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話し合いは無難に終わった。
佑が、人狼なら誰でも思ったやり過ぎだということが、やはり村側にも指摘はされたが、それでも決定的に疑われたわけでもなく、話し合いの最初にしたらいい方だったのではないだろうか。
急に記憶が何だと浩二が言い出したので面倒が起こって、知美が倒れて謙太が運ぶ事になってしまったが、謙太にしたら、女子達の部屋の構造が知れたので良かったと思っていた。襲撃は、自室へ押し入らなければならないかもしれないからだ。
部屋へと戻ろうと歩いていると、ちょうど駿が同じように部屋へ向かっているのと会った。謙太は、駿が一人なのを見て、言った。
「なあ。」駿は、謙太を見た。謙太は続けた。「なんでオレを殺そうと思った?」
駿は、驚いた顔をした。
「え…?原さん、いったい何を…。」
駿は、オドオドと視線を動かして、下の名前で呼ぶのだと決めていたのにも関わらず、普段と同じように苗字を口にした。謙太は、それでも言った。
「思い出してんだよ。オレは事故った。だがな、あれはオレのせいじゃねぇ。お前、オレがトラックに乗り込む前に、ドリンク剤を渡したよな。オレは、それを何も思わず立ち寄ったサービスエリアで飲んで、高速降りて抜け道へ入った所で具合が悪くなったんでぇ。思えば、あのドリンク剤を開けた時、蓋にいつもある手応えが無くて、一度開けたような感じだったんでぇ。お前、何か入れてたな?違うか。」
駿は、首を振った。
「何も!オレもあれを、貰って…でも、飲めないから、原さんにって…。」
「誰にだ?」謙太は、追いうって言った。「帰ったら聞けるしな。」
駿は、後ろへと冷や汗をかいてジリジリと下がった。もう、言い逃れは出来ないと思ったのだ。その上、自分は狂信者で、このゲームでは人狼に襲撃される恐れもある。殺される可能性も充分にあるのだ。
だが、謙太は黙ってその様子を見てから、踵を返した。
「…そういうこった。オレは知ってる。だが、オレも生きて帰りたい。今は、これ以上何も言わねぇよ。お前がなんで死んでここに居るのか知らねぇが、お前も生きて帰りたいだろうが、帰った後何があるかは自分で考えな。オレはこのままにはしねぇぞ。」
謙太は、そう言い置いて、その場を離れた。
駿は、へなへなとその場に崩れ落ちた。
昼間は、なるべく接しずに置こうというのが、人狼陣営四人の決めたルールだった。
とはいえ、あからさまに避けるのはまた不審がられるので、普通に話す機会があったら話そうというぐらいの軽いルールだった。
それでも、いろいろと面倒があってはならないので、午前中は謙太は、そのまま部屋でどう進めて行くのか考えていた。
しかし、昼も過ぎて来て、朝も流れで何も口にしていなかった謙太は、さすがに食事をしておこう、と、階下へと降りて行った。
そこには、男ばかりが数人出て来ていて、同じように食事を摂っていた。その中には駿も居たが、謙太とは目を合わせない。謙太は、気付いた康介が寄って来るのを待った。
「謙太も来たのか。呼びに行くべきかなって話してたんだよ。朝から何も食べてないみたいだったし。」
謙太は、朝は弱った演技をしていたっけな、と苦笑した。
「ちょっとな、参っちまって。もう大丈夫だ、腹も空いて来たし。ちょっと食い物取ってくらぁ。」
そう言ってキッチンへ入って行くと、結構な物が揃えてあって、何でも食べられる状態だった。それで、謙太は冷凍のチャーハンとラーメンを解凍して、それをキッチンでかき込んだ。居間へ出て行って食べても良かったが、駿がオドオドしている前で落ち着いて食べられるとは思えなかったからだ。
食べ終わって外へ出て行くと、男子は全員そこに揃っていて、座っていた。謙太は、自分もソファの方へと歩いて行きながら、言った。
「それで、何か議論は進んだのか?」
それには、俊也が答えた。霊能者だとカミングアウトしてから、それが俊也だけだったこともあって、発言力を持っているようだ。
「ああ、占い師のことなんだよ。見るからに怪しい真代さんを信じろと言われても無理だなあってみんな一致で思ってたんだが、謙太はどう思う?」
謙太は、慎重に皆を見回して、ソファに座りながら、わざと考えるように言った。
「…今の時点では分からねぇな。真代さんって、人として変わってる感じだろう。真占い師だとしても、恐らくあんなだぞ。だから、オレはまだどっちだとか言えねぇかなとは思ってる。決めつけるのは危険だ。」
郁人は、それを聞いて睨むように謙太を見た。
「…それは、お前があいつのことを知らないからだ。」
謙太もだが、他の者達も驚いて郁人を見る。郁人は、目の前で肘を自分の膝について、手を三角を作るように組んで、口元を押さえるような形で、続けた。
「…またかと思うかもしれないけど、オレはあいつに殺されたんだ。」
