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バスルームは、昨日のままだった。

天井の蓋のようなものは、開けっ放しになっている。さすがに全員は中へ入り切らないので、男性数人と涼香が、体を押し込むようにしてそれを見上げていた。知美は、とても割り込む気にもならなくて、外からそれを見ていた。

一番大きな謙太が、昨日と同じように便座に乗って、その穴から天井裏を見た。

「うーん、暗いな。懐中電灯をくれ。」

下に居た、郁人がそれを差し出した。

「はい。繋がってそう?」

謙太は、その懐中電灯を受け取って、天井裏を照らした。

「…お。通気口みたいなのが見えるな。この天井を進んだら廊下の方向にでかめの穴がある。だが、オレには無理だな…肩がつっかえそうだ。」

郁人が、下から見上げて言った。

「オレならどう?」

謙太は郁人を見てから、また天井裏を見た。

「行けそうだ。だがぎりぎりじゃねぇか?女子なら余裕で通れるだろうが、ここを女子に行かせるのもなあ。誰か行けるか?この天井裏までならオレでも行けそうだから、先に登って引っ張り上げてやろう。」

郁人が、手を上げた。

「オレが行く。」と、隣りの拓也を見た。「拓也も行く?」

拓也は、眉を寄せた。

「そんなに広い天井裏か?」

謙太は、それにはすぐに頷いた。

「結構な広さだぞ。ここは天井が高いだろう?なのにユニットバスの天井は低いから、上の(はり)まで高さが余ってるんだよ。で、通風孔はそっちに向かって開いてるんだが、あれを通って廊下のトイレに行けるようなら抜け道っていうならそうだろうなって感じだ。」

謙太の手は、廊下の方向を向いている。俊也が、顔色を青くした。

「そんな空間があるなんて、オレは知らなかった。オレは謙太みたいに大きくないし、そんな所へ上れるはずもないじゃないか。」

涼香は、軽く睨むように俊也を見た。

「男性なら懸垂でもして上がってしまいそうだけどね。」

謙太は、また言い合いになりそうだとうんざりした顔をすると、その淵に手を掛けてグッと上へと懸垂すると這い上がった。そして、下を覗き込んだ。

「まあオレぐらい鍛えてたらいけるかもしれねぇな。だが男が誰でも腕力があるわけじゃねぇ。」と、郁人へ片腕を差し出した。「さ、手を貸せ。上げてやらあ。」

郁人は便座の上に乗って、謙太の手を握った。謙太はその手を掴むと軽々と上へと持ち上げた。それには、持ち上げられた郁人の方がびっくりしている。

「なんでぇ、お前、60キロもねぇな。次、拓也はどうする?」

拓也は、結構なスピードで持ち上げられて行った郁人に少し辟易したようだったが、自分も見ておかなければと思ったのか、便座の上に乗った。

「頼む。」

謙太は、頷いて拓也の手を握るとまた、あっさりと持ち上げた。余裕で持ち上がって行く拓也を見て、みんな呆気に取られている。知美も、スルスルと難なく目の前を足が通過するのを見て、謙太が白くて良かったと思った。謙太が人狼だったら、力で押されて人間は完全に不利だと思ったからだ。

上に上がった郁人の声が、言った。

「真っ暗だけど、謙太が言った通り通気口がある。そっちへ行ってみるよ。謙太は、その辺に何か無いか見ててくれる?」

謙太は、頷いた。

「ああ。でも懐中電灯がこれしかない。お前のだろう。」

「あ、私持ってるわ!」知美は、それを聞いていて外から言った。「これ!使って。」

謙太の顔がひょこと天井から出た。

「知美さんか。じゃああんたもこっちへ来るか?拓也と郁人に通気口、天井をオレと知美さんで。何事も二人で確認した方が後々揉めなくていい。」

知美が頷いて、人々の間をかき分けて中へと割り込んで行くと、涼香が不満そうに言った。

「私も持ってるわ。私が行く。私は共有者なんだから、この目で見た方がいいでしょう。」

しかし、もう便座へと乗ろうとしている知美が固まると、謙太が上から顔を覗かせて、言った。

「いやあんたは感情的になるからもっと頭を冷やしてからにしな。キャンキャンうるさい女は性に合わねぇ。」と、戸惑っている知美に手を差し出した。「ほら、来な。」

さらに不機嫌に眉を寄せる涼香を後目に、知美は何やら後ろめたい気持ちになりながら謙太の手を握った。

すると謙太は、先の二人よりゆっくりと引っ張って知美を上へと上げてくれた。

「びっくりした。あんた羽みたいに軽いな。」

知美は、持ち上げられて天井の淵へと腰かけながら、顔を赤くした。

「え?そんな…平均的だと思う。」

言いながらも、悪い気はしなかったが、しかしそれどころでないことも分かっていたので、急いで懐中電灯を差し出した。

「はい。これで照らして。」

謙太は、頷いてその懐中電灯をつけた。

照らした先には、言っていた通気口が見えていた。今正に、そこから郁人と拓也が入って行こうとしているところだった。

「大丈夫?広さある?」

すると、二人は振り返った。

「あれ、知美さんか。知美さんが来たなら、君が行った方がいいのかな。オレ達だと、肩幅があるから斜めの対角線上に肩を入れて進まなきゃだなって今言ってたとこなんだ。君なら小さいから行けそうだよね。」

