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しばらく沈黙が流れた。
佑も、他の人狼も待っていた。猫又がこれで対抗に出て来てくれたら、万が一にも人狼がそいつの犠牲にならなくて済む。
意外にも冷静に、涼香が言った。
「…他には?猫又はまだ生きてるはずよね。美久さんの時は共有者だし死体は一つ。優子さんはあれだけ疑われてもCOしなかった。ということは、まだ死んでないはずよ。」
謙太は、じっと知美を観察した。ここに居る、誰もそれに気付いては居ないようだったが、疑っていた謙太には、それが猫又ゆえの逡巡の動きなのだとすぐに分かった。間違いない。恐らくは知美が、猫又だ。
思わず笑いそうになったが、謙太はなんとか踏ん張って笑わずに済んだ。
拓也が、言った。
「…居ない。猫又が他に居るならここで出ないのは村のためにはならないし、出てくれば噛まれない上に吊られないのに言わないのはおかしい。佑は、真猫又だ。つまり佑は美久さんを殺せたかもしれないが、殺す意味がない役職ってことだ。」
知美は慌てたように言った。
「でも…もしかしたら猫又だって対抗になったら両方吊られるとか思って出て来なかったのかもしれないわ。」
しかし、それには涼香が首を振った。
「出て来るわよ。このリアルな人狼ゲームの中で死なずに済むのに、出て来ないなんてあり得ない。吊られるとしても最終日の決め打ちでしょうし。つまり、佑さんは猫又なのよ。そうじゃないかって昨日から思ってたんだけどね。」
佑は、肩をすくめた。
「誰もかれも疑ったらオレを襲撃して来るんじゃないかって思ったんだ。確かに襲撃されたけど、いざとなったら怖くなって叫んでしまった。襲撃が成功していたら、村のためになったんだろうけど。変に時間を取らせて済まなかったと思ってる。だが、オレだって土壇場になったら命は惜しかったんだよ。」
涼香は、苦々し気に言った。
「人狼を一人連れてってくれてたら、今頃私はあなたに感謝してたわ。必ず勝って取り返してあげたのに。と言っても、もう遅いけど。」
しかし、真代は首を振った。
「そんなはずないわ!だったら、いったい誰が美久さんを殺したって言うの?!俊也さんにそれが出来たの?」
拓也が、真代を見て厳しい声で言った。
「まだ、誰か美久さんを殺したのか結論は出ていない。でも、君はあまりにも鋭すぎるんだよ。昨日から見てたけど、君ってぼうっとしてる感じでそんなに発言したり、推理したりする感じじゃなかったよね。それなのに、今日になって皆が気付かなかったようなことを言い出せるのはなぜだ?人狼同士で話し合って、何をどうしたらいいのか指示したからじゃないのか?」
真代は、息を飲んで顔色を変えた。
「な…っ!そんなはず…!!」
ふーん、村人からはそう見えるのか。
謙太はそう思った。人狼からは言って欲しくない推理をする面倒な真占い師でしかないのだ。
涼香がチラと真代を見た。
「言われてみたら…昨日はこんな感じじゃなかったわ。それに、昼間は部屋に籠って寝ていたし、時々部屋へ帰ってて私達と一緒に居る時間が他より短かったのよね。もしかして、人狼同士で話し合いがしたかったから?」
一斉に皆から向けられる疑惑の視線に、真代は慌てて首を振った。
「違う!私は真占い師…みんなが、生き残れるようにって、自分が頑張らなきゃって思って、一生懸命考えているだけよ!」
しかし郁人が、睨むように真代を見て言った。
「人狼だったら全部見えているはずだよね。鋭いのも頷けるし、議論の主導権を握りたいのも頷けるよ。他の潜伏人狼たちを守るために、都合がいいように場を転がして行けるから。オレから見たら、君は人狼陣営だし分かりやすいんだ。オレを陥れようとして、自分がその罠に落ちたんじゃない?人間だって、そんなに馬鹿じゃないよ。簡単には騙されない。」
真代は、必死に全身を使ってそれを否定した。
「あなたが人狼陣営じゃないの!私は違う、真占い師よ!」
これまで冷静だった真代が叫ぶ様を見て、皆が黙って疑惑の目で真代を見た。郁人も、そんな真代に嫌悪の眼差しを向けている。恐らくは死んだ記憶からの憎しみだろうが、知らない者達から見たら偽の対抗占い師
に対する憎悪に見えているだろう。
しばらくしてから、涼香が立ち上がった。
「やっぱり、まだ占い師が確定してもいないのにその片方が場を仕切るなんておかしいわ。共有者の私がやるわ。感情的になってたのは謝るわ…相方を殺されて、頭に血が登ってしまって。もう大丈夫。」
昨日までの、涼香に戻ったように思えた。
真代は、まだ何か言いたそうだったが、涼香からペンを取られて椅子の方へと顎を振って促されると、黙って自分の椅子へと座った。
