51
次の日の朝、謙太は作らなくても憔悴し切った顔は簡単に出来た。康介、拓也、浩二、俊也の五人は、疲れ切った様子で部屋から出て来た。
今日はみんな、恐る恐るという感じで出て来ている。
「…おい、郁人は?」
謙太は、皆を見回してから言った。拓也が、あまり寝ていないのだろう、赤い目をこすりながら、首を振った。
「いや、出て来てないな。あいつは気になるだろうし、6時ぴったりに出て来てどこかにある死体を探しにでも行ったんじゃないか。」
謙太は、投げやりな感じにそういう拓也に腹が立った。自分さえ生きてたらいいのか。なので拓也を睨んでから、郁人の208の部屋の扉を叩いた。
「郁人?おい、居るか?」
返事がない。当然だったが、謙太は演じた。ドアノブを引いて開くことに少し驚いた顔をして、開いた扉の中へと呼びかけた。
「おい?」
しかし、中には誰も居ない。ベッドも、きちんと整えられてあった。もちろん、昨日はここへ帰って居ない上、郁人は自分がもう戻らないのを知っていたので、綺麗に片付けておいたのだろう。
「…やっぱり、先に起きてったんだな。綺麗なもんだ。」
もしかして、そこに郁人が死んで転がっているんじゃないかとでも思っていたのか、拓也はホッと肩の力を抜いた。
「そうか。だったら、下へ行ってみよう。女子達だってもしかしたらもう降りてるかもしれない。」
謙太は頷いて、疲れ切っている康介と浩二、俊也にも頷きかけた。
「行こう。佑が本物か偽か、それで分かるってもんだ。」
俊也は、何も言わない。
俊也は真霊能者なのだ。恐らくは佑の黒を見ているので、死体が二つのはずはない、と思っているのではないか。
謙太はそう思ったが、黙ってそのまま、皆と共に下へと降りて行った。
その、広い居間の両開きの扉を開こうとした時、その扉が開いて、真代が飛び出して来た。
「な…!なんだ?!」
康介が、ビックリして飛び退る。謙太は、一番前に居たので、そんなつもりはなかったが真代を受け止めた。
「おおっと、なんでぇ?!何してやがる?!」
お前なんかすっころんでたって助けてやらねぇ気持ちなのに、ぶつかって来やがって。
謙太がそう思っているとも思わず、真代は、青い顔をして、震えながら謙太を見上げた。
「と、知美さんが…部屋に居なかったから、探しに来たの…。そしたら…。」
謙太は、眉を寄せた。
「どこでぇ?!」
真代は、震える指で、キッチンの扉を指した。謙太は、それを見て真代をぐいと避けると、物凄い勢いでキッチンへと走った。
そこに、何があるのかは知っている。だが、真代が何か工作したりしていたら、佑と郁人が命を懸けてまで作った形が、全て壊れてしまう。
まさか謙太がそんなことを懸念しているなどとは知らずに、それにつられて、他の男性達も謙太の後を追った。真代は、青い顔をしたまま、その場で立ち尽している。
キッチンの扉を開くと、そこは、真っ赤だった。
というか、どす黒いような、濁った赤だ。恐らく、一晩中空気に触れてある程度変質してこうなったのだろう。
「うえ…」
後ろで、拓也が口を押さえる。謙太は、その広がる生臭さに、美久が死んだ時のことを思い出していた。
…昨日より、臭いがひでぇ…。
謙太は、その辺にあったタオルで口元を覆いながら、側へと寄って、しゃがんで見た。懸念していた、真代の工作など何もなく、昨日やったそのままの形で、知美が包丁を持っている上に、血だらけの状況だった。
「…知美さんがナイフを持ってるな。郁人を殺しに来たのか…?どういうことだ?」
ビニール袋に吐いていた拓也が、こちらを向いた。
「なんで知美さんが郁人を殺すんだよ。猫又なんだろう?それに、人狼だったとしても死んでるじゃないか。意味が分からない。」
