3
しかし、言い出した男は引っ込みが付かないのか、少しトーンダウンしたものの、言った。
「そんな風にそのうちに思い出すなんて言ってオレを騙そうとしても無駄だ!オレは、絶対に脅しには屈しない!」
画面の男は、目を細めていたが、手元にある書類のような物をめくって、そうしてまた顔を上げた。そして、言った。
『多田浩二。詳しいことは伏せるが自分の服の袖を上げてみるといい。左腕だ。縦に長く一本、痕が残っている。そこに傷を負って、普通なら綺麗に消すのだが君の場合は残して置きたい心情でな。はっきりとケロイドになっているはずだ。その傷が元で失血死したのだ。』
浩二と呼ばれた男性は、グッと黙った。皆の目が、じっと自分の服の袖に向けられている。その視線には抗えるはずもなく、浩二は息をついて、サッと左腕の袖を上げた。
その腕の腹側には、長々と大きな傷が残っていた。まだ生々しい状態でピンク色をしていて、余程深く切れていたのか、縫った後を留めていたらしい、金具の穴もポツポツと完全に治ってはいない状態で残っていた。
「うわ…!!」
浩二は、自分の腕なのに驚いて袖から手を放し、飛び退った。だが、腕は体についているので当然のことながらそれと共に彼にくっついて移動した。男が、それを見て声を立てて笑った。
『威勢の良さは口先だけか?自分の腕から逃れられるわけはないではないか。だがまあ、自業自得だと私は思った。なので生き残ったとしてもそれを背負って行かせようと思い、傷は残した。つまり、自分の体を確認して傷が薄っすらとしか残っていない者達が居たら、安心すればいい。その者達は、私が真面目に生きていたと判断した者達だということだ。もちろん、私の個人的な判断だがね。普通は絶対に傷は残るものなのだ。治してやっただけでも感謝してもらいたいものだな。』
そう言っているが、おもしろがっているような口調だった。知美は、思わず自分の体を抱きしめた…この体に、もしかしたらあの男が独断で残すと決めた大きな傷があるかもしれないのだ。
しかし男は、容赦なく続けた。
『まあ今も言ったように私の独断なので参考にはならないかもしれないが、しかし傷の残っている者が人狼陣営であったなら面倒なことになるかもしれないぞ?そこは君達もよく考えて判断してくれればいい。では、無駄な話ばかりになったが、肝心のゲームの話をしておこう。しっかりと聞いておかねば今度こそ命はないぞ?いいのか。』
もちろん、いいはずはない。勢いでまくし立てていた浩二も、黙って崩れるように椅子へと座り込んだ。モニターの男は、満足げな声色で言った。
『では、人狼ゲームのことを説明する。この村には、人狼三人、狂信者一人、占い師一人、霊能者一人、狩人一人、共有者二人、猫又一人、村人三人の計13人が居る。人狼は、一晩に一人を襲撃することが出来る。狂信者は人狼は誰か知ることができ、人狼も狂信者が誰か知ることが出来る。占い師は一晩に一人、その人が人狼か人狼でないか知ることが出来る。但し、狂信者を占っても結果は人狼ではない、と出る。霊能者は、前日の夜追放された者が人狼だったか人狼ではなかったかを知ることが出来る。これもまた、狂信者は人狼ではないと出る。狩人は、一晩に自分以外の誰かを守ることが出来る。この村では、毎日連続で同じ人を守ることが可能だ。猫又は、人間陣営で、人狼に襲撃されると、襲撃した人狼を一人道連れにする。昼間の議論で処刑されたら、ランダムに誰か一人を道連れにする。共有者は、お互いに村人であることを知っているだけで他に能力はない。だが、この二人は確実に村人だと分かっている。村人には何の能力もない。』
皆、黙り込んでただ目の前のテーブルや、虚空を見つめている。男は続けた。
