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そんな中、真代が言った。
「どっちを信じられるかだよね。」呆気にとられていた皆が、ハッと真代を見た。「どっちも今、同じぐらい怪しいじゃない。駿さんは私、最初の置いてあった結果の白だって知ってるから、真ならいいなって思ってる。でも、狂信者だって白って出るし、まだ分からない。とにかく一度、落ち着いて話し合おう?美久さんは死んじゃってるんだもの、部屋へ帰してあげて、そうして昨日の占い結果とか霊能結果を集めて、誰が人狼なのか考えようよ。」
知美は、真代のしっかりとした様子に驚いた。最初は、ふわふわとあまり興味がないような感じだった。それなのに、昨日から今日にかけて、真代は本当に冷静に見て考えている。涼香の方が、今は感情的で頼りにならない印象だった。
それを聞いた拓也が、皆の前へと一歩足を踏み出して、言った。
「その通りだ。ここで言い争っていても始まらない。とにかく、みんなで手分けして美久さんを部屋へ運んで安置してやろう。それから、話し合いだ。どこで話す?一階のリビングへ集まるか。」
しかし、郁人が言った。
「いや、昨日の殺害が誰に可能だったかを検証するのも人狼を探す手がかりになる。今俊也が疑われて、その俊也が籠っていたトイレが205号室にあるんだから、そこへ集まろう。二階のリビングからソファは運び込んで置くよ。美久さんを連れて行く組とソファを準備する組に分かれてやろう。」
そう言って、郁人は側に立っている康介と俊也に合図した。二人は、郁人について二階の奥にある仕切りの無いスペースの、リビングへと歩いて行く。
拓也は、謙太と浩二を見た。
「じゃあ、手伝ってくれないか。新しいシーツが確か、部屋の箪笥の中にあったから、持って来る。美久さんをそれで包んで運ぼう。」
二人は気が進まないようだったが、頷いた。拓也がシーツを取りに行っている間、涼香は相変わらず目を開いたままそこに転がっている美久の、瞼をそっと閉じた。
「…最後に何を見たのか、聞けたら良かったのに。きっと、勝って取り戻して見せるわ。一緒に頑張ろうねって、共有者同士になった時に話したのに…。私、一人でも頑張るわ。」
拓也が、シーツを持って戻って来る。それを床へと広げて三人で美久をその上へ乗せると、丁寧にシーツでくるんで、三階へと運んで行った。涼香は、それについて上がって行った。部屋がどこなのか、知らせるためだろう。
それを見送っていると、真代が言った。
「さ、私達は205の部屋へ行っておこう。落ち込んでいる場合じゃないの。明日は、自分かもしれないんだから。」
そう言われて、知美は身震いした。自分かもしれない。でも、自分が死んだ時は人狼も死んで、みんなこれほど悲しんではくれないだろう。むしろ、人狼を連れて行けたことに喜んで、自分が居なくなったことなど誰も気に留めないのかもしれない。
そう思うと、複雑だった。
結局は駿も佑も手伝って、ソファは無事に205号室へと運び込まれた。
知美の部屋と同じでここも広く、しかもこちらは横に広い形なので狭さは全く感じなかった。佑が、動いて疲れたのか先にソファに沈んで頭を抱えている。郁人が、そんな佑を見て言った。
「無理しなくてよかったのに。大丈夫?あれだけの出血だもの、傷は塞がりそうだったけど、体が重いだろう?」
佑は、ふーと長い息をついて頷いた。
「こんなに疲れるとは思わなかったよ。でも、大丈夫だ。何かやってないと精神的に参って来るからな。」
暗闇からいきなり殴られるなんて、経験したくない事態だった。知美は、同情気味に佑を見た。
「でも、死ななくて良かったよね。人狼も初めてだからためらったのかな。」
佑は、うんざりしたように天井を仰いで言った。
「結構強烈な一撃だったぞ?真っ黒な服なんてどこにあったんだか。目出し帽もだ。あんな恰好で来られたら、こっちは防ぎようがない。殺しに来てたら殺気を感じるとか聞いたことあるが、そんなもの殴られる瞬間まで感じなかった。」
郁人が、頭のガーゼを見ながら言った。
「佑が鈍感なだけかもしれないよ?それだけ殴られたんだから、それなりの力でやられてるし、少しは気配とか感じてもおかしくないのに。」
佑は、何か言い返したいようだったが、息をついて黙った。どうやら、話していると疲れるようだった。暗くて気が付かなかったが、あれだけ出血していたのだ。昨日はあまり眠れていないだろうし、体力も簡単には回復しないだろう。
そうしている間に、謙太と浩二、拓也が涼香と共に戻って来た。そして、空いているソファへと分かれて座ると、涼香が口を開いた。
「じゃあ、まずは占いと霊能の結果をお願いします。」
郁人が、手を上げた。
「オレは佑を占ったよ。昨日結構疑われていたから。まだ襲撃の前だったし、それで白黒分かったらいいと思ったんだ。結果はやっぱり、白だった。」
予想出来た占い先だった。真代が言った。
「私は、知美さんを占った。」皆が少し怪訝な顔をする。真代は、涼香の反応でもう、みんながそれをどう思うか知っていたので、怯むことなく続けた。「ずっと側に居る人が人狼だったら怖いし、白だと分かった方が楽に推理出来ると思ったの。優子さんが吊られたのがショックだった。だから知美さんを占って、白だったわ。」
それを、涼香もメモしていたが、拓也もメモしているのが見えた。続いて、涼香は淡々と言った。どうやら、感情を押さえているようだった。