謙太は、振り返ってガクガクと震えている俊也と、康介、浩二を見た。
「これ…知美さんが郁人を殺しに来て、自分は佑の猫又の能力で死んだってことか?」
浩二は、悲し気な顔をした。
「…知美さん、人狼だったならオレに言ってくれたら良かったのに。なんだって、すぐにバレるような猫又COしたんだ。」
馬鹿かお前は。この女に惚れてるんならしっかり見とけ。間違いなくこいつは猫又だったっての。
謙太は、そう思って浩二を睨んだ。そして、村人らしく憤って首を振って見せた。
「そんなこと言ってんじゃねぇ!村人なら勝つことを考えろ。お前、それとも人狼なのか?」
浩二は、力が抜けたような顔をして、謙太を見上げた。
「もうなんでもいい。オレは別にどっちでも。」
康介が、横から浩二の背を叩いた。
「しっかりしろ!まだどっちだったか分からないだろうが!もし真猫又だったら、お前が勝たなきゃこのまま永久に死んだままだぞ!」
「そうよ。」後ろから、いつの間にか来ていた、真代が言った。「知美さんは真猫又よ!だって…佑さんが黒で、知美さんが白だったんだもの!きっと、知美さんは襲撃されて、郁人さんがその能力で死んだのよ!郁人さんは黒!そうに決まってるわ!」
その通りだが、お前は絶対に叩き潰す。
謙太はそう思って真代を睨むように見ていた。すると、俊也が泣きそうな顔をして、言った。
「また真代さん側だとか言われるかもしれないけど、昨日結果、佑は黒だった。だから、オレも真代さんが言ってる通りだと思う…。」
真代が、身を乗り出した。
「ほら!佑さんが黒だった!猫又じゃないんだわ!」
謙太は、顔をしかめて康介と視線を合わせた。ここは、自分の考えを披露してこいつらを味方に引き入れなければならねぇ。
「…だったら、人狼からは猫又が見えてたはずだろう。なのに、なんでわざわざ知美さんを襲撃したんだ?お前らが言う通りなら、佑で一狼吊れてるわけだから、昨夜の時点で後二狼だったわけだろう。なのに、人狼の郁人は猫又だと分かってる知美さんを襲撃したってのか?おかしかねぇか。人狼が勝てねぇじゃねぇか。」
思惑通り、康介は、頷いた。
「だな。どう考えてもおかしい。だが、今残ってるのが六人、だがゲームが終わってないところを見ると、どこかで一狼は絶対吊れてることになる。申し訳ないが、今の段階で俊也ももう信じられないな。やっぱり駿を吊った後、こいつも吊っときゃよかったんだよ。後で悩まずに済んだのに。どちらにしろ、まだ生きてるのが不自然なんだから、真代さんと俊也、どっちか吊るべきだな。郁人の死因が分からない。」
浩二が、茫然と知美の遺体を見つめている。
謙太は、それを見て、もう一度知美に目をやった。そして、険しい顔をした。
「…真代さんがそうこじつけたいのは分かる。だが、見てみろ。郁人は血を浴びてない。知美さんは正面から血を浴びてる。おまけにナイフを握ってる。どう考えても、知美さんが襲撃して返り血を浴びて、郁人が倒れて、知美さんは襲撃が終わった後、佑の猫又の能力で死んだと見るのが自然だろう。他の誰かだったら大変だったが、人狼で良かったとオレは思う。」
真代は、謙太を、まるで狂っているかのような目で見上げて、叫んだ。
「違う!さてはあなたが人狼なのね!俊也さんは占って白だって知ったわ。だから違う。私から見たら、あなたか拓也さん、康介さんが怪しい!浩二さんは郁人さんの黒だから、白なの!」
謙太は、その様子を心の中でせせら笑った。足掻けば足掻くほど、あんたは怪しくなるんだっての。今までの占い先も、その言動の奇妙さもな。
なのでその真代の目を、蔑むように見た。
