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「誰だ?!」
佑が、思わず声を上げる。その声に、キッチンに居た謙太もパンとペットボトルを手に飛び出して来た。
「なんだ、どうした?!」
モニターの男は、クックと笑った。
『私が誰であるかは問題ではない。それより、君達が知りたいのは、ここからどうすれば帰れるのかということではないのか?』
男の声は、こんな状況で嘲っているようなのに、冷静で心に突き刺さって来るようなものだった。顔立ちが整い過ぎているので、笑っていてさえも冷たい雰囲気が抜けない。その男の持つ余裕のような物が、そこに居る全ての者に敵わない、と思わせる何かを持っていた。
違う男性が、モニターを見上げて言った。
「帰り方を教えてくれるのなら、オレ達は帰る。だが、すんなり帰してくれるのか。」
モニターの男は、手を振った。
『話の分かるヤツは私は好きだよ。まず、腕に巻いておいた腕輪の番号の通りに、丸テーブルの回りの椅子へと座れ。長くなるのでな。立ち話では済まない。』
知美は、言われて初めて自分の左手を見た。薄い金属の輪のようなものが、自分の手にぴったりとくっついていることに、今気付いたのだ。佑が、顔をしかめた。
「これは、お前が巻いたんだな。」
モニターの男は、頷いた。
『正確には私ではないがね。私は指示をしただけだ。早く座ってくれないか?私も長く君達に付き合うつもりはないし、説明無しにゲームに突入するというのならそれでもいいが。』
佑と謙太が、顔を見合わせた。そして、側の涼香に頷きかけ、そうして、涼香も皆へと視線を送った。
知美は、その視線を受けて、急いで自分の腕輪の番号を見た…自分の腕輪には、「1」と刻印が入っていた。
側の椅子の背を見ると、それぞれに番号が振ってあり、それはきっちりと、13脚あった。
知美は、1の椅子を探し出して、その椅子へとためらいがちに座った。一見普通の椅子だが、もしかしたら変な仕掛けがあるのかもしれない…。
そう、思ったからだ。
隣りの2の椅子には、佑が座った。反対側の隣りには13番であるらしい、可愛らしい感じの男子が来て、知美と視線が合うと、にっこりと無邪気に微笑んだ。知美がそのかわいらしさにドキドキしていると、モニターの男が言った。
『では、そちらが聞く体勢が出来たと見て、説明を始めよう。これから、君達には人狼ゲームをやってもらう。』
皆は、一瞬息を飲んだ。
ゲームを知っていて眉を寄せているもの、知らないのか呆けたようにモニターを見上げているもの、様々だった。
知美はと言えば、人狼ゲームを知っていた。学生時代に、よく友達と休み時間に遊んだものだった。だが、あんなゲームをさせるために、わざわざここに、皆を誘拐して集めたのだろうか。
だとしたら、大変なリスクだなあと、知美は思った。
謙太が、言った。
「…それは、まさかと思うが、本当に殺し合い、とか言うんじゃねぇだろうな?」
モニターの男は、大袈裟に驚いたような顔をした。
『なんだ、分かってるんじゃないか。ならば話は早い。そう、実際に人狼陣営と人間陣営に分かれて殺し合ってもらい、生き残った陣営を帰すと約束しよう。もちろん、生き残った者達だけなどというケチなことは言わない。殺された者達も、勝利陣営なら蘇生して返してやろうというのだ。悪い話ではないだろう。』
向こう側に座っている、見た感じ普通のサラリーマンと言った感じの男が言った。
「悪い話ではないって?!負けたらどうなるんだ!それに、オレ達がそんなゲームをやらされるために監禁されるいわれなど無いぞ!」
モニターの向こうで、男はふうん、と顎を擦って、目を細めた。
『君達は、危機管理がなっていないのだ。我々が回収して来なければ、皆軒並み命を落としているか、よくて大怪我だったろう。覚えていないだけで、君達は全員同じような境遇だった。いったい君達は、自分達が意識を失ってから今まで、どれぐらい経っていると思っている?』
そう言われて、知美は困惑した。どれぐらいって…窓の外は暗い。自分は7時に退社したし、あれから数時間ぐらい?
