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「ま、待って!」知美は、混乱する頭を何とか動かして言った。「わ、私が?!私があなたを刺したって言うの?!」
しかも、昨日の男の言い方ではそれで死んだからこそ浩二はここに居るのだ。つまり、浩二は知美が自分を殺したと言っているのだ。
「落ち着いてくれ。そういう夢を見たし、やけにリアルだった。だから、これが記憶だとしたらそうだろって思ったんだ。でも、夢の中のオレはそんなに怒ってなかった。今のオレだって、思ったほど腹が立っていないんだ。だから別に、君がオレを殺したんだとしても、今はこうして生きてるんだし怒ってなんかない。そういうことじゃなくて、そういうことだって知らせたかっただけだ。」
だが、知美はガタガタと震えていた。私が人を殺した…私が、この人を。
すると、それを見ていた佑が言った。
「おい、そんな確かでないことをこんな場所で公開するな。そもそも今は、疑ってるヤツを言えってことでお前の記憶なんか聞いてないじゃないか。それに、オレはそうじゃないと思うぞ。」
それには、涼香がすぐに頷いて同意した。知美が驚いていると、涼香は言った。
「そうよ。普通に考えても分かるじゃないの。もし本当に知美さんが浩二さんを刺してたんだとしても、それは正当だったってことよ。知美さんの傷、私と同じような有るか無いか分からないような薄いものだったんでしょう?」
知美は、無意識に涼香の首筋に目をやりながら、頷いた。
「ええ。最初は爪で引っ掻いたのかなって思ったぐらい…。」
すると、佑が頷いた。
「だったら、こんなことをするぐらいだからあのモニターの男の良識ってのがどんなものか怪しいが、それでも普通に考えたら君が被害者で、抵抗して浩二を刺したって考えられるんじゃないか?だから浩二の傷は自業自得、君は真面目に生きていたから傷を消したんだ。」
知美は、口を押さえた。自分を殺したのは、あの、浩二…?
しかし浩二は、ブンブンと首を振った。
「そんなはずはない!オレは、殺そうとしてなかったと思う!あの記憶のオレは、そんなに殺気立ってなかった!普通、人を殺そうとしていたら、もっと興奮しているはずだろう!そんな感じじゃなかったんだ!おまけにオレは、刺されたんだぞ?こんなゲームをさせるような男の良識なんかに惑わされるな!どうせこれも、オレ達を混乱させるためにやったことなんだ!」
すると、黙って聞いていた俊也が、浩二を押さえた。
「まあ待て、今はそんなことじゃないはずだ。夜の投票時間までに人狼を突き止めなきゃいけないんだぞ?お前がそんなことを引き合いに出して来て騒いでたら、議論を進めたくない人狼に見えて来るじゃないか。」
浩二は、我に返ったように皆を見回した。
皆、怪訝な顔をしながら自分を見ているのに気付いた浩二は、首を振った。
「違う、オレは人狼じゃない!ただ、オレは殺されたかもしれないけど知美さんのことを恨んでないって言いたかっただけだ!」
涼香が、呆れたように首を振った。
「もういいわ。分かったから、あなたが怪しいと思っているひとを教えてくれる?話しを聞くのはあなたで終わりじゃないのよ。」
浩二は、不満げにしたが、一度グッと黙って、そうして、口を開いた。
「…オレが疑ってるのは、佑だ。さっき誰かも言ってたように、露骨に人間アピールしてる人狼のように思うんだ。康介だってわざと佑とやり合ってる人狼仲間じゃないかって思う…どっちかが疑われた時、言い訳にするためにな。そもそも最初からそんな疑う材料とか議論の材料とかが都合よく出て来ること自体がおかしいと思わなきゃならないんじゃないか。謙太のように、自分の傷を見てショックを受けてる方がまだ自然だよ。」
涼香は、少し驚いたような顔をした。思いの外、浩二からしっかりした考えが出て来たからだ。そうして、それをメモしながら、言った。
「最初からそれだけを言っていればよかったのに。あなた、結構しっかり考えてると思ったわ。じゃあ、次、俊也さん。」
俊也は、横の浩二を複雑な顔で見てから、口を開いた。
「じゃあ、最初に言っておく。オレが、霊能者だ。」
全員が、息を飲んだ。涼香が、身を乗り出した。
「あなたが霊能者なのね。あなたは話してても白い感じだから、役職持ちだったら心強いわ。」
俊也は、意外そうな顔をした。
「信じてくれるのか?オレは、偽物が出て来るんじゃないかって思ってたんだ。占い師だって二人だったし、霊能者だって対抗が出て来たらを考えて、しっかりみんなの意見を聞いて考えて話すようにしようと思って。信じてもらわなきゃならないからね。」
俊也の持前の好青年さも手伝って、なぜかみんな納得していた。だが、涼香は言った。
「そうね、あなた以外にも居るかもしれない。じゃあ、みんなに聞くわ。自分が霊能者だって人、居る?居たら今言って。後から出て来ても、絶対信じないわ。」
皆が皆、顔を見合わせる。
誰も、口を開く者は居なかった。それはそれで、皆が納得していた。恐らく、俊也が真霊能者なのだ。この白さに、人狼陣営の誰も太刀打ちできないと思って出て来なかったのだろう。
涼香は、満足げに頷いた。