「ああそうかい。あんたが真占い師だなんてオレは信じてねぇからな。郁人が死んだんでぇ。猫又だって言ってた自称白の知美さんに刺されてな。オレから見たら、知美さんと示し合わせて郁人を殺して、今日人狼を過半数にするつもりだったんじゃねぇかと思えて来るんでぇ。そうしたら、佑が真猫又だって知れてもいいじゃねぇか。だって、そこで人狼が過半数で終わるんだもんよ。だが、計算が狂ったな。お前達は賭けに負けた。人狼が死んだから。それでも、オレも今、絶望を感じてるんだ…もし本当にオレが思ってる通りで、俊也が狂信者だったら、潜伏してる人狼がいるならそれと、真代さん合わせて人狼陣営が三人。半PP、つまり半パワープレイだ。投票の時票を合わせて来て、村人を殺すつもりじゃねぇかって。オレはその手には乗らねぇぞ。ま、潜伏人狼が居たらってことだがな。」
俊也が、ブンブンと首を振った。
「オレは真だよ!本当に真霊能者なんだ!票を合わせたりなんかしない、きちんと自分で考えるよ!」
謙太は、チラと俊也を見た。
「…ほんとだな?じゃあお前、オレに票を預けられるか。まあ、そんなことしなくても、真代さんとお前の二択にしたら、どっちにしろ人狼陣営だ。お前が狂信者だったら吊られることになるんだろうな。気の毒なこった。」
鬱陶しい真霊能者め。だが、そこまで無能でありがとうよ。
謙太はそう思いながら俊也を見た。
俊也は、顔を赤くした。どうあっても、自分の白を信じさせるのが難しいと感じているらしい。
「…なんだって人狼はこんなことをしたんだよ!」俊也が、叫んだ。「オレは真なのに!オレを代わりに吊らせるためか?!真代さんは何なんだよ…結果は同じだけど、仲間を切った人狼か?!ほんとに分からないんだよ!」
康介が、ふんと小さく鼻を鳴らした。
「…焦ってる狂信者か人狼に見えるよな。土壇場でヤバイから仲間を切ろうとしてるみたいだ。でも、もう遅い。自分の真を取りたかったら、こうなってるのを見た時に予め用意してた黒結果でなく、白だって言って切ってたほうが良かったんだよ。もう、何も信じられない。役職者は、みんな死んじまったんだ。」
拓也が悲壮な顔をしている。浩二は相変わらず心ここに有らずだ。
謙太が、憮然としたまま、呟くように言った。
「…シーツを持って来よう。その上に乗せて運ぶんだ。ここに転がしとく訳にゃいかねぇ。」
二人を部屋へと移動させながら、謙太はこれ以上無いほど考えていた。どうやったら、こいつらを全部殺し切ることが出来るんだ。どうやったら、自分を信じて死んで逝った佑と郁人を取り戻すことが出来るんだよ!
その日の投票も、5時だった。
それでも直前まで、誰も集まる事はなく、4時を過ぎてやっとパラパラとテーブルに着き始めた。
真代は、誰よりも早く来て待っていた。最初から叩き潰すつもりだったが、ここは言いたいように言わせて、その奇妙な言動をいかんなく発揮させてやるか…そうして、こいつを今日、消してやる。
真代は、皆が揃うや否や、堰を切ったように話し始めた。
「あと、人狼は一人なのよ!だから、私が占って知った白の俊也さんと郁人さんの黒の浩二さん以外、拓也さん、謙太さん、康介さんの中から吊る事を提案します!明日は吊られなかった人から占うわ!それで残りの人狼も吊れて、村は勝つの!」
皆が皆、黙ったままだった。しらけた雰囲気から、誰も真代の言うことを信じていないことがわかる。
誰も何も言わないので、仕方なく謙太が、重々しく口を開いた。
「…だから役職者がなんで生きてるのか聞きたいね。俊也はともかく、占い師のあんたがなんだってのうのうと生きてやがるんだ。そんな単純なことなのか。それで村が勝つなんて言われても、オレ達にゃ信じられねぇんだよ。なんで郁人が殺されてあんたが生きてる。そもそも占い先だって最初からおかしかった。知美さんを占う日じゃなかったのに占って、仲間だから囲ったんじゃねぇかって今になって思うじゃねぇか。あんたは真占い師の動きをしてねぇんだよ。」
