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涼香が感情的に喚き散らしながら、聞き苦しい状態で、全員で浩二の部屋のバスルームの天井を調べ、もう既に人狼たちが知っている事実を、村人達にも開示した。
もちろん、人狼にとっていいように作り替えた状態であったが、村人達はそれで結構混乱しているようだ。
いろいろと出て来た事実に理解が追いついておらず、村の意見が分かれている印象だった。
やはり、俊也を完全に黒塗りするのは無理かもしれない…。
佑も郁人も、謙太でさえもそう思って見ていた。
俊也を黒塗り出来なければ、駿を助けることが出来ないかもしれない。だが、幸いにも涼香は、出て来なかった駿に腹を立てては居るものの、どうやら駿が真なのだと信じているようだった。
だからこそ、腹を立てているような感じだったのだ。
一階へと移って、ホワイトボードにいろいろと分かった事実を書き連ねて行き、皆が考え込んでいるのを横目に見ながら、どうやったら村をあらぬ方向へと導けるのかと考えていたが、こうなって来ると、涼香が重要なような気がして来ていた。
涼香は、唯一の共有者だ。美久が共有者の相方であったと知った今、もう誰を黒塗りするのもそう怖くはなかった。
涼香を取り込んで、その考えをコントロールさえ出来たら、恐らくは村の票は人狼へは来ないと思われた。
そんなことを考えながら、村の意見を混乱に陥れようと人狼同士も意見を対抗させながら場を転がしていると、突然に真代が、言い出した。
「…私目線だけど、いい?」
全員が、真代を見た。
「この際なんでも言ってくれ。」
拓也が、急かすように言う。真代は、言った。
「私は占い師よ。つまり、対抗占い師は偽者なの。人狼であれ狂信者であれ、人狼陣営で敵なのは変わりない。つまり私にとって、郁人さんの言うことは信じられないの。だから、最後尾だとその後ろを誰も見ていない位置に居た郁人さんは、私目線一番加害者側に近い位置なの。」
郁人が、グッと眉を寄せた。佑が、脇から言った。
「郁人はオレを見てくれてたから遅くなったんだと言っただろうが。誰も見てないって、オレが見てる。一番後ろだっただけだ。」
真代は、鋭い目で佑を見た。
「そう。郁人さんが加害者だとは言ってないでしょう。加害者「側」だって言っただけよ。つまり郁人さんは、最後尾で殺人を見ていても見逃せる位置に居る。そして血まみれになってても、誰も怪しまない人…と考えたら、私が怪しんでいるのはあなたよ、佑さん。」
佑は、グッと眉根を寄せて真代を睨み付けた。
こいつは、案外鋭い…郁人のストーカーの癖に、そんなことは忘れて郁人を攻撃する。しかし、占い先は知美。やはりどこかネジがおかしい女。
「自分で自分の頭を殴ったってことか?」
佑がそんな頭の中を隠して言うと、真代は首を振った。
「殴られたのを誰も見てないよね。あなた、本当に頭に傷があるの?」
それには、駿が割り込んだ。
「オレが治療したから知ってる。佑は本当に頭に傷があったぞ。あれだけ出血してたのを君も見ただろう。」
真代は、駿を睨んだ。
「あなたのことだって信用してないわ。あの血も、直後は誰も確認出来てない。灯りの下に来てやっと見たの。あの時既に美久さんを殺害して、その血を頭に塗り付けたことだって考えられるわ。」
駿は、首を振った。
「そんな憶測でものを言うな。確かに佑は怪我をしていたぞ。」
郁人が、割り込んだ。
「オレも疑われてるんだ。こんな疑惑を持たれたら正しい答えに行きつけない。佑、その傷をみんなに見せることは出来るか?」
佑は、憮然としていたが、頭のガーゼを手で押さえた。
「…いいよ。見たいなら見ればいいじゃないか。オレも自分ではまだ傷を見てない。でも、疑うって言うなら見ればいいさ。誰か、これ剥がしてくれないか。髪の毛に貼りついてるから自分じゃ取りにくいんだ。」
皆で顔を見合わせる。結局、佑の隣に座っている知美が、立ち上がった。