知美は、足をそちらへ向けた。

「え?私が行った方がいい?」

知美は、懐中電灯を謙太に渡していたので自分の足元は見えなかったが、それでもそう遠くない位置で膝をついている二人の、手にある灯りは見えていたので、それを目指して足を踏み出した。

そして、何かに足を取られてひっくり返りそうになった。

「おっと!」

謙太の腕が、すんなりと転がる前に知美を抱える。知美は、何かが足に絡んでいたので、それを振って落とそうとした。

「ごめんなさい謙太さん、ありがとう。ほら、何かが足に絡んで。」

「足に?」

謙太は、そちらへ懐中電灯を向けた。

そして、知美を下ろして懐中電灯を置くと、それを引っ張って見た。

「なんだ、黒い…?」

知美も、目を凝らした。

「あれ…?なんか濡れてる。生臭いね。こんな場所で置いとかれてたからかな。」

「服だ。」謙太が、すぐに言ってそれを知美の腕からひったくるように取った。「知美さんは行け。拓也か郁人のどっちかをこっちへ。ここはオレ達が調べるから。」

知美は、何だろうと怪訝な顔をしたが、それでも謙太の言うことだ。仕方なく郁人と拓也が待つ通気口の前へと向かった。

「どうしたんだ?謙太は何を持ってる?」

知美は、眉を寄せて首を振った。

「黒い服だって。なんだか湿ってたけど。どっちか一人来てって言ってたよ。」

拓也と郁人は、顔を見合わせた。

「じゃあ、オレが行くよ。」拓也は、言って慎重に謙太の方へ向かった。「後で知らせてくれよ。」

郁人は頷いてから、知美に向き合った。

「ほら、これを見て。」郁人は、懐中電灯で通気口の中を照らした。「ここ。結構狭いんだけど、間違いなく通気口なんだ。格子が付いてたみたいなんだけど、外れててここにあった。」

見ると、足元に金属の格子が転がっている。通気口というからにはある程度埃っぽいのかと思っていた知美だったが、特に埃が積もっている風でもなく、案外に綺麗だった。

「じゃ、ここへ行けばいいのね?これがどこへ繋がってるのか、見て来るってことね。」

郁人は、頷いた。

「懐中電灯を持って行って。多分この方向は間違いなくトイレなんだけど、そこへ通り抜けて降りられるのかって見て来て欲しいんだ。オレも行くけど、それは俊也でも無理したら行けるかどうか確かめるためだ。もし詰まりそうだったら、途中で戻るからさ。君はこれがどこまで続いてるか見て来てほしい。」

知美は頷いて、懐中電灯を手に、膝立ちになって這って進み始めた。

後ろから、郁人が斜めに体を差し入れて、肩を通したと思うと、ほとんど横になったまま、しばらく悩んでいるようだった。しかしそのうちに体をくねらせたかと思うと、膝を曲げて壁を蹴り、尺取虫のような形で体を擦って進み始めるのが見えた。

「え、それで進めるの?」

思わず知美が振り返ってそう口にすると、郁人がこちらを見て、頷いた。

「進めるかなっていろいろやってみたらこれであっさり進めるんだよ。結構早い。」

確かに、四つん這いになっている知美よりその方が遥かに早いようで、すぐに追いついて来た。知美は、急いで這っていたが、ふと横に、さっきの金の格子と同じ物があるのが見えた。

「あ。これ、もしかしてどこかに開いてる?」

郁人が、スイスイと泳ぐように進んで来て、それを覗き込んだ。

「…トイレの匂いだ。ほら、フローラルブーケの香りっていう芳香剤。これトイレの排気口だよ。外してみる?」

しかし、知美は先を見た。

「ううん、美久さんが倒れてたのって一番向こうのトイレだったでしょう?そこまで行ってみる。郁人さん、ついて来れる?」

郁人は、頷いた。

「大丈夫。これ寝転がってる状態で斜めになってるから、案外楽なんだよね。先に行って。ついて行くから。」

知美は頷くと、また先へと膝をついて進み出した。膝がコツコツと通気口の金属の壁に当たって痛いし、背中は上にくっついていて擦り付けているので力が要る。知美にでもこの狭さなのだから、郁人はつらそうかと思いきや、郁人の方は本人が言っている通り、楽そうだった。

