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階段の途中で、声がした。
「おおい!来てくれ、早く!」
拓也と、佑の声だ。
真代は、途端にガシッと知美の手を掴むと、言った。
「離れないで!行こう!」
知美は、頷いて真代の手を握り返すと、二人で手を繋いだまま、階段を駆け下りた。
すると、そこには男性が皆集まっていて、トイレのドアの方を見ている。
「どうしたの…?」
知美が、おずおずと言うと、振り返った謙太の向こう、足元に、涼香が転がっているのが見えた。
その位置は、ちょうど昨日が佑が襲撃されたとうずくまっていた場所と同じだった。
「きゃ…!!」
思わず知美が後ろへふらっと倒れそうになると、真代と咄嗟に腕を出した謙太がそれを支えた。
「大丈夫か!今、起きて来たらここで倒れてたんでぇ。昨日は、お前達は一緒じゃなかったのか。」
真代が、頷いた。
「みんな部屋に籠っているっていう感じだったでしょう。鍵をかけて、籠っていたわ。涼香さんのことは、今呼びに部屋へと行って来たところよ。そしたら、もぬけの殻だったから。まさか人狼の襲撃時間に外に出たってことがあるなんてって思ったんだけど、出たのね。」
それには、困惑したような顔をした、拓也が答えた。
「そうみたいだ。オレ達、隣同士だから6時を待ってドアを開けたら、まず隣りの佑と目が合うはずなんだけどさ…目の前に涼香さんが転がってたから。パニックになって叫んでしまったんだ。」
知美は、ガクガクと震えている。真代が、進み出て覗き込んだ。
「でも、血は出てないわ。目は開いたままだけど…気を失ってるだけじゃないの?」
謙太は、悲壮な顔で首を振った。
「いいや。脈がねぇ。呼吸もしてない。どこにも傷はねぇのに、死んでるんだ。どういうこった。」
真代は、顔をしかめた。
「そんな…それって、管理者が殺してるってこと?人狼は、殺してないの?」
康介が、向こうから言った。
「そんなはずはないだろう。もしかして、薬品とかもあの、人狼専用倉庫とやらにはあるんじゃないのか。どこかを注射器でぶっすりやられて、それで死んだんじゃ。」
真代が、青い顔をしながらも、気丈に前に進み出て震える指で首筋を触った。鈴香は、何も映していない瞳を見開いたまま、仰向けに四肢を投げ出して倒れている。
真代は、指を離すと、言った。
「…脈がない…でも、まだ温かい。あまり時間は経ってないってことだわ。」と、首筋に指を指した。「それに、見て。ここ、小さい点みたいな出血がある。」
言われて、知美も震えながら覗き込むと、言われた通り出血の跡があった。見たことがある…これは…。
「頸動脈に、注射針を刺したんだわ…。」
「なんだって?!」浩二が、進み出て間近でそれをじっくりと見た。「…確かにそうだ。オレは、看護師だったんだ。イヤほど見た跡なんだ、間違いない。」
看護師だったのか。
知美は、病院関係者なのだろうと思ってはいたが、はっきり聞くのは初めてなので、少し驚いた。謙太が同じように思ったのか、険しい顔のまま、言った。
「思い出したのか。」
浩二は、頷いた。
「ああ。昨日寝て、起きたら当然のように思い出してた。だから分かる。多分知美さんも看護師のはずだ。ナース姿がチラチラ思い出されるから…。」
知美は、それはなんとなくそんな気がしていたので、そうだろうなと思った。だが、自分は血が苦手だ。よく看護師をやれてたなと思うぐらいだった。
「だったら、間違いないな。何でか分からんが、明け方ここへ出て来て、ここで人狼に襲撃されたんだ。なんか知らんが薬品を注射されて。」
知美は、戸惑う顔を上げた。
「でも、頸動脈を狙っていきなりなんて難しいわ!子供に採血するときに、ネットを被せて縛って採血するぐらい、血管を狙うのってじっとしててくれないと無理なの!暴れるでしょうし、どうしたらこんなことができるの?」
するとそれには、浩二が苦々し気な顔をして、答えた。
「…だから女子だったんじゃないのか。人狼には間違いなく男が居るから、そいつらが押さえつけて、声が出せないようにしたら、首筋なんて一発だ。必死に抵抗して力を入れたら、首の動脈なんか浮き出て見えやすくなるじゃないか。」
知美は、言われて確かにそうだ、と口を押さえた。女が一人で、男数人に押さえ付けられたら、身動き取れないだろう。
しかし、佑が怪訝な顔をして、浩二を見た。
「まるで見てたみたいじゃないか。そもそも、オレ達は注射なんかしたこともないんだ。そんな一瞬で素早くなんて、お前達が怪しいと言ってるようなものだろう。お前が人狼か。」
すると、郁人が、後ろから眉を寄せたまま、頷いた。
「そいつが人狼だよ。」皆が驚いて郁人を見ると、郁人は続けた。「昨日占った。浩二が黒だと出た。」
何人かが息を飲むのが聴こえた。知美も咄嗟に反応できずにいると、真代が首を振って進み出た。
「いいえ。浩二さんを占ったのではないけれど、私は佑さんを占って、黒だと見たわ。郁人さんが黒だと言うんだから、浩二さんは白よ。」
知美は、真代を見て仰天した。佑さんを占ったの?!
