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投票先は、ばらけさせることになった。
人狼の中でも考えて、少し疑われ始めた佑と、謙太は完全に切っておくために、謙太だけは佑に入れることにした。初日の投票先がばらけるだろう時ぐらいにしか、仲間を切っておくことが出来ないのだ。
そうして完全に自分達と謙太を切り離すことで、何かあった時も謙太に希望を託そうとしているのだ。
謙太にしてみたら荷が重かったが、それでもこちらがあちらを襲撃しようとするように、あちらもこちらを殺そうと探しているのだ。仲間のためには、どうしても頑張らなければならなかった。
そして、思惑通りに佑が吊られることはなく、ただのグレーであった優子が吊られて行った。
康介と紙一重の差だったのだが、そちらも村人なのだ。つくづく、議論に振り回されてしっかりした思考が出来ていないな、と人狼からは見えた。
それにしても、あの処刑の方法はなんだろう。
優子は、必死に逃げようとしていた。だが、一瞬にして倒れた…だが、人狼たちには、ひとつの心当たりがあった。
郁人が見たという、物置部屋にあったらしい薬だ。
劇薬だと書かれてあったらしいが、一瞬にして死ぬらしい。この、なんとしても取れないぴったりと貼り付いた腕輪に、もしあの薬が仕込まれてあったなら…?
恐らくは、そうではないかと人狼たちは思っていた。
涼香が面倒なほど皆が一緒に居た方がいいと騒いだので、人狼たちがわざわざ提案せずに済んで気が楽だった。トイレに籠ってもらう予定の霊能者は俊也、男だったので、男女で分かれて部屋にこもることを提案し、そうして、浩二の部屋に男子は皆集まることになった。
22時に消灯して、11時半に役職行使が終わったら出て来る、ということに決まったので、22時を過ぎた今、廊下は真っ暗だ。
その暗さが、思った以上だったので最初扉を開いた時には驚いた。本当に、真っ暗なのだ。
「おう、謙太。」
急に斜め前から小さな声がして、謙太はびっくりして目を凝らした。佑が扉から漏れる照明の光の所へ歩いて出て来て、やっと謙太は相手を認識した。
「佑?マジか、全く見えなかった。」
佑は、何度も頷いて、懐中電灯を振った。
「持って出た方がいいぞ。持ってなかったら疑われるから。確かにオレ達は、この暗さの中でも慣れなきゃならないが、それでも村人達が疑うかもだから。それより、最終確認をしておこう。今なら誰も出て来ないから。ほら、オレの部屋へ。」
謙太は、歩きながら囁くような声で言った。
「郁人は?」
佑は、わざと片目をつぶって言った。
「あいつは役職行使があるからさ。それから浩二の部屋に来るって。」
つまり、役職と同じ動きをしなければならないので、万が一にも部屋から出ているのが見つかってはマズいと言うことらしい。
ということは、後でカミングアウトしようとしている駿も同じなのだろう。
謙太と佑は、そのまま一番端の、201の佑の部屋へと入った。
佑は、鍵をかけると、バスルームの前に立って、言った。
「じゃあ、オレは一度トイレの通気口通って向こう側まで行って来るよ。向こうの格子を先に外しておかなきゃならないしな。で、浩二の部屋のトイレの細工、郁人がやる予定だ。氷はもうオレの部屋の冷蔵庫に持って来てあるし、準備は万端だよ。問題は黒い服なんだけど…ちょっと着るのは無理だな。」
謙太が、眉を上げた。
「え?…そうか、時間か?」
佑は、頷いた。
「そんな暇ない。だから、エプロンみたいに前に掛けることにしたよ。繋ぎだし、郁人がそれで行けっていうから。」
謙太は、頷いた。
「分かった。で、階段の裏に置いておくんだな。この暗さだ、誰も気付かないだろう。後の段取りは、問題ないか?オレは何か手伝わなくていいか。」