「じゃあ、私が。」
知美は、慣れた様子で押さえていた手でそっとガーゼをつまんで、もしかして塞がり始めている傷がその下にあってはいけないので、そっと端から剥がして行った。
全員が固唾を飲んで見守る中、拓也と知美は、その傷を見た。
そこには、まるで刃物に切られたような長さ3センチぐらいの亀裂が間違いなく皮膚にあった。
駿が切ったのか、回りの毛は短く不器用に少し刈られてあって、その真ん中に赤く傷があり、血は止まっていたが、それでもまだかさぶたにはなっていなかった。
そう、傷は小さいが間違いなくあった。
「…結構切れてる…病院に行っていたらひと針ぐらいは縫ったかもな傷だわ。殴られてついたなら、結構な衝撃だったはず…。」
拓也が、横で頷いた。
「真代さん、確かに傷があるよ。君の推理は大したものだが、別方向に行ってしまってる。やっぱり、俊也がどんな方法を使ってあの距離を移動したのかってことを考えた方がいいのかもしれないな…。」
駿が、フッと鼻で怒ったように息を吐いた。
「だから言ったじゃないか。頭は出血するんだよ。結構出てたんだからな。消毒しないと、またガーゼを開いてしまったんだし。」
それには、郁人が腰を上げた。
「ああ、じゃあ救急箱を取って来る。」
そうして、郁人が席を立って出て行った。涼香が、真代を咎めるように見た。
「ほら、勝手な憶測をするとこうなるのよ。私が感情的だって言ったけど、私はきちんと状況に即したことを言っていると思うわ。だって、あんなことが出来たのは俊也さんしか居ないじゃないの。」
拓也が、涼香に言った。
「そんなことを言っても始まらないだろう。時間的には不可能なのは今の検証で分かったはずだ。ええっと、みんなも見ておいた方がいい。佑は、こんな傷を負ったんだ。塞ぐ前に見ておけ。」
そう言われて、皆が皆立ち上がって、佑の背後へと回り込んだ。そうして、慎重に覗き込んで、しっかりとその傷を見た。間違いなくそこに、傷があるのを全員が確認した頃、郁人が救急箱を持って来た。
「はい、持って来たよ。あれ、みんな見たの?」
駿が、救急箱を受け取りながら、頷いた。
「そう、オレ達が嘘を言ってないのを確認してもらった。郁人だって疑われたんだろうが、佑とまとめてさ。」
郁人は、顔をしかめた。
「まあそうなんだけど。でも、実際今のままじゃ誰がやったなんて分からないよね。俊也だったとしたら、佑を襲撃しそこなって、二回目狙ってトイレへ戻ったところに美久さんが居たからもう誰でもいいって刺したって考えるしかないよな。それだったら、あっさり殺せただろうし…ただ、時間の説明がつかないんだけどね。」
俊也は、もはや疑われるのに慣れて来たのか、諦めたように言った。
「オレはやってない。でも、みんながそう思うなら仕方がない。オレは間違いなく霊能者だから、吊られたら村は恐らく昨日今日と村人を吊ることになって厳しくなって来るぞ。オレを吊ったら、駿も吊るんだ。そうしないと、人狼陣営が有利になってしまう。分かるだろう?霊能者が二人出ていたらどっちかが偽者だ。決め打ちするのは危険だぞ。」
じっと黙って聞いていた謙太が、それを聞いて悩むように言った。
「俊也はなあ…昨日から白いんだよな。なんでこうなった。」
すると、真代が口を開いた。
「私から見たら、二つに分かれて分かりやすいよ。」真代は、じっと駿と郁人を見て、それから佑を見た。「郁人さんは私の対抗だから人狼陣営。その郁人さんが庇ってるように見える佑さん、俊也さんの対抗の駿さん。だって、村目線だって今回の犯人はトイレに籠っていた俊也さんか、目撃情報がない佑さんと郁人さんしかないでしょう?つまり、対抗してる。自動的に俊也さんの対抗の駿さんは郁人さん、佑さん側ってことだよね。俊也さんが陥れられるとしたら、この人達にってことよ。傷なんてどうにでも出来るし、私はまだ信じていない。」
まだ言ってるのかこの女。
