたのだった。