『本日はもう23時なので人狼の襲撃はない。人間側の役職行使、占い師の占いはある…占い師の部屋のカードと一緒に、人間陣営の人の部屋番号がひとつ、書かれて置いてあるからそれを確認して欲しい。明日の20時まで、しっかりと話し合って人狼は誰なのか決め、投票で一人の追放者を決めろ。その夜、その一人が処刑され、残る者達で夜を迎えることになる。夜は自由に過ごしてくれて結構だが、共有スペースの灯りが落とされるので基本真っ暗になる。人狼が襲撃しやすくなるので、出歩くのはあまり推奨しないな。』
そこで、佑が顔を上げた。
「基本?」
男は、頷いた。
『部屋には、一本ずつ懐中電灯が置いてある。それを使っていくらか明るくすることは可能だ。なので部屋に居たくないと言うのなら、それでも大丈夫だ。ただ、村人側の役職持ちが能力を行使するためには部屋に帰る必要があるから、ずっと外に居るわけにはいかない。ここでルールを説明するが、村人も人狼も他の役職も、全ての人は自分のカードを他人に見せることは禁じる。自分が役職を行使している時に部屋へ他の人間を入れることも禁じられる。その他のルールの詳細は、部屋に置いてある冊子を参照して欲しい。ルール違反を犯した者は、その場で追放処分となる…つまりは、処刑だ。』
知美は、おずおずと言った。
「あの…処刑って?それも、私達がってことですか?」
男は、それにも流暢に答えた。
『薬品を使って一瞬であの世へ送ることが出来る。君達の腕輪は、ただ目印のために着けてあるのではない。その中には人を一人簡単に殺せる薬が仕込まれてあるのだ。処刑が決まれば、痛みも感じる間もないほど迅速に死ねるので安心するといい。では、腕輪の話が出たのでその機能の説明をしよう。』
また、モニターから男の顔が消えた。そして、代わりに自分達が今装着している腕輪の画像と、簡単な説明が横に書かれた画面に切り替わった。
『その腕輪の機能は、君達のバイタルのモニターと、投票先を集計するためにこちらへ各自の結果を送信すること、役職行使の際誰の結果を知りたいのかこちらへ知らせる機能がある。個人個人の通信機能はない。あくまでこちらとそちらを繋ぐ手段なのだ。ちなみにチタンで出来ているので削って外そうとしても無理だ。』
知美は、それをなるべく見ないようにしていた。確かにぴっちりとくっついていて、それでも違和感もないし痛みもない。蛇腹のようにくねくねとした造りなので、そのせいで痛くないのかもしれないが、それが自分を殺すかもしれない事実が、それを直視するのを避けさせていた。
男の声は続けた。
『さて、投票の仕方だ。まず、投票したい番号を押す。その後、0(ゼロ)を三回押す。それだけだ。役職行使も同じ。行使したい相手の番号を押す。その後、0を三回。以上だ。さて』
そこで、またパッと男の映像へと切り替わった。すると、男は椅子の中で伸びをしていた。
『長く時間を取ってしまった。では、これからまずは二階三階の居室へ移ってそれぞれの役職を確認してくれ。今日は人狼の襲撃もないので、明日からに備えてゆっくりと眠って英気を養うといい。部屋に置いてあるルールや自分の役職の能力などの確認も、生き残りたければしっかりしておいた方がいいぞ。共有部分の灯りは、本日はこのまま消さずにおく。キッチンで食べ物を調達したい者は自由にするといいだろう。では、健闘を祈る。』
そして、唐突にそれは切れた。
真っ暗になった画面には、もう全く何も映し出されていない。
全員がしばらく、放心状態でただぼうっと椅子に座っていたが、知美の隣に座る、佑が言った。
「ここは、あの男の思い通りになっていると思わせた方がいい。そのうち、隙も出来るだろう。それまで、言う通りにしよう。で、名前だけでも今言っておこう。オレは、柳瀬佑。」
佑は、そう言ってから知美を見た。知美は、慌てて言った。
「私は、吉村知美です。」
