32
謙太は、その大きな体には似合わないような丁寧な様子で、涼香をそっとベッドの上に寝かせた。そうして、開いたままだった瞼を、大きな手で閉じた。
「…一生懸命だっただけなのにな。こんなことになっちまって。狩人は、何をしてたんでぇ。共有が片方やられたんだから、こっちを守っても良かったってのによ。」
その声には、力が無かった。真代が、まだ眉を寄せたまま、言った。
「狩人には盤面が見えてないから。もしかしたら郁人さん辺りを守ってたんじゃないの?誰が狩人なのか分からないけど、役に立たないわ。」
だが、こうして人が減って来た今、その狩人の位置が見え始めているのも事実だった。知美は猫又なので違う。だが、もしかしたら村視点、自分は狩人かもと思われているかもしれない。今隣りに居る、謙太もそうだった。謙太の白さは、初日からずっとだった。もしかしたら次の襲撃は、謙太なのかもしれない…。
知美が、そう思って案じるような視線を謙太に向けると、謙太は片眉を上げた。
「なんだ?まあここで言うのもなんだが、オレは狩人じゃねぇ。誰にも言うなよ。いっそそれを疑って噛まれてもいいかって思ってるんでぇ。遺体運びは、もう懲り懲りだ。」
一番力のある謙太は、いつもそうやって力仕事に駆り出され、遺体を運んで来たのだ。そう思ってもおかしくないだろう。
真代が、言った。
「それ、言ってもいいの?私が偽だって思ってるんじゃない?知美さんだって私の白なのよ?」
謙太は、フンと小さく鼻を鳴らして踵を返すと、扉へと歩きながら答えた。
「もうどっちでもいい。そもそも、知美さんは白いじゃねぇか。真代さんが偽だとして白打ってまで庇う理由はねぇ。その真代さんが黒だってんなら、佑は人狼で庇ってた郁人もそうなんじゃねぇか。オレには、そう見えて来てるんだよ。」
知美は、口を押さえた。真代が、深刻な顔をして、謙太の進行方向に立ちふさがると、向き合って謙太をじっと見つめた。
「…謙太さん、あなたは、白過ぎるの。このままじゃ、ほんとに噛まれてしまうわ。今言ったこと、言い過ぎない方がいいと思う。涼香さんが死んだ今、今朝みんなの意見を聞いていると、私寄りの意見が増えて来ているように思ったの。郁人さんに黒を出された浩二さんも、きっと私寄りになったし、拓也さんが私の意見に共感してくれていた。どうなるのか分からないけど、あなたが猫又でないなら、噛まれないように気を付けて。ほら、今日から…もう、夕方5時の投票直後から襲撃してもいい期間に入ったのよ。」
知美は、それを忘れていた事実に、息を飲んだ。ということは、狩人はもう、今日の護衛先も指示してあるのだろうか。今朝涼香が襲撃されていたのに、涼香を守ることにしていたら、今日の護衛は捨てることになってしまうのではないのか。少し判断力があって、今朝の襲撃先を見てからにしようと思ってくれている狩人ならいいが、もう油断出来ない…いつ、人狼に殺されるのか分からないのだ。
「なんでぇ…真代さんも気付いてたのか。男連中は昨日からそれについて話してた。朝起きた時から油断がならねぇってな。オレ達みんなが生きてるってことは、涼香さんの襲撃は今朝6時までに行われたってことだ。つまり、人狼はもう、夕方5時過ぎから襲撃することが出来るんでぇ。みんなで集まってる時はいいが、離れる時は気を付けるんだな。何が起こるか分からんぞ。」
そう言うと、謙太は険しい顔のまま、真代を避けて階段を降りて行く。
知美は、それを追って慌てて足を速めた…今謙太と離れたら、それこそ脇から誰が出て来て襲撃されるか分からない。もちろんまだまだ間があるが、それでも何が起こるか分からなかった。
いくら死んでもいいと思っては居ても、やはり土壇場になると知美は、怖かった。
急いでついて来る真代を感じながら、知美は謙太の背を必死に追って一階へと向かった。
三人と涼香以外の皆が、そこに揃っていた。
ソファではなく、例の丸テーブルに座っているところが、真剣に話し合おうという皆の心持ちを伝えて来て、知美は緊張した。
急いで自分の席へと座ると、郁人が険しい顔のまま、言った。
「で?謙太はオレの黒の浩二が、何だって白く思うんだ。」
いきなりの言葉だったが、謙太は驚く風もなく謙太を睨むように見て、言った。
