第十話 逃走な気分と久しぶりの声
王国歴四一九年四月上旬。王都の大通りを俺は馬上にて進んでいる。
左には俺の周囲を護衛する形で取り巻く私兵部隊を率いるターロン、右には特別性の大型荷馬車にバイクを乗せてるので荷台の床に敷物を敷いて座ってるマシロとクロエ。それらの前後左右には俺と共に赴任する正規兵二千らが行進している。
正規兵二千、糧食や荷物輸送及びその護衛要員の兵八百五十、元からレーワン家に仕えてた者、ギルドの募集に集った冒険者、ターロンが古くから交友のあった傭兵らで構成された私兵百二十、あとは事務や経理を担当することになる文官らも加えて合計三千が俺と共に本日王都を出発してヴァイト州へ赴くこととなる。
二千の兵隊は交代の兵である。兵士も常に勤務地が固定されているわけではないので、ある程度年数経過すると交代されていくものだ。
一か所に固定される例としてはその兵士が地元出身という点を考慮される場合と、節令使や将軍の中で手塩にかけた兵を手元に置いておきたいので上へ掛け合って一定数延長残留という形で留まる場合がある。
そんなわけで駐留先次第で一喜一憂するわけだ兵士は。俺がさっと見た所、当たり前だが今回の赴任先を喜んでる者は居ない。
大体は仕事だから仕方がないと割り切って無表情であるが、時々新入りっぽい若い兵士なんかはあからさまに残念そうな顔をして歩いてたりする。
ごめんな。辺境の田舎でのんびり過ごせるのが唯一の慰めと思ってるだろうけど、多分大半はこれから俺に付き合って忙しい思いさせてしまうけどごめんな?
心の中で詫びながら俺は正面を見据える。
沿道には節令使を送り出すために住民らが並んでこちらに手を振っている。
中には俺が手広く色々やってて街によく顔を出してるのを知ってる者らが俺に向けて手を振ったりもする。チラッとだが、不良神父や店の店長らの姿もあって思い思いにこちらに手を上げているのが目に留まった。
つい十数分前の白々しい送り出しを思い出すと、この素朴さがちょっと心に染みた。
王宮正門前で行われた出立の式典は、式典という単語を使うのが恥ずかしくなる程露骨に雑なものであった。
王家の旗が一本建ってる以外は特に会場設営もされず、儀礼用のおめかしもせずいつもの仕事服姿の中堅どころの役人三、四人が出席しそのうちの一人が宰相から渡されたというメモを見ながら簡単に送り出す為の言葉をかけ、同席した貴族らも適当に拍手をした後は最後まで見送ることなく全員さっさと帰っていく。役人らも兵士の半分程が移動開始して俺が動き出すのを確認してそそくさと建物の中に戻っていった。
大貴族とまではいかないが、それなりに由緒正しき伯爵家当主に対してあんまりな軽視っぷりにマシロとクロエは「人望なさすぎワロス」とか言って腹抱えて笑うわ、ターロンもいつもの豪快な笑いこそしなかったな「流石坊ちゃんですな」と笑いを堪えながらそうのたもうた。
レーワン家当主代理として出席して唯一残ってたヒリューも「兄上、その、頑張ってください。報告の手紙マメにお送りしますので」と何と言っていいか分からず当たり障りのないコメントしか言えずにいた。
先日も同じ感想抱いたが、怒り通り越してあからさまな贔屓加減にこの国いつまで持つものかと不安覚えるわ。チート勇者一人抱え込んでどうこうなるもんじゃねぇだろこれ確実に。
この国の末期感に僅かながら暗澹たる気分を抱えつつ、俺や俺の指揮下となった軍は粛々と行進していく。
いつものようなちょっとしたお祭りのような派手さもないものだったので、街を囲む城壁に近づくにつれて人もまばらとなっていき、辿り着くころにはほぼいつものと変わらぬ通りになっていた。
何事もなく到達し「もう戻ってこないかもしれないな」と軽い感傷的なものがよぎった以外特に何もなく門をくぐっていき外へ出た。
王都から一歩出ると、視界に広がる整備された道路と春の芽吹きを思わせる緑あふれる草原や木々。風や鳥の鳴き声以外に聞こえてくるのは甲冑や荷物が揺れる音のみ。普段聞いてる人々の喧騒ももう聞こえてこない。
少し首を傾けて視線を王都へと向ける。城や街を守る分厚い城壁と巨大な門扉。生まれてから幾度も見てきた光景が段々と遠ざかっていく。
それを一瞥して俺はすぐに前に向き直った。と同時に思考も今後の事へ完全に切り替える。
まずはここから先の予定だが。
王都を出て、最初の数日は直轄領であるケーニヒ州を南下していき、次に貴族の荘園がひしめき合ってる一帯を通り抜け、十二番目の州フィッシェ、十三番目の州ヴァッサーマンを南へ進んでいきヴァイト州の境界地域であるヴァイト回廊帯へ辿り着く。順調にいっても三週間近くはかかるだろう。
