第百四話 出発準備中のある日
商都のあるレーヴェ州へヴァイト州節令使が赴く日は五月末と決まった。
ヴァイト州へ戻る頃には夏真っ盛りになってしまうが仕方がない。なにせ高官の身が遠出する以上は中央に一応報告と許可はとらないといけないからだ。
初春頃に王都のギルドマスターであるシーカさんがあちらに戻る際に頼んではいたのだ。双頭竜の件は三ギルドとヴァイト州節令使で処理を行う。なので解体や買取などに際しては商都にて行うと。
加えて去年秋に王国内でも老舗の一つと目されるフォクス・ルナール商会からご指名で招待されてるとなれば余程でない限りは大丈夫だろうが、何事も形式というのは必要なわけで。
その許可が降りて早馬飛ばしてその旨が書かれた文章が届いたのがつい先日。
元々行くつもりだったから準備が滞ってるわけではないとはいえ少しは心理的に動きやすくなるというものだ。
今回は去年の夏にメイリデ・ポルトの港町へ赴いた時と同様にプライベート的なのがメインだが体裁の為に幾らか官員も連れていく事となる。
俺、マシロとクロエ、モモと平成、ターロンと私兵部隊から六〇名。それに加えて文官一〇名と彼らと一応俺とを護衛する兵士一二〇名。
それに移動中の食料等の物資輸送や雑用を任せる者も幾らか連れて行くから総勢二五〇前後になるか。
幾ら私用とはいえ節令使ともあろう方がそんな少数で。という意見はあった。去年ですらあったんだから今回は猶更だろう。
言いたい事は分かるが単に身を護るってだけならウチんとこのド畜生どもで事足りてしまうんだよ。私兵部隊だけでも持て余すんだよ。
完全に体裁整える為に揃えただけだからなコレ。そうでなきゃ人手欲しい最中に文武含めて一五〇人以上の人数を二か月も引き連れるなんて無駄な真似しねぇよ。
まぁ昨今の各地における治安考えたらこの人数でも絞った方と言って許されるのは今の内だな。
今後の情勢次第じゃヴァイト州内以外で俺が出歩く際は桁を一つ増やさなきゃならんだろう。
まっ、引き籠る身だからあり得ないだろうがな。
……多分。
いやそうなる事態ってお前普通に戦争やる為だろうしね。ならないように全力尽くすからね俺?
だからそんな機会無いと思いたいんだがこういうのに限って世界は俺を裏切るんだよなぁ畜生め。
実現して欲しくない不吉な想像が浮かんだので振り払いつつ俺は黙々と各所へ出向くもしくは相手を執務室に呼びつけて留守中の対応に関して話し合う。
まず御呼びしたのは当地において俺以外では一番大物格なリヒトさん。そして他の四貴族も当然呼んでいる。
いや政治というより経済関係な意味でね。
政治とか軍事とか治安は基本的にルーティンワークなとこあるから余程の事態が起きない限りは置いていくマニュアルどおりで当面大丈夫。
けれども経済は生き物だからな。株とかそういう面倒なものまだ存在してないだけ単純明快さあるとはいえ、ある日どこかで何か起きて何かが高騰したりというのはあり得る話。
俺は純粋な商人でないしなんならメインは政治家だからそこは大勢の民草に任せておけよと言われたらそれまでである。
しかしだね、俺が比喩でもなんでもなく巨額の資金を現在進行形で投入したり自分資本の事業やったりしてるとそうも言ってられないんですよ。
使い切る覚悟とはいえ無駄にはしたくないし儲かるならそれはそれで良しなんだからそりゃ不在の間トラブル起きたら困る。
なので商工業の責任者の面々には「細かいですな」と呆れられるの承知で細々と直接言っておくべきこともある。
大概の地方が農業ありきで経済回してる中で一年でも早く脱却する為には銭が動くことをこっちから積極的にしていくしかないのだから。
うんここまで語っておいてなんだが俺の今の在り方って現代地球じゃ独裁国家でもねぇと堂々とやれねぇなこれ。
などと脳内でセルフツッコミや自己弁護を喚きつつも俺は節令使として重々しい表情で彼らを出迎えた。