駿は思ったが、傷を消毒する手を止めなかった。じっとそれを見ている知美の視線が、何やら考えているように見えて怖い。すると、ハッとしたような顔をして、いきなりに浩二を呼んだ。
「浩二さん。この傷、分かる?」
浩二は、いきなり知美が自分に話しかけたので仰天した顔をしたが、すぐにその傷を覗き込んだ。
「裂傷。いや待てよ。打撲…。」と、ガーゼを当てようとしている駿の手を押さえた。「違う、これは打撲じゃない。内出血も瘤も出来てないじゃないか!だからって陥没している様子もない。これはただの裂傷、切り傷だ!」
佑は心の中で舌打ちをした。こいつら、看護師だな。
「じゃあ」拓也が、佑を険しい目で見て、言った。「佑は嘘を言っていたということか?」
全員の目が、佑と、そして郁人と駿に向いた。
だが、それは想定の範囲内のことだった。佑は、焦ることもなく言った。
「傷のことなんかオレに分かるはずないじゃないか。真っ暗な中で、後ろからだぞ?衝撃が来たから殴られたんだと思ったからそう言った。でも、本当は切られたのかもしれない。美久さんがナイフで刺されてたのを見ても、凶器はナイフだったのかもしれないしな。」
涼香が、困惑した顔をした。
「でも…ナイフだったら頭を狙うかしら?胴体を後ろからの方が自然じゃない?」
それはみんなも思ったようで、戸惑ったように顔を見合わせて誰かが何かを言うのを待っている。
しかし、意外な人物が口を開いた。
「そういえば、なんだが。」郁人だった。「真代さんがオレの対抗で敵だからとつい、反論してしまったんだが、言っていることは間違っていないかもしれない。」
拓也が、わざと驚いて郁人を見た。
「え、お前が黒いってことか?佑が黒いならお前もだろう。」
郁人は、渋々といった風に頷いた。
「オレと佑がひとくくりにされてるから、どうしても庇ってしまっていたんだ。占って白だと知ってるし、佑は村人、人間だと信じていたから。でも、よく考えたら狂信者でも白って出るんだよ。怪我までしてるし絶対に人間だと思い込んでた。」
だが、真代は言った。
「そんなの、駿さんだって白だわ!狂信者だとしたら、私目線状況を考えても狂信者は駿さんよ!」
郁人は、真代を睨んだ。
「それはあくまでも君目線じゃないか。オレ目線、駿がどっちなのかまだ分からない。俊也なのか駿なのか、真霊能者の判別がつかないんだ。佑がもし、狂信者だとしたら、オレはちょっと考えなきゃならない。」
涼香が、身を乗り出した。
「どういうこと?」
郁人は、頷いた。
「オレは佑を確かに介護した。でも、最初みんなが走って行くのが見えて、オレもついて行こうとして
半分ぐらい走った後、そう言えば殴られた佑はって我に返って、振り向いたんだ。すると、佑はトイレのドアを閉めて、こっちへ来ようとしているところだった。オレは慌てて戻って、そして佑を連れてみんなに合流したんだ。つまり、目を離していた時間があった。」
涼香が、それを慌ててメモに取りながら、言った。
「じゃあ、みんなが走り出してすぐに追いかけたわけじゃないのね?」
郁人は、渋々といった感じで佑を横目にチラと疑うように見てから、頷く。拓也が言った。
「状況を整理してみよう。俊也の叫び声が聞こえた。謙太を先頭にみんなが駆け出した。郁人も続いて走って、半分ぐらいの所で佑のことを思い出して振り返った。佑はトイレのドアを閉めていた。郁人は戻って佑を連れて皆に合流した。ってことか?」
郁人は、頷いた。
「そう。一緒にトイレに行ったけど、襲撃された時オレはまだトイレの中だったからね。叫び声に驚いて出て来て、トイレのドアは開けっ放しだった。そこへみんなが来て、佑は座り込んでいた。話していた間、トイレのドアは開きっぱなしだっただろう?でも、美久さんが居ないって言って戻った時にはどうなってた?オレも行ったから覚えてるけど、閉じてなかった?」
知美が言う。
「…ドアは、閉じていたわ。」
涼香は、何度も頷いた。
「確かに閉じてた。でも、上の小窓から灯りが漏れていたから、誰か居るってなって…開いたのよ。」
拓也が、せっつくように郁人に言った。