佑が、フンと鼻を鳴らした。
「オレは猫又。何を聞いてたんだよ。たった一人の猫又なんだっての!」
だが、真代は激しく首を振った。
「いいえ!昨日占って分かったの。猫又はまだ他に居る。潜伏してるのよ…人狼を道連れにしたいから。人狼も、それを知っているからこそ役職者を狙ったんだわ。昨日は、誰でも良かったわけじゃないのよ。誰が猫又なのか分からない人狼は、襲撃先は絶対に涼香か私か、俊也さんでなければならなかった。だって人狼が猫又に出てるのに、佑さんが偽だってバレてしまうわ。そして、私のことは噛めない。だって、私目線、郁人さんは人狼だと思うから。俊也さんを噛んだら、占い師をローラーしやすくなって郁人さんが危ない。だったら、涼香さんしかないでしょう?涼香さんが狙われたのは、必然なのよ!」
言われてみれば、筋が通っていた。
俊也は、おずおずと言った。
「その…駿は、白だった。人狼ではない、って出たんだ。だからあいつは、狂信者だ。」
その言葉に、皆がハッとしたような顔をした。そして、拓也が何度も頷きながら、言った。
「そうだ!真代さん目線すっきりして来るんだ。俊也を信じてるなら、駿が狂信者、佑、郁人とあと一人グレーに人狼。なんで気付かなかったんだろう、そうしたら、昨日の襲撃の時の様子だって分かる。郁人が最初、佑を庇っていたのも道理なんだ!」
しかし、郁人は落ち着いて言った。
「オレは人狼じゃない。だから、駿と俊也のどっちが真だったか分からない。俊也を信じたとして、駿が狂信者ならオレ目線だって対抗の真代さんは黒だ。佑は猫又だって言ってたから占ってないが、対抗の人狼が黒だって言ってるんだから本当に猫又だろう。涼香さんは、たまたま出て来たから襲われたんじゃないのか。そもそも、外から声を掛けられて出て来るはずないじゃないか。普通警戒する。だが、何かの理由で自主的に出て来たからこそここに居る。人狼だって皆殺しにされたくないから必死だろう。誰でも良かったんだと思うがな。真代さんの言い分は、よく出来てるけど出来過ぎてるんだよ。そう思われるようにこじつけたんじゃないかってオレからは見えるね。」
謙太が、それを遮るように言った。
「ここで議論してても始まらねぇ。とにかく、涼香さんを部屋へ運んで、下で話し合おう。だが、オレから見たら、真代さんの考えは筋が通っててその通りなんじゃないかって思うけどな。なんか郁人の方が苦しい感じだ。浩二は…黒には見えねぇ。理由は、後で話す。」
謙太は、そう言い終えるとさっさと涼香を軽々と抱き上げた。謙太からみたら、涼香など羽のようなのだろう。
そうして、謙太が涼香を抱いて上がって行くのに、知美と真代は自然と付き添って、305号室へと向かったのだった。




