49
その日、話し合いはもう、出来ていた。
誰を襲撃するのかは土壇場まで決めては居なかったが、状況からどう考えても、襲撃出来るのは涼香辺りだった。
本当はうるさい真代を殺したかったが、それをすると郁人のことも失うことになる。芋づる式に佑も吊られ、早々に謙太独りという最悪の展開になってしまう未来が見えた。
なので、今夜は最初から涼香と決めていた。
幸い、真代と知美は涼香を避けている。駿を運び終えて下へと降りて来ると、涼香は、独りで茫然とまだ、そこに座っていた。
謙太が、それにたまたま気付いたふりをして、大袈裟にため息をつくと、涼香の方を向いた。
「…涼香さん。飯でも食った方がいい。これから、まだ続くんだ。さあ、キッチンで食べ物を取るんだ。部屋へ帰ろう。」
涼香は、ガックリと肩を落として、息をついた。
「もういいのよ。放って置いて。あなただって、私が悪いって思ってるんでしょう。」
謙太は、涼香に近付いて首を振った。
「さっきは悪かった。オレも焦ってるんでぇ。早く人狼を吊って楽になりてぇし、間違ってる場合じゃねぇってな。」と、ポンと肩に手を置いた。「とにかく、オレが何か取って来よう。部屋へ帰って、鍵をかけてゆっくり食べな。今夜は何も考えずに、休むんだ。」
涼香は、それを力の無い様子で聞いていたが、フッと笑うと、首を振った。
「…私も行く。」謙太が、片眉を上げると、涼香は続けた。「キッチンよ。私これで、好き嫌いが激しいの。自分で選ぶわ。」
謙太は、呆れたように笑うと、キッチンの扉を開いて、先に涼香を通した。
「仕方ねぇお嬢様だな、あんたは。へえへえ、じゃあオレが護衛して部屋まで連れてってやるよ。早く選びな。」
キッチンの扉が、閉まる。
すると、サッと入って来た郁人が、居間にある金時計の針をスーッと指で回して、一時間進めた。そして、さっさとまた、居間から出て行った。
もちろん、そんなことはキッチンの中に居る涼香と謙太には見えていない。
謙太は、トレイを手に冷蔵庫からお気に入りのおにぎりや惣菜を引っ張り出している涼香の後ろで、少し気遣わしに、腕輪の時計を見て、言った。
「…ちょっと、早くしねぇと。消灯しちまったら大変じゃねぇか。いくらオレでも、暗闇からいきなり出て来られたら面倒だって言ったろうが。」
涼香は、振り返って頬を膨らませた。
「何よ、そんなに差し迫ってはないでしょ?もうちょっと待って、こっちのも…、」
謙太は、涼香が体勢を変える瞬間を見て、スッと自分も足を出した。
「お、じゃあオレも味噌汁でも作ろうか…、」
「きゃ!!」
「え?うわ!」
涼香が、グラリと謙太の方へ倒れた。謙太は、わざとその腕をつかむと、涼香を支えた。
「おいおい、なんだよ、急に動くなよ!」
涼香は、謙太にガッツリと支えられた状態で、あまりに近いので、顔を赤らめて言った。
「ちょ…!あなたが急にあっちへ行こうとするから!」
謙太は、そのままの体勢で心配そうに涼香を見た。
「大丈夫か?すまないな、だってお前が動くと思わなかったからよー。」
涼香は、真っ赤のまま謙太の顔をまともに見れなくて、目をつぶったまま、言った。
「とにかく、手を離して!」
謙太は、ようやくその手を離した。
「すまないな。」と、自分の腕輪を見た。「げ!もう駄目だ、こんな時間だぞ!消灯時間が来る、それ持って上行くぞ!送ってってやるから!早く!」
涼香は、怪訝な顔をした。
「え?まだ時間あるんじゃないの?」と、腕輪を見て、目を丸くした。「え、もうこんな時間?!10分前じゃないの!」
謙太は、涼香のトレーを持った。
「行くぞ!オレだって消灯の前に部屋に帰りたいんでぇ!早くしな!」
