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郁人が、悲壮な顔をして、そんな佑の肩に手を置いた。謙太が、その郁人の肩に同じように手を置くと、言った。

「…さあ。上へ運んでやろう。明日の朝、結果が分かる。霊能者に頼らなくても、こいつの正体がハッキリとな。村人だったとしても、無駄じゃない。」

郁人は、力なく頷いて、謙太と共に運びやすいように、床の絨毯の上に佑を寝かせた。拓也と康介が、もはや慣れたように側へと寄って行った。

「手伝うよ。」

謙太が黙って頷く。そんな様子を見て、真代がフンと鼻を鳴らした。

「その人は猫又じゃないわ。最後に悪あがきしただけよ。間違いなく、人狼なの。私は見たんだから。村のためなの。この人が美久さんや涼香さんを殺したんだもの。自業自得よ。」

謙太が、キッと真代を睨んだ。

「うるせぇ。そんなことは、明日死体が一つだった時に言いな。オレ達にはこいつが真に見えてんだよ。吊っちまったから、どっちを連れてくか分からねぇが、人狼を連れてってくれと思ってる。」

知美は、さっきまで白いと言ってくれていた謙太が、そんなことを言うのでショックだった。だが、明日の朝までのことだ。佑本人が言っていた通り、二人の死体が出るのは猫又が死んだ時だけだ。だから、襲撃で誤魔化すことも出来ない。だから、明日になれば全て上手く行くはずだ。

知美は、運ばれて行く佑を真代と共に見送りながら、なぜか不安を拭い去ることが出来なかった。


人狼の襲撃が、もう可能な時間であるのは分かっていたが、共有部分の照明はまだついていたので、誰かと一緒なら大丈夫そうだ。

皆そう思っているのか、結構皆がキッチンへと出入りしていた。

さすがにこれだけの人数が行ったり来たりしている中で、襲撃など出来ないだろう。

それに、知美は人狼から見たら猫又なので、襲撃するのは危険だった。自分の命まで無くなるからだ。今、佑という人狼仲間を失ったばかりなのに、そんなリスクを冒して襲撃して来る人狼など居ないだろうと思われた。

何しろ、人狼は三人。一人は吊られ、あと二人残っているが、人狼だって一人になるのは心細いだろう。

真代は、襲撃が怖いのかもう部屋に籠っているようで、さっき籠にたくさんの食べ物を詰めて持って上がって行った。

知美も、さすがに暗くなってまでここに居るのはと思い、同じようにキッチンへ入ると、籠に食品を入れ始めた。

今日になって気付いたのだが、いつの間にか新しい食材が追加されてあって、食べる物には本当に困らない。生鮮食品も、傷みそうな物はさっさと新しい物に変わっていて、刺身などもきちんとチルド室に収まっていた。

ただ遊びに来ているだけなら、本当に便利なのだが、今自分達は命を懸けてゲームをしているのだ。

刺身も久しぶりに食べるかな、と知美が考えていると、隣りから、声が聞こえた。

「ちょっといいかな?」

驚いて振り返ると、郁人が立っていた。知美が思わず身を固くすると、郁人は肩をすくめた。

「いや、その、その刺身が欲しいんだ。短冊だし切らないと持って行けないし、消灯までにやってしまいたいんだよね。」

知美は、自分が冷蔵庫を開いたまま、じっと考え込んでいたことに気付いた。そうして、慌てて場を開けた。

「ご、ごめんなさい!私も、お刺身持って行こうかなって思って…。」

郁人は、チルド室からマグロとイカの短冊を取り出して、眉を上げた。

「君も?」と、短冊へと視線を落とした。「そうか…一人分には多いんだよね。じゃあ、オレが刺身を切るから、君はそっちのご飯のパックをレンジで温めといてくれない?オレ、ご飯と刺身、大好物なんだよね。あ、お湯も欲しいな。そっちにインスタントの味噌汁あった。」