「…次、霊能結果を。」
「「白。」」
二人の声が、同時に言う。駿が、顔をしかめたが、続けて言った。
「昨日の優子さんは、人間だった。人狼ではなかったぞ。お前達はみんなで人間を吊ったんだ。もっとよく考えるべきだったんじゃないのか。」
涼香は、駿を睨んだ。目が少し血走っているように見えた。
「私は優子さんに入れてないわよ?康介さんに入れたわ。黙って見てたあなたはどうなのよ。」
駿は、フンと軽く鼻を鳴らした。
「オレは浩二に入れた。よく分からなかったから、集まりそうな所は避けた。昨日の話し合いだと、どうも感情が先に立ってたようだったし、康介か優子さんに集まりそうな空気だったじゃないか。優子さんが白だったことを考えても、人狼票がそっちへ流れたんじゃないのか?共有者なら黒を見抜いて数人から指定した方が良かったと思うぞ。その方が、人狼を吊りやすいからな。人間だって分かってるだけで間違った方向に村を誘導するのはやめてくれないか。」
涼香は、顔を上気させて立ち上がった。
「考えてやってるわよ!黙って見てただけの人が偉そうに言わないで!」
拓也が、慌てて割って入った。
「待て、落ち着け。駿も煽るな。涼香さんも、昨日美久さんが殺されたのは残念だが、運が悪かったんだ。あの状況で独りになった上に懐中電灯を持ってないんじゃ、殺してくれと言っているようなものだろう。駿には駿の考えがあって黙っていたんだし、それにまだ、俊也が偽で駿が真だと決まったわけじゃない。もしかしたら駿が今がチャンスと出て来た人狼か狂人かもしれないだろうが。」
真代が、それはすぐに否定した。
「違うわ。偽だとしても、駿さんは狂信者。白だもの。」
拓也は、面倒そうにそれには手を振ってこたえた。
「ああ、君が真占い師ならな。だからまだ、村は誰が真占い師で真霊能者なのか判断出来ていないんだ。今日も黒は出てないし、それを確定する材料がない。それで、昨日の話だ。俊也、君は腹を壊してたって言ったな?」
俊也は、老け込んだ顔で何度も頷いた。
「みんなも知ってるだろう。オレがパンを食べてペットボトルのコーヒーを飲んでしばらくしてからだった。ペットボトル飲料が腐ってたのかも。気が付かなかったけど。」
その時のことを、思い出すように佑が言った。
「救急箱を見つけたのもその時だったな。下痢止めの薬があるかもって言って。だが、浩二が飲むを留めたんじゃなかったか?」
浩二は、頷いた。
「食あたりだったら出した方がいいからだ。オレ、仕事柄そういうのよく見ていて。出したい時は出した方がいいし、あまり長く続くようだったら飲んで止めるべきかなとは思ってたんだが。」
それを聞いて、知美は何か覚えがあるような記憶の上澄みのようなものが脳裏をかすめたのを感じた。だが、それはすぐに消えてしまった。
佑は頷いた。
「そうだな。あんまり俊也が出て来ないんで、それなら飲むかって話になってたのに、便器から立てないからそのうち出て行く、放って置いてくれてって俊也が…。」
拓也は、うんうんと頷いた。
「そうだ。それで出て来るのを待ってるうちに眠気が来て。起きてた見張り当番の佑と郁人に頼んで、みんな寝たんだ。」
郁人が言った。
「でも、オレ達もトイレに行きたくなったんだ。起きていようと思って二人でコーヒーばっかり飲んでたんだもの。で、俊也にちょっとだけ代わってくれって言ったんだけど、返事がなくてさ。デカい声出すとみんなを起こすし、もう二人ですぐそこなんだから代わりばんこに見張りに立ってトイレに行こうって。佑が先に入って、オレが用を足してる時に、外から叫び声がしたんだ。」
拓也が、顎に手を置いた。
「その時はオレも寝ていたから、誰が居なかったとか分からないんだ。で、みんな飛び起きて駆け付けた。」
「そして俊也の叫び声でまた戻った。」郁人が言った。「さっきの検証じゃあ、みんな誰かの背中を見ていたよね。オレは最後尾だけど佑と一緒だったし戻ってたのはみんな見てる。となると俊也だけど、でも俊也だってバスルームのドアを開けたらすぐに居たよな?」
知美は、そうだ、と口を押さえた。謙太が問いかけて、ドアは開いた。そうしたら中で座り込んでいたのだ。
しかし謙太は、少し考えて、首をかしげた。
「…ちょっと間があった。」皆が、謙太を見る。「あの位置からだから鍵を開けるのも時間は掛かっただろうが、ちょっとだけ間があったな。でも少しの間だ。そんなちょっとの隙に抜け出して美久さんを刺して戻れるか?ズボンだって下ろしたままだったぞ。」
俊也は、首を振った。
「無理だよ!そもそもオレは抜け出してなんかないんだ!腹を下して疲れてうとうとしてしまっただけなんだ!そうしたら、冷たいものが首に当たって、驚いて声を上げてしまったんだ!」
涼香は、責めるように言った。
「そんなの、どうとでも言えるじゃない!あなたの他に出来た人が居ないんだから、消去法であなたなのよ!」
水掛け論になってしまいそうで、拓也が割って入って言った。
「もう、分かった。じゃあ、現場検証だ。バスルームから果たして抜け出せるのか、それを調べてみよう。まずはそこからだろう。推測で物を言っていても始まらないからな。」
涼香は黙った。それを見てホッとしたような郁人が、立ち上がった。
「じゃあ、みんなでバスルームだ。行こう。」
残っている11人は、全員が重い足取りでバスルームへと向かった。