涼香は、吊られて走り出した。
「そんな…私、そんなにぼうっとしていた?」と、キッチンから居間へと出て来て、金時計を見て、また目を丸くした。「まあ!ほんとだわ、こんな時間だなんて!」
謙太は、自分の時計も見せて、頷いた。
「そう、こんな時間だ!行くぞ、部屋まで送る!」
そうして、二人は必死に三階まで駆け上がった。
途中、誰に出くわすこともなく、皆が部屋へと入っているのがわかった。涼香の部屋の前まで来ると、謙太は涼香をその部屋へと押し込んで、手にトレーを押し付けた。
「じゃあな。しっかり鍵をかけて、絶対出て来ちゃならねぇぞ。友達だって人狼かもしれねぇ。信じるんじゃねぇぞ。今夜…狩人があんたを守ってくれたらいいんだが。」
涼香は、意外な、という顔をした。
「え?でも…そうね、共有だもの。」
謙太は、何度も頷いた。
「用心しろ。朝になったら、また下で会おう。じゃあな。」
涼香は、思ってもみない謙太のやさしい言葉に、少し頬を緩めた。
「ええ…ありがとう。」
謙太は、踵を返した。
「別に。礼なんていらねぇ。」
そうして、謙太は階下へと全速力で降りて行った。
それを見送ってから、涼香は扉を閉めて、鍵をかけた。
念のため確かめた部屋の金時計は、しっかり自分の腕輪と同じ時間で、そんなにも長い間、自分が居間で茫然と座っていた事実に、我ながら呆れたのだった。
207号室の駿が居なくなったので、208号室の郁人の部屋が誰にも気取られない位置だろうという話になり、集まった。
真っ暗な廊下にも、人狼としてウロウロとしている間に、もうかなり慣れて来た。
床全面に敷き詰められたふかふかの絨毯のお陰で、足音も余程ガンガン歩かない限り、立つことはまずない。なので、人狼にとって闇と絨毯は大変に有難いものだった。
郁人の部屋へと入ると、小さめの声で、佑は言った。
「よお。みんな揃ったな。」
郁人が、佑を見た。
「確かに想定してたことだけど、何を落ち着いてるんだよ!オレ達が居なくなっても、せめて駿はしばらく残ると思ってたのに、吊られてしまったんだぞ。猫又だなんて言って、確かにこの先死ななくてもおかしくない役職だけど、真猫又が…。」
謙太が、腕を組んだまま言った。
「駿が吊られてこれだけ落ち着いてられるんだから、佑にゃ考えがあるんだろう。それに、真猫又は知美さんだって言っただろう。今日も見てたが、間違いない。あの子は臆病みてぇだな。真代さんと完全に同陣営に見られるのが怖いんだ。だからCOしなかったんだろうと考えたら合点が行く。だが、馬鹿だよな。投票先があれだし、明日以降、出て来たって疑われるってのによ。」
佑が、腕組みをして謙太を見た。
「で?時計はどうだ?」
謙太は、頷いた。
「ああ。話してた通り、転ばせて支えた時に腕を掴んで、さっさと片手で時間変えた。郁人が手はず通りに居間の時計も変えといてくれたし、オレの腕輪の時計は最初から変えてあった。後は部屋の時計だが…」
「キッチンでドタバタやってる間に、忍び込んで進めておいた。後は、明日の朝だな。誰も出て来ないように、声を出されちゃまずいよなあ。」
郁人が、気だるげに言う。佑が、頷いた。
「謙太ばかりに頼って悪いが、出て来たら迎えに来たとか何とか言って、静かにさせてくれないか。電気が着いてないから、下の配電盤を見に行くとか言って連れて来てくれ。オレが押さえつける。郁人、お前注射出来るか。」
郁人は、それを聞いて険しい顔をしたが、少し考えて、諦めたように肩の力を抜いた。
「…分かった。昨日の襲撃はお前が頑張ってくれたしね。オレがやる。首の血管に刺せばいいんだよね?」
