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「ちょっと…血が!すごいわよ!」

涼香が叫ぶ。

佑は、言われて駿の前に座ったところだったが、押さえていた手を放して、見た。

「うわ…!」

血まみれになった自分の手を見て、佑はフラッと椅子の背へと寄り掛かった。駿が、後ろへ回り込んで、その傷を覗き込んだ。

「これ…結構切れてるな。でも、傷は深くないみたいだ。頭って出血が激しいんだよ。押さえてたから止まって来てるみたいだし、消毒してガーゼを当てておこう。」

駿は、救急箱を持って来てさっさと傷口の洗浄に入った。知美はその様子に体がこそばゆいような気がして、身を震わせた。人の傷でも血を見ただけで体が震える…。知美は、血が苦手だった。

「謙太さん、血がすごいからちょっと拭くよ。タオルを濡らして持って来て。」

駿は、どうやら覚えている分謙太のことは呼び捨てに出来ないらしい。謙太は、頷いてユニットバスへと入って行った。そうやって皆でぐったりする佑の治療をせっせとこなす駿を見ていると、涼香が何かに気付いたように、キョロキョロと回りを見回した。

「…なんだよ。」

康介が、鬱陶しそうに言う。涼香は、そんな口調など気付かないように、うろたえたような顔をして康介を見た。

「美久さんは?」そして、振り返った知美と真代に言った。「美久さんはどこっ?」

知美と真代は、顔を見合わせた。

「だって…涼香さんと一緒に降りて来たんじゃないの?手を繋いでたじゃない。」

涼香は、首を振った。

「あの子急いでたから懐中電灯を持ってなかったでしょう!だからそうやって降りただけで、降り切ってからは放してたわ。すぐ後ろに居たのに!」

郁人が、息をついた。

「だったら、トイレなんじゃないの?あそこのトイレ、めちゃくちゃ大きくて綺麗だから。女子っていちいち男子がたくさん居る時トイレ行って来るって言わないと思うけど。」

涼香は、ぶんぶんと首を振って否定した。

「懐中電灯持ってないって言ったでしょう!みんなが急に走り出しちゃったから、怖くてトイレに籠ったのかもしれない。探しに行くから一緒に来て!あの子一人じゃ危ないもの、一緒に居なきゃ!」

郁人は、うんざりしたように息をついたが、頷いた。

「仕方ないなあ。じゃ、何人かで行こう。佑はオレと二人でトイレに行った時に前で待ってて襲われたんだし、何人かで行った方がいいだろうし。ええっと…誰が行く?」

皆こちらを見ている。だが、涼香は急いで割り込んだ。

「選ばせて!」と皆を見回して、「俊也さんと謙太さんは?」

謙太は、濡らしたタオルを何枚か駿に渡しているところだったが、涼香を見た。

「オレはいいが、俊也は無理だ。あいつ、また便器と友達になってやがった。」

言われてみると、またバスルームの扉が閉じている。涼香は、ため息をついた。

「こんな時に、白い人が役に立たないわね。じゃあ知美さん、謙太さん、郁人さん、来て。他はここで待ってて。」

知美は、思いがけず指名を受けて、慌てて涼香の方へと歩いた。残る駿が、タオルを血だらけにして佑の髪を拭きながら、顔を上げた。

「気をつけろよ。佑は生きてる…襲撃はまだ成功したことになってないぞ。」

つまり、また犠牲者が出るかもしれないということだ。

知美は、ゴクリと唾を飲み込んだ。涼香が、同じように顔をこわばらせると、頷いた。

「分かってるわ。」

そうして、涼香、知美、謙太、郁人の四人はまた、部屋を出てやたらと広い廊下を照らして歩いた。


広いと言っても、数メートルだ。

トイレの前へと到着した四人は、そこにべったりと血の跡があるのを見た。と言っても、絨毯が赤いのでその上に、まだ生々しい血がテラテラと光っているのが見えるだけで、目立つわけではなかった。

「ここで、佑さんが殴られたってことね。」と、懐中電灯をトイレの扉へ向けた。「灯りが点いてるわ。」

扉の上にある、小さな丸い窓から、微かに光が漏れている。どうやらトイレは、共有部分でも灯りが点くようだった。

「ああ、センサー式の照明でね。中に入ったら座ってても消えないんだ。動いてないと消えるとかいう不親切な照明じゃないよ。」

涼香は、幾分ホッとした顔をした。

「じゃあ、やっぱりトイレなのね。」そうして、扉をノックした。「美久さん?迎えに来たわ、懐中電灯持ってなかったでしょう。もう大丈夫よ。」

しかし、応えはない。涼香は、もう一度扉をノックした。

「美久さん?私よ、涼香。大丈夫よ。一人じゃないの。謙太さんも知美さんも郁人さんも居るのよ。」

それでも、中から何の物音もしなかった。

「でも、電気が点いてるってことは、中に誰か居るってことでしょう?」

知美が言うと、郁人は頷いた。

「そのはずだよ。オレ達と美久さんの他のみんなは間違いなく部屋に居たし、他にここに誰か居るとしたら美久さんしかないじゃない。」と、ドアノブに手を掛けた。「ん?あれ?開いてる。」

