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「自分で自分の頭を殴ったってことか?」
佑が言うと、真代は首を振った。
「殴られたのを誰も見てないよね。あなた、本当に頭に傷があるの?」
それには、駿が割り込んだ。
「オレが治療したから知ってる。佑は本当に頭に傷があったぞ。あれだけ出血してたのを君も見ただろう。」
真代は、駿を睨んだ。
「あなたのことだって信用してないわ。あの血も、直後は誰も確認出来てない。灯りの下に来てやっと見たの。あの時既に美久さんを殺害して、その血を頭に塗り付けたことだって考えられるわ。」
駿は、首を振った。
「そんな憶測でものを言うな。確かに佑は怪我をしていたぞ。」
郁人が、割り込んだ。
「オレも疑われてるんだ。こんな疑惑を持たれたら正しい答えに行きつけない。佑、その傷をみんなに見せることは出来るか?」
佑は、憮然としていたが、頭のガーゼを手で押さえた。
「…いいよ。見たいなら見ればいいじゃないか。オレも自分ではまだ傷を見てない。でも、疑うって言うなら見ればいいさ。誰か、これ剥がしてくれないか。髪の毛に貼りついてるから自分じゃ取りにくいんだ。」
皆で顔を見合わせる。結局、佑の隣に座っている知美が、立ち上がった。
「じゃあ、私が。」
拓也が、反対側の隣から立ち上がった。
「オレも手伝うよ。」
そうして、知美はそのガーゼに手を掛けた。
すると、自分でも驚くほどに手際よく、そのガーゼを乱雑に貼り付けてあるテープを剥がすことが出来た。頭の傷にはこれじゃダメだと、なぜか知美は思った。
拓也が、感心したようにそれを見ながら言った。
「なんだ、手伝いなんか要らないな。知美さん、慣れてる。」
知美は、自分でも戸惑いながら拓也を見た。
「どうしてかしらね。私、会社員だったように思うのに。でも、看護師だったような記憶もなんだかちょっとあるような…?」
何やら浮かんで来るようだったが、それははっきりとはしなかった。拓也が、頷いた。
「ま、今は誰もかれも記憶があいまいだからな。まあいいさ、じゃあ、ガーゼを避けるか。」
知美は、押さえていた手でそっとガーゼをつまんで、もしかして塞がり始めている傷がその下にあってはいけないので、そっと端から剥がして行った。
全員が固唾を飲んで見守る中、拓也と知美は、その傷を見た。
そこには、まるで刃物に切られたような長さ3センチぐらいの亀裂が間違いなく皮膚にあった。
駿が切ったのか、回りの毛は短く不器用に少し刈られてあって、その真ん中に赤く傷があり、血は止まっていたが、それでもまだかさぶたにはなっていなかった。
そう、傷は小さいが間違いなくあった。
「…結構切れてる…病院に行っていたらひと針ぐらいは縫ったかもな傷だわ。殴られてついたなら、結構な衝撃だったはず…。」
知美は、言いながらも少し、違和感を感じた。しかし、看護師だったかもしれないが、その記憶がはっきりしないしそもそも本当に看護師だったのかどうかも分からないような曖昧さだったので、それが何かは分からなかった。
拓也が、横で頷いた。
「真代さん、確かに傷があるよ。君の推理は大したものだが、別方向に行ってしまってる。やっぱり、俊也がどんな方法を使ってあの距離を移動したのかってことを考えた方がいいのかもしれないな…。」
駿が、フッと鼻で怒ったように息を吐いた。
「だから言ったじゃないか。頭は出血するんだよ。結構出てたんだからな。消毒しないと、またガーゼを開いてしまったんだし。」
それには、郁人が腰を上げた。
「ああ、じゃあ救急箱を取って来る。」
そうして、郁人が席を立って出て行った。涼香が、真代を咎めるように見た。
「ほら、勝手な憶測をするとこうなるのよ。私が感情的だって言ったけど、私はきちんと状況に即したことを言っていると思うわ。だって、あんなことが出来たのは俊也さんしか居ないじゃないの。」