佑は、頷いた。
「そう。多分逃れようと力を入れるから、そうしたら首の血管が出て来ると思うんだよね。そこに刺せ。ただ、貫通したら血管の中に薬が入らないから、血管の中に針の先が入るようにだけ考えてくれよ。」
謙太は、腕を組んだまま佑を見た。
「声を上げないように口を塞ぐのはオレがやろう。それで、明日からはどうするんでぇ。猫又が二人出ていてどっちかに人狼となると、絶対先にお前が吊られることになるぞ。オレ達は一晩に二人は襲撃出来ねぇ。猫又の呪い死にが偽装できねぇんだ。お前の偽が確定したら、郁人も危ねぇ。無駄死にさせるわけにはいかねぇ。このままじゃ真占い師の一人勝ちだぞ。」
郁人も、何度も頷いた。
「猫又CO早かったんじゃないのかって思うんだよ。佑が偽だと分かったら、白を打ってるオレも必然的に黒になってしまうんだから。猫又は一番真置きされるのが難しい役職なのに。今日は駿が吊られてくれたから、今夜考えなくても良くなったけど、もし佑が吊られてたら、オレ達明日のために、何か手を考えなきゃならなかったんだからね。オレだって死ぬのは怖くないし、勝つためなら吊られるつもりだけど、無駄死にはしたくない。」
責めるような声音だ。
しかし、佑は動じることなく頷いた。
「すまないな。だが、勝ちを取りに行くなら、オレが真猫又になる必要があるんだ。そのためには、オレが死ぬしかない。」
謙太も郁人も、目を見開いた。
「え…ちょっと待て、お前吊られるつもりか?」
謙太が言う。郁人も、首を振って言った。
「駄目だよ!今も謙太が言ったじゃないか、二人は襲撃出来ないんだからね!」
佑は、じっと郁人の目を見て言った。
「郁人、何度も言ってるが、オレ達は一度死んでるんだ。このゲームを運営している奴らは、それをどうやってか生き返らせる術を持ってやがる。それに、運営の奴らが追放とか言ってる殺し方は、一瞬だ。苦しいとかそういうことは全くないだろう。だからオレは、吊られることは全く怖がってはいない。勝ちさえすれば、恐らくまた、生き返らせてくれるだろう。」
謙太が、険しい顔のまま言った。
「勝ったらな。だが、どうやって勝つんだ。お前が自分から吊られると言って吊られたとして、その時は皆に真だろうと思わせることは出来るだろうが、次の日に否応なしに結果が出ちまう。そうしたら、郁人も吊られてオレ一人だ。いくら今は白いふりをしてるとはいえ、占われたらどうしようもねぇ。まだ狩人は残ってるとオレは見てる。真代さんの真が確定したら、連続護衛有りのこのゲームじゃ勝ち筋が無くなっちまうんだぞ。」
佑は、謙太を見て、真剣な顔のまま、言った。
「だから、真猫又に死んでもらうのさ。そうしたら、次の日の死体は嫌でも二人。猫又の呪いで死んだ村人は、霊能者にも色は見えない。後は、解釈次第だ。」
それを聞いた謙太が、目を見開いて組んでいた腕をほどいた。
「なんだって、まさか襲撃しろってか?!ここで、人狼二人を犠牲にするってのか?!」
佑は、あくまでも真剣に頷いた。
「そうだ。それしかない。そしてそれは、郁人、お前が猫又を殺すしかない。そうしたら、猫又の呪いで運営がお前を殺すだろう。翌日には、二人の死体が出来る。」
謙太は、両の拳を握りしめて、何度も首を振った。
「そんなことは無理だ!お前ら二人共が一気に死ぬなんて…郁人までまとめて犠牲には出来ねぇ!」
しかし、じっと真面目な顔でそれを聞いていた郁人が、そんな謙太の肩に手を置きながら、佑を見た。
