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四人が黙ったので、男は続けた。
『ああ、先に名乗っておこう。私は、ジョン・スミス。皆がジョンと呼んでいるので君達も僅かな間だがそう呼んでくれ。』
佑が、眉を寄せた。間違いなく、偽名だろうからだ。整ってはいるが東洋人の顔で、その上そんなどこにでもあるような、偽名ですと言わんばかりの名前を名乗ることから、それが分かった。
「じゃあ、ジョン。オレ達は、これからどうなるんだ?それに、村人陣営だった奴らは?」
佑が問うと、ジョンは特に何の感慨もない様子で淡々と答えた。
『まず、村人陣営の者達のことを話そう。彼らは、君達も知っているように、君達同様元、死体だ。我々はある研究機関の者だが、そこで開発された薬の投与が間に合えば、死後24時間は放置しても蘇生が可能だ。君達は、こちらで調べさせてもらって近々死亡事故や事件に巻き込まれそうな状況だと我々が判断して、観察していた者達。だからこそ、薬の投与が間に合って、君達は復活した。同じように見張っていても、投与が間に合わなかった者達も居る…彼らは、死んだ。もう骨になって墓の下だ。そして、今回も、我々の監視下で君達は死んだ。約束通り、勝利陣営の君達は、私からのギフトとして生き返らせた。しかし、そうでない者達は、我々の管理下から出し、元々連れて来た死体置き場へと返して来た。もう、蘇生可能な時間はとうに過ぎている。彼らは、死んだ。そもそも彼らには無いはずの時間だったのだ。』
四人は、思わず息を飲んだ。
分かってはいたが、実際にここで生きて話していた残りの9人が、実は死んでいた元死体で、負けたから戻して来た、という事実を聞くと、動揺せずにはいられなかった。
みんな、死んだ。
いや、死んでいた。皆生き返るために戦った、幽霊だったと思えばしっくりと来るのかもしれない。
ジョンは、続けた。
『それから、君達のこれからだが、君達にはもちろん、元の生活に戻ってもらう。もちろん、ここに残って一生涯ここで孤独に生きるというのなら、君達ぐらい養うがね。その代わり、実験対象にはなってもらうつもりで居るし、そもそも女性も居ない、電波も届かないようなこんな場所で、終生生きたいとは思わないだろう。違うかね?』
四人は、顔を見合わせた。それはそれで、働く必要もないし、好きなものを食べて居ればいいので楽そうだが、人体実験の対象にされるのはゾッとしない。それに、恋愛もないのだ。せっかく生き返って、それは無いだろう。
「もちろん、帰りたい。だが、オレ達は死体だったんだろう?どうなるんだ。オレ達はあっちへ帰って、どうしたらいい?ここでのことを、言ってもいいのか。」
佑が言うと、ジョンは、何が可笑しいのかクックと笑った。
『もちろん、覚えていることは何を言ってくれても構わないぞ?その記憶を持って帰ることが出来るのならな。』
謙太が、睨むようにモニターを見て、言った。
「…記憶操作か。」
ジョンは、頷いた。
『君達の記憶を消させてもらう。といっても、ここへ連れて来た後の記憶操作とは質が違うぞ?ゲームを面白くするため、死んだ時のことを封じた時はすぐに解けるように軽い薬で暗示をかける程度だった。だが、次はしっかりと消す。君達は、何をしたのか、ここで誰に会ったのかも忘れる。記憶など曖昧なものなのだ。何とでもなる。人を殺したことも、騙したことも、心配しなくても何も覚えていないさ。今、君達が話したことも、帰ったら綺麗さっぱり忘れているだろう。それとも、リクエストがあれば残してやってもいいけどな。この部分だけは忘れたくないとかあったら、言ってくれ。考慮できることは考慮してやろう。』
謙太は、ジョンを見上げた。
「…ここで、この四人で戦ったことを覚えていたいと言ったらどうだ?」
残りの三人が、驚いた顔をする。ジョンは、わざと困惑したような顔をして、笑った。
『ほう?つまり君達は、友人としての記憶を残したいということか?…とはいえ、ここで人殺しゲームをした事実は、申し訳ないが消え去ると思ってくれ。だが…そうだな。また記憶担当の者に文句を言われるだろうが、別の方法で友人関係として残るようにしてやろう。それでどうだ?』
脇から、姿は見えないが誰かの声がした。
『ちょっと待ってください、また勝手なことを言って!時間掛かるんですよ、シナリオ作って上手い事記憶を混ぜなきゃだから!綺麗さっぱり消すだけにしてくださいよ!』
ジョンが、モニターの中で横の誰かを見た。
