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枕を持って来ると言っていた美久は、結局忘れて来ていた。

だからといって、襲撃時間に入っている今、すぐ隣の部屋でも取りに行くのも怖い。なので、部屋にあったクッションを使って、ソファの上に眠っていた。

涼香は、少し仮眠をとると言って、知美のベッドの奥に横になっている。背中が規則正しく動いているところを見ると、眠っているらしい。

起きているのは知美と真代の二人だけだったが、真代が、知美に言った。

「知美さんも、寝ていていいわよ?ベッド、まだまだ眠れるでしょう。私、全然眠くないから。昼間にたくさん寝たもの。」

知美は、苦笑しながら首を振った。

「私も、倒れた時に結構寝たみたい。全然眠気が来ないの。ずっと起きていた涼香さんと美久さんに比べたら、まだ元気よ。大丈夫。」

真代は、微笑んだ。

「そう。それならいいけど…」と、遠くを見るような顔をした。「私ね…涼香さんの気持ち、あまり分からないの。なぜって、別に生き残りたいって思っていないから。」

知美は、唐突なことに驚いて、顔を上げた。

「え…何か思い出したの?」

真代は、首を振った。

「ううん。その逆。本当に、何も覚えていないんだ。自分がどこの誰で、どこに住んでいて何をしていたのかも。ただ、学生時代とか、そんな遠くのことは覚えていて、みんなにおかしな子って陰口を言われていたのは覚えてる。友達なんて、一人も居なかった。だから、いつも一人で、誰かとこうして夜通し話しているなんて、そんな記憶も全くないわ。でも、自分の歳が24歳で、どこかに一人で暮らしていたのは薄っすらと覚えてる。でも、なんだかね、楽しいって感じがしないんだ。なんだか、ずっとつらかった感じ。一人には慣れてるようだったけど、何も楽しくなかった。そんなイメージ。」

知美は、口を押さえた。

「まあ、同い年よ。私も、24歳。私はいろいろ覚えていて、会社から二駅離れた所のアパートに一人で住んでいたのは覚えているわ。それで、その日も会社終わりにパンを買って、それを持って家へ帰る途中、駅まで近道しようと裏路地に入ったところまでは…覚えてるの。」

真代は、薄っすらと微笑んだ。

「そう。じゃああなたは、帰りたいわね。あの、浩二さんのことは?」

浩二と聞いて、知美は身を震わせた。だが、真代に悪気がないのは分かっている。なので、何とも無いように答えた。

「何も覚えていないわ。知り合いだったのかも分からない。会社の人だったなら、きっと知ってると思うんだけど。本当に覚えがないの。だから、忘れているのか…それとも、そこだけ消されているのね。」

真代は、頷いた。

「私ね、自分はこんなだけど、あなた達は生き残って欲しいと思ってる。だから、占い師として出来る限りのことはしようと思っているの。だから、襲撃されるまで村人のための結果を出し続けるつもりよ。襲撃されても気にしなくていいわよ。むしろ、代わりに私が襲撃されてもいいなって思ってるぐらいだから。」

知美は、真代が本気で言っているのかとじっとその目を見つめて考えたが、真代の目は真剣で、しかも落ち着いていた。真代は、嘘はついていない。少なくてもこの瞬間は、知美にはそう思えた。

「…私は一緒に、生き残りたいわ。」知美は、その真代に答えた。「占い師なら、最後まで村の役に立つんだし、その方が村にとってもいいって、涼香さんだって言うと思うわ。それに、ここで会ったのも縁でしょう?せっかく友達になれたんだから、帰って一緒にお買い物に行ったり、食事をしたり、何の心配もないところで遊びたいじゃない。今まで楽しいことがなかったって、これからだってチャンスはあるわ。勝って帰ろう?あ、連絡先を交換しておこうよ。」

知美は、呆気にとられたように黙っている真代を後目に、急いで自分のスマートフォンを取って来た。相変わらずの圏外だが、まだ電源は残っている。

忙しなくそれを操作する知美に、真代はハッとしたように目を見開くと、慌てて首を振った。

「あの、私無いわ。スマートフォン、持ってなかったの。あなたのようにカバンを持って来てた人、少ないのよ。スマートフォンだけを持ってた人も居たようだけど、カバンまで持ってるなんてないわ。あの男は死体置場(モルグ)って言ってたけど、ほんとにそう。私達はきっと、そこから来たの。でも、きっとカバンを持ってたあなたは、本当に帰宅途中に死んで、そのままここへ連れて来られたのかもしれない。」

知美は、あ、と口に手を当てた。確かに、死体置き場がどうのと言っていた。自分は、帰宅途中に寄ったパン屋のパンすら一緒に連れて来られている。つまり、結構死んで間もない時に連れて来られたのかもしれない。

「まあ…確かにそうだわ。でも、じゃあIDだけでも知らせておくわ。」知美は、側のメモ用紙にササッと自分のIDと電話番号を書いた。「はい。帰ったら、連絡ちょうだいね。ここのこと、愚痴ったりしようよ。」