「…つまり、明日佑が自分から吊られに行く。皆に真猫又だと印象付けた上で、オレが真猫又の…恐らくは知美さんだろうが、彼女を殺す。そうして、オレも呪いで死ぬ。それを、知美さんがオレを襲撃してオレが死に、知美さんは佑吊りの呪いで死んだと思わせるってことか。そうすることで、知美さんを白と占っている真代に疑惑が行き、殺されたオレは真占い師、佑は真猫又という構図が出来る。」
謙太は、驚いて郁人を振り返った。
「郁人?!お前、まさか…」
郁人は、じっと佑を見ていたが、謙太を見て、肩をすくめた。
「…別にさ。確かにオレも一度死んでるし、運営に殺されるのはそう苦しそうでもない。謙太が勝ってさえくれたら、オレ達は恐らく戻って来れる。だから、死ぬこと自体は怖くない。それは佑と同じだよ。ただ、勝ちたい。ここから生きて帰りたいんだ。勝つためには、佑の言うように死ぬことだって必要なら避けるわけにはいかない。今の状況だったら、佑の作戦が一番真目を取りやすいし、村を混乱に陥れるだろう。真占い師だって、自分が人狼だと思っていたヤツが死んでれば、恐らく混乱して変なことを言い出すんじゃないか?そうしたら、怪しい位置に持って行くことも可能だ。対抗占い師が殺されたら、もう片方は吊られるって決まってるんだしね。それなら、無駄死にじゃない。」
謙太は、俄かに不安になって来た。つまり、駿、佑、郁人の命が、自分の立ち回りに掛かって来るのか。
「…待ってくれ、お前らオレに期待し過ぎだ!オレ一人で、あいつら全部騙して殺せってか。そもそも今夜にでもあの訳の分からん占い師が、オレを占ってたらどうするんでぇ。オレが吊られるかもしれねぇんだぞ?」
郁人が、首を振った。
「謙太は怪しまれてないから占われないと思うけど、もしかしてを考えて、オレは明日、先に誰かに黒を打つ。そうしたら、黒が二つになって村人は迷うだろう。そこで、一番重要になって来るのはどっちが真占い師かだ。それを証明できるのは、佑だけ。霊能者も宛てにならない今、確実に自分の命だけでその真を証明できる猫又を吊る方向に、村を持って行けるようにしよう。そうしたら、思った通りの状況に持って行けるだろう。」
謙太は、納得がいかない顔で、下を向いた。誰も味方の居ない中で、たった一人で生き残る。明日の朝、残っているのは9人。そして夕方佑、夜に郁人、知美が消えて次の日、残るのは6人。人狼の自分一人と、村人5人の村…。
「…明後日、何とか村人を吊って、状況を見て誰かを襲撃して最終日、四人か。そこでオレが生き残れば、夜に誰か襲撃して狩人さえ抜けてれば、よっぽどのことがない限り、終わり。つまりオレは、二日生き残ればいいってことか。」
佑は、必死の顔で何度も頷いた。
「そうだ。謙太、頼む!このためにお前だけ別にしたんだ。たった二日だぞ?…もちろん、明日思いもかけず真代側が真を失ってて、あっち側を吊れそうならオレ達だって生き残る。その方が楽に勝てるから。だが、村人だってそこまで馬鹿じゃないだろう。状況を見て決めるが、恐らくオレが吊られた方が人狼にとって有利になる。謙太、後は上手く誘導してくれ。」
謙太は、それしかないのか、とガックリと肩を落とした。確かにこのままでは、佑が吊られ、郁人が吊られ、真代の真がほぼ確定し、噛めない知美と、真霊能者の俊也もあちらについて、自分は黒を打たれて、そして人狼は敗北する。
そういう未来しか見えないのを、ひっくり返すためには、絶対にやるはずがないことをするしかないのだ。
「…分かった。」謙太は、苦渋の顔で頷いた。「オレが、やる。最後まで生き残る。後は任せておけ。郁人が死んだ後、オレが襲撃の後を誤魔化すために工作する。血の跡とか…次の日、オレが上手く知美さんが人狼だと思われるように、な。」