郁人は、さすがに慌てて手を放した。涼香が、進み出てそっと扉を開くと、一センチぐらいの隙間から、中へと話しかけた。

「美久さん?無事を確かめたいから、入るよ?」

そして、涼香は急に後ろへと弾かれたように飛び退った。

真後ろに居た知美は、それにもろにぶつかられてよろけ、涼香と共にひっくり返った。

その勢いで、トイレの扉が大きく開いて、中から光が廊下へと漏れて来る。

「うわ…!」

一番近い位置に居た、郁人が声を上げた。

美久が、胸から大量に血を流して、その血の海の中に、仰向けに倒れていた。

そして見開かれたその瞳は、もはやガラス玉のように何も映していなかった。


「きゃあああああ!!」

205号室では、残っていた者達が、その悲鳴を聞いていた。

「今度はなんだ。」

康介が、鬱陶しそうに言う。真代が、懐中電灯を握った。

「知美さんと涼香さんの声だったわ。行って来る。」

拓也が、慌てて言った。

「おい、一人じゃダメだ、みんなで行こう!」

しかし、駿が佑の後ろで作業をしながら言う。

「佑は無理だぞ。オレが見てるからお前らだけで行って来てくれ。」

康介、浩二、拓也は、真代に頷きかけて、そうして、四人は声の方向へと向かった。


「ああああ美久さんが…!」

涼香は、優子の時とは比べ物にならない程取り乱していた。知美も、その凄惨な様に吐き気を覚え、それを押さえながら座り込む。

すると、部屋の方から康介、浩二、拓也、真代が走って来た。

「何があったの?!」

真代が、息を切らせながら、知美の脇へ膝をついて言う。眼は無意識に知美に傷がないか確認しているようだった。知美は、まだ吐き気を堪えながら、眼に涙をためて真代を見上げた。

「真代さん、美久さんが…!美久さんが殺されてるの…!」

真代は、息を飲んだ。謙太が、トイレの前で背を向けて屈みこんでいるのが見える。どうやら、美久の様子を調べているようだった。

「どうだ?謙太。」

康介が、その背に言う。謙太は、こちらを向いて首を振った。

「見て分かる通り、死んでる。まだ温かいが、脈はねぇ。」

涼香が、傍目を気にせず涙を流しながら、叫んだ。

「その子は、私の相方だったのに!」みんなが、驚いたように涼香を見る。涼香は、続けた。「唯一絶対人間だって信じられる子だったのに!酷いわ…誰が、こんなこと!誰が人狼なのよ!こんなことして心が痛まないの?!」

暗く、懐中電灯とトイレから漏れた灯りだけのそこで、全員が困惑したように顔を見合わせているのが見える。そもそも、誰が居なかったと言うのだろう。知美が認識している限り、全員が俊也の叫び声で205号室へと走ったのだ。僅かな間に、美久を殺せた人など思いもつかなかった。

郁人が、言った。

「…とにかく、これで人狼の襲撃は終わった。これでもう今夜は誰も襲撃されない。犯人のことは、明日みんなで考えよう。現場検証するために、ここはこのまま、美久さんにはしばらくここで我慢してもらうんだ。それで、まずは眠らないと。みんな寝不足では人狼と戦うなんて出来ないぞ。佑を見ても分かるけど、怪我はしても襲撃からは逃れることも出来るってことだ。しっかり寝て、集中力を上げて、明日の朝もう一度集まろう。今3時過ぎ…8時に、ここで。それでいいね?涼香さん。」

涼香は、美久という共有者の相方を初日の襲撃で失ったことが、相当にショックだったのか立ち上がるのもフラフラだったが、頷く。真代が、そんな涼香の手を握った。

「大丈夫。あなたは大丈夫よ、涼香さん。勝てばいいって言っていたじゃないの。勝って取り返すの。」

そして、知美にも手を差し出すと、そのまま二人を引っ張って、真代は三階へと階段を登った。

そうして、三人になってしまった女子達で固まって知美の部屋のベッドで並んで眠ったが、知美は、真っ赤な鮮血が脳裏に過ぎって、なかなか眠りにつくことが出来なかった。

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