52
真代が吊られ、当然のことながらゲームは終わらなかった。
村人は、それぞれに意見を持っているようだったが、謙太は誰よりも白い位置に居なければならなかった。最終日に近ければ近いほど、そうだった。
浩二は、完全にやる気がない様で、それが謙太をイライラとさせた。死にたいなら、さっさと死んでくれ。どうせ、お前の惚れた女は生き返っては来られねぇ。オレ達が勝つんだからな。
しかし、浩二に憤る謙太の様子は、他の村人達にかなり白く映ったようだった。康介も拓也も、部屋へと帰る前に謙太を気遣っていたし、拓也に至っては、謙太を守る、などと意味深なことを言って部屋へと入った。
それがどれほどに愚かなことなのか、謙太は知っていた。
そう、恐らくは拓也が、狩人だ。
その上、郁人の白でもある。郁人を白く見せるためにも、拓也は今日襲撃するべきか、それとももう、郁人の真は切って無気力な浩二を殺してしまうべきかと迷っていた謙太にとって、それは天からの啓示のようなものだった。
今日は、拓也を殺す。
謙太は、そう決めていた。
今夜は、独りでやらなければならない。
謙太はそう覚悟していたが、やはり緊張した。これが最後の襲撃になればいいがこれが終わった後、明日の吊りを逃れられたとしても、恐らくその夜の襲撃もしなければならないのだろう。
ここで、ためらっている暇はないのだ。
謙太は、部屋に備え付けてあったジャージを着て、そのズボンのポケットにナイフを忍ばせた。
そうして、真っ暗な中で202の、拓也の部屋の扉を叩いた。
「…だ、誰だっ?」
拓也の声だ。怯えて、かなり扉の向こうから聞こえて来る声だった。謙太は、声を潜めながら、言った。
「オレだ、謙太だ。拓也、ちょっと避難させてくれないか。」
拓也は、急いで扉の前へ来たのだろう、勢い良く扉をすぐに開いて、謙太を見た。
「謙太っ?どうしたんだ、避難って?」
謙太は、頷いた。
「なんだか変な気配がしてよ…すぐに扉の前から居なくなったが、さっきまで確かにオレの部屋の前をウロウロしていやがった。」と、脅えたように背後を見回して、また拓也を見た。「今は居ねぇみたいだ。人狼は、オレを狙ってやがるのかもしれねぇ。」
拓也は、急いで道を開けた。
「早く入れ!」と、謙太が入って来るのを見てから、扉をすぐに閉めた。「誰だ?残ってるのは浩二と康介、俊也だもんな。」
謙太は、ポケットに手を入れてまま、首を振った。
「分からねぇ。俊也かも、とも思ったが…康介って事もあり得るし、思わずお前の所へ来ちまった。」
拓也は、肩の力を抜いて、笑った。
「ああ、大丈夫だって。オレ、今日は謙太を守ったんだ。もしかして、だから襲撃出来なくて謙太の部屋の前でウロウロしてたんじゃないのかな。」
謙太は、じっと拓也を見た。
「部屋に入る前の言い方を聞いて、もしかしてって思っていたが、やっぱりお前が狩人だったんだな。」
拓也は、頷いた。
「ああ。良かったな、明日はきっと誰も死なずに迎えられる。」
謙太は、拓也に腕を回して抱き寄せ、背中をポンポンと叩いた。
「ありがとな。これで、オレにもチャンスが広がったよ。」と、ポケットから手を出した。「お前の分まで、帰って生きるからな。」
拓也は、何かを返そうとして、表情を凍り付かせた。
離れると、胸にはぐっさりとナイフが突き刺さっている。
拓也の目は絶望的な色を宿したが、次の瞬間には、その場にバッタリと倒れた。
目の光は、一瞬にして消えた。
謙太は、返り血を浴びた服のまま部屋へと帰り、そうして、それを着替えてまた、トイレの天井へと放り投げて隠すと、さっさとベッドへと寝転がった。
明日だ。明日さえ、生き残れば…!