涼香が、言った。
「それは…数時間では?さっきスマートフォンの時間を見たら、22時だったわ。」
モニターの男は、笑って手を振った。
『君の場合、一週間後の22時台だ。日付は見たか?』涼香は、ハッとしたように慌ててスマホを開いている。男は構わず続けた。『そっちの原謙太、君は二週間前にトラックで居眠り運転をして事故にあった。胸部圧迫で即死だったが、我々がすぐに回収して治療したので蘇生した。柳瀬佑、君は交際相手に刺されて失血死した。だが我々がすぐに回収して蘇生した。一週間前だ。松本康介、交際相手のそっちの柴田優子と共に自動車を運転中に峠道でハンドル操作を誤って崖下へ転落、死亡した。10日前のことだ。ま、全部言うには時間がかかる。後は勝利陣営になったらということにしようか。皆似たようなものだが、共通しているのは皆我らが回収していなければ今頃墓の中だったということぐらいか。』
皆、呆然として聞いている。知美も、ガクガクと震えて来る体を止められなかった。死んだ…いったい、私には、何があって死んだの?!
知美は、居ても立っても居られなくなって、思わずモニターに向かって叫んだ。
「私は?!私はどうして死んだんですか?!」
男は一瞬黙ったが、薄っすらと微笑むと、答えた。
『…知らない方が良い事もあると言っておこう。君だけでなくここに居る皆に言えることだが、我々はこのゲームを円滑に進めるにあたり、君達の記憶を少しいじらせてもらっている。今は忘れているが、思い出すととてもゲームどころではないだろうからな。だが、軽い処置なのでいずれ思い出す者も居るだろう。そうなったからといってこのゲームを終わらせるつもりはないがね。これは君達のための処置なのだ。一つだけ言えるのは、君達はその中に、少なくても一人は知っている顔があるということだ。少しは安心したのではないかね?』
それを聞いた知美は、困惑して丸テーブルを囲んでいる皆を見回す。皆が皆同じように皆の顔を見回して確認しているようだったが、少なくても知美には、知っている顔は一人も居なかった。
謙太が、唸るように言った。
「…知ってる顔なんてねぇ。」
モニターの男は、頷いた。
『だろうな。だが、いずれ思い出すかもしれない。君達の過去について、私が言えるのはここまでだ。』と、顔を険しくした。『では、無駄話はこれぐらいにしよう。私は本来、あまり話すのは好きではないのだ。ここでの生活について説明する。』
そう言った途端、男の顔はモニターから消え、パッと間取り図のような物がそれに取って代わった。
『これは、この館の見取り図だ。基本、ここに書かれてある部屋はどの部屋にも出入りは自由。実は地下にも部屋はあるが、そこは入ることは出来ない。今君達が居るのは、一階のリビングダイニングだ。キッチンにある物は何を食べてもらってもいいし、何を使ってもらっても構わない。先に言って置くが、窓はガラスではなく厚さ10センチの強化アクリル板なので割ろうとしても無理だ。植物園はもっと分厚い水族館の大型水槽で使うアクリル板で囲まれているので更に無理だろう。ここから脱出する方向にエネルギーを使うのは無駄なのでやめた方がいいと言っておこう。』
皆、黙りこくって聞いている。既に玄関ホールで割ろうとしたことも、恐らくはこの男は知っているのだろう。男は続けた。
『二階三階には、居室がある。一階に浴場があるが、それぞれの部屋には簡単なユニットバスがついている。どこを使うかは個人の自由だ。同時にリビングも二階三階に有り、それぞれにソファもテーブルも備えてあるので、どこでくつろいでくれても結構だ。だが、ここには決まりがある。こちらの決めた時間通りに過ごしてもらう。ここまではいいか?』
すると、向こう側に座っている、如何にもスポーツマンと言った感じの爽やかな男が言った。
「…ここには、使用人部屋と書いている所もある。ここも、出入り自由なのか?」
男の声は、頷いたようだった。
『構わない。今は誰も使って居ない場所だ。狭いが、使いたいのなら使ってもいいぞ?といって、ユニットバスはないし、トイレなどは部屋から出て行ってもらうことになるがな。』
問うた本人は、黙って頷いた。男の声は続けた。