「良かった。じゃあ霊能者はあなたで確定ね。それで、あなたは誰が怪しいと思う?」
俊也は、それには困ったように隣りを見た。
「浩二が、怪しいと思ってたんだ。さっきあんなことを言い出したし、議論が出来ないじゃないかって思って。でも、話を聞いてみたら結構しっかり考えてる。人間だからそんな風に見るのかなって思ってしまった。だから、今はこいつが怪しいってヤツが居ないんだ。占い師は、郁人かなって漠然と思ってるけど。」
涼香は、苦笑した。
「そうね。それは私もそう思った。印象よりもその人の考え方をしっかり見て決めた方がいいし…もう少し、時間をかけて考えましょう。じゃあ、次は駿さん。」
駿が、顔を上げた。少し疲れたような顔だ。涼香が、それを見て首を傾げた。
「どうしたの?あなたまで傷がどうのって言うんじゃないでしょうね。」
駿は、首を振った。
「いいや。待ちくたびれた。みんなの考えを聞いてると、自分が間違ってるような気がして来て、考えを訂正して考え直してってのを繰り返してたからな。で、結論は分からない。やっぱりみんなの意見の通り康介か浩二かってことだろうな。佑がわざとらしいっていうのは分かる。でも、オレから見たら何とかして生き残ろうとしている人間ってのがしっくり来るんだよなあ。誰でも必死だからさ。」
涼香は、頷いた。
「そうかもしれないね。でも、それは分からない。だから、佑さんは吊り候補っていうより占い候補かなって思ってる。白だったらそれでいいし、今日吊るほどじゃないかなって。白く見てる人だって居るんだし。」と、ホッと息をついた。「で、12番は私だから、飛ばして、次、最後、郁人さん。」
郁人は、やっと回って来たと椅子の背から起き上がった。
「もう、ここまで長かったなあ。オレから見たら、占ったらいいだろってぐらいで。今のところ怪しまれてるのは、今駿も言ってたように康介と浩二だよね。まだ午前だし、また夕方ぐらいにもう一回話し合いするんでしょ?涼香さん。」
涼香は、それには少し考えてから、頷いた。
「ええ。夕食を摂ってから、8時が投票時間だから、7時にここに集まって最後の話し合いをしようかなって。だから、それまで各自いろいろ話し合っておいて欲しいの。今のところ、康介さんと浩二さんがみんなに怪しまれているから、このままじゃ二人が対象に上がると思うわ。だから、人間ならそれまでにいろいろ話して、みんなの気持ちを変えて欲しいのよ。まだ、今はよく分からないけど怪しいかな、ぐらいだから。私も、誰も居ないからとりあえず今は怪しい二人、って感じだからね。」
康介と浩二は、あからさまに顔を赤くして抗議したそうだったが、皆の意見に逆らって投票対象として確定してもなので、結局は黙っていた。
郁人は、隣りの知美の様子を見ると、言った。
「ねえ、今は休まない?みんな疲れてるんだよ、休んだ方がいい人も居るみたいだし。起きてからいきなりこれだもの、精神的につらいよね。」
涼香は、ハッとしたように知美を見た。知美は、さっきの殺した殺さないの後遺症で、まだ心が重くて悲壮な顔をしていた。
涼香は、気遣わし気にそれを見ながら、言った。
「そうね、じゃあこの話し合いは、一旦お終い。次は、夜の7時にここで集まってね。それまでに、夜ご飯を済ませておいてくれたら。じゃ、解散。」
みんな、重そうに立ち上がって、またそれぞれにキッチンの方向、リビングを出て恐らくは自室の方向へと思い思いに散らばって行く。
誰も、話をする者は居らず、じっと考えるようにしながら歩いて行った。
まだ椅子に座ったままの知美に、美久が寄って行って気遣わし気に顔を覗き込んでいる。涼香は、そんな知美に近寄ってそっと肩に手を置いた。そして、小さな声で言った。
「大丈夫?あの人、ちょっとおかしいよね。心配しないで、なるべく私達と一緒に居よう?まだお互いに信じられないかもしれないけど、少なくても私は共有者だから。それに、夜は自分の部屋に鍵をかけて籠ってしまえば人狼だって襲撃出来ないわよ。ね?だから安心して。」
美久も、横で何度も頷いた。
「あの人、おかしいよ。だって、刺されたとか言って、怒ってないとか。きっと、どこか精神に異常があった人なんだよ。だから、気にしないで。良かったね、男女で階が分かれてて。さ、キッチンで何か選んで、お昼のこととか考えよう?出来るだけ離れてられるように私達も考えるから。」
優子も、横で心配そうにしている。真代が、真代なりに心配そうな顔をして知美を覗き込んだ。
「そんなに悩まないで。私だって、傷があるんだ。でも、何か変なの。最初は気付かなかったんだけど、背中にあって。しかも、いっぱい。傷跡はね、一個だけはっきり残ってて、他は薄い線みたいなんだ。だから、あの男から見たら、私はどっちつかずなのかもしれないけど。」
それには、そこに居た女子みんなが驚いた顔をした。
「え、一個じゃないの?しかも、傷跡が違うの?」
真代は、こっくりと頷いた。
「ええ。きっと、滅多刺しにされたんじゃないかな。背中ばっかりいっぱいあったの。それを防いだのか、腕にも」と、長袖のTシャツの袖を上げた。「ほら、こんなに。」
真代の腕には、白いような桃色のような、本当に薄い線が何本か入っていた。それを見た瞬間、知美は気が遠くなって、目の前が真っ暗になった。