なお相変わらずヴェークさんは要塞建設の現場を忙しく動き回って不在なので代理としてたまたま現場から一時帰省してた嫡男のジャンさんに出席してもらった。
「私のような若輩者が同席してもよろしいのでしょうか?」
「そう固くならずともよい。父君には後日私が直接話すとして、家の者に幾つか伝えて欲しい事を頼むだけだからな」
俺と同年代であろうジャンさんが不安げにそう呟くのを耳にした俺はそう答えて相手を落ち着かせる。
嘘偽りなく今日の呼び出しは話し合いの為ではなく俺が不在の際に各家へやってて貰いたいことや余程の事態でない限りは独自の判断下していいから継続して欲しいことを伝えるのみだ。
幾ら現代地球と比べてスローライフかつ遠出には相応の時間がかかるのが当たり前認識とはいえ、二か月はやはり長い留守には違いない。
一分一秒ごとのリアルタイムに状況変化する情勢ならば俺も商都行きなぞ微塵も考えなかった。今はまだそういう世界でないからこそ出来た決断といえる。
余程の事態とやらがあれば冒険者ギルドお抱えの通信魔導具で「ヴァイトキトクスクカエレ ヘンシンコウ」とか入れてくるだろう。ポケベルレベルの返事で大丈夫な対応ならその場で返してもいい。
本当に俺が陣頭指揮とったりその場で知恵絞って決断下すような事態なら、まぁ多分ウチんとこのド畜生二人が転移魔法かなんか使えるんだろうからそれ使って俺だけ帰る事も出来る筈だ多分。
それを除けば地元の五貴族を中心に各々務めを果たしていてくれればいいだけ。俺が来て以降勝手が違い出しただけで今までだってそれで無難に過ごしてきたのだから。
なので今更言うべきでもないが念の為言っておく的な事柄を幾つか伝え、あとは俺が関わってる案件に関しては後回しに出来るなら手を付けずにお願いするぐらいだ。
というわけで用件はすぐさま済んだので後は軽い雑談。俺も多忙だが他の面々だって暇してるわけではないので互いに小休止の気分だな。
雑談というが集まらず個人個人で顔合わす機会は幾度もあったのでプライベートな世間話は概ねそこで消化されてるのでもっぱら今後の展望に関してだった。
「大山脈で部族らが使用してる資源採掘地ですか」
「どちらが主とするかは今後の話し合い次第ですがな」
商業以外だと一次産業。それも大体はまだ先の展開次第であるのですぐに話に出せそうなのは鉱業系であった。
ほぼ手つかずといっていい大山脈方面。区分としては麓付近まではアンゴロ・エッゲ県に属してるとはいえ去年までは部族達の勢力圏内に等しかった。
まだ予断を許さないとはいえ一応和平結んでこうして細々とはいえ交流も開始したのだから弾みをつけていきたい。交易所開設と共に資源採掘は良い機会になるだろう。
解決すべき問題はそこそこあるが本格的な議論でない雑談の範囲内でわざわざ水差す事は言わないがね。
「なにせ四十前後の部族が共有して使ってると思うべきでしょう。統一を志してるとはいえまだまだその辺りの線引きなぞしてるか怪しいもので」
「となるとあちらに依頼する形で採掘が妥当なんでしょうが、せめてこちらからも人を派遣して調査はしておきたいですわ」
「採掘権を譲渡してもらうか否かは別にして確かに部族側にとって不要でもこちらではそうでない物が見つかるかもしれませんからな」
「うむ、まぁ恐らくあちらも利益を得るなら承諾はしてくれそうだから今のうちに人選をしておくぐらいは良いかもな」
俺は彼らの言葉にそう言ったものの、さて学だけでなく行動力と場合によっては幾日も部族の面々に囲まれても仕事できる度胸の持ち主なんてそう居るもんかなと首を捻る。
言うぐらいだからアテはあるんだろう。けれど去年の今頃ぐらいまで蛮族扱いして敵対関係にあった場所だからなぁ。普通はビビるもんだぞ。
護衛に関しても今はそんな余裕ないから一兵たりとも寄こせないからターオ族長らを信じて身をゆだねるしかない。
そこんとこ理解する頭となるべく偏見持たない心掛け出来るメンタルリセット持ちの地質関係の学ある奴って地味に難易度高くね?