『他には?無いのなら時間の話をしよう。』と、少し間を空けて、続けた。『投票時間は、20時。きっかりその時間にここへ集まって、腕輪から投票先を入力してその日の追放相手を決めてもらう。夜は22時に共有スペースは消灯される。各自の部屋の中は自由だ。23時から0時まで人間陣営の役職行使が可能な時間帯になる。その間に腕輪の操作で役職行使をする。人狼の襲撃は、その後になる0時から明朝6時まで可能だ。ちなみにそれは、最初の二日間だけ。次の日の投票時間は夕方5時、その直後からその次の日の朝6時まで、人狼は襲撃可能となる。人数が減って来ると人狼も大変だろうというこちらの配慮だ。その代わり、一日に一人。もしそれ以上襲撃した場合は、その時点で人狼陣営の負けとなるので注意してくれ。狩人の護衛は、なので三日目からは人狼の襲撃先入力直前まで入力可能だ。じっくり見てから決めるも良し、しかしぐずぐずしていると人狼が入力を済ませて護衛無しのままになるし、難しい判断になるぞ。まあ狩人の自室にあるモニターに、報せが来るから忘れることはないだろうが。襲撃用の道具は、玄関脇の物置部屋に用意してあるのでそれを使ってもらって構わない。人狼には、物置部屋の鍵を渡すので開くことが出来るだろう。』
隣りの佑が、息を飲んだのが聴こえた。知美も、体を固くする。襲撃と、男は言った。道具もあると。つまり、最初に言っていた通り、本当に人狼は襲撃を行うことになるのだ。
「…役職は、どうやって決める?」謙太が、絞り出すような掠れた声で言った。「カードを引くのか?」
小さな声だったが、男の声はそれに答えた。
『これから、自分の居室を決めてもらうが、その部屋に置いてある封筒に役職カードが入っている。さっき使用人部屋を使ってもいいと言ったが、この役職の割り当てのために自分の部屋というものは決めておいてもらいたい。各役職の行使の仕方は、各部屋に説明書きを置いてあるので参照してほしい。ちなみに今私が説明している時間のことや、この屋敷の見取り図なども置いてある。ここでの生活の注意事項なども、確認して問題なく過ごしてくれ。』
「問題なくってなんだよ!」謙太が、いきなり立ち上がって激昂したように叫んだ。「こんなゲーム、やりたかねぇ!なんで見ず知らずの奴らと殺し合いをさせられねきゃならねぇんだ!オレ達だって生きて帰る権利があるはずだぞ!」
皆の意見は同じようだったが、それでもそうだと立ち上がる勇気のある者は居ないようだった。少しの間の後、男の声が盛大にため息をついた。
『だから君達はもう死んだと思われているのだ。医者に死亡確認はされていたぞ。我々が調査してモニターしていた何人かのうち、君達だけが我々の開発した薬品の投与が間に合って蘇生可能だった。間に合わなかった者達は回収しなかったので死亡が確定した。つまり、君達は我々が居なければ死んでいたのだ。ゲームを放棄すると言うのなら、我々には君達を助けるいわれはないから、元の状態に戻ってもらって死体安置室に返して来るだけだがな。』
謙太は、グッと黙った。しかし、隣りの男が叫んだ。
「お前がそう言っているだけで、本当に死んだかどうかなんか分からないだろう!」全員の視線が、そちらを向く。その男は、臆せず続けた。「助けたとか何とか言って、オレ達に恩を売って思い通りに出来ると思ったら大間違いだ!そもそも、死んだ人間をこんな簡単に生き返らせるなんて出来るはずないだろう!しかも、死んでからまだみんなそんなに経ってないじゃないか!お前の言ってることはおかしい!」
すると、画面に出ていた屋敷の見取り図がスッと消え、先ほどの男の顔が現れた。男は、じっと画面を見つめて、クックと笑って言った。
『世の中には自分の考えも及ばぬことがあるということだ。何度も言うが君達は危機管理がなっていなかった。記憶を消してあるので分からないだろうが、確かに命を落としたのだ。まあ、そのうちに思い出すだろうからその時に事実は確認してもらったらいい。今知りたいと言うのなら戻してやってもいいが…中には、死ぬ間際の恐怖をリアルに思い出して発狂する者も居ると思うぞ?その状態でゲームを進めて生き残るのは、難しいのではないのか?』
その男が持つ自信には、その背後に何か大きなものを感じる背筋の寒くなるような力があった。知美は、直感的に思った。
この人は、嘘を言っていない。嘘など言う必要が無いと思っている…それほど、高い位置から自分達を見て、そして手のひらで転がしているのだ…!