真代は、しばらくじっと知美の手にあるメモを見ていたが、少しして、パアッと笑うと、両手で受け取った。

「ありがとう。私、必ず連絡するね。失くさないように、きちんと持っておくわ。きっと、勝って帰ろうね。」

二人が微笑み合っていると、突然に、扉の向こう、遠くから大きな声が聞こえて来た。

「わあああああ!誰か、誰か来てくれ!」

悲鳴にも似たその声に、寝ていた美久と涼香もびっくりして飛び起きた。

時間は、午前2時を過ぎていた。


「なに…今の、佑さん?!」

涼香が、起き上がってベッドから飛び降りて来た。知美は、頷いた。

「佑さんの声に聴こえたけど…でも、分からないわ。どうしよう?」

美久が、怯えたようにクッションを抱き締めている。真代が、立ち上がった。

「様子を見て来るよ。」

そう言うと、さっさと懐中電灯を手にして扉へと向かう。知美が、慌てて立ち上がった。

「待って、一人じゃ危ないわ。私も行く。」

涼香が、不安げに言った。

「なら、みんなで行こう?二人だけ残るなんて、不安だわ。私も行く。」

美久は、震えながら気が進まないのか、ソファに座ったまま言った。

「そんなに人数要らないんじゃない?ここに居た方が安全なんじゃ。」

真代は、扉を開けながら振り返った。

「別にどっちでもいいよ。来たい人だけ来たら?」

扉を開くと、下から何人かの男性の声が聴こえて来た。何やら話しているようだったが、こちらまで内容は聞き取れそうにない。

涼香が、懐中電灯を手に、振り返った。

「美久さん、居たいなら居て。私達は行ってくるわ。」

先頭の真代はもう部屋を出て懐中電灯で前を照らして歩いていた。知美もそれに続き、涼香も出ようとしているのを見て、美久は慌ててクッションを放り投げて立ち上がった。

「そんな、一人はもっとイヤよ!私も行くわ!」

涼香は、呆れたように立ち止まった。

「もう、だったら早くして。二人とも行っちゃうよ?」

美久は、急いで涼香に駆け寄り、そのまま涼香の照らす前を見て、手を繋いで二人の懐中電灯の光を追って階段を下った。


二階へと降りて行くと、階段の前のトイレの開けっ放しのドアの前で、男性達が照らす複数の灯りが見えた。

どうやら、そこで何かあったらしく、見たところほとんどの人がそこに居るようだった。

「どうしたの?」

真代が、声を掛けた。謙太が振り返って、こちらを懐中電灯で照らして見ながら、答えた。

「ああ、降りて来たのか。なんか佑が、殴られたとかなんとか言ってよ。急いで出て来たんだ。」

向こう側から、郁人の声が言った。

「オレ達浩二の部屋に居たんだ。そっちの、205号室。だけど、俊也が腹を壊してトイレから出て来ないから、オレと佑で外のトイレに出て来たんだ。オレが入ってる間、佑は外で待ってたんだけど、なんか暗闇から何かがヌーッと出て来て、頭を殴られたって。」

「暗闇から?」

涼香は、不安げに懐中電灯を振り回して辺りを照らした。しかし、目に見える範囲には何もなかった。

「オレ達が来た時もそうだったんでぇ。気のせいだろうと言ってたんだが。」

すると、目の前の床の絨毯にうずくまって片手で頭を押さえていた佑が叫んだ。

「気のせいなんかじゃない!殴られたんだぞ、後ろから!なんか固いもので後頭部に衝撃が来て、振り返ったら目だけ開いた黒い何かを被ったやつがいた。だからみんなを呼んだんだ!叫んだらすぐに居なくなった!」

郁人が、肩をすくめた。

「オレはトイレの中だったし、見てないんだ。」

真代が、眉を寄せて言った。

「その時、みんな部屋に居たの?誰か居ないとかは?」

謙太が、首をかしげて顔をしかめた。

「みんな居たように思うんだが…何しろ、見張りがトイレに出てた二人で、他は床で雑魚寝してたんでぇ。いきなり声がしたから、慌てて出て来てその時誰が居ないとか確認してねぇ。」

真代は冷静に、懐中電灯を振って一人一人確認した。

「みんな居るみたいね。俊也さんだけ、居ないみたいだけど。」

郁人がそれに渋い顔をした。

「だからあいつ、寝る前にパン食べた後ぐらいから腹の調子が悪いとか言って、何度もトイレに行っててね。しまいには出て来ないから、オレ達仕方なく外へ来たんだもの。まだ部屋のトイレなんじゃない?」

それを聞いた涼香が、ハッとしたように、言った。

「それって…今、俊也さん、一人?」

皆が顔を見合わせる。全員がここに居るが、まさか?