真代は、テーブルの下で椅子に座ったまま地団駄踏んで首を振った。
「だから!あの子が白だって皆に知らせたかったから!そうしたら、吊られないでしょう?村人の友達を守りたいと思って何が悪いの!」
その姿からは郁人から聞いていた、自分を笑いながら切り付けて、郁人をも殺したストーカー女のそれが垣間見えた。
拓也が、突っ込んだ。
「だからオレ達には人狼を殺されたくない人狼に見えるんだってば。そう聴こえるんだ。真代さん、自分が白い要素を言ってみてくれないか?」
真代は、うんざりしたように頭を抱えた。
「そんなの、占い師だからに決まってるじゃない!どうして分かってくれないの、後少しで勝てるのに!みんな黒に見えて来た…。」
謙太、康介、拓也の三人は顔を見合せた。浩二は相変わらずぼうっと座っている。俊也は、びくびくと議論の進むのを見ているだけだ。恐らく自分が吊られる流れになるのを防ぎたいので、なるべく目立たないようにしているつもりなのだろう。
浩二は駄目だが、もしかしたら他の村人の意見を自分と同じに持って来て、真代が吊れる可能性が出て来た。
謙太が、真代を見た。
「あんたは疑われてるんだ。もっと真剣に考えて納得させてくれなきゃ今日はあんたに票を入れる。浩二を占ってないのに外す理由はなんだ?あんた目線、占ってねぇんだから黒かもしれないだろう。郁人が人狼なら黒囲いしたのかもしれねぇぞ?そういう考え方はしねぇのか。」
真代は、それこそ鬱陶しそうに、チラと浩二を見ると、言った。
「ああ、黒囲い?だったら私なんか吊ってる場合じゃないじゃないの。浩二さんを吊ればいいでしょ?あなた達がそう思うなら。私は占い師よ。吊るなんておかしいわ!」
浩二は、そんな風に言われているのに反応もしない。
謙太は、高笑いしたい気分だった。そこは考えが抜けていましたごめんなさい、だろうが。馬鹿が。
康介が、渋い顔をした。
「…こりゃダメだ。自分以外なら村人かも知れなくてもいいのかよ。そんな乱暴な話はないじゃないか…真占い師が言うことじゃない。」
拓也は、肩を落とした。
「残念だ。もしかしてもう村勝ち直前なら、どんなに気が楽か。思わず真代さん真置きして楽になりたいとか思っちまうところだった。」
謙太が、真代を睨みながら言った。
「あんたが皆を殺す手助けして村を騙してたのか。どう考えても、殺された占い師の対抗は黒いんだよ。浩二だってオレ達から見たら黒い。だが、それは明日からの話だ。今日はハッキリ分かってるところからだ。」
パッと、モニターが点灯した。
『投票10分前です。』
皆が、無言で腕輪へと視線を落とした。真代が、それを見て立ち上がって叫んだ。
「違うの!私は人狼じゃないわ!郁人さんが人狼で知美さんを襲撃したから死んだの!私を殺してもダメよ!」
皆、何も言わない。俊也でさえ、ぶるぶると震えながらも、口を開いた真一文字に引き結んで腕輪を見つめていた。
「…浩二、入力するんだぞ。これ。ちゃんと考えて入れろよ。」
浩二は、仕方なく重い腕を上げて、テーブルへと乗せた。
「ちょっと待って!浩二さん、あなたには分かるわよね?私は占い師よ!あなた郁人さんに黒打たれたじゃないの!俊也さん、あなたが真霊能者だって私は知ってるわ!私は占い師なの!」
だが、誰も答えない。
そうして、投票は始まった。
謙太の思惑通り、やはり真代は謙太から見て、滑稽な様で無様に足掻いて、死んで逝ったのだった。