「お前が佑を連れに戻った時、小窓の灯りはどうだった?」
郁人は、顔をしかめた。
「憶えてないんだ。みんな先に行ってるんだと思ってたから確認しようとも思ってなかった。慌ててたしね。取り残されたら、暗闇から誰が出て来るか分からないし。でも、もし美久さんが居たなら、佑がドアを閉めるのはおかしいんだよな。一緒に行こうとしただろうし。」
「でも、現に美久さんはトイレで殺されていたわ!」涼香が、声を張り上げた。「みんなが目を離した隙に、佑さんが美久さんをトイレに押し込んで刺して、ドアを閉めたんじゃないの?!」
佑は、落ち着いてそれを聞いていた。郁人も、もし佑が疑われたら切るという方向で話しが決まっていたのだ。だから、郁人の話していることが、どうしてそう言っているのか理解出来た。
郁人は、肩で息をついた。
「そうなるんじゃないかって、言わなかったんだけど。でも、可能性はあるよね。ほんとに僅かな時間だし、佑は白だし怪我してるしで、オレはそうじゃないと思いたかったんだけど。でも、俊也だって僅かな時間での犯行ってことになるから、オレとしては言わなきゃならないかなって。」
真代が、ホワイトボードの前でペンを握りしめたまま言った。
「そんなの!自分まで疑われるから後から言い出したとしか思えないわ!佑さんが怪しいならあなたも怪しい!」
郁人は、真代を見て落ち着いて言った。
「オレから見たら、真占い師と狂信者をまとめて怪しく見せようとしている人狼に見えてるけどね。人狼から見たら、狂信者だって切り捨てられる持ち駒だろう?怪しい動きをさせてオレに佑を占わせて白を出させ、自分は見るからに白い人を占って白を出す。佑に白を出したオレを怪しく見せるために、佑に怪しい動きをさせる。オレは佑が白だと占ってるからある程度は庇うだろう。そして、自分は対極に居てまとめて攻撃する。真実を知ってるんだから、簡単だよね。真占い師が村のために怪しい所を占わないなんてないじゃないか。まんまと引っ掛けられるところだった。ここで言えて良かったよ。」
真占い師としておかしな行動をわざわざしてくれている真代は、人狼にとっても有りがたい占い師だった。村人は、今のでかなり真代は確かにおかしいと思ったはずだった。
俊也が、ボソッと言った。
「そう言われてみたら…オレ、佑から受け取ったパンを食べた。もしかして、人狼の入れる物置部屋には、下剤とかあるのか?アンパンだったけど、やけに餡が水っぽかった気がする。」
謙太が、眉を寄せて俊也を見た。
「それ、全部食べたのか?残ってないか。」
俊也は、首を振った。
「腹が減ってたし。全部食べたよ。それからしばらくして、腹を下したんだ。みんな知ってるだろう?食べてから一時間ぐらいだったかな。」
しかし、拓也が言った。
「佑はパン担当だったからな。オレも佑からもらって食べたが、なんともなかったんだ。俊也だけそうなったのはどうしてだ?」
謙太が答えた。
「誰でも良かったんだろう。疑われる対象として、トイレに籠ってさえくれたらな。オレでもお前でもおかしくなかったってことだ。」
拓也がサッと顔色を青くする。
しかし、そこまで黙っていた佑が、大袈裟に息をついたのを見て、そちらを見た。佑は、少しも焦ってはいなかった。むしろこちらを同情するような、嘲るような表情で見て、言った。
「いろいろ言ってくれるじゃないか。全部憶測でしかないじゃないか。本当は村にために、言うべきじゃないと思ってたんだが、ここまで黒塗りされたら言うよりないな。」そうして、皆が佑を凝視して次の言葉を待っているのを確認してから、続けた。「オレは、猫又だよ。これで人狼はもう、オレを襲撃しないだろうな。誰だか知らないがオレを襲撃したヤツは命拾いしたよ。オレが死んでたら、そいつも死んでたんだしな。」
そう、ただでは吊られない。さあ、真猫又、お前はどうする?
佑は、そう思って騙りに出た。
謙太は、その時の知美のビクついた動きを、見逃しては居なかった。