その時、浩二の205号室の方から、叫び声が上がった。

「ぎゃああああ!」

俊也の声だ。

「俊也!」

謙太が、反射的に駆け出した。

それにつられて、知美の脇に居た拓也も康介も駆け出すのが見え、真代がその後ろを全速力で駆けて行く。知美は、遅れてはいけないと思い、自分の懐中電灯を皆の背に向けて、それを追って駆け出した。

開いたままの扉へと飛び込むと、そこは非常灯の電球色の灯りで満たされた、横に大きな部屋だった。三階とは間取りが違うようだったが、それでも広さは同じぐらいだ。

非常灯といっても結構な明るさがあり、床の絨毯の上に点々と枕やクッションが転がっているのが見える。

謙太が先に到着して、ユニットバスがあるらしい扉に向かって怒鳴るように言った。

「俊也!俊也どうした!無事か!」

すると、しばらく間があり、中から恐る恐るという声がした。

「…謙太?」

謙太は、頷いてせっつくように言った。

「そうだ、みんな居る。無事なら開けろ。」

カチリと鍵を開いた音がする。

謙太がすぐに扉を開くと、俊也がズボンを下ろしたまま床に座り込んでいた。

「きゃ…!」

知美は、思わず横を向いた。謙太が、俊也に歩み寄ってそれを隠すようにしながら、言った。

「良かった、無事か。とにかくズボンを履け、女子も来てるんだ。」

俊也は、ハッとして慌ててもぞもぞとズボンを上げる。幸い謙太の体が大きいので、それに隠れて皆にその醜態は見えなかった。

「何があったんだ。あっちじゃ佑が殴られたとかで、大変だったんだぞ。」

少し臭いがするのが気になったのか、謙太は便器に寄って水を流した。俊也は、びくびくと上を見上げた。

「腹が痛すぎて立てなくて、ここに座ったままウトウトしてたんだ。そうしたら、急に首筋に、何か冷たいものが落ちて来て。」

「冷たい物?」

言って、謙太は上を見上げた。

そこには、天井を開く蓋ような物があって、そこから確かに、水が染み出ているようだった。

「なんだ、水漏れじゃないの?」

後ろから、郁人が入って来て、便座に登ると、その蓋を見た。そして、怪訝な顔をした。

「…あれ?ネジが無いな。だからネジの穴から水が足れて来たのか?」

しかし、下に居た謙太が顔をしかめて答えた。

「そもそも水がそんな所から漏れるのがおかしいだろうが。」

郁人は、首を傾げながらも、ゆっくりとそれを、下へ下ろした。

蓋の上にこぼれていたらしい、水が一気に下へと落ちて、下に居た俊也がまた、悲鳴を上げた。

「うわ!なんだよ、冷たい!」

郁人はそこから天井裏を覗こうとしたが、背が足りない。なので、謙太が代わって便座に登ると、そこから、中を覗いた。

そうして、言った。

「…トレーがあるぞ。そこに、デカい氷が入ってる。アイスピックとかで砕いて使う、あれだ。」

涼香が、身を乗り出して来て、言う。

「下におろせる?」

謙太は、黙って腕を伸ばした。そして、言った通りの物を引っ張り出すと、水がこぼれて来るそれを、慎重に下へと下ろした。

それは、深さ五センチぐらいのプラスティック製の、文具などで使うようなA4サイズのトレーだった。

その中には水が入っていて、そこに大きな氷が幾分溶けた様子で頭を突き出している。横から見たら、残っているだけでもその氷の三分の二はトレーの上へと出ていた。

幾らか溶けている所を見ると、そこそこの時間そこへ置いてあったようだったが、それでも全部溶けていないことからここ数時間のことであろうと思われた。

「…なんだこれは?」

すると、まだ頭を押さえたままで後ろから見ていた佑が、ブスッとしたまま言った。

「知らん。オレと郁人が見張りに立ってる間に、トイレに行ったのは俊也だけだぞ。浩二の部屋なんだし、浩二が何か知ってるんじゃないのか。」

しかし、浩二は戸惑いがちに首を振った。

「オレは知らない。そもそもどうしてそんな所にこんなものを置くんだよ。人狼の嫌がらせか?」

涼香が、首を振った。

「こんな嫌がらせをしてもどうにもならないわ。そうだとしたら、何か意味があるはずだもの。」

しかし、佑は息を乱して、唸った。

「なあ、それは後にしてくれよ。なんか気が遠くなりそうだ。傷がどうなってるのか、ちょっと灯りの下で見てくれないか?しこたま殴られたんだぞ?」

そう言われてみれば、そうだった。

犯人の目星はまったくつかないが、それでも佑は殴られたのだというのだ。

駿が、奥へと歩いて行きながら、非常灯を明るい蛍光色の物に変えた。

「ほら、こっちへ来い。見てやるから。確かそっちの棚に救急箱があったはずだ。」

佑が、頷いて頭を押さえたままそちらへ歩き出す。

その後ろ姿を見送りながら、全員が息を飲んだ。

佑の後頭部からは、おびただしい血が流れていて、それを押さえる佑の手を汚していたのだ。

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