佑は、バスルームへと入って行きながら、首を振った。
「謙太は何もしなくていい。むしろ、あっち側として行動しててくれた方がオレ達も思い切って出来るんだ。だって、お前が残ってるからさ。」と、便座の上に登って、蓋へと手を伸ばした。「ネジは自分で外せるし蓋も外せるけど、上に上がるのが大変だ。ちょっとケツを押してくれないか。」
謙太は、頷いて佑を持ち上げて上に上がるのを手伝った。佑は、そこから懐中電灯を持って、細かい細工に出掛けて言ったのだった。
時刻は11時を過ぎ、外は消灯時間も過ぎて真っ暗だった。
消灯してからというもの、人狼として準備しておくべき物は、闇の中で静かに準備をし続けた。そして、しっかりと準備をした上で、別々に部屋を出て、佑と謙太は、集まると決めていた浩二の部屋へと向かった。
歩いて行く道が、襲撃する場所を通っている廊下なのだが、本当に真っ暗だった。懐中電灯が無ければ、足元も見えない。これほど漆黒になるものなのかと、人狼側であるにも関わらず、謙太は恐怖を感じた。人狼でそうなのだから、村人側の恐怖はもっとだろう。
そうやってやっと浩二の部屋の前にたどり着いて扉を開いた時には、光が外へと漏れて来て、ホッとした。
その光も、わざとなのか手前の方は電球しかないので、それほど遠くまで廊下を照らすわけではなく、部屋の中へと入ってやっと皆が鮮明に見えて安心すると言う感じだった。
浩二が、たくさん運び込まれたクッションや枕、布団などでごった返した部屋の中へと案内してくれながら、苦笑した。
「ごめん、こんな感じで。みんな思い思いに持って来たから。床が絨毯敷だから、もうその上に雑魚寝でいいかって。どうせゆっくり眠れないだろうけどさ。」
皆が皆、自分の場所というのを床の上に決めてそこに、自分の寝床らしいものを作って、回りに持って来た荷物を置いている。謙太は、仕方なく自分も、壁際の入口よりの場所に、荷物を置いた。
すると、少し向こうの窓側寄りの隣には、拓也が居た。
「お、すまないな。オレ、ここに寝ていいか。」
謙太が言うと、拓也が頷いた
「うん、なんだか謙太が側に居たら安心だな。誰かに襲撃されそうになっても逆に倒してくれそうだ。」
謙太は、それを聞いて苦笑した。
「まあ、体だけは鍛えてるし大きいからよ。ここに居る誰が来ても負けることはねぇとは思うけどな。だが、襲撃ってのが何をして来るのか分からんだろう。今歩いて来たが、廊下は結構な暗さだった。あれじゃあオレも、ひとたまりもねぇわ。」
そこで、また扉が開いた。
「おーい、みんな来たかあ?浩二?入るぞー!」
佑だ。
謙太が振り返ると、佑は大きなスポーツバックと、パンの入ったカゴを手に入って来ていた。
「おいおい、お前も凄い荷物だな。ここへ置け。みんな自分のエリアってのを作ってるみたいだぞ。」
佑は、言われるままに謙太より更に入口に近い位置の壁際に荷物を置いた。
「いい場所は全部取られてるみたいだなあ。ま、いいや。こっちの方がトイレ近いし、夜中に行きたくなっても誰も踏まずに行けるし。」と、皆にカゴを差し出した。「で、オレはパン担当だっただろ?晩飯まだだったんじゃないか。配って行くぞー!」
佑は、その籠を持って、一個ずつパンを配り歩く。謙太から順番に、拓也、康介とずっと回って行って、何気ない風に霊能者COしている俊也にも渡した。恐らく、あれに下剤が仕込まれてあるんだろうな、と謙太は思ったが、それを気にも留めていない風に、パンの袋を破って、かじりついた。
「うめえ!なんか腹が減って来てたんだよなあ。」
それを見て、皆がゴソゴソとパンの袋を開け始めて、食べ始めた。ふと見ると、気が付かなかったが郁人も入って来て佑の横に陣取り、奥の方には先に来ていたらしい駿も居て、同じようにパンを食べていた。