佑は、ホッとしたように力を抜くと、笑顔になって頷いた。
「頼んだぞ。お前なら大丈夫だ。ここまで伊達に白くなって来たんじゃない。オレ達ともうまく切って来たんじゃないか。村人達にひと泡噴かせてやってくれ。」
郁人も、そこで笑顔になった。謙太は、しかしどうやっても笑えなかった。この二人が、命を懸けて人狼を勝たせて、生きて帰ろうと自分に託しているのだ。
その責任の重さを、ひしひしと感じていた。
そのまま、郁人の部屋で仮眠を取ると、4時頃には目覚ましのバイブ音で目が覚めた。
音を出していないのは、万が一にも音が隣りへ漏れて、それで起き出して来たら厄介だからだ。
黙々と出て行く準備をしていると、郁人が注射器に、例の薬を入れながら、言った。
「…こんな細い注射器にこんなちょっとだよ。」見ると、本当に小さな注射器に、ほんの5ミリほど吸い上げた所で、小さなガラス瓶は空になっていた。「信じられないよね。これだけで人が死ぬんだってさ。」
謙太は、靴下を履きながら、それを凝視して言った。
「ふーん…なんか、普通に見るヤツより、針が短ぇな。だがそれだけで済むなら、手の中に収まる程度の注射器は無いのか。」
郁人は、顔をしかめて首を振った。
「これより小さいのは無かったねぇ。これと、セットみたいにして置いてあったんだよ。でもこれだけ針が短いと、咄嗟に手が震えたって血管を外さなさそうだ。きっと、素人のオレ達が失敗しないようにこうしてるんだろうな。」
謙太は、つくづくこのゲームを運営している奴らがいろいろなことを考えて準備しているのだな、と思った。人狼だったから良かったが、こんな中で村人だったら、恐らく怖くて仕方がなかっただろう。
だが、自分達が襲撃に成功しなければ、村人も皆殺しになるのだから、これは必要なことなのだ。
謙太は、そう自分に言い聞かせて、靴を履いて立ち上がった。
佑が、謙太にタオルを放って寄越した。
「…時間だ。じゃあ、オレ達は下で待ってる。頼んだぞ、謙太。」
謙太はタオルを掴んで黙ってひとつ、頷くと、そのまま郁人の部屋を、真っ暗な中、懐中電灯を手に、タオルをポケットに入れて、出て行った。
じっと階段下で待っていると、自分の時計が、6時になった。謙太の時計は涼香の時計と合わせたままにしてあったので、涼香の時計も、間違いなく6時になっているはずだ。
思った通り、遠くでカチリ、とドアの鍵が開いた音がした。
涼香の部屋は、305号室だ。
謙太は、懐中電灯を着けて、三階までの階段をゆっくりと登った。
「あら…?」
小さく、声が聞こえる。涼香の声だ。遠く、薄く光りが漏れているので、間違いなく涼香が外の様子を見ているようだったが、謙太はなるべく自然に聴こえるように、小さめの声で言った。
「…涼香さんか?」
閉まりかけた扉が、また開いた。
「謙太さん?」
謙太は、そのまま涼香の部屋の前まで歩いて行った。そうして、ホッとしたように言った。
「良かった。無事だったんだな。ところで、なんか電気が着かねぇんだ。下へ配電盤を見に行こうってなったんだが、共有が心配だったし、オレは様子を見に来た。無事ならいいんだ、じゃあオレは下へ配電盤を見に行った男共と合流するよ。」
踵を返そうとすると、涼香は謙太の腕をつかんだ。
「待って。」と、謙太の腕輪をチラと確認すると、ため息をついた。「そうね。私も行くわ。暗くても、人狼の襲撃時間を過ぎてるんだし平気よ。それより、他の二人の女子は?」
謙太は、自分の時計の時間をさりげなく確認した涼香にやはり油断がならねぇな、と思いながらも、顔をしかめて言った。
