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土壇場で、何が起こっているのか分からない中、知美は視線をうろうろと動かした。ここでの投票が、明日からの自分の立場に関わって来る。
どうやったら、自分が怪しまれずに済むのか。
どう考えても、そんな一瞬で考えられることではなかった。
知美が困っているのを見て、謙太が助けるように口を開いた。
「…君だけが知らないんじゃねぇから。票を合わせることを約束したオレ達以外、他の奴らもオレ達がどこへ投票するのか知らねぇ。だから、自分が確かに偽だと思う所に入れたらいいんだ。」
涼香が、それを聞いて軽く謙太を睨んだ。だが、謙太はそんな涼香を威嚇するように睨み返した。
「あんたの考えは知ってるし票は合わせる約束をしたから合わせるつもりだが、やり方が気に食わねぇ。人としてあんたが嫌いだからオレはオレのやり方で行動する。これで間違ったら、全部自分で背負うんだな。言い訳なんか聞かねぇからな。」
涼香は、それを聞いてブルブルと唇を震わせた。言い返したいが、言い返せない。何しろ、涼香は確かに村人だというだけで、何の能力もないのだ。涼香が信じたからと、正しいとは限らない。それは、涼香自身が一番知っていることだった。
知美は、それを見て決心した。自分は、猫又なのだ。ここに居る誰よりも盤面が見えているはず。佑が黒、美久を殺したのだ。だったら、明らかに対立している真代が真、白いのに怪しまれている俊也が、きっと真なのだ。そう信じなければならない。
「…私は、霊能者はどう考えても俊也さんが陥れられようとしている、真霊能者だと思う!だから、駿さんに入れる!」
駿が、眉を寄せる。皆が驚いた顔をする。
モニターが機械的な女声で言った。
『投票してください。』
皆が、一斉に腕輪に向かった。
1(知美)→11(駿)
2(佑)→6(真代)
3(拓也)→11(駿)
5(康介)→10(俊也)
6(真代)→11(駿)
8(謙太)→10(俊也)
9(浩二)→11(駿)
10(俊也)→11(駿)
11(駿)→10(俊也)
12(涼香)→10(俊也)
13(郁人)→6(真代)
そして、画面に大きく、「11」の文字が現れた。
『№11が追放されます。』
「嘘っ!!」
涼香が、叫ぶ。
駿は、慌てたように立ち上がった。
「待て、そんなはずはないんだ!」
涼香は、画面を見て、必死に投票先を見ている。その瞬間、駿がまるでスイッチでも切ったかのように、立ち上がっていた姿勢のままストンと椅子へと落ちるように尻を落とし、そうして、ぐにゃりと前へと倒れてテーブルへと突っ伏した。
「きゃあ!!」
隣りの涼香が、悲鳴を上げる。反対側の俊也は、もはやガクガクと震えていて駿がどうなったのか確認すら出来ない様子だった。
そんな様子に、椅子一つ向こうの郁人が険しい顔で駿へと近寄ると、その突っ伏した首へと指を沿わせた。
そして、もはや諦めたように、呟いた。
「…死んでるな。」
知美は、口を押さえて吐き気を押さえていた。駿の何も映していない瞳は、見開かれたままガラス玉のように光を失っていた。
『№11は追放されました。それでは夜時間に備えてください。』
また機械的な声が聞こえて来て、モニターは投票先を映したまま沈黙した。
涼香が、ブルブルと震えて、立ち上がって叫んだ。
「どういうこと?!私は、私は俊也さんだって言ったわ!どうして皆違う所へ入れたの?!」
佑が、強張った顔のまま、涼香を凍り付いたような視線で見て、言った。
「オレ達は違うだろう。勝手に好きな所へ入れろっていったじゃないか。だからオレは、四人の中で偽物だと一番強く思う所へ入れた。郁人だって対抗なんだからそうだろう。知美さんだって拓也だって、君は知らせなかったじゃないか。ちょっと四票持っただけで、気が大きくなってたんじゃないのか。」
涼香は、グッと一瞬黙ったが、それでも首を振って、モニターを指さして何度もその腕を振った。