「涼香さんの死因を、あんなにあっさりと解明してみせたからだ。人狼だったら、どうやって死んだのか隠したいだろう。看護師だった事実だって、不利になるのが分かってるのにどうしてここで開示するんだ。病院関係者だったが注射なんかしたことねぇ、で通したらよかったんじゃねぇのか。だから白いんでぇ。そこに黒を打ったお前は、オレから見たら限りなく偽物なんだよ。ってことは、お前が人狼なんじゃねぇのか。そっちの、佑と一緒に。」
郁人は、冷静で居ようとしているようだったが、声には激しさが出てしまっていた。
「違う!オレは人狼じゃない!佑が黒だなんて対抗占い師にそそのかされて、お前まで間違った考えになってるんだ!いや、そもそもお前が人狼なんじゃないのか。真代さんに指示して佑に黒を出させたんだろう!」
謙太は、静かな怒りをその視線に含ませたまま、首を振った。
「オレじゃねぇ。お前こそ何を必死になってるんだよ。おかしいじゃねぇか。」
知美は、訳が分からなかった。謙太は、きっと村人なのだ。とは言っても、村人目線まだ郁人と真代の真贋はつかないはずだった。知美目線、佑は間違いなく人狼陣営なので、そこに黒を打った真代は絶対に白、真占い師だった。だが、村人には、まだ分からないのだ。
思った通り、康介が言った。
「その…オレには分からないんだ。というか、昨日までは間違いなく真代さんが人狼陣営なんだと思ってたからな。でも、今日はマジで分からない。今見てると、村が分かれてて…真代さん、俊也、謙太、浩二が同陣営、郁人、佑が同陣営って感じ。知美さんは真代さんに白を打たれてるから真代さん寄り、拓也はさっきの意見じゃ真代さん寄りだろう。オレは、分からないからどっちつかずになってる。オレ目線、でもそれじゃあ人狼の数が足りない。」
言われて見ると、そうだった。
佑と郁人が同陣営だとして、知美目線人狼が二人。だが、一人足りない。人狼は三人、そして狂信者が一人なのだ。恐らく、俊也は真霊能者だろう。もし偽なら、人狼が占い師に出ているのが分かっているのだから、黒だと言うはずだったからだ。
知美は、思わずつぶやいた。
「確かに…。」
すると、佑が何度も頷いた。
「そうだ!オレ達が人狼だとしたら、もう一人の仲間はどこなんだよ?二人をまとめて吊られるかもしれないのに、そのもう一人は何をしてる?一人でも勝ち残っていけると思ってる、やたら自信のある奴なのか?!オレ達は、人狼に陥れようとされてるんだ!」
知美は、そう言われて顔をしかめた。自分が猫又だ…だからこそ、佑は偽だと分かっている。だが、郁人は?もしかして、真代が人狼で、仲間を切って信用を得て、他の仲間と二人勝ちを目指しているなんてことは…?
そう考えると、知美の背筋にまた冷や汗が流れた。そうだ…その可能性もあった。
拓也が、フッと肩で息をつくと、立ち上がってホワイトボードの前へと移動した。そうして、ペンを持って言った。
「とりあえず、涼香さんが死んだから片白のオレがまとめるよ。オレも、なんだか段々いろんなことが見えて来た気がする。じゃあ、占い先を書くぞ。昨日の続きだ。」
・占い結果
真代 駿○→知美○→佑●
郁人 拓也○→佑○→浩二●
・霊能結果
駿 優子○
俊也 優子○→駿○
こうして見ると、真代の占い先はセオリーなど無視した様子だった。グレーを何とかしようという感じでもなく、今回の佑占いも完全白を作ろうとしたのではなく、ただ、怪しいから占った感じだ。郁人の方が、グレーを潰して行こうという気持ちが見える占い先だった。
拓也が、じっとそれを見て、言った。
「そうだな…これを見たら、占い先から確かに郁人が真占い師に見えるんだ。グレーとか怪しい所を何とかしようとしていて、真代さんのように力技で相手の結果をねじ伏せようという感じでもない。それに、さっきの事なんだが、先に占い結果を言ったのは、郁人だったよな?後から真代さん。こんなに都合よく黒が二つってなかなか出ないし、だったら後から出した真代さんが、佑に罪を擦り付けようとした人狼に見えなくもない。」
知美は、そう言われてハッとした。言われてみればそうなのだ。真代は、郁人の黒結果を見てから、黒と言った。仲間を探し当てられた人狼が、仲間を切って真を取って生き残ろうとしたのだったら…?
