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ユガミ

万人受けしないってハッキリわかんだね



 まだ、寒い10月頃 細い風が家の隙間から首筋を撫でた。それでも、主婦の日常は変わらない。


 朝方、お弁当の用意をする。玉子焼きに冷凍食品、ご飯をお弁当に詰める。


 昔は冷凍食品なんてものは使わなかったが、最近は冷凍食品の方がラクだし、いちいち作る余裕もない。惰性の日々、毎日決まったルーチンワークを繰り返す。旦那は仕事、息子は自室にひきこもったまま。



 朝ごはんは夕飯の残り物。旦那は文句も言わずに黙って食べる。


「ねぇ、今日は夕飯お家で食べるの?」

答えは分かっていた。きっといつもと同じ答えだろう。


 いつも通りのテンションで、朝のニュース見ながら旦那は言う。


「分からない」


 ほら、やっぱり。ここ数ヶ月ずっとそう。昔は、あの子が小さい頃は急いで帰ってきてたというのに。


「なぁ、桜…あいつはまだ部屋から出ないのか?」


 珍しく旦那が息子の話をした。いつもは私に任せっきりなのに。


 旦那と私は大学で出会って結婚した。真面目さだけが取り柄の人だったけど、それでも安定性があり、将来は学校の先生になると言って教員資格もとっていた。


 そこが良かった私を裏切らなそうで、そんな妥協のある結婚だったが幸せだったと思う。しかし、もう息子は20歳、私たち夫婦はお互いに45歳になっていた。


「うん。でもね、お昼は一緒に食べる時もあるのよ」

 

 息子は中学生、高校生の頃イジメられていたらしい。らしいというのは、すべて事後報告だったからだ、問題というほどには問題になっていない。ただの生徒同士のいざこざに介入するほど先生も暇ではないと旦那は言っていた。



 子どもは無邪気だ。しかし、子どもの世界は残酷だ。悪気はない遊び半分で学校生活内での無視、仲間はずれ、物の喪失などイジメをあげたらきりがない。そんなことをやってる方は楽しいだろう。遊びだから悪いとも思っていない。ただ、楽しいから楽しくてイジメという実感はないが息子をイジメる。



 学校はオカシイ。普通は物を盗んだら犯罪だ。しかし学校内ではイジメとして扱われる。イジメは犯罪ではないのか?わからない。そこで働く旦那もそんなことにも気づかない社会も。



 小さなイジメだか、小さなことが何年も続いていれば心が悲鳴をあげる。心が幼い息子は心が軋み歪みイビツに形を成していく。


 きっと、爆発の予兆はあったのだろう。溜まりに溜まった息子の心の澱みが爆発した。大学受験に失敗した。きっときっかけはなんでも良かったのだろう。


 そこから息子は部屋から出なくなっていた。始めの頃は旦那も息子を部屋から出そうと熱心に取り組んでいた。


「なぁ、どうしたんだ?予備校にも行かないで、部屋にこもりっぱなしで将来はどうするんだ?

大丈夫だから部屋から出てお父さん話し合おう」


 悪手だ。そんなことを何も知らない旦那が言ってもそれは悪い方向にしか向かわない。ずっと仕事しかしてこなかった旦那には分からないだろう。教師という他人の子供には教育ができるが自分の息子には無力。息子の事を知ろうとしなかったツケが回ってきたのだろう。



 そして息子は



「うるさい!!うるさいんだよ!!好き勝手言いやがって!」


 私はその叫びは当たり前だと感じた。しかし、いつもの息子とのギャップに旦那は驚いたのだろう。その迫力に何も言えずにただ立ちつくしていた。それから、先ほどとは比べるまでもなく小さな声で


「ごめんなさい。お願いだから…今は…今はほっといて…」



 小さいその声が私の胸に響いていた。悲痛な叫びだった。贖罪、拒否…様々な感情が入り混じっていた。




 息子をイジメた奴も許せない。放置してきた擔任も許せない。社会や旦那も…そして何より…気づくことのできなかった私が許せない。殺したい…死にたい…。

しかし、気持ちと身体はちぐはぐで呆然とただ息子の部屋の壁をみつめていた。




 結局、私は何もできなかった。




 桜の家の庭には、大きな桜の木が植えてある。この家を買ったときに一緒に植えたのだ。桜は寝る前にあの木を一人で眺めていた。


「昔は、桜の花が咲く頃にピクニックをしたのにな…また、もう一度みんなで…」


 まだ、息子が幼かった頃の夢をみている。庭の桜の木の近くで、旦那と息子とピクニックをしている。そんなことはもうないというのに、あの日の思い出が頭を駆け巡る。まだこの夢に浸かりたい。



 しかし、毎朝流れる目覚まし時計のアラームが桜を現実世界に引き戻した。雁字搦めの現実に。



「あの頃は…まだ…幸せだったな」


 なんとなくは見ていた夢を思いだせるが、明確には思い出せない。ただ、幸せだった気がしたのだ。



 そして、毎日のルーチンワークをこなしていく。旦那はなにも変わらない、羨ましいくらいに…

 

「すまないが桜。ひげ剃りを今度買ってきてくれ」


「わかったわ。いつもの買ってくるね」


 そんなくだらない会話のあと、旦那も仕事に行き、自分だけの時間がやってくる。


 桜は今ただなんとかしなければいけない。そんな思いが溢れていた。

 

 しかし、今日は買い物をしなければならない。近くのスーパーまで車で行き、特売のものを買っていく。


 偶然のあまり会いたくない人に出会ってしまった。


「あら、隣の四葉さん。こんにちは。息子さん大丈夫なの?かわいそうにね」


 なにも知らない隣のヤツが私の可愛い息子のことを憐れむな…いつもいつもズケズケと触れて欲しくないところに触れてくる。


「こんにちは、大丈夫ですよ。夫婦でがんばってますから」


 嘘だ。旦那はなにもしてくれない。


 その後、たわいもない話を聞き流し家に帰った。


「あっ、ひげ剃り…まだいいかな…」


 少しうっかりしていた。いつもはこんなことはないのに。

 

 家に帰って、なんだか悔しくなって必死になって慣れないスマホで引きこもりについて調べてみる。ただ、また息子と旦那と幸せになりたい一心で。



「引きこもり支援センターってなんだろ…」



 桜は都道府県で運営されているサイトにたどりつき、必死に読み漁っていく。


「なんとか…なんとかなるのかなぁ…」


 桜は、解決するかもしれないという希望と、これで失敗したらきっと一生あの子はこのままだろうという不安が桜を渦巻いてる。


 あぁ、しかしどうしてだろう。少し少しだけ息子が家から出て行ってしまうのが疎ましく思ってしまうのは…。




 桜にとって息子は全てであり、善である。そう信じて疑わない。しかし、息子にとってそれは善であると言えるのだろうか。きっとそれは重い重い鎖のような悪ではないだろうか。








筆がのればかきます

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