謙太は、明日のためにも、ここで倒れるわけには行かなかった。
なので、自分が何をしたのかも、しているのかも考えず、ただそのまま眠りについた。
次の日の朝、金時計が六時を指した瞬間、謙太は204の部屋の扉を物凄い勢いで開いて出て来た。
バアンと大きな音を立てて開いた扉に、同じように時間を待って出て来た俊也と康介が、ギョッとしたような顔で謙太を見る。謙太は、演技でも何でも無く、鬼気迫る顔で言った。
「誰が死んだ?!それとも生きてるのか?!」
仁王立ちで言う謙太に、さすがの康介もしどろもどろになって言った。
「い、いや、まだ分からん。その、オレ達も今、出て来たばっかりだし。」
謙太は、それを聞いてずんずんと歩いて康介の隣りを抜けると、202号の扉をどんどんと叩いた。昨日確かに殺した…だから、皆こうしてまた一日生きていられるんだぞ。感謝しろ。
そんな思いだった。
「拓也!拓也、出て来い!」
答えを待つ事もなく、ガチャガチャとドアノブを回すと、スッと扉は開いた。
「おい!」
謙太は、中へと足を踏み入れて、そして、すぐに止まった。
何しろ、そこに昨夜のままの状態で、拓也が転がっているのを確認したからだった。拓也は、やはり確実に死んでいた。
康介が、困ったようにその後に続けた。
「まだ寝てるのか?」
そして、絶句した。
扉を開いたその真ん前に、拓也が血を流して倒れていたのだ。
「う、うわ…!」
俊也が、後ろから覗いて叫ぶ。謙太は、グッと眉を寄せると、くるりと回れ右して駆け出した。
次は浩二だ…あいつは生きているはず。まだ出て来ないのなら、どうにでも言いくるめて、今夜オレの代わりに吊ってやる。
「浩二は!」
謙太は、205号の前へと到着した。そして、扉を叩く事もなく、浩二の部屋のドアノブを回した。
しかし、ガチンと音がする。
鍵が、掛かっている。
「おい!浩二、寝てる場合じゃねぇ!出て来い!」
しかし、応答がない。
これほど外で騒いでいるし、それに今日は誰が襲撃されているのか、さすがの浩二も気になるはずなのだ。それなのに、出て来る様子がない。
「…鍵が掛かってるってことは、他に誰も入ってないってことだろう?熟睡してるとかじゃないのか。」
しかし謙太は、更に扉を叩いた。何しろ早く、あいつを黒塗りしてしまいたい。それが出来ないのなら、他の誰かを吊る算段をつけなければならない。
「浩二!!起きろ!出て来い、お前を吊るぞ!浩二!」
俊也が、呟くように背後で言った。
「…もしかして、人狼だから出て来るのが嫌で籠ってるとか…?」
謙太は、二人を振り返った。
「ここを見張ってろ。下から鍵壊すような物無いか探して持ってくらあ。人狼だからって夜まで籠らせるかよ。」
謙太は、一階へと矢のような速さで降りて行った。
謙太は、すぐに人狼専用の物置部屋へと飛び込んだ。
他の二人には見張っているように言った。謙太の様子に怯えているような感じだったので、絶対に追って来ることは無い思っていた。
そうして、中にあった工具箱を取り出すと、中からバールを取り出した。そして、使用人部屋から取って来たのだと思わせるために工具箱は使用人部屋へと放り込み、また急いで二階へと駆けあがった。
そして、やはり戸惑いながらもまだ浩二の部屋の前で立っている二人に、言った。
「使用人居間のロッカーの中に工具箱があった!これを使おう。」
謙太が持つと、もうバールは凶器だった。俊也と康介が思わず道を空けると、謙太はバールを扉の隙間に突き刺して、そうして、グイグイと力を入れる。
ミシミシがギシギシになり、あっという間にバッキリという派手な音を立てて、扉の鍵の部分が、板ごと割れて散った。
「開いたぞ!」
もはやぶら下がっているだけの状態になったフラフラの扉を、ガバッと開いた謙太は、中へと飛び込んだ。
「浩二!隠れても無駄…、」
謙太は、また足を止めた。今度は、意外なことに状況を整理するのに時間がかかったのだ。康介と俊也は、目を見開いて顔を見合わせると、まさか、と慌てて浩二の部屋へと飛び込んだ。
「どうした、まさか浩二が?!」
浩二は、ベッドできちんと横になっていた。
安らかに目を閉じていて、行儀よく眠っているように見える。
だが、その浩二の手は両手ともにしっかりと果物ナイフを握っていて、左の首にナイフはしっかりと刺さっていた。
血が大量に溢れたのか、ベッド脇と壁には大量の血液が飛び散っていて、それでも浩二の顔は、あくまでも安らかだった。
「…まさか、自殺…!?」
…ここまでは考えて居なかった。
謙太は、そう思いながらこれからどうしたものか頭の中でそれはめまぐるしく考えていた。後ろで何やら俊也が言っている。
「こ、これ…!浩二が!」
康介が、寄って行ってそれを見た。謙太がむっつりと寄って行くと、その紙を渡した。
「こいつは、いったい何だったんだ。郁人が真なら人狼だ。だが、真代さんが真なら人間だ。こいつは、知美さんを勝たせたいんだろう。違う陣営だったって考えたら、人間だったから死んだのか?それとも人狼だったから村の知美さんのために死んだ?」
そんなの、こいつは人狼じゃなかったのに知美が人狼だと思っちまったからに決まってるだろうが。
謙太は思ったが、膨れっ面のまま、言った。
「…分からねぇ。だが、ゲームは終わってねぇ。こいつが死んだから続いたのか、それとも関係なく昨日から一人だったのか、全く分からねぇよ。普通のゲームなら自殺なんて出来ねぇもんな。だが…三人になっても、まだ続いてる。この中に、人狼が居るってことだ。」
謙太と、康介と俊也との三人は、じっとお互いを睨み合った。