皆が、息を飲んだ。佑が、目を見開いて身を乗り出した。
「お前も?確か浩二もそんなこと言ってたが、お前も女子に殺されたってか?」
浩二が、顔をしかめた。
「いや、オレの場合はもういいんだ。恐らくだが、オレも知美さんに何かしたような気がするし。逆に謝りたい気持ちだから。だが、郁人はなんでだ?」
郁人は、姿勢を変えずに、淡々と言った。
「…ここだけの話にしてほしい。実際、人狼ゲームとは関係ない事だから。でも、あいつがヤバイのは、オレは知ってる。あいつは、オレのストーカーだったんだ。最初は、コンビニで見かける程度だった。いつも会うから、行動時間帯が一緒なんだぐらいにしか思ってなかった。なのに、毎日毎日、気が付くと、帰り道に立ってる。電柱の影とかさ…気が付いたら、目の前のアパートに越して来てて。避けても避けても現れる。だから、オレは怒鳴ったり追い払ったりしたんだ…なのに、あの日、オレの部屋へ来た。」
皆が、ドン引きしてそれを聞いていた。康介がゴクリと唾を飲み込む。
「そ、それは…お前を殺しに来たのか?」
しかし、郁人は暗い顔で首を振った。
「いいや。オレが罵声を浴びせてるのに、あいつは薄笑いを浮かべていやがった。それで、オレの目の前で、自分の腕を切り付け始めたんだ。あっちこっち、腕だけでなくて腹とか胸とか。オレはそれを止めようとして、あいつはそしたらオレのことも切り付けて来た。腹に傷を受けたのが分かったが、あいつはまだ自分も血だらけになりながら刃物を振り上げてて…無我夢中で、その刃物を取り上げて、倒れたあいつの背中を滅多刺しにした…気が付くと、あいつは動かなかった。血が止まらなくて、オレも気が遠くなって…そこから、覚えてない。だから、あいつはオレが殺したし、オレもあいつに殺された。そういう関係さ。あいつは覚えてるのか分からないけど…でも、対抗にあいつが出て来たのは、腹が立った。敵同士だと分かっただけでも喜ばなきゃならないんだろうけどね。」
壮絶な死因に、さすがの謙太も、佑も絶句している。
俊也が、戸惑いながらも、言った。
「まあ…つまり、郁人はストーカーされて殺されたから、真代さんが許せないってことだな。だから感情的になるっていうか。」
謙太が、それを咎めるように言った。
「おい、そんな軽いもんじゃねぇだろうが。付きまとわれて家に押し掛けられて殺されたんだぞ?お前ならそんなヤツを許せるのかよ。そいつが対抗に出て来たら、こうなってまで自分を追い詰めるのかって、そりゃあ腹も立つわな。郁人はよく我慢してるって思うぐらいだ。」
それには、拓也も何度も頷いた。
「そうだ。オレだったらこんなもんじゃなかったと思う。俊也、お前軽くないか?真霊能者だったらもっとしっかりしてくれよ。」
俊也は、少し焦ったようで首を振った。
「いや、確かに感情的にはそうだろうけど。オレが思ったのは、そんなヤツでも何を引いたか分からないってことなんだ。さっきも謙太が言ってたけど、カード次第でそんなヤツでも真占い師の可能性もあるって。郁人が偽物だって言ってるんじゃなくて、普通に考えたらどっちか分からないってことなんだよ。」
それには、郁人も諦めたように頷いた。
「それは分かってる。だから、オレも思い出してたけど何も言わなかったんだよ。だって、言ったところで思い出して腹が立つだけだから。俊也が言ったように誰が何を引いたか分からないんだ。私情を挟んでも良い事ないしさ。これからも、女子達には言うつもりないよ。言ったら言ったで、変に勘繰られて反対にこっちが疑われるかもしれないからね。でもさ、たまにはイライラして怒鳴っちゃうこともあるかもしれないから、ちょっとここで言っておこうかなって思って。君達だって、そんなヤバいヤツが人狼だなんて思ったら、落ち着かないんじゃない?」
そこで、扉が開いた。
みんな一斉にそちらを見る。女子達がそこに、並んで立っていた。端に座っていた俊也が立ち上がって言った。
「ああ、呼びに行こうかって言ってたんだ。一時間ぐらい前から男は全員降りて来てここに揃ってさ。いろいろ話してたんだ。康介や浩二にも、弁明の機会が要るだろう?ちょっと怪しいってだけで、投票対象にするのはさすがに危険だ。」
俊也は、渡りに船とばかりに女子達に話しかける。
そこからはまた、誰が怪しいだのの応戦だった。
謙太は面倒だと思いながら、ここに居る皆がそれぞれに、何かの問題を抱えて、それによって殺されたのだと事実を、改めて思っていた。
もちろん、ただの事故の者も混じっているのかもしれない。だが、こうして思い返していると、皆がそれぞれに、ただの事故のようでそうでない、人災に巻き込まれて亡くなっているのだ。
いろいろな事実は出て来たが、それでも謙太は、ひたすらに取り決めた通り、佑と郁人の反対方向へと舵を切り、それでも中立のような立場を崩さず、敵を作らずにその日の投票を迎えることになった。