何事もなく進めればいいが、出立直前まで行ってた情報収集の結果を見る限り楽観は禁物。理想は任命日には州内入りだが、果たしてどうなることか。
それにしても暇だな。
仕方がないとはいえ、しばらく同じ景色しか続かない中で大勢の部下の手前謹直な顔して馬に乗ってるだけというのも退屈すぎる。
今までたまに王都の外に出るときもマシロとクロエ、もしくはターロンと彼が同行させてる冒険者達と雑談してたからこうして黙り込んでるのもそうなかった。
そのマシロとクロエは王都外に出た途端にバイク乗せた荷台の隙間に寝転がって昼寝し出すし、ターロンも指揮下の連中への指示や他の兵らに声かけなどしてて常に俺の傍に居るわけでもなかった。
これが現代日本なら音楽かラジオ番組でも聴いて気を紛らわせられるんだがなぁ。魔道具とかそういう娯楽向けの存在してたなら絶対購入してたのになぁ。などと今更なたられば呟くぐらいにやることもない。
事前告知されてたからか、いつもなら商隊や旅人や冒険者などが往来して賑やかな筈の王都郊外の道も静かなもので、たまにこちらに向かってくる者らも大名行列よろしく進んで道路脇に移動して列が消えるまで待っているか、距離をとってそそくさと進んでいくかしていた。
まだ王都出て一時間ちょい。本日宿泊予定の町までもう五、六時間はこれが続く。何度も確認はとっていたが、まだ直轄領は平和そのものだと実感するような平穏さだ。
公務用に空馬車用意してもらってるし、いっそ俺もそこに乗り込んで居眠りしようかねぇ。
などと思ったときだった。
<<暇なら話相手になってやんよ>>
「……はっ!?」
不意打ち気味に頭に響てきた声に俺は叫び声をあげそうになり大仰な身振りで口を慌てて抑えた。幸い、俺のすぐ傍に誰もおらず前を向いて黙々と行進し続けている。
<<いやぁごめんな驚かせて。ほらでも予告はしてたからないつか声かけるって>>
「……久方ぶりな割に軽すぎでしょう。というか唐突すぎやしませんかカミカリ様」
周囲を伺いながら俺は小声で二十四年ぶりに声をかけてきた謎の存在に文句を述べる。
軽薄そうでどこか有無を言わせぬ圧を感じさせる、安っぽいボイスチェンジャー越しで喋ってるような男の声を忘れるわけもなかったスキル抜きにしても。
<<元気そうで何よりだ。まぁ注文つけるなら、今の計画実行をもうちょい早く決断してやればよかったのにと思ったりね。なーに使い古されたテンプレ転生者言動かましてるのかと笑ってしまうわ>>
「自分でも黒歴史にしたい三年間なんで勘弁してくださいよ。あと準備もあったんですし。で、こうして話しかけてきたってことは、あなた的に区切りになるからですか?」
<<まぁな。ヴァイト州入りした後でもよかったが、とりあえず少しぐらい暇つぶしがてら話しかけるぐらいならよかろうと>>
「別に今更話しかけられても……あぁでもこの際だから確認したいことがありましたそういえば」
<<答えられる範囲でなら構わんよ。で、何が訊きたい?>>
「そこで惰眠貪ってる二人もですが、ここ最近の現代地球人召喚はあなたの差し金ですか?」
いたずらに世界規模で情勢不安の種をばら撒かれるような事態は現地人的に穏やかになれないので、やや非難がましい口調になる。
俺の詰問じみた問いかけにカミカリ様は動じた様子もなく「あー、あれね」などと返してきた。
<<これから言うことを信じるか否かはお前自身で決めろ。というかぶっちゃけ俺の言い分信じてもらうの前提でないと何を話しても意味ないんだがね>>
「わかりましたよ。聞いたからどうこうする話とかじゃないんで今は素直に鵜呑みにしますからもったいぶらず答えてくださいよ」
<OKOK、じゃあまず結論だけ言うとマシロとクロエは確かに俺が呼んだ。だがそれ以外は俺ではない。なんで呼んだ?そりゃお前、お前さんの力添えの為よ。知力だけじゃこの世界生き残るの難しいだろうから腕っぷしから何まで規格外居たら心強いでしょう?しかしまぁ意外に早く出会ったもんだな。もう何年かかかるものかと思ってたわ。いやー運命運命!>>
「規格外すぎんですがそれは。あと、合流後に今更ですけど、俺の為に二人を巻き添えにするとかどうなんですかそこ」
<<んー、いやぁ二人としても渡りに船だったろうし、前と比べて純粋にエンジョイしてるからな今の彼女ら>>
「えぇー……」
だからあの二人本当なんなの。あっちで何やってたのマジで!?