知美は、振り返って棚の上を見た。確かに、紙コップの形の味噌汁が、行儀よく並んでいるのが見えた。

「じゃあ、私がお湯を沸かすね。」

知美は、電子レンジにパックのご飯を放り込んでセットすると、急いでヤカンに水を入れて火をつけた。そうして、味噌汁のカップを開いていると、隣りで一生懸命短冊と格闘する、郁人を見た。郁人は、そんなことには慣れていないのか、とてもぎこちない感じだ。しかも、左利きのようで、左手で包丁を持って、必死にマグロと格闘していた。

その様子に、思わず知美はプ、と噴き出した。

「…慣れてないの?私がやろうか?」

郁人は、左隣に居る知美を見ると、フッと笑った。

「そうなんだよ~。どうせ食えないのに。いくら何でも左手でって、そりゃ無理な話だよね。でもさあ、そうしろって言われたからさ。」

それは、一瞬だった。

郁人は、笑顔のまま知美の目の前で突然に包丁を横へと思い切り振った。と同時に、なぜか肩を押された。

「え…?」

最初、右肩をあっちへ行けと小突かれたのだと思った。

体がそちらへ向いて、何かが郁人ではなく知美の右の方向へと凄い勢いで噴き出しているのが感じられた。

首が熱い、と感じたと同時に眩暈がして、立っていられない。

ガクッと膝を付くと、郁人を見上げるような形になる。目の前は、真っ赤だった。床が見る見る真っ赤になって、その血だまりの中へと倒れ込む瞬間に、自分が郁人に切られたのだと、知美はやっと気付いた。

…どうして…?猫又だって、知ってる、でしょう…?

知美が最後に思ったのは、それだった。


知美の開いた目が何も映さなくなったのを、冷たい目で見降ろしていた郁人は、手に持っていた包丁の柄を、丁寧に拭いた。

そして、それを知美の右手に持たせると、小さく呟いた。

「…後は頼むぞ。」

そうして、郁人はその場にぐにゃりと倒れた。

全てが終わった後、そこには、入って来る人影があった。その人影は、真っ赤な血しぶきと惨状を見て、大きなため息をついた。

そして、指紋が付かないように他の包丁を出すと、その包丁で郁人の首筋を割いた。

とっくに死んでいる郁人からは、血が滲み出して来る程度で噴き出して来るようなことは無い。

側の知美の血液を、郁人を転がしてつけると、なぜか知美も転がしてうつ伏せにしてから、また仰向けになおした。そして、郁人を刺した包丁を丁寧に洗って、また元の場所へと戻す。

そうして、その人影はそこを出て扉を閉めた。

その瞬間、消灯時間が来て、真っ暗な中、郁人と知美は置き去りにされたのだった。


次の日の朝、のっそりといった感じで、謙太、康介、拓也、浩二、俊也の五人は部屋から出て来た。

皆が皆、憔悴し切った顔でいる。昨日は、6時になってすぐに出て来た皆も、今日は恐る恐るという感じで、出て来ていた。

「…おい、郁人は?」

謙太が言う。拓也が、あまり寝ていないのだろう、赤い目をこすりながら、首を振った。

「いや、出て来てないな。あいつは気になるだろうし、6時ぴったりに出て来てどこかにある死体を探しにでも行ったんじゃないか。」

謙太は、投げやりな感じにそういう拓也をひと睨みして、郁人の208の部屋の扉を叩いた。

「郁人?おい、居るか?」

返事がない。

ドアノブを引いてみると、あっさりと開いた。

「おい?」

しかし、中には誰も居ない。ベッドも、きちんと整えられてあった。

「…やっぱり、先に起きてったんだな。綺麗なもんだ。」

もしかして、そこに郁人が死んで転がっているんじゃないかとでも思っていたのか、拓也はホッと肩の力を抜いた。

「そうか。だったら、下へ行ってみよう。女子達だってもしかしたらもう降りてるかもしれない。」

謙太は頷いて、疲れ切っている康介と浩二、俊也にも頷きかけた。

「行こう。佑が本物か偽か、それで分かるってもんだ。」

俊也は、何も言わない。

そのまま、五人は下へと降りて行った。

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