『あのなあ要、君がやるわけじゃないだろうが。いいじゃないか、出来ないのならまだしも、出来るんだし。今回は結構面白かったじゃないか。確かに最後は呆気なくて不完全燃焼だが、それでもいつもより難しいゲームをあそこまでやり抜いたのだ。そんな面白いゲームを提供してくれたんだから、それぐらいやってやっても良いだろう。』
謙太は、眉を寄せた。不完全燃焼って、こっちは必死だった。あいつらが誤解していてラッキーだったが、そうでなければ誰が吊られるのかと議論での騙し合いで消耗し切ったことだろう。
確かに見ていた奴らからしたらいまいちだったのかもしれないが。
モニター外の誰かは、盛大にため息をついた。
『…分かりました。ほんとにもう、すぐに準備を始めます。余計な時間を取ってしまうから。』
四人がそれを茫然と見上げていると、ジョンはこちらを向いた。
『ああ、すまないな。部下達は面倒を嫌がるのだ。ここを早く撤退したいのだろう。私はもうこれが終われば研究所へ帰るが、彼らは後処理が終わらないと帰れないからな。では、他に要求はないな?』
駿が、慌てて言った。
「あの!」残りの三人が、駿を見る。駿はモニターを見上げて、言った。「今話してたこと、覚えてたいです!オレ、謙太さんの気持ちを何も知らなかったから。まさか里美ちゃんが嘘ついてて、佐藤のおばちゃんが謙太さんと仲良かっただけだなんて、思わなくて…。」
謙太は、駿を見た。
「駿…。」
ジョンは、顔をしかめた。
『佐藤のおばちゃん?とはなんだ?まあいい、あとで部下に今話していたことを解析させてそのように。』と、飽きて来たのか、伸びをした。『私はあまりそういう人間関係は分からんのだよ。後は部下に…ああっと、要!おい、誰かこいつらの話を聞いて処理してくれないか。』
すると、また画面外から声がした。
『もう、あき…ジョン!いい加減にしてください、面倒は全部こっちへ押し付けて!』
ジョンは、顔をしかめた。
『いいではないか。私は忙しいのだ。そもそもこのやり方を試したいと言ったのは君じゃないか、要。倫理的にどうのとか言うから。まあ、これも手間だがたまにはいいんじゃないか。やりたいと言い出したからには、最後まで面倒を見るんだな。では、私は帰る。』と、こちらを向いた。『ではな、ゲームに参加してくれたことに感謝する。君達は取り戻した人生を生きるといい。さらばだ。』
モニターの前から、ジョンが立ち上がって、引き留める間もなく消えて行った。四人が戸惑っていると、少し若い、同い年ぐらいの、これまたアジア人の男がそこへと、渋々と言った風に座った。
『…では、ジョンに代わって私が案内を。私は、要。申し訳ないが君達の要求に応えるためには少し時間を取る。もう夜中だが、明け方には準備が整う予定だ。すまないが君達には、このまま休んでもらう。寝ている間に、全ては終わるだろう。次に目覚めた時には、我々のことも全て忘れて、それを当然と上書きされた記憶を持って生きて行くだろう。では…、』
「ちょっと待て!」謙太が、叫んだ。「つまり、このまま部屋へ帰って寝たら、それで次に起きたらこのゲームの記憶もみんな消えちまってるってことだな?!」
モニターの中の要は、辛抱強く頷いた。
『そうだ。君達が言うように、関係を変えて友人としての記憶は残してやろう。だが、ここでのことは基本全て忘れる。』
佑が、横から言った。
「だったら…オレ達は、そっちの準備が終わるまで話してたい!寝ちまったらそれで終わりだろうが。」
謙太も、郁人も駿も、それには頷いた。要は、ため息をついた。
『それでもいい。準備が出来たら連絡する。ではな。』
プツン、と、それ以上の接触を断つように、モニターの画像は途切れた。
どうやら、心底面倒だと思っているようだったが、それでもこうして生き返ることが出来たのは、あのどこかの研究機関の者達のお陰だということは分かっていたので、こんなゲームをさせられて、と文句を言うことはやめた。
郁人が、ハアと大袈裟にため息をついた。
「あっちもいろいろあるんだね。でも、こうしてこの記憶で話をするのも最後だ。だったら、何か飲み食いしながら夜通し話そう?生き返ったら、もう面倒な真代は居ないし、佑だって美久が居ない。自由だぞ?ちょっと死んだのに帰って来たってのが回りにどんな目で見られるのかは心配だけどさ。」
佑が、嬉しげに笑った。
「ああ、そうだったな!楽になれるんだから、それを思って、今はとにかく、お別れまで話しまくるか!」
そうして、四人は冷蔵庫から出せるものは全て出して来て居間のテーブルに並べ、缶ビールをガンガンと空けて行きながら、そのまま日が昇って来るまで、話し尽したのだった。