幸いなのは早急にやるべき案件でないことだな。駄目元ってやつだ。
まっ、俺は割と気軽に考えてるからちょっとリヒトさんらにやらせてみるかね。
こういう小さな積み重ねを経てあちらとこちらとの関係のぎこちなさを少しは解消していってもらいたいもんだね。
用件と交流を済ませた俺は州都庁の庭の一角でターロン相手に剣の鍛錬してたモモに先程の話題を振ってみた。
鉱山の話そのものは族長らに使者を送る時点で軽く語ってはいたので「あの件か」とモモに驚きはない。
「君のとこの族長が話をどう纏めるか次第とはいえ、例えばの話で君一個人としての意見訊いてみたいとこでね。一部族ならまだしも全体として考えたらそちらも利用者少なくはなかろうから」
「…………すまない。正直あるのが当たり前すぎる上に不自由した覚えがないから『少しぐらいなら勝手に採って問題ないのでは?』としか考えてなかった」
「あっ、うんなんかごめん」
意外に話の規模が大きい事を今更ながら知ったモモが心底申し訳なさそうに頭をさ下げてきて俺はお察ししてしまう。
族長の娘だからってこういう資源や経済が他より知ってるわけでないと薄々分かってはいたけど。
てかもしかして以前話した時点だと日用品貸し借り感覚程度にしか聞いてなかったなこの子。
つーか俺が過大評価してるだけで当の族長達もその辺の山で幾らでも採れるのが場合によっては何十年かそれ以上の年月も利益になるブツと分かってなさそう疑惑な。
こちらと交易もやってない自給自足と物々交換で成り立ってきた人々だと改めて実感した。
同じ土地に住んでいようが価値観が「自分達だけで使えるかどうか」なだけの別文明という認識ちゃんと把握しとかないと駄目だった。
俺が悪辣な商人ならすぐさま騙して採掘権独占と部族を即席労働者に仕立て上げて使い潰すのブラックコンボやってるぞコレ。
やらないしやらせないけどねそんな事。
しかし利ばかり強調して半端に欲望刺激して増長させるのも統治する側としては好ましくない。
あー、なんか匙加減調整面倒なやつだこれ。使者の往来だけで済むやつじゃなさそうなフラグだこれ。俺が直接あれこれ言わないと収まらないやつだこれ。
かと言って俺は出発間際。あちらもひとまず話し合いをする段階。ひとまずは様子見という選択肢しかない。
思わぬ新たな問題発生の気配に額に手を当てて口端を歪める俺を見たモモが気まずそうに己の頭髪を軽く掻く。
「節令使殿、なんか本当にすまない。もしかして私が何かちゃんとした意見持つべきだった話なのか?」
「いや大丈夫だ。早い段階で解決すべき事が判明したという収穫を得たと前向きに思う事にするから」
「リュガさんマジ苦労してますなー。やればやるだけ減るどころか増えるとか大変すぎっしょ」
「まぁそういう仕事だからとしか言いようがないからな。ある程度は我慢して折り合いつけなきゃやっとられん」
ターロンとモモの鍛錬を見物してた平成の同情気味な感想に俺は肩を落としてそう答えるしかなかった。
「まぁまぁ。ほら気持ち切り替えましょうよ。商都でしたっけ?なんかここよりスゲーとこだって話だから観光気分で楽しんでいきましょうよ」
「あのな俺は基本的にお仕事だからね?てかお前さんも今はそんな威勢良さげな発言してるがいざ行ってみて楽しめるのか?何も知らない世界の何も知らない新たな場所で」
「……いやぁ僕もちょっとそこまでコミュ力高い方じゃないから難しいかなーなんて」