みんながそうやって軽食を摂り出したので、俊也もつられて袋を開き、何の疑いも持たずにさっさとかじりついているのが見える。
ペットボトルのお茶と共に、それをうまそうに完食するまで、注意して見守っていた。
俊也がそれを食べ終わると、後は薬の消化待ちだった。だがその前に、一つやることが残っていた…トイレの天井に、設置する罠だ。
折良く、拓也が大きな欠伸をした。
「それどころでないのは分かってるけど、疲れたなあ。もう12時だろう?このまま、一晩中寝転がって起きてるのか?」
すると、それを待っていたように、郁人が言った。
「じゃあ、交代で見張りに立つか?オレと…ああ、佑がここに居るし、オレ達が一番入口に近いからここで起きて番をするよ。3時間ぐらいで、誰か代わってもらって、って感じでどうだ?」
謙太が、隣りで手を上げた。
「じゃあ、オレが次の三時間の見張りに立とう。」と、隣りの拓也を見た。「拓也、お前も一緒に頼む。そうしたら、朝の6時じゃないか?襲撃出来ない時間帯になるだろう。それで行こう。」
佑が、あ~あと欠伸をしながら伸びをした。
「あと三時間かあ~分かった。仕方がないな。入口近くに陣取っちまったし、それぐらいやるよ。でも、明日からは誰か他の奴らがやってくれよ?あくまで交代だからな?」
康介が、頷いて言った。
「先は長いしな。じゃあ、ちょっと非常灯に変えよう。他のみんなは、寝る準備だ。」
浩二が、電球色の非常灯に切り替える。佑が、立ち上がった。
「じゃあ、ちょっと先にトイレ行っとこう。見張りだしな。」
奥から、浩二がペットボトルを郁人に放って寄越した。
「ほら、眠気が来たら大変だから。コーヒーでも飲んで目を覚ましてしっかり頼むよ。」
郁人は、それを受け取って顔をしかめた。
「分かってるよ。二人居るんだし、寝たりしないって。」
佑は、その隙にトイレの扉を開いて、その影からカバンを上手くみんなの目から隠して、中へと入って扉を閉めた。そもそも、暗くてよく見えないので、誰もそちらを見てもいない。
中では、佑が必死に天井の蓋を開いて、昨日計った水の量をきっちり入れて、設置しようと頑張っているはずだった。
すると、俊也が言った。
「…なんか、腹が痛い…。お茶が腐ってたのかな。」
隣りの、駿が言った。
「え?オレ、お前のお茶と同じ種類のヤツ飲んだけど、なんともないけどな。夕方何食った?」
俊也は、首を振った。
「いや…別に何も…。」
佑が、トイレから出て来た。カバンは、同じようにトイレのドアの影で分からないようにして、何気ない風で扉を閉めた。
「…どうした?」
何やら、皆が頭を上げて、俊也の方を見ているのだ。康介が答えた。
「なんか、腹が痛いんだってさ。下痢止め飲むか?」
しかし、それには佑が顔をしかめた。
「なんか変なもん食べたんなら、出しちまった方がいいぞ。」
浩二が、それには頷いた。
「確かにそうだ。無理に止めると反って悪くなることがあるんだよ。トイレに行った方がいいぞ。」
俊也は、暗い中でも分かるほど青い顔をして、前かがみになりながら、腹を押さえてトイレの方へと歩き出した。
「分かったよ…めっちゃ腹痛ぇ…。」
俊也は、トイレへ入った。郁人と佑は、顔を見合わせた。
「…じゃあ、ま、みんなは早く寝てくれ。三時になったら謙太と拓也を起こすから、二人は特にな。俊也のことは、オレ達が見とくよ。」
そう言いながらも、自分達は交代などする事がないことは、二人が一番よく知っていた。氷の時限装置は、二時間…二時前には、自分達は出て来ない俊也のせいで、外のトイレへと二人で向かうはずだった。
つまりそこで騒ぎが起こり、皆寝ている暇など無くなるのだ。