「他の子達は良いわ!でも、私に票を合わせるって言ってた浩二さんはどうなの?!あなたがちゃんと私に合わせてたらこんなことにはならなかったのに!私の指定した人が吊られたはずなのよ!」
すると、言われた浩二は、バンと前のテーブルに両手をついて、立ち上がった。そして、涼香を睨みつけると、ハッキリと言った。
「オレは、詳しく覚えてないが知美さんに謝りたいと思った事実があるんだ!彼女がこんなことになったのも、恐らくオレが彼女に何かしたからだ。だからこそ、オレは彼女が思うように進めたいし、これで吊られるなら代わりに吊られたっていい!どうせ死んでるんだ、彼女の思う通りにしてやりたいんだ!君に疑われるなんかどうでもいい!」
知美は、目を見開いてそれを聞いていた。浩二が、どっちの陣営なのかは分からない。それは、向こうからも同じのはずなのだ。それなのに、浩二は自分が疑われるのを承知で、土壇場で知美に票を合わせたのだ。
そして、結果その一票で駿は吊られたのだ。
涼香は、そんな答えが返って来ると思っていなかったらしく、愕然としている。拓也が、呆れたような顔をしながら、涼香を見た。
「君自身が感情的なんだ。誰も彼も疑うし、その疑いの割合で決めるとかではなくて、感情的に疑わしいってことで決めてる。オレは、多分君は俊也なんだろうなって思ったけど、でも俊也にはどうしても出来なかっただろうことだし、オレも知美さんと同じで、黒塗りされた真霊能者なんだと思った。だって、あんなに穴だらけの殺人があるか?そもそも、あの氷は何だったんだ。そんなことも分かってないのに、何だって駿は信じられて俊也は信じられないんだよ。オレを疑うなら疑ってもいいけど、君の票に合わせた謙太と康介だって君の判断に同意してるなんて思ってないぞ。君は村の中で少数意見ってことだ。共有者なら、もっと村人の意見を聞いてすり合わせて行かなきゃならない。共有者である事実以外で納得させる材料を、君は揃えられてない。」
涼香は、目に見えてショックを受けた顔をした。拓也は、白いのだ。涼香は郁人寄りの考えであるのは知っていたので、その郁人が白を打っている拓也は、涼香の中では限りなく白に近かった。他ならぬその拓也からの批判は、涼香にはかなりのダメージを与えたようだった。
「そ、そんな…私は…!私も、考えて…」
謙太が、さすがに気の毒に思ったのか、割り込んだ。
「まあまあ拓也、確かにオレ達だって共感出来ないし、今回はいわれなく黒塗りされたらたまらないから票を合わせたが、これで俊也が吊れたら、翌日絶対駿だとも思ってたのは確かだ。だがな、共有だってただの村人なんでぇ。見えてないんだから、間違えても仕方がねぇ。これで分かってもらえたら、いいじゃねぇか。」
佑が、険しい顔のまま、決してわざとらしくなく、ため息をついた。
「…もう、村に票を強要するなってことだな。片っ端から黒塗りするのが共有の仕事じゃないし。それで反感をかったら、村は違う方向に行っちまう。それが分かっただけでも、いいんじゃないか。」と、立ち上がった。「じゃ、駿を部屋へ運んでやろう。このままじゃ気の毒だ。時間が惜しいし、早いとこ連れてってやろう。」
俊也は、まだ駿の隣でブルブルと震えていた。無理もない…自分がこうなっていたのかもしれないからだ。
謙太が、立ち上がった。
「手伝うよ。康介も頼む。」
康介は、黙って頷いた。そこへ郁人も加わって、男性四人で、慣れたように駿の遺体を運び出して行く。
駿が死んだのは、少なからず自分の投票のせいなのだと分かっていた知美は、ひたすらに涙目になりながら、それを見送っていた。
放心状態の涼香を慰めようともせずに、真代は知美の肩をそっと叩いた。
「…食べ物、持って来よう?もう部屋に帰る準備をしておかなきゃ。きっと、今日はみんな自分の部屋にこもるんだと思うよ。知美さんも、絶対に外に出ないで済むようにきちんと準備しておかなきゃ。」
言われて、知美はハッと我に返ると、真代に促されて、涼香に気遣わし気に視線を送りながらも、キッチンへと向かったのだった。