拓也が、涼香に言った。
「そんなことを言っても始まらないだろう。時間的には不可能なのは今の検証で分かったはずだ。ええっと、みんなも見ておいた方がいい。佑は、こんな傷を負ったんだ。塞ぐ前に見ておけ。」
そう言われて、皆が皆立ち上がって、佑の背後へと回り込んだ。そうして、慎重に覗き込んで、しっかりとその傷を見た。間違いなくそこに、傷があるのを全員が確認した頃、郁人が救急箱を持って来た。
「はい、持って来たよ。あれ、みんな見たの?」
駿が、救急箱を受け取りながら、頷いた。
「そう、オレ達が嘘を言ってないのを確認してもらった。郁人だって疑われたんだろうが、佑とまとめてさ。」
郁人は、顔をしかめた。
「まあそうなんだけど。でも、実際今のままじゃ誰がやったなんて分からないよね。俊也だったとしたら、佑を襲撃しそこなって、二回目狙ってトイレへ戻ったところに美久さんが居たからもう誰でもいいって刺したって考えるしかないよな。それだったら、あっさり殺せただろうし…ただ、時間の説明がつかないんだけどね。」
俊也は、もはや疑われるのに慣れて来たのか、諦めたように言った。
「オレはやってない。でも、みんながそう思うなら仕方がない。オレは間違いなく霊能者だから、吊られたら村は恐らく昨日今日と村人を吊ることになって厳しくなって来るぞ。オレを吊ったら、駿も吊るんだ。そうしないと、人狼陣営が有利になってしまう。分かるだろう?霊能者が二人出ていたらどっちかが偽者だ。決め打ちするのは危険だぞ。」
じっと黙って聞いていた謙太が、それを聞いて悩むように言った。
「俊也はなあ…昨日から白いんだよな。なんでこうなった。」
知美もそれは思っていた事だったので、同感だった。すると、真代が口を開いた。
「私から見たら、二つに分かれて分かりやすいよ。」真代は、じっと駿と郁人を見て、それから佑を見た。「郁人さんは私の対抗だから人狼陣営。その郁人さんが庇ってるように見える佑さん、俊也さんの対抗の駿さん。だって、村目線だって今回の犯人はトイレに籠っていた俊也さんか、目撃情報がない佑さんと郁人さんしかないでしょう?つまり、対抗してる。自動的に俊也さんの対抗の駿さんは郁人さん、佑さん側ってことだよね。俊也さんが陥れられるとしたら、この人達にってことよ。傷なんてどうにでも出来るし、私はまだ信じていない。」
そう言われてみると、そうだった。しかし、状況はどこまでも俊也に不利だった。真代が、俊也を庇っているようにも見えるが、もしも人狼陣営同士だとしたらあまりにもあからさま過ぎて自分も疑われる可能性があるのに、不自然な気がする。それに、真代は真占い師だと知美は信じたいと思っていた。
だから、その方向で考えてみたいと思っていた。
目の前で、駿が消毒薬を綿花に着けてさっさと処置しているのが見える。知美は、ハッとした。違和感の正体…。
「浩二さん。」知美は、本当なら顔も見たくないはずの、浩二の名を呼んでいた。「この傷、分かる?」
浩二は、いきなり知美が自分に話しかけたので仰天した顔をしたが、すぐにその傷を覗き込んだ。
「裂傷。いや待てよ。打撲…。」と、ガーゼを当てようとしている駿の手を押さえた。「違う、これは打撲じゃない。内出血も瘤も出来てないじゃないか!だからって陥没している様子もない。これはただの裂傷、切り傷だ!」
知美は、それを聞いてパアッと何かが浮かんで来た。そうだ、違和感の正体はこれだ。殴打されてそれに伴って出来た裂傷だとしたら、回りが綺麗過ぎるのだ。
それが分かる浩二も、同じ医療関係者だったのだとそれで悟った。そして、自分が恐らくは浩二と一緒に働いた時もあったのだと遠い記憶の中で思った。
「じゃあ」拓也が、佑を険しい目で見て、言った。「佑は嘘を言っていたということか?」
全員の目が、佑と、そして郁人と駿に向いた。