「別にあの二人の事は、どっちの陣営なのか分からねぇんだし後でいいよ。あんたが共有だから、心配だっただけだ。とにかく電気を復活させて、それから確認しに行く。」と、自分の腕を掴んでいる涼香の手を、グッと握った。「行こう。離れるな。」
涼香は、びっくりしたような顔をしたが、黙って俯いて頷き、そうして、二人は暗い階段を降りて、二階へと向かった。
階段の途中で、謙太はスッと懐中電灯を消した。
「え?」
涼香が、びっくりして小さく声を出した。謙太は、涼香から手を離すと、パンパンと懐中電灯を叩いた。
「なんだ、電池切れか?昨日から結構使ってるからな。」
涼香の声が、心細げに言った。
「私、もう電気が着いてると思って出て来ていたから懐中電灯持って来てないの。取りに…、」
そこで、声が途切れた。
回りは、真っ暗で何も見えない。
だが、涼香は闇の中で倒れて行くのが、謙太には見えた。恐らく、目が闇に慣れて来ているのだろう。
「きゃ…!」
声を上げようとする涼香の口を、謙太がタオルでグッと絨毯敷きの床に押さえ付ける。佑が、涼香に馬乗りになって体を押さえ付けていた。
「ん~~~!!」
涼香が叫ぼうと必死に唸るが、どうせ死ぬのだからと鼻まで押さえられているので、それは小さなものでしかなかった。本当に真っ暗な中で、小さなペンライトを持って、郁人が近付いて、首元を照らした。
「!!」
涼香には、ペンライトの小さな光の中、どこまで見えていたのか分からない。
だが、その目は見開かれ、自分に迫り来るそのペンライトの光の中の、男の手と小さな注射器は見えていたはずだった。
涼香は、必死に首を振ったつもりだったが、押さえ付けられているので、少しイヤイヤと頭を振ったぐらいにしか見えなかった。肝心の首は、そのまま動かないのだ。
郁人は、その首に浮き出た静脈なのか動脈なのか分からない血管に、注射器の針を命中させた。
「う」
その瞬間、涼香は小さくそう漏らし、一気にピクリとも動かなくなった。
さすがに死にもの狂いの人間を押さえ付けていた佑は、息を上げていた。郁人も、緊張していたのを、はあと力を抜く。
謙太は、頭を口ごと押えていたタオルを離して、言った。
「…さあ、グズグズしてたら見つかっちまう。さっさと部屋へ帰って、6時に扉を開くんだ。証拠は隠せ。行け。」
二人は、頷く。
謙太は、最後にチラともはや動かない涼香を見た。その瞳は、何も映さず天井の方を向いて開いたままだ。それから憮然と視線を反らすと、謙太は自分の部屋へと静かに走った。
謙太は、部屋へと帰って扉を閉じた。涼香を、騙したのは自分だ。恐らく涼香は、唯一村人だと分かっている共有者でありながら、他の二人の女子達にも気遣われることもなく、不安だったのだろう。そこに、謙太が自分を気遣って、手を差し伸べられたように思ったのではないだろうか。それで、本当なら自分も部屋で待っているから電気を着けて来いとでも言いそうな慎重な涼香が、ああして黙って暗闇の中ついて来た。
そうして、真っ暗な中で誰に襲撃されているのかも分からないまま、死んで逝った。
いや、分かっていたのかもしれない。
自分がそんなことになっているのに、助けも叫びもしない謙太が、恐らく自分の頭を、口を、押さえているだろう事実に。
見えない闇の中に居る、謙太と人狼二人に殺される自分に。
涼香がしっかりと掴んでいた右手をじっと見つめて、謙太は思った。最初から、一緒に生きて帰るのは無理な陣営同士だった。涼香がいくら信じても、殺すしかない相手だったのだ。
謙太は、犠牲にした者達の命の分、自分は絶対に生きて帰るのだと心に誓った。
そうして、6時になり、また村人の仮面をかぶって、扉を飛び出した。