縄の数は、幾つなのだろう。
知美がそう思った時、まるでその考えを聞いていたかのように、謙太が言った。
「…三日目、残り9人。今の時点で吊縄は4つ。俊也が真だとしてまだこの村には人狼が3人残っている。間違う余裕は、たった一回だ。今夜から、確実に人狼だと思う奴を吊るんだ。それしかねぇ。」
真代は、真っ直ぐに佑を指さした。
「佑さんよ!明日から、私が人狼を探す!」
佑が、首を何度も振った。
「オレを吊ったら、人狼じゃなくて村人を道連れにするかもしれないんだぞ!そんなリスクは村は負えないだろう!」
すると、浩二は言った。
「…一回、間違える余裕があるんだろう。だったら、今夜はオレを吊れ。そうしたら、白が分かる。狩人は絶対に俊也を守ってくれ。真霊能者なら、オレを白だって言うだろう。もし偽なら、オレ目線人狼である郁人側ってことだから、黒だと言う。それで、判断してくれ。」
知美は、浩二は人狼ではない、と思った。
もしかして俊也が狂信者か何かで、それを知っている人狼なのかもしれないが、この潔さは人狼ではない。
人狼陣営の者達は、自分達が生き残るために、人殺しをするような性格なのだ。
それを、自分の身を差し出すことから、どう考えても浩二は、人狼ではない。本当の命の懸かった、人狼の潔さではないのだ。
皆がそれを聞いて、それぞれの思いを巡らせているのか、黙っていた。だがその中、真代が決心したように顔を上げた。
「…分かったわ。じゃあ、私は明日、俊也さんを占う。そうしたら、黒を出した時に、人狼なのかほっといてもいい狂信者なのか分かるもの。誰から先に吊るべきか、はっきりするわ。あなたは白い。私が必ず人狼を見つけるわ。」
知美は、慌てて言った。
「ちょっと待って、浩二さんが白いのに吊るの?!だって…人狼は生き残るために人殺しをするような人達なのよ。自分の命を差し出す浩二さんは、絶対に人狼じゃない!」
浩二は、驚いた顔をした。知美が、自分を庇ったからだ。
「いや…オレはいいんだ。村人が勝てば、また生き返らせられるんだろうし。必要な犠牲だと思う。処刑の死に方は、全然苦しく無さそうだし、このゲームに勝って帰れるならオレは構わない。」
拓也が、じっと下を向いて考えていたが、顔を上げて、言った。
「…そうだな。佑を吊るリスクを考えたら、浩二の白を証明できた方がいい。俊也が何を出すかで、俊也がどっちの陣営なのかもはっきりする。それでいいのかもしれない…襲撃とかで行動するから人狼だって尻尾を出すかもしれないしな。」
知美は、それでも言った。
「でも、それで俊也さんが真だってどうやって判断するの?!真代さんが白だって占っても、それが狂信者のそれなのか真のそれなのか判断がつかないわ!浩二さんは無駄死にになるのに!今は明らかな白を吊っている場合じゃないでしょう?!」
拓也は、困ったように皆を見る。浩二も、知美の剣幕にどうしたらいいのか分からないらしい。真代が、知美を見て顔をしかめた。
「知美さん、あなたは白だからそんなにあからさまに浩二さんを庇っても疑いはしないけど、でも本人が村のために死んでくれるって言ってるんだから。あなたは、何が見えてるの?」
知美は、ブルブルと震えていたが、それでも、立ち上がって、言った。
「私が!私が猫又なの!だから昨日から、佑さんが黒だって知ってるのよ!だから私は真代さんを信じているし、その対抗の郁人さんが人狼陣営で、郁人さんが出してる黒の浩二さんは、限りなく白なの!私には、そう見えるの!」
皆が、息を飲んで知美を見上げた。
知美は、ついに言ってしまった、と皆の視線を受けたまま、じっと立っていた。