そこのところもこの際訊ねてみたのだが、カミカリ様の返答は「プライバシーに関わるから第三者からお答えできません」ときたもんだ。今更良識人ぶるなやこら。
不満そうにする俺を無視してカミカリ様は話を続けた。
<<それ以外の、この間来た少年も含めて俺は一切関わっていない。俺以外に大きな力持った奴の介入、単純に欲深共の後先考えない無謀のタイミングが重なった、それらによって大規模な魔力の乱れが発生して古代遺跡にある装置みたいなのが暴発。一時的に世界が通じて引っ張られる。などと事例色々あるが、一言で纏めると偶然の重なり。と言える>>
えー、この一度火が付いたらいつ収まるか分からない世界規模の事態を偶然の重なりで片付けちゃっていいの?都合良すぎない?
俺の考えてることを見透かしたのか、カミカリ様は「まぁ言いたいことはわかる」と宥めにかかった。
<<しかしその偶然を起こした黒幕が居るとしてもだ、今のお前にはあまり関係ないことだろうから気にするな。自分の引きこもる場所を安全地帯にすることだけ考えてたらいいさ>>
「いやまぁそのつもりですけど、それにしてもどれだけ召喚されたことやら」
<<国に最低一人は居るとする。で、今も言ったが、各地の遺跡や無人の神殿など、古代文明や神気や魔力の濃い場所に突然飛ばされてきた召喚者も居るだろうけどそれら含めたら百近く居るぐらいは覚悟してたほうがいいかもな>>
「そんだけの数があちこちで騒乱の火種になるとか、考えただけで頭痛しそうなんですが」
単に呼ばれただけでなく何かしらスキル付与されてるに違いない。カミカリ様みたいに選ばせてくれる系だとすれば、召喚者の常識と良識に賭けるしかないだろう。
それでもだ、仮に人の九割以上に当てはまる常識の持ち主だとしても、呼んだ奴や保護した奴がロクでもない人物だったら結局駄目なわけで。どちらも現状弁えて大人しくしてくれる。などという甘い考えは持たない方がいいのだろうなこりゃ。
かねてからあった不穏さが補強されたようで心楽しくはないな。
とりあえず、この国に一人居る。正確には更にそこで寝てる二人居て、転生者である俺もいる。これ以上増えても面倒だから軽率にポンポン呼ばないで欲しいもんだが。
……そういえば、なんで俺だけ召喚でなく転生なんだろうか。
別に赤ん坊からスタートしてここまで来させなくても何かさせたいならそのままの方がよかったんじゃないか?リュガ・フォン・レーワンという現地人よりか巽龍牙という異世界人の方が上手くいく可能性ワンチャンあったんじゃないか?
「そこんとこどうなんですかカミカリ様?」
転生してからあまり意識しないよう努めてきた疑問をダメもとでぶつけてみた。でも転生直前のやりとりからして恐らく返答は。
<<……んー、なんとなく?>>
でしょうね畜生!!少しでも納得いく答え期待した俺が馬鹿でしたよ!!
なんとなくで濁すだろうなと察したのでそこまで腹が立たなかったが、人の人生なんだと思ってるんだ感は拭えないわ。
まぁいいさ、こうして声かけてきたということは、また何かしら区切りついたら話しかけてきて謎解きしてくれるんだろうよ。
俺の召喚でなく転生である意味、そして何をさせたいのか、この世界どうしたいのか。そういう壮大そうな事は今は深く考えないでおこう。つーかそんな途方もない事より目先の統治と改革が先だわ常識的に考えて。
<<君のそんな割り切りの良さ好きよ>>
「うるせー馬鹿!まともに答える気のない奴に好かれても嬉しくねーよ!?」
<<まぁまぁまぁ、とにかくまずはこんなとこかね?それ以上は軽々しく話しても今のお前には役に立たないだろうから。召喚者達とも会うとは限らんだろうし、頭の片隅で覚えておくぐらいでよかろうよ>>
「関わり合いになりたくないですね。もう勝手にしてくれとしか」
<<ふはははどうかなそれは?じゃ、本日はこの辺でさよならだ。お前も動き出したことだしまた二十数年後とかないから安心したまえよ。しばらくは励みたまえ>>
「ちょっ、またなんかいつぞやみたいに不安誘うような一言残して……!」
一方的にそう言ってカミカリ様はさっさと対話を終わらせて消えた。俺が止める余地もなく唐突に気配が霧散していくのを感じた。
有益なようなそうでないような情報。これが役立つ日が来るのか、それとも来ないで欲しいのか。そしてこの世界どうなっていくのか。
確かなのは、しばらくの間は道中の暇つぶしが出来たことぐらいだ。