「だろ?一年かけてここの暮らしに慣れだしてきた途端に旅行とはいえまた別のとこ行くとか順応性高い奴でなきゃ心底楽しめねーよ。精々厄介事に巻き込まれないよう今から用心心がけてろ」
腕を組んで考えた結果無理っぽいと判断して困惑気味な笑み浮かべる平成に俺はやや手厳しく言い返した。
平成が呑気な事を言うのは身軽さ故にしゃーないと分かっていても言いたくなるんだよ今の気分。
「双頭竜の件だけでも面倒なのにフォクス・ルナール商会、というよりもあちらさんの商人らとお話ともなれば気が重くなるのは仕方がないですよ坊ちゃん」
俺が何とも言い難い表情で沈黙してしまった時、手拭いで汗を拭いてたターロンが話に加わってきた。
「私には政治や経済の話はとんと分からんですが、わざわざ節令使を呼び寄せるからには子供の御遣いみたいな用件でない大事になりそうぐらいは分かりますよ」
「わからんぞ。もしかして王都時代含めて俺の稼ぎ具合聞きつけて誼深めたいだけかもしれんし。今のうちに唾つけとけぐらいはどこの商売人もやってることだ」
「それならそれ。ヒラナリの言う通り少しは楽しみ持つ気構えで行けばよろしいじゃないですか。栄えてるとはいえ商都も中々行かない場所ですから」
「そりゃそうだけど」
「万が一何か生じたとこで坊ちゃんなら大丈夫。坊ちゃんは根はビビりで激しやすいとこあるとはいえ、必要なら幾らでも冷静に取り繕う小狡いのは得意ですからな」
「お前それで褒めてるつもりかよ。こちとらそういう言い回しはあのド畜生どもだけでウンザリしてるんだやめろやめろ」
「おぉこれは失礼致しました。ですが坊ちゃんならなんとかするでしょうという信用は常に私の心にあるのは本当ですぞ」
「はいはいありがとうよ。少しでもなんとか出来る可能性上げる為にもお前らにも精々働いてもらうからな。ただの体面配慮した御飾り仕事じゃないのは覚悟しとけよ?」
俺の命令口調の指摘にターロンは強面な顎を撫でつつ小首を傾げる。
「ふむ、マシロ嬢とクロエ嬢が居れば大概なんとかなりそうですがなぁ。まっ、取りこぼしあった際にそれを拾うぐらいは頑張りますよ」
「ターロンさんの発言フラグくさいんでやめてくださいよ……」
「まったくヒラナリはなんと意気地の無い。あの二人に及ばずとも何か出来る事をやって節令使殿のお役に立つ気概ぐらい見せるべきだろう!それでも召喚者か!」
「そういうのモモさんとターロンさんだけでしてくれません!?僕はトラブル勘弁して欲しいんで!いつも言ってますけどただの一般人なんで!!」
ターロンらとそんな他愛ない会話をしていてようやく苦笑浮かぶ程度には気が持ち直した気がする。
確かに今の段階で悩んでいても打つ手もそう無ければウジウジしてるのは非効率的だ。
あまり肩の力抜けすぎても駄目だがドンと構えるぐらいしておかんといざ商都の人々と対面したときの印象も怪しくなるしな。
今はただ出発までに準備と共にやれる仕事をやっておくしかなさそうだ。
タイミングが良いというべきか、話に一区切りついたと同時に州都庁の方から役人が俺の名前を呼びながらこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。
さて小休止もこれで終わりか。今日の仕事の残りも粛々と片付けるとするかね。
俺は三人に別れを告げて俺の決済を待ち焦がれる人と書類の方へと歩き出す。
商都のあるレーヴェ州へ赴く十日前のそんな一日はこうして過ぎていくのであった。