涼香は、冷静になったその口調で、言った。
「じゃあ、仕切り直しましょう。ここに、これまでの役職カミングアウトも書いて、結果も書くわ。こうしておけば、みんなが頭の中を整理しやすいでしょうし。」
涼香は、真代が書き出した情報の横の空きスペースに、役職などを書き足して行く。
そして、村人達の的外れな意見や、意外に鋭い意見を眺めながら、謙太は思っていた。
知美は猫又だ…これを人狼同士で共有して、何とかして行かねばならない。一番いいのは、脅えてこのまま潜伏していてもらうことだが、恐らくは疑われることも増えて来て、たまらずカミングアウトするだろう。猫又…何とかして、これを利用する手はないものか。
皆が何やら言っていて、謙太も合わせて何か話したのは覚えているが、そんなことばかりを考えていて何を話していたのか皆目覚えてはいなかった。
拓也が腹が減ったと言い出して、休憩となってから、謙太も皆に合わせて立ち上がった。
佑や郁人にどうやって自分が知った猫又の存在を知らせようかと思ったが、皆が一緒で今は言えそうにない。仕方がないので食べ物を探しにキッチンへと向かおうとすると、知美が何やら身を固くして、佑がキッチンへと向かうのを見ているのが目に入った。
…そうか、真猫又なら佑が人狼だと分かった唯一の村人ってことになるのか。
謙太は、心の中で知美をせせら笑った…隠してるつもりかもしれねぇが、丸わかりなんだよ猫又さんよ。
謙太は、知美のすがるような視線が嫌いだった。
だからといって涼香のようなうるさいタイプも苦手だったが、なんでもかんでもどうしたらいい、と聞かれるのはうざったるいと思う方だった。
駿が人狼仲間に言っていた通り、良い人ぶることは出来るが、心の中はそんなに善い人ではない、と謙太は自分で分かっていた。
誰でも裏はあるだろう。自分にだって裏がある、休みの日は家で独りで居ることを好んでいたし、対人関係ははっきり言って面倒で嫌いだった。
だが、この外見の割には回りに気を遣っておとなしくしている方なので、なぜか味方を作るのだけは得意なのは確かだ。
なので、回りが駿のような評価をしているのは知っていたが、それがまた自分を孤独にさせていた。本当の自分は、そんな良い人ではないのだから、真実の自分自身を評価しているのではない。
そう思うと、女性が寄って来ても素直にその気持ちを受け取れなかった。
所詮、この女も自分の外面ばかりを見てやがる。
そう思うと、何もかもが面倒だったのだ。
ここへ来て、特に無理もしていない。それでも白いだの親切だなどと言われるのには辟易したが、それでもそれが人狼陣営のためになり、自分が生き残る助けになるのなら、少しは村人のふりをして生きてもいいか、と思った。
チラと脇を見ると、そこには涼香が一人、座ってサンドイッチを齧りながら、メモを見て何やら考えている。
謙太は、それを見て真代がどこに居るのかを探り、もうここには居ないのを見て取った。そして、軽く郁人と視線を交わすと、涼香に寄って行った。
「よお。」謙太は、涼香に話しかけた。「考えはまとまったか?」
涼香は、少し鋭い視線を上げたが、相手が謙太だと分かると、幾分力を抜いて首を振った。
「いいえ。正直、頭の中は大混乱よ。あなたは誰が怪しいと思う?」
謙太は、わざと顔をしかめた。
「分からねぇ。ただ、真代さんはどうも胡散臭ぇんだ。佑が猫又である以上、郁人が真代さんに嵌められようとしてるんじゃねぇかと心配になって来る。それに、真代さんの白の知美さん…どうも、怪しい気がするんでぇ。というのも、なんか他の奴らを避けてるんだ。気になって見てたら、今みんな出て来たのを見てからキッチンへ入ってった…キッチンには、刃物なんかも普通にあるんじゃねぇのか?」
涼香が、それを聞いてハッとキッチンの方へと視線をやった。そして、すぐに立ち上がった。
「ありがとう。気が付かなかったわ。ちょっと見て来る…そっと入った方がいいかな。」
謙太は、頷いた。
「ああ。何かあったらヤバいから、思い切り声を上げな。オレが、外で構えててやるから。すぐに助けに行く。」
涼香は、謙太を見上げて、微笑んだ。
「ええ。心強いわ。でも、襲撃時間でもないし、大丈夫よ。とにかく、様子を伺って来る。」
そうして、涼香はそーっとキッチンの扉を開いて、知美の様子を伺いに行った。
もちろん、知美は刃物など要らないだろうが、それでもそうやって涼香の信用を徐々に落とすようなことを吹き込んでいれば、あの女を黒塗りすることも出来るだろう。
謙太は、そう思いながら心の中で薄笑いを浮かべていた。