やっとのことで一番奥の四つ目のトイレにたどり着いた時には、もう知美は疲れ切っていた。

「よーしオレが外すよ。」郁人は元気なので、格子を掴むとカクカクと揺すった。「ん?案外簡単に外れそうか…?」

カコン、と音がして、格子は特に難儀することもなく外れた。どうやら、障子などと同じような立て付けになっているようで、少し持ち上げて傾けたら簡単に外れて来たのだという。

「これは…いけそうだな。205号室のトイレから、このトイレまでの移動。」と、郁人は今来た道を振り返った。「問題は、ここからどれぐらいの時間で戻れるかってことだよな。一度測ってみる?」

知美は、苦笑した。

「でも、この状態からだよ?犯人がここから戻ったとしたら、多分あっちを頭にして戻ったと思うんだよね。でも、方向変換なんか無理でしょう?いっぱいいっぱいじゃない。」

知美だって、このままだとバックで戻らないといけないのだ。

だが、郁人は言った。

「今通気口開いたじゃないか。一旦あっちへ足を出して、頭をこっちへ向けるよ。車の方向変換しなかったの?車の免許持ってる?」

知美は、ぷうと頬を膨らませた。

「持ってるわよ。分かった、私もそうやって方向変えてみるよ。」

郁人が、先に通気口から脚を出して、タンクの上にある棚の上に足をついて、くるりと方向変換した。足をトイレに出したところで、トイレの感知式の電灯がパッと着く。

まだそこには美久の血が残っていて、分かっていても気持ちのいいものではない。

しかしこうしてみると、案外に簡単にここから、トイレに降りたければ降りることが出来そうだ。トイレの近くにある棚が、足場になって身長が足りなくても簡単に登ることが出来そうなのだ。

「じゃあ、オレここからの時間測って戻るよ。懐中電灯貸してくれる?後ろついて来るか、君はここでトイレに降りてそっちから出てもいいよ。その方が楽だと思うし。」

それはそうだと思ったが、知美は首を振った。

「いいえ、私もそっちから戻るわ。やっぱり、あの血の海を踏み越えて戻るのは、気が咎めるの。」

郁人は、頷いた。

「じゃあ、しっかりついて来てよ。オレ、精一杯急いで戻るからね。俊也があそこからどれぐらいで戻れたのか試してみるためだから。」

知美は、頷いて自分も横になってみた。

「私もやってみる。この方が早いかもだし。周囲の壁を蹴って、進むのよね?」

郁人はまた頷いた。

「そう。両手で突っ張って押すようにして進みながら、足でも蹴るんだよ。じゃあ、懐中電灯の光を追って来てね。行くよ。」

そうして、郁人はチラと腕の時計を見た。そして、その途端に知美も退くほどのスピードで壁を蹴り進み出した。

「ちょ…!」

どんどん小さくなって行く郁人に、知美は焦って光を頼りに必死に追った。結構な速さだ…もしかしたら、短時間で移動が可能?

背中をこすってその通気口を進んで行くと、しかもかなり楽だった。四つん這いになるよりいい感じだ。

しかし、全身を使うので知美はこれはこれで疲れた。

郁人は見る間に通気口の向こう側へと到着した。物凄い勢いで出て来た郁人に、謙太と拓也が何事かと振り返ったのが遠く二人が持つ懐中電灯の光の中に見える。知美もそっちを目指して手足を動かして頑張った。

薄っすらと汗をにじませながら知美が通気口からやっと脱出すると、謙太と拓也が郁人を相手に、頷いていた。

「じゃあ、郁人が必死に進んで1分ほどか。」

郁人は、頷いた。

「実際には通気口によじ登って格子をはめてからこっちまで来るってことだからもうちょっと掛かるけどね。」

謙太は、唸るように言った。

「じゃあ、認めるしかないのか。襲撃犯は、ここを通って行ったって。」

知美は、足元に気を付けながら三人に合流して、言った。

「他に何か見つかったの?」

それには、拓也が頷いた。

「ほら、さっきここで拾った黒い服だ。血がついてる。」

知美は、息を飲んだ。じゃあ、さっき湿っぽいと思ったのは…。

「血?!」

知美は、途端に自分の手を猛烈に洗いたくなった。さっき無防備に触ってしまったからだ。

「恐らく、襲撃した犯人は返り血を浴びた服をここで脱いで、戻ったんだろう。」

四人は、その結果どんな結論になるのかと考えて顔を暗くした。

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