すると、知美を隣りのかわいらしい男子が言った。
「オレは、八木郁人。オレは13番だから、どうせなら番号順に佑さんの向こう側から言ったらどう?」
それを聞いて、佑の向こう側に座っている中肉中背の男が言った。
「ああ、オレは3番。川上拓也だ。」
「白木美久です。4番です。」
快活そうな外見だったが、今はしおれてしまっておとなしい。隣りの、いかにも優等生な感じの男性が言った。
「5番、松本康介です。」
「はい。6番、畑田真代です。」
その女性は、ほんわりとした、いつも笑みをたたえているような感じの不思議な雰囲気の人だった。こんな状況なのにそれが分かっているのか居ないのか、やはり薄っすらと笑っている。その隣りの女性は、少し困惑したように真代を見ながら、言った。
「あの、7番です。芝田裕子です。」
見るからにおとなしそうな弱々しい声だった。その隣りの、謙太が言った。
「8番、原謙太。」
知ってるだろうと言わんばかりだ。そして、さっき腕の傷を晒した男が、言った。
「9番、多田浩二。」
ブスッと不貞腐れたような感じだった。あの後なのだから、気まずいのかもしれない。その隣りの、見るからに好青年な日焼けした男性が言った。
「10番、三木俊也です。よろしく。」
その隣りには、佑とはまた違ったタイプの明るい雰囲気の茶髪のイケメンが居て、慣れた様子で流暢に言った。
「11番です。柴野駿、タケダ運送の営業やってます。謙太さんとは同じ会社です。でもそれ以外は知らない人ばかりです。よろしくお願いします。」
すると、それを聞いた謙太が、ハッとしたように言った。
「そうだ、お前営業の柴野じゃねぇか!なんで忘れてたんだ、頭がちょっとすっきりして来たぞ。」
駿は、顔をしかめた。
「謙太さん、いつもそうだから。オレが取って来た仕事だって忘れてしまってすっぽかしたり。」
それには、謙太もバツが悪そうに頭を搔いた。
「ああ、仕事が多過ぎんだよ。悪かったって言ってるじゃねぇか。しつけぇぞ。」
佑が、息をついて少しイライラと言った。
「そんなことは後で個人的にやってくれ。じゃ、次、12番?」
佑に促されて、ホッとしたようにあのサラサラストレートのクールビューティー、涼香が口を開いた。
「町村涼香です。涼香と呼んでください。」
「で、13番はさっき言ったオレ、郁人だ。」ぐるりと回って来て、知美の隣の郁人が言う。郁人は続けた。「で、どうする?部屋さあ、2階に8つ、3階に5つあったよね。ちょうど女子が5人居るみたいだし、男女で階を分けた方がいいと思うんだけど。」
涼香が、それを聞いて深刻そうな顔をした。
「私は別にそれで構わないけど…それで役職が決まるのよね。どちらかの階に人狼が集中してるなんてこと、ないかしら?」
それには、郁人も苦笑しながら肩をすくめた。
「そんなの、分からないや。でも、じゃあどうやって決めるの?結局、番号順に若い番号が振り分けられてる人から201、202って感じで振り分けてった方が、もめなくていいかなとは思うけど。」
謙太が、腕組みをしながら真剣な表情で頷いた。
「そうだな。どうせどこにそのカードがあるかなんてわからねぇんだ。だったら、この番号順に男女で階を分かれて入った方がいいかもしれねぇ。」
もう、居間の時計は深夜0時に近付いて来ていた。それを見上げながら、佑は立ち上がった。
「だったら、今日はもう休もう。これからのことは、明日考えたらいい。今は、なんだかいろいろあり過ぎて疲れてしまったよ。上に上がって、後は自由行動にしよう。飯だって食いたいやつもいるだろうしな。」
皆が、急にドッと疲れて来たのを感じながらも、立ち上がった。上階には、役職カードがある居室…。
知美は、俄かに緊張しながらも、皆についてリビングを出て階段へと向かったのだった。